愉悦する鋏の少年
過激な残酷描写があります。
クリスティアはヒヨコの体温で生温くなったタオルをヒヨコの額から取り除き、冷たい水を汲んだ桶に浸して力一杯に絞ってまた、ヒヨコの額にそっと乗せてあげた。
時折聞こえるヒヨコの呻き声に、クリスティアの心配は募った。早く解熱剤を飲ませて、楽にしてあげたいと思っていた。
コンコン。
扉を叩く音が聞こえた。クリスティアは薬を買いに行った三人が戻って来たのだと思った。
コンコン。
「ちょっと待ってね」
クリスティアは立ち上がって扉へ向かった。笑顔で扉を開ける。
「案外早かったね…………」
しかし、その向こうに見えた異質な存在にクリスティアは息を飲んだ。
「あ、あなたは…………」
「きゃああぁぁぁぁぁぁっっ!!!!」
突如、村中に少女の悲鳴が響き渡った。村人達は何だ、何だ、と次々と民家から顔を出した。
クラシェイド達はその声の主を知っていた。
「クリスティアに何かあったんだ!」
クラシェイドは顔色を真っ青にして、一人走って行った。アレス、シフォニィ、カラスも急いで彼の跡を追い掛けた。
クリスティアは左腕を右手で押さえながら蹲っていた。左腕からは絶え間なく血が流れ、肘から下がなくなっていた。目の前に立つ少年の足元に転がり落ちていたのだ。黒い髪の褐色の少年は、濁り切った紫色の瞳で少女を見下ろしてニヤリと笑った。少年の露出した腹には血の色の十字架のタトゥーがあり、右手には大きな、少年の胴体ぐらいはあろう大きさの鋏が握られていた。銀の刃はタトゥーと類似した液体で濡れている。
少年が鋏を振り翳した時、騒ぎを聞きつけた清掃員の女性が現れた。
「どうなさいまし――――」
少年は振り返り、不敵な笑みを浮かべた。そして、
ザクッ!
大きな鋏で女性の右肩を切り落とした。細い右手が床にゴトンと落ち、切り口から鮮血が吹き出した。
「あぁっ……!」
女性は激痛に気を失って倒れかけ、透かさず少年が女性の左手を掴んで女性の胸を鋏で貫いた。血が迸って少年は返り血を浴びたが、そんな事はお構いなしに女性の身体を床に叩き付けた。そのまま馬乗りになって、女性の顔に鋏を向けた。
「さて、どうやって切ろうかな~あははっ!」
少年は女性の鼻、耳を鋏で切り離し、鋏の先で両目を抉った。血がどくどくと流れ、床の血溜まりを広げてゆく。女性も少年もすぐに真っ赤に染まった。
それは、まるで子供が紙を鋏で切って遊んでいる光景だった。
女性の顔のパーツを全て切り終えると、少年は今度は首を切った。さらに、頭部を縦に真っ二つに切った。多くの血が溢れ、そこにドロドロとしたピンク色の物体も混じり合った。辺りは異臭に包まれた。
そこへ辿り着いたクラシェイド達は、目も疑う様な光景に息を呑んだ。先程会話した女性が、変わり果てた姿でそこに横たわっていたのだ。当然生きている筈もなかった。
カラスはシフォニィを後ろへ下がらせ、アレスが大剣を抜いて女性の上の少年に斬り掛かった。少年は立ち上がりながら後ろへ飛び退き、大剣は空を裂いた。
床に広がる血は扉の向こうへと続いていた。クリスティアとヒヨコが居る筈の部屋だ。クラシェイドは女性の遺体を一瞥して通り過ぎた。その時の瞳は揺れていた。そして、扉を開いてさらに瞳が揺れた。
「クリスティア!」
クラシェイドは左腕を失って蹲る少女の前に両膝を着き、少女の震える肩を掴んだ。クリスティアには何も反応はない。痛みと恐怖が彼女を支配していた。
カラスとシフォニィも部屋に入り、目の前の惨状に言葉を失った。二人はクラシェイドの傍に行った。
「どうしてこんな……」
クラシェイドの声が微かに聞こえ、シフォニィは縫いぐるみを抱き締めて俯いた。
「アイツが、シザールがクリスティアをこんな目に遭わせたのか……」
目の前の少女、廊下で無残な死を遂げた女性……そして、彼女達をこんな目に遭わせた鋏の少年。彼の嘲笑う姿がクラシェイドの脳裏を駆け巡り、怒りが……これまであまり抱いた事のない感情が湧き上がった。
クラシェイドはクリスティアを離し、杖を手に持って俯いたまま立ち上がった。
「アイツはオレが止めなきゃ。――――シフォニィ」
「あ、はい」
突然と名前を呼ばれ、シフォニィはビクッと震えた。
「クリスティアを頼むよ」
「うん。分かった」
クラシェイドはシフォニィとカラスの横を走り抜け、扉の向こうへ消えた。
いつもと雰囲気が違うクラシェイドを不安な面持ちで見送り、シフォニィは縫いぐるみを杖に変形させてクリスティアの前にしゃがんだ。
「ごめんね、クリス。治癒術じゃ、切断された腕をくっつける事は出来ない……。でも、痛みを和らげる事は出来るから…………」
クリスティアの左腕を光が包み、生々しい切断面に溶け込んだ。
カラスはベッドで眠っているヒヨコのもとへと向かった。
「カラス……さま…………クリスティアさんは……?」
ヒヨコは息を弾ませ、苦しそうにカラスにそう訊ねた。ずっとベッドに横になっていて周りの状況は分からないが、悲鳴だけは聞こえていた様だ。
カラスは何も答えず、解熱剤をヒヨコに飲ませた。
「シザール! お前だけは許さねー!」
「別に許してくれなくていいけど? 俺、悪い事してないし?」
アレスが大剣を振る度にシザールは楽しそうにステップを踏む様に後ろへ躱し、アレスの攻撃は掠りもしなかったがアレスはチャンスだと思っていた。何故なら、シザールを壁際まで追い詰める事に成功したから。
アレスは怒りと炎属性のマナを大剣に込める。シザールは壁を背に、にやりと笑っていた。シザールも、鋏に雷属性のマナを込めた。
両者が互いの武器をぶつけ合うと爆発が起き、両者はそれに飲まれた。白い煙が発生して、そこ一帯は何も見えなくなった。
「アレス!」
丁度その時クラシェイドが来て、床に倒れたアレスのもとへ駆け付けた。
アレスは立ち上がり、煙が消えてクリアになった場所を見た。そこにはシザールの姿はなく、壁に大きな穴が開いていた。シザールは壁と共に、外へ吹き飛ばされたのだ。
二人はそこから外へ飛び下りた。
着地した場所は村の広場。その中央で、シザールは待っていた。
「そうそう。俺、お前を殺しに来たんだったよ。クラシェイド。ムーンシャドウ様に命令されてさぁ」
「だったら、何で関係ない人まで巻き込んだ?」
「あっれ~? お前も怒ってんの? 俺、悪い事してないじゃん?」
何を言っても、この少年には通じない。根本から他の人とは違っていた。
「アレス……」
「ああ。分かってる」
クラシェイドがマナを集め始め、アレスは前に出た。
「あっはは! 望むところだぜ。せいぜい俺を楽しませてくれよ?」
シザールは鋏を構えた。
アレスが大剣を振り下ろし、シザールは鋏で受け止める。アレスが大剣に炎属性のマナを込め、シザールが鋏に雷属性のマナを込める。これではまた先程の様になってしまう。瞬時にアレスはマナを散らして、大剣を引く。シザールの鋏はまだマナを纏っていた為、アレスは彼から距離を置いた。
シザールが鋏を振り上げると、彼の周辺に小規模な雷が数本発生した。紫に光る雷は地面に突き刺さって消えてゆく。アレスとクラシェイドの真横にも雷は落ちて消えた。
クラシェイドの集中力が途切れ、詠唱は中断。再び詠唱を始めると、アレスがシザールに向かって行った。両者が武器をぶつけ合い、躱し、武器をぶつけ合う。決してアレスは手を抜いている訳ではない。相手が強いのだ。しかし、アレスにはクラシェイドが居る。強力な黒魔術師が。詠唱が完了さえすれば、こちらに勝機があるのは確かだが、シザールは上手い事アレスの斬撃を躱してクラシェイドのもとへ近付いた。
シザールが視界に入るとクラシェイドは詠唱を中断し、振り下ろされた鋏を杖で防ぐ。杖は鋏に押され始め、シザールは口角を上げて笑ってクラシェイドの腹に蹴りを入れる。クラシェイドは後ろへ軽く吹き飛ばされて受け身を取るも、鋏が頭上で煌めいた。そこへアレスが駆け付け、シザールに大剣を振り下ろした。シザールは横へ飛び退き、アレスは攻める。
クラシェイドは間一髪だったと冷や汗を流し、両者から間合いを取った場所で詠唱を始める。
『大地の守護者の魂、今此処へその偉大なる姿として現れろ』
アレスとシザールの足下に樹属性の魔法陣が浮かび上がり、地面が揺れた。
『――――ウッドマウンテン!』
アレスがそこから離れた瞬間、木の根が一斉に数本飛び出した。シザールはそれの餌食になったが、鋏で防いだ。結果として、一本の根だけがシザールの左腕を貫いた。シザールの左腕からは血が溢れる。
地面に滴り落ちてゆく自らの血を眺め、シザールは呆然と立ち尽くしていた。そんな隙だらけの敵に、アレスが大剣を振り下ろす。シザールは後ろへ跳んで、鋏を大きく振り回す。アレスが躱した事で間合いが出来た。シザールは鋏に雷属性のマナを纏わせる。
向こうでは、クラシェイドが魔術の詠唱をしていた。




