【不調と見晴らしの良さ(マリルノ視点)】 / 【素敵なティータイム(マリルノ視点)】
アルファポリス様に投稿しております複数話を一話内にまとめて掲載しています。
話の区切りごとに、登場人物の視点が切り替わる場合がございます。あらかじめご了承ください。
【不調と見晴らしの良さ(マリルノ視点)】
部屋を出ても、しばらく胸がずきずきと苦しいのが治まりませんでした。
目もぐるぐると回って、汗を掻いているような感じがしますが、触れても手の先は濡れません。私、どうしてしまったのだろう。廊下を歩いていると、年長の使用人、タラレッダとすれ違いました。
「ごきげんよう、タラレッダ」
彼女は深く頭を下げたあと、「おや、今日はもうよいのですか」と尋ねました。
「いえ、少しその……気分がすぐれなくて、どこかでお休みさせていただきたいと思うのですが」
「アルダタはどうしました? マリルノ様のところへ向かわせたはずなのですが……」
いけない……
本当のことを言うことができず、かといって全てを正直に話すことも憚られました。
「いえ、彼は今、ペドロル様の部屋にいてもらっています。私の代わりに、ちょっとした作業をお願いしたのです」
「そう、ですか」
タラレッダは怪訝そうな表情をしましたけれど、それ以上は追及してきませんでした。
「では、私がご案内しましょうか」
「ええ、お願いします」
「高いところはご平気ですか?」
「はい、とくには……」
「では、こちらへどうぞ」
彼女が案内してくださったのは、三階にあるバルコニーでした。
「すごい……!」
私は思わず、心の声を漏らしてしまいました。
とても見晴らしの良いバルコニーでした。
手前にはお屋敷の入口前や町へと続く道が、そして奥には町の中で特に高い建物が幾つも突き出しているのが見えました。教会の鉄塔や学園の時計台など。いつも見ているものなのに、こうして見ると、知らない町の建物を見ている気持ちになりました。
「風に当たると、少しは気分が楽になるかと思いまして」
タラレッダが優しく言ってくれました。
「ありがとうございます」
「今、お飲み物をお持ちしますね」
「そんな、お気遣いなさらないでください」
「いえいえ、大したことじゃあありませんよ」
「でしたら、タラレッダさんもここで一緒に飲みませんか?」
「えっ?」タラレッダさんは目を丸くした。
「私、一人でティータイムなんて寂しいです。あっ、もちろんタラレッダさんがお忙しくなければのお話ですけれども……」
「忙しいなんて、とんでも!」
タラレッダさんは、ぶんぶん手を振った。
「でも、私みたいな使用人がティータイムなんて……」
「いいじゃないですか。私、タラレッダさんと前からお話してみたいと思ったのです」
するとタラレッダさんは、少女のように顔を赤らめました。お鼻を少し膨らませていたのも、何だか可愛らしくて、ずっと年上ではあるけれど、私はなんだか自分が言ったことで喜んでくれている無邪気な妹を見ているような気持ちになりました。
「す、少々お待ちください」
いつもどっしり構えていて、いつも廊下などでお見掛けしたときにはてきぱきと他の使用人たちに指示を出していたり、御自身で働かれていたりするご様子だったので、その慌ててらっしゃる姿がとても意外で、より一層魅力的に感じられました。
【素敵なティータイム(マリルノ視点)】
お茶を用意してくれると言った彼女が、バルコニーから部屋の中に戻っていくと、私は椅子から立ち上がって、手すりに近寄りました。
確かに彼女の言ったとおり、心地いい風が吹いています。それを感じていると、段々気持ちが落ち着いてきました。
私、急にどうしちゃったんだろう。
思い返すと、アルダタの瞳が蘇ってきました。切なげに、何かを訴えかけるように私を見ていた彼の……
ドクドク。ドクドク。
まただ。
こんなこと、今までなかったのに。
「お待たせしました」
「わ、美味しそう! ありがとうございます」
タラレッダさんが持ってきてくださったのは、桃色をした紅茶と、こんがり焼けたクッキーでした。
「頂きます」
カップに口をつけて飲むと、ほんのり甘く、華やかな香りが私の口の中に広がりました。
「美味しい……」
「良かったです」
タラレッダさんはとても嬉しそうに笑ってくださいました。
「タラレッダさんも、飲まれてください」
「あ、はい。では、失礼して……」
卒のない働きぶりとは違って、タラレッダさんはぎこちなく、ティーカップを自分の口に運びました。そして少し飲むと、ふぅーと息を吐いて、私の視線に気が付くと、「あ、つい。すみません……」と肩をすぼめました。
「そんなに堅苦しくならないでください」
「でも……」
「私、本当は身分なんていらないんじゃないかな、って思うときがあるんです」
タラレッダさんはぽかんと口を開けて、私を見ました。「はぁ」
「もちろん私みたいな立場の人間がいっても、何かが変えられるわけじゃないんですけど。
貴族とか平民とか、主とか使用人とか。どちらが上とかどちらが下とかではなくて、ただ役割が違うだけというのではいけないのかな、って。
ただの絵空事だって、自分でも分かってるんですけど」
自嘲する私の笑みを、タラレッダさんは真剣な表情で受け止めました。
「だからここだけ、今だけは、客人と使用人なんて立場は少し脇において、楽しくお話しませんか?」
「分かりました」
「ありがとうございます」
私が笑いかけると、ようやくタラレッダさんも表情を緩めてくださいました。
それから私たちは、古い友人同士のように、身分も関係なく、立場も関係なく、穏やかな午後を、タラレッダさんが用意してくださった素敵なティーとクッキーで、一緒に過ごしたのでした。
最後までお読みいただいて誠にありがとうございました。
アルファポリスにて最新話まで配信している作品です。
小説家になろうにおいては、まだ投稿頻度を定めておりませんが、順次アップロードいたします。
どうぞよろしくお願いします。