美しき使用人(アルダタ視点)/ 純粋な公爵令嬢(マリルノ視点)/ 王子の策略(ペドロル視点)
アルファポリス様にて掲載しております複数話を、一話内にまとめて掲載しています。
話の区切りごとに、登場人物の視点が切り替わる場合がございます。あらかじめご了承ください。
【美しき使用人(アルダタ視点)】
信じられない。ペドロル様とマリルノ様を別れさせなければならないなんて。
しかもペドロル様は、マリルノ様の側から婚約破棄をさせるよう言った。
おそらく体裁を保つためだろう。
そして自分から婚約破棄を言い出すには、正当性な理由を持っていない……主人を疑うのは決して褒められた行いではないが、思い当たる理由は一つしかない。
ペドロル様は、他の女性に心移りされたのだ。
何の罪もないマリルノ様。しかし私は誓ってしまった。
それを覆すことなど、使用人としても、一人の男としても許されることではない。
それに母のこともある……母を助けられるのは私しかいない。そのためなら私は、手段を選んでいる場合ではない。悪魔に魂を売ってでも、母を素晴らしい医者に診てもらわなければならないのだ。
屋敷の廊下に置かれていた全身鏡。そこにうつった自分自身の姿。
やるしかないんだ。
いつにもまして白くなった顔、そして目は追い詰められた精神があらわれたのか、血走っている。
いつも彼の美貌にうっとりしている女性の使用人たちからすれば、こんな危うい彼の姿も、一際美しく見えたに違いない。しかし彼自身の目には、臆病な羊が脚を震わせて立っているようにしか見えないのだった。
【純粋な公爵令嬢(マリルノ視点)】
「あんな奴でよく我慢できるね」
「捨てちゃいなよ。あいつにマリルノはもったいないよ」
カフェテリアで一緒にお昼ご飯を食べている時、私の友人のスコッテはよくこんなことを言います。でも私は、婚約者であるペドロルとの関係を解消したいと思ったことはありません。
確かに彼には、少しだけ横柄な所があります。私に対してもそうですし、彼のお屋敷へ遊びに行った時の、使用人たちに接する彼の態度を見た時もそう感じました。
しかし彼だって、全てが歪んでいるわけではありません。優しいところもあれば、朗らかな一面もあります。
何より彼には、自分でこうと決めたことに対しては決して諦めない意志の強さがあります。これは王子として、とても大切な資質ではないでしょうか。
もちろん、周りの意見を聞き入れて自分の考えを修正する柔軟さも、これからは必要になる場面が増えるかもしれません。でもまだ十八歳なのだから、これから学んでいけばいい。
私の方が一つ年下なので少々偉そうな考えですけれど、私はそんなふうに考えています。
「マリルノって変わってるね」
「そうかしら」
「私だったら絶対耐えられない。親が決めた人と結婚するなんてありえないよ」
スコッテの言うことももっともだと思います。でも私は子供の頃からそういう家で育ちましたし、それが不自由なことだとは思いません。
自由とは、おそらく人の心の中にこそあるもの。結婚相手が決まっていたとしても、相手をどのような人だと思うかは、私自身の心が決めることなのではないでしょうか。
「ま、そんなマリルノのことが私は好きなんだけどさ」
スコッテが私にきゅっと抱きついてきます。
「ふふっ。やめてください」
私もそんな気さくなスコッテのことが大好きです。
クラスメイトの中には私の家柄だけを見て媚びたり、煙たがったりする人も少しだけいます。
対してスコッテは平民の家の出身ですが、家柄で人を判断せず、私のことを一人の友人として扱ってくれます。
だから他の誰も言ってくれないような、「婚約者なんて捨てちゃいなよ」なんてことも言ってくれるわけです。
その意見に賛同するかはさておき、自分のことのように私を考えてくれている彼女の気持ちは、友人としてとても嬉しいものです。
「スコッテ」
「ん?」
「いつもありがとうございます」
スコッテの笑った顔は、少女のように屈託がなく、可愛らしいです。
「こちらこそ!」
学校が終わると迎えの馬車が来ていました。
「お屋敷でペドロル王子がお待ちです」と御者のパージさんは言いました。
私は彼の手を借りて、馬車に乗せてもらいます。
「よろしくお願いします」
ハイヤッ。
パージさんが威勢のいい声を上げ鞭を叩くと、馬たちは軽快に走り始めました。
【王子の策略(ペドロル視点)】
部屋の扉がノックされた。
「来たか」
わたしが催促するよりもはやく、アルダタが「どなたでしょうか?」と声をかけながら扉に近寄っていく。
「マリルノです。王子に呼ばれたので参りました」
「失礼しました」
アルダタが扉を開けると、マリルノはパッと明るい顔を彼に向けた。
「ごきげんよう、アルダタさん」
アルダタの憂いを帯びた目に驚きの色が浮かぶ。彼は胸に手を当てて敬礼した。
「お名前、覚えてくださっていたのですね。光栄です」
マリルノはくすくす笑った。
「何度もお会いしているではありませんか。アルダタさんは、わたしの名前をまだ覚えてくださってないのですか?」
「とんでもありません、マリルノ様」
「ふふっ。ありがとうございます」
なんだ、既にいい感じじゃないか。二人のやりとりに幸先の良さを感じて、思わずほくそ笑む。この様子だと、アルダタにそれほど積極的なアプローチをさせる必要はないかもしれん。
「ごきげんよう、ペドロル様」
部屋に入ってきたマリルノがわたしに向かって言う。
「うむ」
「今日はどうかなさったのですか」
「いや、大した用じゃないんだが。ちょっと君に頼みたいことがあってね」
マリルノは小さく首を傾げた。
「何でしょうか」
「まぁ、座りなさい」
「失礼します」
マリルノが椅子に腰かけるのを待って、私は言った。
「君に頼みたいことというのは、このアルダタの教育についてなんだ」
「はい」
「単刀直入に言うと、彼に簡単な読み書きと計算を教えてやって欲しい」
マリルノは背筋をぴんと立てて、私の話を聞いていた。
「これからは使用人にも教養が求められる時代だという話を聞いてね。
以前から考えてはいたんだが、私が教えるというのも変だろう? かといってこの者のために家庭教師を雇うというのも、他の家の者に知られたら『よほどの変わりものだ』なんて、私が笑われるかもしれない」
私はテーブルに肘をついた。
「そこで思い出したんだ。マリルノ、君は以前、ダバス地方に住む孤児たちのところへ、わざわざ勉強を教えにいっていたことがあったね」
「ええ、そうです」
マリルノは昔を懐かしむように目を細めた。
「でも紛争が始まってから、いけなくなってしまいました」
「残念なことだ」
私は彼女の気持ちに寄りそうように、ため息をつき、首を振った。
「しかしあの当時の君は、孤児たちの様子をよく聞かせてくれたね。みんなとても熱心だから教え甲斐があるって。君がとても嬉しそうだったのを覚えているよ」
「そうですね」
マリルノは昔を懐かしむような目をし、微笑んだ。
「それで私は思いついたんだ。アルダタの教育係には、君が適任なんじゃないだろうか、とね」
「私ですか?」
「ああ。もちろん君が嫌じゃなければの話だが。使用人に物を教えるなんて、普通はあり得ない」
マリルノの目に、燃えるような光がともった。
「嫌だなんてとんでもありません。
それに、物事を教えたり、学んだりすることに身分は関係ないと私は思っています」
マリルノは嬉しそうに笑った。
「ペドロル様も同じ気持ちだったのですね」
「もちろん。ただ、表立ってやるようなことはしたくないんだ。時代は進んでいると言っても、それを良くは思わない老人たちはまだまだ多くいらっしゃるからね。分かってくれるかい?」
「分かります」
マリルノは力強く頷いた。
「良かった。ではこのことはしばらくの間、三人だけの秘密にしてくれ。教える場所だが……そうだな、この屋敷の別館の端に図書室があるから、そこを使ってくれ。君とアルダタがいる時間は、部屋には誰もいれないようにしよう。
『私の婚約者マリルノがこの屋敷の図書室にある本を使って、しばらく学園に提出するための課題論文を書くことに専念したいと言った。邪魔しないよう一人にしてあげて欲しい、何かあればアルダタを付き添わせているから大丈夫だ』という話にでもしておこうか」
マリルノは何度か頷いた後、「あの……」と小さく手を挙げた。
小さく手を挙げるのは、彼女が何か言いたいことがあるときにやる癖だ。
何か私の話におかしなことがあっただろうか。
私は平静を装って、「どうした?」とマリルノに尋ねた。
「アルダタさんは、この話についてどう思われているのでしょうか」
扉の横に立っていたアルダタが、顔を上げる。
「どうとは?」
「学びたいという気持ちがあるのなら、私は誰にでも、自分が与えられた知識を共有したいと思っています。でも本人にその気持ちがないのなら、無理強いはしたくないです。アルダタさんの気持ちをお聞きしても構いませんか」
なんだ、そんなことか。本人の気持ちも何も、こいつは「やります」と言うに決まっている。そうでなければ、自分の母親が救えなくなるのだから。
「アルダタ。お前の気持ちを教えなさい」
マリルノは振り返り、アルダタの顔を見た。
「私、私は……」
おい、何をためらっているのだ。お前の答えは一つしかないだろう。
するとアルダタは、マリルノの前に跪いた。
「どうか私に、教養をお授けください」
「分かりました。私で良ければ、協力させてください」
よし。
堪えようとしても、頬が緩むのを止められない。
これで舞台は整った。
最後までお読みいただいて誠にありがとうございました。
アルファポリスにて最新話まで配信している作品です。
小説家になろうにおいては、まだ投稿頻度を定めておりませんが、順次アップロードいたします。
どうぞよろしくお願いします。