赤色のトカゲ
「むむむ、これは」
道理で微弱な気配だったわけだ、とサジンは納得した。逆に、これだけ小さい身体なのに、どうして魔力の気配を放っていたのだろうと考えさせられるほどだ。
小さなトカゲはサジンを恐れることなく、近くにすり寄って来る。懐かれているようにも見えたが、サジンはその原因に心当たりがあるようだった。
「ちっちゃいサラマンダーだ。僕を先生と勘違いしてるのかな」
火の精霊であり、火を操る魔物、もとい子供のサラマンダーはサジンの靴の上にするすると登り、そこから動かなくなった。下手に動くと吹き飛ばしてしまいそうだったので、サジンはじっと離れてもらうのを待つことにした。
邪魔にならないよう道の外れにそっと移動したあと、振り落とさないようそっと地面に座る。散策する予定が狂ってしまったが、サジンは特に不満に思うことなく、小さな魔物と過ごすことにしたようだ。
しばらくボーッと自然に浸っていると、急いでこちらに向かってくる生き物の気配がした。サジンはこの気配が魔物ではなく人間である可能性が高いと判断すると、また再びのんびり休憩を再会する。だが、向こう側の人間は、サジンに用事があるようだ。
「ちょっと! その子から離れて!」
周辺に自分以外の人はいないため、恐らく自分に話しているのだろう、とサジンは思った。しかし、その子とは一体誰のことだろうか。
おもむろに声の主へ目をやると、そこには長い黒髪の若い女性がいた。恐らく安子と同じぐらいの年齢で、安子よりも気が強く、近寄りがたい印象を受ける。大人しく従った方が、トラブルがなさそうに感じた。
「その子っていうのは、この子のことですか?」
「そう! ヤモリだとかイモリとかじゃないから、普通の人には危ないの!」
「小さいですがサラマンダーですよね。といっても、懐かれちゃって」
「……げっちーの種族が分かるの? 見た目はただの爬虫類なのに?」
普通の動物は魔力の気配がしませんよ、とサジンは話す。遠回しに魔物だと伝えているのに、全く動じないサジンに驚いたのか、相手の女性も多少は冷静になったようだ。
「その子……げっちーは私の大事な相棒なの。突然声をかけてごめんなさい」
「ほうほう、仲良しなんですね。ほら、戻ってあげてください」
サジンは優しくサラマンダーを手で包み、声をかけてきた女性に向けて差し出した。するすると手から離れると、相手の肩に戻っていく。
「はあ、どこの誰かは知らないけど、本当に助かったわ。別の人だったらもっと騒ぎになってたかも」
「そうですね。魔物がいるとびっくりする人が多いでしょうから」
「あなた、私と同じぐらいの年に見えるけど……何年生? 探検隊の所属は?」
サジンの目が明らかに泳いだ。そう、自分について質問されるととたんに会話がぎこちなくなるのだ。なんとかして乗り切ろうと頭を働かせるが、ついさっき、頼れる味方を貰ったことを思い出し、カバンの中を漁る。
「これ! これを見てください!」
「カードね。どれどれ……」
うまくやり過ごせた、と安堵するサジン。内容を先に知っておきたかったサジンだったが、都合良く相手の女性が中身を読み上げてくれた。
「サジン、スキル無し、ティア4。登録日は今日……今日!?」
「さっきもらったばっかりなんです、それ」
「探検隊の所属は……”あゆみ隊”!? 嘘でしょ!?」
「なんですかそれ。知らない情報が出てきたんですけど」
あまりカッコよくも可愛くもない名前の探検隊。そんな「あゆみ隊」にサジンは所属しているらしい。本人の意思などあったものではないが、これに関しては優利の仕業である。書類の段階で自分の探検隊に所属させておいたのだ。
「……ってことは、あの安子と優利と知り合いなの?」
「はい。色々あって」
この色々を一から説明すると長くなるため、できるだけ詮索されないよう祈るサジンであった。幸いにも、相手はサジンの過去に興味を示さなかったようで、そのまま会話が進んでいく。
「あの二人に巻き込まれたのね。はああ、いい加減現実を見ればいいのに」
「二人と知り合いなんですか?」
「安子とは小さい頃から友達でね。言い忘れたけど、私は美月。長谷川美月よ」
「はぁ、どうも。僕はサジンです」
自己紹介を済ませたが、サジンからして、気になることが多々あった。どうして探検隊の名前を聞いただけで二人の名前が出てきたのか。そして、二人との関係性は一体なんなのか。質問する前に、美月が一方的に話す。
「じゃあ、私は授業があるからここで。二人をよろしくね、サジン君。授業はサボっちゃダメだよ」
「僕は生徒じゃないんですが……あっ、行っちゃった」
どうやらサジンのことを学生と勘違いされたまま立ち去ってしまった。そもそもなぜサラマンダーこと”げっちー”を連れているのか、ついでにげっちーはなぜ自分の元にやってきたのか。一応どちらとも心当たりがあるサジンだったが、今はもう気にしないことにしたようだ。
少しでも異常があれば探索者に声をかけられるとなれば、この地区はかなり安全に違いない。そう思ったサジンは、ここで昼寝してしまおうと考えた。いちいち歩かなくてもいいし、何より度重なる会話で疲れていた。
ちょうどいい木陰を見つけたサジンは、そこで動物のように丸まった。目を閉じ、数分深呼吸をすると、そのまま寝入ったしまったようだ。彼は寝る場所をあまり気にしない性格らしい。誰にも邪魔されないまま、のんびりと時間が過ぎゆくのだった。
終礼を知らせる鐘がなる。地区全体に響き渡る鐘の音は、当然サジンの耳にも入ってきた。瞬間、サジンの脳裏に1つの考えが浮かぶ。”寝過ごすとまずい”のではないかと。
「うわあぁっ! 何時!? 寝すぎてない!?」
あまりにも快適だったのか、かなり眠ってしまったと思い込んでいる。しかし、サジンの腕にある時計は、待ち合わせの時間ちょうどを差していた。寝過ごすことはしなかったが、これから遅れてしまう可能性が出てきた。
「い、急がないと」
地図にある待ち合わせ場所へと向かおうとするサジン。庭園からそれほど離れてはいないし、走れば数十秒で済む。だが、道を見渡して見ると、思わぬ自体になっていた。
下校時刻と重なっていたようで、これからさらに訓練に励む生徒や、ダンジョンに向かおうとする生徒、家に帰ろうとする生徒。寝る前とは打って変わって、人で溢れてしまっているではないか。
「早歩きなら間に合うかな」
全力疾走すると確実に人と衝突すると悟ったサジンは、そそくさと庭園から立ち去っていく。この時点で、待ち合わせから数分遅れてしまうことが確定するのだった。




