Memory comes buck‐弓
「...わ、私、は...。」
「何か?」
「...可哀そうに」
...その日から暫く(俺と由紀が戻ってくるまで)氷華 斉太は優に冷ややかに対応され、それからも二人の関係は相当悪いまま進行していくのだった。
―――
「...柚依ちゃん、僕って何かおかしいのかな?」
「そもそもいつも通りだったらこんなふうに聞かないよ?まあ、多分弓ちゃんは昔に囚われちゃってるんだよ。きっと、鈴ちゃんの記憶がそうさせてるんじゃないのかな?」
「また鈴って言う人?誰、それ?」
弓は、今の自分の現状でよく聞くその名の人物を良く知らない。
彼女が知っているのは、今のようになってから知った事と、『イア』という名を持った存在の記憶のみ。
...つまり、弓にとって姉であるはずの少女の事など、彼女の記憶には無かったのだ。
その言葉に対する柚の反応は、勿論悲しそうな表情だった。
言葉には出さないものの、それを聞いたものには必ず(自分の大好きだったお姉ちゃんの名前も忘れちゃったなんて...。)という気持ちを抱いた。
それでも、柚はそれを説明する。
他にこんなことが出来るのは、無責任な氷華 斉太か、同じくヴァル位だろう。
だからと言って柚が無責任だ、という事ではないが。
「...弓ちゃんのお姉さんだよ。
...それも忘れちゃったの?」
その言葉に込められた気持ちに、彼女の中に存在しないはずの記憶が戻る。
『おお、すごいね!
...もう私なんて越しちゃったかな?』
『いや、そんなことないよ、姉さん。僕だって、まだまだだし。
それに、これを使えば異世界も見れるかもだし、一緒に行こうよ、異世界』
『そんなに行けるのかなあ、美鈴?』
...佐々木 弓、の記憶ではなく、『イア』の昔の肉体の記憶が戻ってしまったことに、柚は気付いていなかった。
―――
「...鈴の事?そりゃまたなんでだ?」
「いや、姉さんの事を色々と忘れている気がして」
「まあ、お前は鈴が大好きだったからな。
...それで、お前が死んじまうかもしれねえ、って言って斉太さんがお前を旦那と一緒に異世界だったかに連れてったからな」
次に弓が向かった先は、ダグラスの許だった。
ダグラスは鈴が死したことについて、そして弓の処遇についてを当日に氷華 斉太から伝えられていた。
そのためにダグラスは、以前俺が由紀にもみくちゃにされた後に弓がおかしくなったことを含めて、弓がこうなることを予想していた。
だからこそ、この様な事に対応した考えを持っていたのだ。
「...なんだか、僕の知ってる姉さんじゃない」
「...じゃあ、弓、お前の記憶は何なんだ?」
「僕の記憶にある『姉さん』は弓 鈴って名前なんだけど」
「...マジかよ。可哀想にな」
ダグラスは、その弓の言葉を聞いて彼女の事を心の底から哀れに思った。
そして、弓はその後3週間(ちょうど俺達が戻ってきた頃)かけ、自分の―――彼女の中に会った記憶の鈴と、この世界の鈴の存在を知り、(やっぱり、姉さんはあんまり変わらないんだ)と思ったが、自らの知る『姉さん』には、どちらにしろもう会えないのだと思った。
―――そのことが、彼女を氷華 斉太の導いた道に引き込まれ、少なからず彼の修正された『計画』に巻き込まれていくのだが、そんなところもコイツらしいところだと言えよう。




