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月蝕の黒魔術師~Lunar Eclipse Sorcerer~  作者: うさぎサボテン
第七章 心に巣食う闇
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追憶

 アレスが前方へ走り、クラシェイドとシフォニィがその場に残って詠唱を始めた。

 サラマンダーが大口を開けて炎を吐き出す。それを飛躍して躱したアレスはサラマンダーの広い額に着地して剣を突き立てる。だが、足元があまりに熱く、アレスは反射的にそこから飛び下りた。


 サラマンダーの体内にはあの滝と同じ……岩漿がんしょうが流れている。それを覆っている硬い皮膚も、当然ながら高温になっているのだ。肌で直接触れると、大火傷を負ってしまう。


 サラマンダーは眼下の大剣士に、炎を吐き出す。アレスの目の前は真っ赤に燃え、アレスを包み込む寸前に白魔術師による防御壁が張られ、それは弾かれた。炎はマナに戻り、空気中に散っていく。

 アレスはサラマンダーに限界まで近付き、大剣を振るう。サラマンダーは足で軽く振り払い、次々と来る斬撃にも怯まず、まるで蠅を追い払うかの様に大剣を払い続けた。サラマンダーの意識はアレスなどではなく、向こうで詠唱をする二人の魔術師に向けられていたのだ。

 サラマンダーは天に顔を向け、咆哮した。それは空気を振動させ、地面をも揺らし、天空より炎を纒った隕石を呼び寄せた。

 無数の隕石がクラシェイドとシフォニィの頭上に迫り、シフォニィは素早く防御壁を張る。が、一つ目がぶつかった時点で罅が入り、二つ目を防ぐ事は出来なかった。それをクラシェイドの魔術がサポートした。氷の巨大な壁を出現させ、両者の攻撃が相反する属性同士である為に打ち消す事に成功した。

 サラマンダーが不敵に笑う。


「なるほど……強力な黒魔術師だ。この私の攻撃をいとも簡単に打ち消すとは。だが、私には勝てない……精霊である私には、お前達人間では足下にも及ばないのだからな」

「…………じゃあ、何でティニシーに仕えてた?」


 ふと思った疑問。それをアレスが口にすると、サラマンダーは契約者の最期を思い出し、「あぁ……」と口角を上げた。


「我が主が殺し損ねた、あの時の人間か。ティニシーは特別だ……他の人間とは違う、強い信念を持っていた――――」




 ***



 二年前、岩漿の滝に一人の若き召喚術士が足を踏み入れた。サラマンダーはそれに気が付いていながらもすぐには追い払わず、自分の膝下まで態と導いた。サラマンダー自身、この地から、この場所から、動けぬ事に退屈していたのだ。

 一人でやって来た人間とはどんな命知らずだろうと期待をしたが、サラマンダーの目の前に現れたのは小柄な少年――――否、少女だった。男のフリをしているつもりであろうが、サラマンダーにはお見通しだった。魂や気の色で、性別などすぐに分かってしまうのだ。こんな奴が一体、何をしに? サラマンダーの心は疑問で一杯だった。

 少女はサラマンダーを見上げ、言い放つ。


「炎の精霊サラマンダー! オレと契約しろ!」


 少女とは思えない凛とした声……何ものにも動じぬ眼差し……サラマンダーはニヤリと笑った。久しぶりに楽しめそうだと思った。


「……いいだろう。ただし、私に勝てたら……だがな」





 勝負はついた。勝者は勿論、サラマンダーだった。どんなに強力な剣士だろうと、魔術師だろうと、人間である以上、精霊には敵う筈もなかった。それを分かっていて、サラマンダーは少女と戦ったのだ。炎の精霊にとっては単なる遊びに等しかった。

 少女が膝を着いた時点で、彼女にこれ以上戦いは望めないと、サラマンダーは思っていた。戦えぬのなら、もう用などない……消してしまうのが、サラマンダーだった。


「私がかつて戦った人間どもの中では、一番手応えがあった。しかし、それももうおしまいだ」


 サラマンダーは大口を開け、空気を吸い込んだ。金色の瞳がぎらりと輝く。体内の岩漿が煮えたぎる。


「いや……まだ、まだだ!」


 少女は立ち上がった。サラマンダーは驚き、口を閉じた。


「オレはお前と契約する為にここに来たんだ……必ず、契約する!」


 もう身体はボロボロなのに、心は……まだ生きていた。諦めない、そんな強い意志がサラマンダーの頑なな心を動かした。


「ほぅ……この私にそこまで喰いついて来る人間は初めてだ。面白い。名を聞かせてもらおうか、小娘」

「オレの名はティニシー・フェノウ! …………小娘じゃない」

「では、ティニシー……私はお前に仕えよう」

「は?」

「契約すると言っているのだ。さあ、札を掲げよ」


 ティニシーは頷き、札を掲げた。すると、何も描かれていなかった表面に、炎が文字をなぞった。サラマンダーと契約が完了したというサインが記された。



 ***


 

 炎の精霊の話を聞き、クラシェイドとアレスはある事に気が付いた。それは――――


「ティニシーって、女の子だったのか!?」


 アレスが半ば叫ぶ様に言い放つと、サラマンダーは呆れた。


「何を今更。お前達は三年も小娘と一緒だったではないか」


 クラシェイドとアレスはティニシーと過ごした三年間を振り返ったが、ティニシーが女の子である確実な証拠を見つけられなかった。確かに、月光の館内の大浴場でティアンザを見掛けた事はあっても、ティニシーは一度たりとも見掛けた事はなかったのだが、果たしてそれだけで女の子と見抜けたのだろうか。

 二人は驚きと共に、劣等感の様なものを抱いた。ヴィクティム村での事だ。クラシェイドはティニシーの体術に苦戦し、アレスは地面に蹴り倒されて背中を踏みつけられたのだ。男女差別をしている訳ではないが、さすがに男として、女の子に追い詰められた事実が情けなく思った。


「性別など関係ない……ティニシーは誰よりも、陰で努力していた」


 サラマンダーから殺意は消え、懐かしそうに語り始めた。



 ***




『出てよ、炎の精霊サラマンダー!』


 サラマンダーはティニシーに喚ばれ、岩漿の滝を後にした。炎のマナと化し、時空間を飛び越えて主のもとへ。身体が再構築されて意識を取り戻すと、そこはいつもの月光の館付近の森だった。ティニシーがよく修行で使う場所。周りの木々や地面に所々傷が見受けられる。時々修行の時に召喚される為、サラマンダーはこの場所を知っていた。そして、今回も修行の為に召喚されたのだろうと思っていると、何やら様子が違った。主は真っ赤に実った林檎を持って、心なしか嬉しそうにしていた。


「サラマンダー……この林檎を軽く焼いてくれ」


 サラマンダーは耳を疑った。


「…………主よ、本気で言っておるのか?」

「ああ。その為に、お前を喚んだんだよ」


 ティニシーはいつもと変わらない自身満々の表情を浮かべた。サラマンダーは怒りを通り越して、呆れていた。


「精霊を何だと思っておる。こんな奴は初めてだ。仕方ない……そのめい、引き受けよう。だが、何故なにゆえその様な事をするのだ? 食べるつもりか?」

「ありがとう。食べると言っても、オレが食べる訳じゃない。ティアンザ……これが好きなんだよなー」


 サラマンダーは目を細め、ティニシーは頬を赤く染めた。


「――――って! 別にアイツの為じゃなくてっ! そう! アッツアツを食べさせて舌を火傷させてやるんだよ。あははは」


 ティニシーの表情と言動が全く合っていない。人間の事などどうでもいいと思っていたサラマンダーでさえも、その光景は少し微笑ましく思えた。

 サラマンダーは大口を開け、炎を控えめに吐き出した。林檎が炎に包まれて、表面に綺麗な焼け目を作った。辺りは甘い香りが漂う。

 そこへ、あらかじめティニシーが呼んでいた彼がやって来た。


「ティニシー、用事って何? と言うか、何でサラマンダーが居るの?」


 ティアンザは目の前の巨体に釘付けだ。

 ティニシーはティアンザの意識を自分に向けようとし、お皿に乗せた焼き林檎を差し出した。ティアンザは小首を傾げる。


「サラマンダーに焼いてもらったんだ。食べろ」

「まさか、その為だけに!? 食べろと言われても…………」


 一応皿は受け取ったティアンザだが、焼き林檎にすぐに手をつけられなかった。理由は簡単だ。物凄い湯気が焼き林檎から溢れていて、皿も熱かったから。


「ボクを火傷させる気なの?」

「くっ……!」これ以上は間が持たないと思ったティニシーは、ティアンザを指差した。「いけ、サラマンダー!」

「ええっ!? 人間相手に精霊をけしかけて来ないでよ!」




 ***




「おかしな奴だったが、私はティニシーに仕えていて幸せだったのだ。それなのに、何故あの様な選択をした? 何故主は死ななくてはならなかった?」


 サラマンダーはヴィクティム村での事を悔いていた。勿論、あれが主の命令だったとしても、精霊と言えども、納得の出来る結末ではなかった。しかし、それはクラシェイドとアレスも同じだ。双子を救う事が出来なかった事を何度も悔やみ、心の何処かで思い続けた……双子が無事である事を。


「人は何と、何と儚い事か!」


 サラマンダーの嘆きは、地面を揺らした。

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