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月蝕の黒魔術師~Lunar Eclipse Sorcerer~  作者: うさぎサボテン
第一章 月影の黒魔術師
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瞳の神殿内部

 起き上がってきたガーゴイルを杖で殴り、クラシェイドは後ろに跳んで間合いを取った。


(これって、もしかして……)


 クラシェイドは後ろにいるルカを一瞥した。ルカは何の事だか分からず、キョロキョロしている。


(まずはガーゴイルの動きを止めないと)


 クラシェイドはもう一度ルカを見て、彼と目が合うと、彼にこう言った。


「ルカ、束縛術でガーゴイルの動きを止めてくれない?」


 ルカはまだ何かよく分からない様子で、こくりと頷いた。


「おれに任せるべ」


 ルカの右腕に巻きついていた包帯が解け、魔力を纏ってガーゴイルに巻き付く。ギュッと身体を締め付けられ、ガーゴイルは空中で静止した。


「ありがとう。これで、詠唱が出来る」


 クラシェイドは詠唱をし始め、戦いながらこちらの様子を見ていたウルは不満の声を上げた。


「何だよ! ルカの手を使いやがって」


 詠唱に集中している為、クラシェイドにはその声は届かない。魔術を確実に発動させるには、何より集中力が必要だ。


『大地の女神ガイア、大地を揺らし愚かなる者に裁きを』


 地属性のマナが地面に大きな魔法陣を描き、ガタガタと大地が揺れ始めた。


『――――グランドランス!』


 クラシェイドが術名を言って杖を下げると、魔法陣から尖った岩が一気に天に突き出した。束縛術によって身動きが取れないガーゴイルは勿論の事、ウルの目の前のガーゴイルも、魔術の餌食になり、硬い身体を貫かれた。

 岩は魔力に戻って空中に分散していき、貫かれた二つの対象は力尽き、地面に転がった。暫くして、それは砂塵となり、跡形もなく消え去った。

 クラシェイドはウルの元へ歩いて行った。


「どうやら、物理耐性があったみたいだね」

「そうだったのか。どーりで、この俺の技が効かねーワケだ。……サンキュー」


 ウルは悔しそうにしながらも、クラシェイドに礼を言った。

 ルカとエドワードも、二人の所に来た。


「クラシェイド、スゴぐカッコ良か~」

「ホントだよね。これで神殿の中に入れるね」


 クラシェイドは扉を見、ウルはニヤリと笑って、早速扉に手を掛けた。


「よーし! いざ、瞳の神殿へ!」


 ギイィと鈍い音を立て、ゆっくりと扉が開いた。

 ウルを先頭に、クラシェイドとルカ、エドワードは中へと入っていった。





 神殿内部は所々、壁が罅割れ、床はタイルが捲れて薄汚れてしまっていたが、外装に比べれば十分整っていた。壁に取り付けられた燭台の炎は何とか燃え続けてはいるが、人が横を通る度に大きく揺れ、今にも消えてしまいそうだ。この雰囲気が、何処かティオウル洞窟に似ていた。

 クラシェイドは、ティオウル洞窟に行ったあの夜の事を思い出していた。


(もし、クリスティアと出会う事がなかったら……何も考えずに済んだのかもしれない)


 クラシェイドの横を歩いているエドワードは、彼の横顔を見て首を傾げた。


「何か考え込んでる?」


 クラシェイドの思考が止まる。


「大した事じゃないよ。こことティオウル洞窟が似てるなーって思っただけ」

「ふぅん……でも、何か複雑な顔してたからさ」

「そんな顔してた? ……」クラシェイドは少し間を空け、エドワードに一つ疑問をぶつけてみた。「エドワードはさ、人殺しはどう思う?」


 エドワードは一瞬驚いた表情をし、徐々に悲しみを帯びた顔になった。


「クラシェイドがそんな事訊いて来るなんて……何か心境の変化があったのかな。……おいらはね、人を殺した後、すごく悲しくなるんだ。だって、その人の人生を奪い、周りの人の人生さえも狂わせるって事でしょ? 仕事だからって言い訳にしているけど、ホントは…………」

「…………そっか、悲しい…か」


 ずっと心の中でふわふわと彷徨ったまま定着しない感情、これこそが悲しみなのだろうか? そうだとして、一体何がそんなに悲しいのだろうか? クラシェイドには分からなかった。


「さ、今日は楽しく行こうよ!」


 エドワードは笑顔で走り出し、つられてクラシェイドも走り出した。

 前方では、ウルとルカが何かを見て騒いでいる。

 クラシェイドとエドワードは二人の真後ろで立ち止まり、すぐに臨戦態勢を整えた。


「少し数が多いな」


 クラシェイドが、目の前に浮遊する目玉に蝙蝠の羽根が生えた魔物達を見てそう呟くと、ウルが嬉しそうに振り返った。


「よーし! クラシェイド、どっちが多く倒せるか勝負だ!」


 クラシェイドはきょとんとして杖を下ろす。


「え? また、そう言う訳の分からない事を……」

「競う相手がいねーと、何かとつまんねーもんなんだよ。あ、ルカとエドは手出すんじゃねーぞ」


 ウルは爪を変形させて、早速魔物の群れに突っ込んでいった。ルカは大人しく後ろに下がり、エドワードは呆れながら隣のクラシェイドを見た。


「別にウルの言う事利かなくていいからね。放っておけば、一人で倒しちゃうさ」


 確かに、エドワードの言う通りだが、さすがにウルもあの大群を相手にするのは大変だろう。クラシェイドは杖を構え直した。「一体ずつ倒していくのも時間がかかるし、広範囲の魔術を使えば早いよ」と、その場で、詠唱を始めた。



 ウルは一体の魔物を切り裂き、戦闘不能にした後、直ぐさま近くのもう一体を切り裂いた。さらに、休む暇なく、魔物を倒し続けた。

 魔物は目玉から黒い霧を発生させ、ウルは魔物の姿を見失ってしまった。その合間に、魔物は一斉にウルに襲いかかる。敵の気配を感じて、ウルは視界の悪いこの状況で避けるが、こちらの攻撃はなかなか当たらなくなってしまった。


「やべーな……この俺が雑魚に手こずるとは」


 何処からか、クラシェイドの詠唱する声が聞こえた。


『蒼き氷の乙女、汝に怒りと絶望の槍を振り翳せ』


 氷属性のマナが空気を冷やし、ウルは寒さを感じた。


『――――アイシクルスピア!』


 無数の氷の刃が出現し、黒い霧を割いて、魔物目掛けて空中を飛び交った。魔物は目玉を貫かれ、グロテスクな色の体液で床を汚し、光となって消滅した。


「うおっ!?」


 ヒュっと、最後の一撃がウルを目掛けて飛んで来て、ウルは顔を青くして慌てて避けた。


「もう少しで、魔物にやられるところだったね」


 クラシェイドが落ち着いた様子でそう言うが、ウルは怒りを露に彼に近寄った。


「いや! お前にやられるとこだった!」

「……広範囲の魔術で、対象のみを狙うのは難しい……てか、出来ないし」

「言い訳すんな! まず、謝るのが礼儀だろ!」


 クラシェイドは皮肉な笑みを浮かべた。


「礼儀とか、ウルが言えた事じゃないよね」

「く……一段と、今日はムカつくなぁ!」


  ウルがクラシェイドの喉笛を掴もうとした時、ルカが何かに気が付いて二人の横を通り過ぎた。


「今、何か走って行ったべ」


 その何かを見失ってしまい、ルカは立ち止まった。そこへ、ウルとクラシェイドとエドワードが駆けつける。


「確かに、魔力を感じるね」


 クラシェイドは、特に興味なさそうにそう言い、


「魔物かな?」


 エドワードは、何となくそう言い、


「行ってみようぜ!」


 ウルが楽しそうにそう言って、四人は歩き出した。




 唯同じ様な景色が続く道で四人分の足音の他に、別の、何処か重量感のある足音が響いてきた。


「多分、さっぎ走ってだ奴だべ」

「よっしゃー」


 警戒するルカを押し退け、ウルは我先にと角から飛び出した。

 エドワードは「もっと慎重に」と呆れながら後に続き、怯えるルカ、関心のないクラシェイドも続いた。

 始めにその姿を確認したウルは驚き、後退った。何事かと後から来た三人も、彼の視線の先を見て息を呑んだ。

 頭から爪先まで鎧に包まれた者が三名、長剣片手にこちらへ向いて立って居た。


「ディンメデス王国の騎士……?」


 エドワードが零して、ウルの焦りは一層高まった。


「何でこんな所に居るんだよ。負ける気はしねーけど、色々マズイぞ」


 じりじりと、両者の間に緊張感が漂う。

 騎士らは四人の事を警戒しているのか、一歩も動かない。こちらが動き出した瞬間、動き出す可能性がある為、四人も迂闊に動く事は出来ずにいた。

 クラシェイドは詠唱の準備でもしようかと意識を研ぎ澄ませ、ふと、騎士の鎧に目が止まった。――――国章が少し違う上、年季が入っている。


「あれは王国の騎士じゃないよ」

「は?」


 ウルが振り返ると、クラシェイドが氷の刃を放っていた。危うく、またウルは直撃するところだった。

 空中を一瞬で駆け抜けた氷の刃は鎧の一つを貫き、兜を切り落とした。ウル、ルカ、エドワードは「ひっ」と悲鳴を上げ、身構える。しかし、相手から悲鳴は疎か、鮮血は溢れて来なかった。代わりに溢れて来たのはもやっとしたマナの煙だった。


「どう言う事?」


 エドワードが疑問を口にすると、クラシェイドは空気中のマナを集めながら答えた。


「ガーゴイルと同じ。人の強い想いの宿った人工物が魔物化したんだよ。あの鎧は国が統一する前の物だね」


 そうと分かれば、躊躇っていたウルの足が動き出す。顔には強気な笑みを浮かべ、十分に尖らせた爪で鎧を引き裂く。

 表面に浅い傷跡を残し、鎧の魔物は体勢を崩してガシャンと床に転がった。衝撃で兜が落ち、鎧の中身を露わにした。


「本当に空洞だな」


 分かっていたが、ウルは実際に目の当たりにしてゾッとした。

 これが人の想いとマナだけで動いているとは、魔術が当たり前の世の中でも不気味に思う者が大半だ。


 まだ兜を付けた鎧が、攻撃直後のウルの背後を狙う。

 ウルはサッと体勢を立て直して振り下ろされた長剣を爪で弾き、長剣を手放してしまった魔物にも一撃くらわせた。

 また、床に転がる鎧。

 他の二体がウルに向かってきて、ウルは攻撃を加えるものの、殆ど手応えを感じていなかった。

 クラシェイドが“ガーゴイルと同じ”と言った時から、頭が弱いウルでも察しがついていた。

 ウルは後方から詠唱が聞こえて来るのを確認し、起き上がる魔物達を床に転がしていく。そうして、詠唱が止み、大量のマナが魔物の周囲に収束した。

 ウルはその場を離れる。


『――――ファイアブレス!』


 クラシェイドの術名と共に、マナが紅蓮の炎に変化してドラゴンの吐息の如く魔物達を飲み込んだ。

 激しい熱の中、鎧はドロドロに熔けてゆき、煤だけを残して消え去った。

 ウルは三人の方へ向き直り、クラシェイドを見た。


「また助けられたな。物理耐性のある相手じゃ、お前に頼るしかねーのが悔しいが。まあ、これでまた先へ進めるし、今回は大目に見てやろう」


 何様かと思う言動だが、ウルはクラシェイドを尊敬している反面負けず嫌いなのだ。

 ウルが歩き出し、三人も続いた。

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