短編その一 『破瑠、異世界に赴く』 短編もどき『由紀、消えた記憶を見誤る』
「...いなくなっちまったなあ」
ヴァルはなんとなくでそれを悟っていた。
佐々木 鈴が死して約3日。
彼女が愛していた少年―――そして、ヴァル自身ですらもよく知る人物は、心を壊していたが、少なくともそれで自分に対処法を求めるだろうと感じていたヴァルは、その反応が意外だった。
そこで、彼は(一応)威亜の父である、氷華 斉太にそれを聞くことにした。
―――
「ああ、威亜か。
彼は、私の作った精神レベル侵入型異世界転移を行ってもらった。弓君も一緒にな。
...君もどうだ?」
ヴァルは、彼のその言葉を聞いて絶句した。
そして、彼の一部おかしな様子も目に付いた。
「...お前、何だかおかしくないか?」
「...ん?
...ああ、私は大丈夫だぞ?」
その返答で、ヴァルはなお確信のような物を抱いた。
今まで彼が同じような反応を示しただろうか。
否。彼は、今まで研究成果を常に報告していた。
それなのに、今回の行動はヴァルの知る彼ではなかった。
その為、彼は問いただした。
「...お前、今何かしているな?」
そういうと氷華 斉太は、やれやれと言う様に首を振る。
それから彼は喋りだした。
「...全く、お前は私の心を読むのだな。
とにかく、お前の言う事はあっている。今、私の肉体は確かに一つだが、精神は三つに分割されている。この肉体も、いずれは朽ちるだろうさ」
その答えに、ヴァルはクワっと目を見開き、更に質そうとする。
だが、その答えは「自分で考えることだな」だった。
仕方なく、ヴァルは異世界につながる。
それが、彼のできる精いっぱいの行動だった。
―――
「...あれ?」
由紀は、見た人に既視感を覚えた。
(...自分に似ているような...。)
その感覚が、彼女の些細な突起だった。
「...すいませぇーん」
その声で、由紀は扉を開けていた。
今日は珍しく藍理栖とカラオケに行ってあちらで一夜を過ごすらしい。
...それが、少しだけ羨ましく思えた。
それだけに、その声がした方につい救いを求めてしまうのだった。
な・の・に。
「...あっ、由紀姉!」
その少女は、彼女に災厄を振りかける基になった。
―――
「...君は誰なの?ボクは君みたいな娘知らないんだけど...。」
そういうと、少女はええっ、と呟いてから悔し気に言う。
「...それもそうだよね。
母さんが生きてることも知らないでここまでいたんだから...。」
「母さんが生きてるのっ!?」
今だ理解しきれていなかった由紀は、自らの母が生きていると聞いて喜びをあらわにする。
その反応が意外だったのか、その少女は驚きを口にする。
「...そんなに驚くかなあ。
...由紀姉は、優姉に『自分の兄に惚れてる』って言われてたから、問題ないと思ってたけど...。」
「...ッ!え、いつそれを聞いたの!?」
そういうと、少しだけ強引な感じを消し、笑顔で言う。
「フフフ、佑子伯母さんが肉体は無くても生きてるのが知れたからね。
...そこに、今母さんもいるからさ、一緒に行こ?」
その言葉は、彼女にとって相当比重が重いものだった。
―――
「...!母さん!」
「...あら、由紀。久しぶりね。
んもう、斉太義兄さんにちょっと前にここにいるって聞いた時はショックを受けたのよ‼全く―――」
「母さあああんッ‼」
その時、由紀は滅多に見せない、泣き顔を晒した。
それもそうだ、彼女が見た者は自らが死別したと思い、その心の深く昏い闇として隠した、彼女の母―――髙橋 優凪だったからだ。
―――
「もうッ、何処にいたんだよお...。」
「ゴメンって。まあ、華と一緒にいたから、ね?」
「なんで来てくれなかったの...?」
「...ゴメン」
その由紀の言葉には、責めの心が見え隠れしていた。
今まで、彼女は優と斉太のみが自らに残された肉親と信じ、生きてきていたから。
「...でも、いいや」
「え?」
「だって、母さんも妹も、ここにいるもん!」
涙でぐちゃぐちゃになっていても、そこには見紛う事の無い笑顔があった。
―――ヴァルに遅れる事5日、彼女は異世界に転移した。




