本葬
「...なんで俺より灰野郎の方が倍率低いんだよ!」
賭博結果を見た感想だ。
俺の倍率は1040倍、イヴェンシアとかいう灰野郎の倍率は220倍。
俺との間に、5倍もの差があるのだ。
...その時俺は気付いていなかったが、優と約150万倍の差があった。
だからこそ、鈴は軽く笑いかけていたのだろう。
―――
「さて、と!これより、本選を開始いたします。
決勝進出者は転移フィールドに移行してください」
そうして、皆だるそうに移動する中、俺だけは上機嫌で歩く。
体力回復と共に、この世界の俺のトレードマークである紫の長髪が復活したのだ!
これを知った時、俺は小躍りした。
元凶であるイヴェンシアに言われたのが、消えたと思った15分後。
そう、ついさっきなのだ!
『おい、何だよ一番後ろの奴...。』
『鼻歌歌ってやがるぜ、怖え...。』
そんな声ですらも、俺の耳には讃美歌に聞こえる。
まだ1週間ほどしかたっていないが、最近よく見る物はこの自分の姿なのだ。
細身のこの身体に着ているのは、今の肉体にはおよそ合わない緩めの服とコート、そしてその上に羽織っているのは、擬態用のマントだ。
そうして、俺が上機嫌で動いているのを、ほかの奴らは恐怖の目線で見ていた。
「どうだー!この私が勝ってやるぞー!」
そんな明るい気持ちと共に、左腕を突き上げる。
...その後、少し恥ずかしくなって速足で転移の紋様が象られた場所に行く。
だから、俺は気付かなかった。
俺の賭け倍率が、1040倍ほどから優すら下回って100万分の一ほどになった事を。
―――
俺は、そそくさと隠れる。
最初のうちは、こうやって隠れているのが必勝法だと思うからだ。
のだが―――。
「オラアァァ!ここにいるんだろ、イアとかいう女はよおォォ‼」
声の調子的に、弱いものを見つけて興奮するような男なのだろう、気持ち悪く裏返った声が俺の耳に届く。
正直、でなくともよかった。
俺の身体にはかすりもせず、当たっても数瞬で回復するようなものだからだ。
だが、俺は出た。
理由としては、完璧に、弾に当たる少なさとそれのもどかしさだ。
「お出ましかあ、イアァァァ‼」
「うるせえ!」
―――
「...呆気ない」
俺は、その男の弱さにあきれていた。
本来の肉体であれば、俺の身体は何度も死んでいた。
あの男のステータスに、正確性の補正がかかっていたのか、稀に心臓部に命中した。
だが、この肉体にすればそんなもの文字通り微風に過ぎない。
Ⅰ層でダグラスが危なっかし気に斧を振り回していた時の方が命の危険性を感じたくらいなのだ、あの男は自らが強くなったと勘違いしていたのだろう。
それにしても、よく俺の場所が分かった事だ。
何か力を使ったのだろうか。
そう思い、いつも通りステータスを開く。
一目見た時に思ったのは、このシステムが単純だ、と言うことだ。
一つ目に自分のステータス。
鈴の徴である、鈴に翠の斜め十字が入っていた。
二つ目に《プレイヤーセンサーを発動しますか?(30分に一度使用可能です) 》Yes 》No 》
と言う、謎の能力。
これがあったから、さっきの男が俺の場所を知れたのか。
三つ目に、装備枠。
現在、両手には片手剣二本、腰のベルトにはハンドガン・グレアルド、それにエネルギー弾を最高で対消滅できるという素晴らしい《ビーム兵器相殺装置》(見た目は紫の小瓶だが、エネルギー弾が近づくと自動で対象者を囲う様に正二十面体を構成する)。
途轍もない量だが、片手剣の代わりにグレアルドを装備する、もしくは両方外して腰のレールジョイントに戻し、装備ウィンドウから《九七式対物狙撃銃》と言う名のスナイパーライフルを使用する、と言う気持ちばかりの選択肢を横に添え、綺麗なウィンドウを作っている。
そして、最後がこの物―――本戦専用のプレイヤーウィンドウだ。
これはプレイヤーが生存、もしくは死亡を緑と灰で示している。
消えているのは、鳳凰と言うプレイヤーだけだ。
きっと、コイツがさっきのだろう。
実際、〔死因:Iaとの戦闘行為により死亡 生存順位:49位〕となっていたことだし。
そんな中、見ているとゼロも死亡したのが見て取れた。
〔死因:<V>の狙撃により死亡 生存順位:48位〕。
優もそんな事をできたのだと思うと、少しだけほっこりとした。