帰り道 or 由紀の見たもの
「アチッ!?全く優め、俺に嫌がらせするためにわざと熱めに淹れたな!」
「何が悪いんだか。私がなんでも従うと思っているの?」
「...すまない。次回が有れば温めにしてくれると助かる」
「ハイハイ」
結局熱く茶を淹れた優。
しかし、それだけの理由を作ってしまっていた様だった。
そういう所はしっかりしている優だが、そんな事を考えていると鈴の時のように―――。
「...そういう所があるから兄さんは嫌いなのよ」
―――威嚇してくる。
叱るのではなく牽制してくるのが優らしいところだが、まあアイツのように極められなくて良かったと思っている。
因みに、そのアイツ当人はと言うと―――。
茶を啜っていた。
恐らく、笑いをこらえるためなのだろう。
だが、今回は何も言わなかった。
言えば言ったで、後が大変そうだ。
―――だが、その時、本当は俺が言ったほうが良かった。
何故なら、その笑いは俺に対してではなく優に対してだったからだ。
―――
「さて、そろそろ帰るとするか」
「...あんた、帰る家なんてあんのかよ」
「ああ。一応だが、ダグラス・ホークの店の上にあるアパートに過ごしているぞ。
彼は私の顔を見て引き攣った笑みを私にくれたが」
軽く鼻息一つ、ダグラスに対する怒りを吐露する氷華 斉太。
まだコイツに人間らしいところがあったのかと思うと、少しだけホッとする。
しかし、なぜダグラスが引き攣った笑みを浮かべたか、という理由はこの後の一言によって知れた。
「―――せっかく私たちの作ったシステムを利用しているのだから、私の家を提供してくれ、と言ったせいだろうか?」
これには俺も引き攣った笑み―――もとい、ダグラスへの同情を示す苦笑しかできなかった。
―――
「俺も帰るかな」
「あら。もう少しゆっくりしていくものだと思ったけど」
「俺も忙しいんだよ」
「ああ、由紀に巻き込まれたから?」
「そうだ。分かってるんだったらこっちに戻した方が―――」
「一応、私ももう高校生なのだけれど」
すげなく断られてしまう。
だが、俺の言い分も聞いてほしいものだ。
寝る前には俺に甘えてくるし。
別の部屋に寝かせても起きると俺に引っ付いてるし。
VR世界に逃げれば俺の動きを先読みしたかのようにいる。
由紀がいないのなんて、こういうときか、鈴と共にいる時ぐらいなのだ。
...まあ、逆にとらえればそれだけ俺が好かれているという事なのだ、良いだろう。
...だが、そんな事を言ったとしても優は恐らく同じ反応をする。
そのために、まっすぐ家に帰ろうとしたのだが―――。
「...兄さん」
「なんだ?」
優が珍しく真面目な雰囲気を漂わせている。
一体、何があるというのだろう。
「...鈴の身の回りには気を付けて」
...何を言いたかったのだろう。
それがよくわからなかったが、
「...ああ。任せておけ」
と答えることはした。
「そういう事じゃないんだけど...。」
と優が言っているが、俺の耳にはもう入ってきていない。
俺は、坂の少し上にある優たちの家から、坂を下り駅の連絡橋を通って一本道を帰っていくのだった。
―――
「...なんだか眠いねえ」
「こんなに暑いのによく言ってられるな」
「だってえ、私最近全然寝れてないしい...。」
こんなに間延びした鈴の言葉を聞くのはいつ振りか。
...いや、最近はずっとこんな感じか。
それに、と思う。
鈴が疲れているのは本当だが、眠れていないは無いだろう。
毎日毎日、俺が寝る直前になって弓から『今日も姉さんは快眠ですっ!』と写真付きで送られてくるのだ。
「...眠いのは分かったが寝れてないはおかしいだろ」
そういうと、鈴はカット目を見開き、掴んだ俺の腕を振り回す。
「大体!私が寝れたとしても!寝てたとしても!寝れば寝たで悪い夢見るし!起きようとすれば俗世に塗れた世の中で平和を享受している人間の愚かさにおかしくなるし!どうすればいいていうの!?」
こうなるまでにしたのは自分のせいではないのか?と鈴には問いたかったが、仕方ない為俺が折れることにした。
「はあ、分かったよ。ただし、暗くなってきたらログアウトするんだぞ」
「はあぃぃぃ...。」
語尾がおかしかったのは気付けば俺の膝に頭をのせて、日を浴びながら寝てしまったからだ。
一瞬で寝るほどに疲労がたまっていたことを考えると、少しかわいそうにも思えるが、まあ...そうなる原因はどちらにせよ鈴なのだ。直接的に俺が救うことはできない。
―――だが...そのおかげでこうして可愛い寝顔を拝めるのなら、まあ...悪くはない...のかもしれない。
―――
「イア―ッ‼
...あれ?鈴ちゃんも...。それに寝ちゃってるし...。
―――そのままにしておいてあげるか。フフフフフ...。」
―――俺達の寝てしまった後に、鈴の頭を枕に寝てしまった俺と鈴を見ている由紀の存在は、俺達にとってあずかり知らぬところだった...。
※その後、現実世界で3時間ほど寝違えたような首の痛みに悩まされた。
VR世界が現実の肉体に多少なりとも影響を与えるのは氷華 斉太の例で知っていたが、まさか本当に悩まされるとは思っていなかったため、少し悔しいが、そんな様子も知らず(知っていたが)甘えてきたことで俺の心が和まされた―――と同時に首に抱きついてきたためその後叱ったのも記憶に新しい。




