氷華家の離れ子
「...君はな、実際は氷桜家の子ではないのだよ」
その一言が、俺には信じられなかった。
―――
「...は?」
そう言ってしまったのが、運の付きだったのかもしれない。
彼は嗤うと、こちらに歩み寄ってきた。
それが何故か怖くて、俺は後ずさりしてしまう。
「何故怖がる?君は事実を知る必要がある。なのに逃げていては、君の中には不信感が残ることとなるぞ。
...まあ、知ったところでほとんど同じだが」
少しづつ大きくなっていくその声に、悲鳴を上げそうになる。
それだけに、俺はパニックになっていた。
程無くして壁にぶつかってしまい、そのまま俺の脚からは力が抜けてしまった。
恐怖。
その感情が俺の中にあると知れたが、心の底から怖いと思ったのはこれが初めてだった。
―――
「...大丈夫か、威亜」
「...ああ。俺...は、大丈夫...だ」
『...水でも飲んだらどう?』
「...そう...かも...な」
そのことを知ったせいで、俺は茫然としていた。
俺が、氷華家の子?
そんな事実を信じていいものかと、俺の心は叫んでいた。
―――
『君は、私の子だ。氷華 威亜、2023年12月21日生まれ。
私と佑子の第一子だ。氷桜家に2024年預けられ、そのまま成長し、私を父とは知らずに倒してくれたな。
...君は、このことを知らなければならなかった。それが、いつか君に知らせる事だったからな。
しかし、私は此処で伝える気はなかった。
私の計画に狂いが出た。だから、私の死と共に伝える筈だったことを今伝えなければならないのだよ』
それからというもの、この一言で俺は踊らされていたことに気付き、氷華 斉太―――父と知った今でもくそ野郎と思っている彼にまたもや踊らされる事になったのだが、それは別の話。
―――
「...大丈夫、威亜?」
「由紀、か。...可愛いな」
「えっ!?
...な、何か変なものでも食べた?」
由紀の子の反応はいたって普通ととらえるべきだろう。
実際、この様なことを俺が言うなんて5時間前の俺に言っても信じられなかっただろう。
しかし、今こう言っているのが現状だ。
この行動が、俺の今の現状を示すものだ。
こんな焦ったところも可愛いな、と考えもしたが、夕方に二人でいれば後で鈴に何をされるか分かったものではない。
だから、由紀に最初に、他の人には秘密だぞ、と伝えてから答える。
「変なものは食ってないさ。
ただし、俺の家族構成は大きく変わったがな」と。
―――
「...由紀、何か隠していない?」
「...優。多分、優は知っているでしょ?だから、僕は君には答えないよ」
優は確かに其のことにうすうす気づいていた。
キッカケは、彼女の母が死んだ日だった。
優の父、斉太がかつて語った、兄の存在。
それに、自分の行動と、昼におかしくなった威亜の行動。
そのすべてが、彼女に答えを叩きつけていた。
しかし、それに気づいているのは優だけだった。
他の人たちは先程までの由紀と同じ様に変なものでも食ったのかぐらいに思っており、当人たちはそれを伝えなかった。
これに気付きかけた者は、当人の威亜に訪ねていたのだが。
そして、その質問が彼女にとって最も大きな驚愕であり、そして威亜にとって彼女に聞かれた中で彼にとっても驚きが最も大きなものだった。
―――
「...威亜、何か隠してるの?」
「と、突然なんだよ」
流石に其の隠し方はまずかったかもしれないと思ったものの、こう聞かれては隠しようもなさそうだが。
「...もしかしてさ、斉太さんに何か言われた?」
「あんな奴にさん付けはいらねえよ」
やべっ、と思ったときにはもう遅かった。
「...威亜ってさ、なんだか二人と似てないよね?」
その質問が、俺にとっては途轍もなく重いものだった。
―――
「...だったらなんだよ」
開き直られると思っていなかったのか、驚いていたが、立ち直って鈴は聞くのを続けて来た。
「...斉太さんと、何かあったんでしょ?」
「ああ」
「...何を言われたの?」
その声は心配に満ち溢れていた。
「...俺も、知りたくない様なことだったさ」
でも、知ってしまったから、言わなくてはならないようだ。
「...俺が、アイツの息子だったなんてな」
―――
「...え?」
驚きのあまり、それっきり言葉が出ないようだった。
勇気を出して目を開いてみると、鈴が倒れて行っているのが目に映る。
「おい!」
―――
「...何してくれてるんだよ。
こんなふうにされたら、ボクだって君にそうされたくなっちゃうだろ」
それを見ていた、銃の世界で出会ったその少女は、俺に対してボソッと、彼女だけに理解できるように言っていたのが、鈴には見えてしまったのかもしれない。




