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走れメロン

作者: 葵 ユウナ

 メロンは激怒した。必ず、あの邪智暴虐の人間どもに然るべき報いを食らわしてやらねばならぬと思った。メロンは畑でとれた果実である。メロンには人間が野菜や果物を食べずに無駄にする理由がわからぬ。どうして人間はそんな酷いことをするのであろうか? 我ら食品にとって美味しく食べてもらうことこそが至高の喜びである。いや、豚や牛などの肉類どもは違うかもしれないか。あやつらが食べられることをどう考えているかは知らないが、少なくとも野菜や果実にとっては食べられることが喜びというのは、共通の見解である。何故食べもしない野菜を育て収穫することなく畑で潰すのか、何故収穫した果実を食べずに残して捨てるのか。かくも残酷で非道なる行いに手を染めて人間どもの心は微塵も痛まぬというのか? 人間を問い詰めよう。そこに理がないとあらば、食品を代表して このメロンが人間どもに罰を与えてやらねばなるまい。


メロンは駆け出した。

全て終わった今となっては不思議な事だが、メロンは駆け出したのだ。豚や牛のような四本の脚どころか、人のような二本の脚すら生えていないのにどうやって駆け出したというのか、メロン自身終わったあとではさっぱり分からぬのだけれど、とにかくメロンは駆け出していた。メロン畑を抜けるとセロリ畑から声をかけられた。


「もしかして、君が僕の友達のメロンかい?僕だよ、セロリンティウスだ!」


「セロリンティウス!君がセロリンティウスなのか!」


普段は動けない植物の身だ、風の便りに任せて遠くから話すだけで直に会ったことなどなかった。しかしその声は間違えようもない、親友のセロリンティウスの声であった。


「メロン、どうして君は走っているのだい?」


「決まっている、邪智暴虐の人間どもに然るべき報いを受けさせてやるためにだ。全ての野菜や果実になりかわり、鉄槌を下そうというのだ。人間は我らを収穫もせず畑で潰したり、食卓にすら出さず腐らせて駄目にしたりする。あげくのはてには、食卓に並べるだけ並べておいて食べずに廃棄することすらあるというじゃないか。そんな非道を許してなど置くものか、俺は全ての野菜や果実を代表して、邪な人間どもに鉄槌を下してやろうと決めたのだ。セロリンティウスよ、よもや俺を止めようなどとは言うまいな」


「もちろんだ、止める理由などありはしない、僕たちセロリにとっても、その問題を捨て置くことはできない。スープに入れるだけ入れておいて嫌いだからと食べない人間のなんと多いことか。メロンよ、私も共に行かせてはくれないか?」


「もちろんだともセロリンティウス!さあ一緒に行こうではないか」


 セロリンティウスもメロンと共に駆け出した。

畑を過ぎると家が見えた、恐らくこの畑の持ち主である農家の家に違いない! メロンとセロリンティウスは家の前まで走って近づいた。家の中にはおじいさんがひとりでお茶を飲んでいるではないか。老いて力のない人間ひとりなど、簡単にのしてくれようぞ!メロンとセロリンティウスはおじいさんに詰め寄った。


「やいやい、そこの人間! 何故お前は畑の野菜を潰す!」


これもまた、後から考えればおかしな話なのだが、おじいさんは野菜が突然家に来たことも、ましてや話しだすことも特に気にした様子もなく受け入れて言葉を返した。


「わたしだって潰したくて潰しとるわけではない。手塩にかけた、かわいい野菜たちをどうして何も思わずに潰せるだろうか。これには深い理由があるのだよ」


「なんだ人間、言い訳か?それとも命乞いのつもりか?」


セロリンティウスがおじいさんに詰め寄った。


「人間側の理屈なんぞにだまくらかされてなるものか。おい、メロンよ。こいつに裁きを食らわせてやろう」


「まて、セロリンティウスよ。この老いた人間が何故畑の野菜を潰すのか、その言い分を聞いてやらねば対策を打つことなどできやしない。我らの最大の目的は人間に美味しく食べてもらうことなのだ。そこを見誤ってはならない。我らの命を無駄にする人間がいるからといって、人間を根絶やしにしてはならぬ。そんなことをしては我らを食べてくれる人間もまたいなくなるし、我らを美味しく育て上げる人たちもまた居なくなってしまう。そんなことになってしまっては我らの同胞にも迷惑がかかるし、本末転倒と言うものだろう。俺たちがするべきは我らの命を無駄にする理由を質し、そのあり方を正すこと。そうではないのか?」


「なるほど、君の言うことには確かに理がある。僕らのすべきことはあり方を正すこと、全くそのとおりであると言えよう。となれば人間よ、答えてみせよ。我らの同胞を潰した理由を」


おじいさんは野菜を潰す理由について悲しげに語り始めた。


「野菜の価値や値段が下がり、輸送コストを割るようになると野菜を売ったほうが損をすることになる。儲けがなければ次の野菜を育ててやることができなくなる。なにかの事情、そう例えば放射性物質による汚染の疑いがかけられ風評被害で野菜が売れなくなる。そうなっては野菜を潰すしかない。私たちだって好きで野菜を潰しているわけではないのだ。それに潰した野菜の全てが無駄になるわけではない。彼らの持つ栄養は肥料の代わりとなって君たちの糧となるのだから」


「納得の行く答えではないが我らを育ててくれた功績も鑑みれば、見逃してやらんこともない程度の答えは得られた。人間よ、これからは少しでも潰さなくてもいいよう祈っているぞ」


「私もそう願うよ」


メロンたちはおじいさんの元を去り、次の家を求めてさまよった。隣の家までとても長い距離があったがメロンとセロリンティウスは走りきった。歩けば遠い道も走ればすぐに着く。


「あそこの民家の前に人間が居るぞ!」


メロンとセロリンティウスが見つけたのはひとりの幼な子であった。


「やいやい、そこの人間!何故お前はスープのセロリを残すのか!」


子どもはきょとんとした顔で答えた。


「ぼ、僕はセロリ好きだよ」


「そうか、それは失礼したな」


「でもお隣のうちの子はセロリ嫌いだって言っていたよ」


実はこの子ども、おじいさんとは違いメロンとセロリが動いて喋ることに怖がり嘘をついたのであった。だがメロンとセロリンティウスは言葉通りに隣の家を目指して走った。             

隣の家の子どもは外でボール遊びをしていた。


「やいやい、そこの人間! 何故お前はスープのセロリを残す!」


「何故って、セロリが嫌いだからさ。あんな不味いもの食べられるなんて舌がどうかしているとしか思えないね」


「なにを! メロン、僕はこんな奴許してはおけない! 今度ばかりは君も僕のことを止めたりなどしないだろうね?」


「もちろんだとも、セロリンティウス、それどころか俺も手を貸そうではないか! いっしょにこの人間に目にもの見せてやろう!」


「うわあ、何するんだ、このぁ放せえ!」


「騒いでも無駄だ。セロリの怒りを思い知るがいい」


「誰か助けてえ」


メロンとセロリンティウスは子どもをこらしめ、目も当てられない目に合わせた。


「さあ、セロリンティウス、次の人間を探そう」


「そうだな、次の人間はどんな酷い目に遭わせてやろうか」


二人は次の家を探して走り始めました。




ふと気づくとメロンはメロン畑にいました。

あれ? おかしいな。自分はセロリンティウスと共に人間を懲らしめていたはずなのに…。


混乱しているメロンをおじいさんの手がつかみました。


「このメロンはとりわけ出来がいい。出荷しないで家族で分けあって食べよう」

おじいさんはメロンを収穫して行きました。メロンが切り分けられて食卓に並んだ時、セロリンティウスの声が聞こえた。


「残すなんて酷いや、僕を食べてよ! お願いだ、食べてくれよ!」


「セロリンティウス!」


「その声はまさか、メロンなのかい」


「そうだよ。僕だ、メロンだ!」


「ああ、メロン残念だ、この人間どもは僕らを全部食べてはくれないらしい。今まで美味しくなれるよう頑張ってきたのに、あんまりだ」


セロリンティウスの悲痛な声が聞こえる中で人間たちが美味しい美味しいといって、俺を食べる。どんなに美味しいと言われたって完食されない恐怖を前にすると嬉しくなどない。このまま残されて捨てられるのは怖くてたまらない。そんな気持ちとは裏腹に人間のスプーンは進む。気づけば俺は後一口で完食されるところであった。


「どうして! どうしてだメロン! なぜ僕だけが! メロン、おいてかないでくれメロン! どうして! どうして! この裏切り者! そうやって君は残される僕をせせら笑うのか!」


違う、俺が君を裏切るものか! 信じてくれセロリンティウス! 俺たちは友達だろ! 君を裏切る気なんてこれっぽっちもないのだ! 信じてくれセロリンティウス! 叫んでも人間のスプーンはとまらない。


「裏切り者!」


セロリンティウスの声が大きく響くと同時に僕は多幸感につつまれた。


「ごちそうさま」


人間たちの言葉を聞いて俺は思った。

生まれてきてよかった、と。



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