騒がしい3人組
イザベラの店を背に、二人は歩き出して元の表通りに戻る。先程よりも、人が増えて賑やかい。
クラシェイドはノアンの横を歩きながら、彼が両手で抱えている紙袋に目をやった。
「すごい買ったね。全部、薬の材料?」
「そう。買い溜めってやつだ。館で治癒術が使えるのは俺だけだからな。なるべくなら、医務室を離れる訳にはいかん。それに、リスルドの事もあるし」
「あーそういえば」
「にしても、アイフラワー欲しかったなぁ」
「アイフラワー……ねー」
二人がそんな会話をしていると、前方から街の賑やかさに混じって、さらに賑やかい声が聞こえて来た。
「本当に行く気!?」
「魔物の棲み家だべ! やめておいた方が……」
「うるせーな! 臆病者共め。俺が行くっつったら行くんだよ!」
最初に聞こえて来たのは可愛らしい少年の声で、次に聞こえたのは訛り気味の青年の声。最後に聞こえたのは、荒々しく力強い青年の声だった。その声の主は会話をしながら、クラシェイドとノアンの方へ近付いて来る。二人はその声に聞き覚えがあったので、そのまま彼らが来るのを待った。
現れたのは身長も年齢もバラバラな男三人組だった。
中央に居るのは人混みの中でも埋もれない長身に背中まである黒髪、つり上がったルビー色の瞳に、鎖の装飾の付いたノースリーブの浅葱色の上着と赤いハーフパンツに白いブーツを着用した、頭に狼の耳を生やした青年。
彼の右隣に居るのは色白で痩せ型の、やたらと襟足の長い淡い寒色系の髪色にタレたアメジスト色の瞳、前が開いた白い半袖の上着と穴の開いた薄い青の長ズボンに飾り気のない下駄を着用した、露出した上半身と右手首を包帯で覆った青年。
そして、左隣に居るのは小柄で横髪が少し長い茶色い短髪に、つり上がった大きな金色の瞳、黒い長袖の上に肩からずり下がったサイズの大きな無彩色のパーカーと黄緑色のハーフパンツを着用し、足は爪先まで剥き出しで、耳が少し尖っていて悪魔の様な黒い尻尾を生やした少年だ。
ノアンは彼らの登場を容易に予測出来たので、「やっぱりお前達か……」と呆れ顔を作った。
一方の狼耳の青年は、二人に驚いていた。
「クラシェイドとノアンじゃねーか。街に遊びに来る柄じゃなくね?」
「あーオレは単に、ノアンに付き合っただけ」と、クラシェイドは答えた。
彼らがこうして親しげに言葉を交わしているのは勿論、同じ月影の殺し屋の仲間だからだ。特に、この三人組はクラシェイドとは館の私室が近い為、普段から関わる事が多い。
「ウル達こそ、どうしたの?」
クラシェイドが訊くと、ウルの左隣にいる悪魔の様な要素を持った少年が、困った顔をして答えた。
「ウルってば、今から瞳の神殿に行こうって言い出すんだよ。おいらは危険だから止めたんだけど、聞かなくって。――――ね、ルカ?」
少年がウルの右隣の痩せた青年――――ルカに視線を流すと、ルカも困った顔をした。
「そうなんさ~エドの言う通り。二人がらも、何が言ってくれねぇが?」
「何かって……オレには関係ないし。しかも、ウルなら尚更どうでもいいような」
嫌味を言うつもりはなかったのだが、つい、クラシェイドはそう零し、当然ながらウルは怒る。
「俺ならって、どういう意味だ! お前、いっつも俺には毒舌だよな。恨みでもあんのか」
「恨みはないけど、何となく」
「いい度胸だな。よし、決めた!」
ウルが一人頷き、クラシェイドは訳が分からなかった。
「何を?」
ウルはビシッと、クラシェイドに指を差した。
「クラシェイド、俺達と一緒に瞳の神殿へ来い! そこで、決着を付ける」
「はい?」
さらに訳が分からなくなる。そこへ、ルカとエドワードが止めに入ろうとすると、今度はノアンが訳の分からない事を言い出した。
「そうだ。クラシェイド、行って来い! 決着だか何だか知らんが、付けて来い」
まさか、ノアンがこんな事を言い出すとは……。クラシェイドは困惑し、少し失望した。
「意味分かんないよ。一方的じゃん、こんなの。オレは行かな……」
「……アイフラワー」
ノアンの囁く声が、とても残念そうな声が聞こえた。
「アイフラワー? あ、そうか」
クラシェイドは思い出した。確か、アイフラワーは瞳の神殿でしか採取出来ない植物で、ノアンが欲しがっていた物だ。そうと分かれば、訳の分からないノアンの言動に納得がいく。だが、それでクラシェイドの心が動く筈もなく、彼はあっさりと断った。
「じゃあ、ノアンが行って来ればいいよ。ウル達が一緒なら安心でしょ」
すると、ノアンではなく、ウルがそれに批判した。
「ノアンに行かせる気か!? 正気か、クラシェイド。館の階段を上り下りしただけで、息を切らしてるノアンが行ける訳ねーだろ! お前、悪魔か!」
「そうだぞ。俺じゃあ、瞳の神殿はキツすぎる」
内心、少し傷付いていたノアンだが、アイフラワーの為にウルの台詞に乗った。
「クラシェイド、ノアンの代わりに行ってあげて」
「クラシェイドは本当は優しいヤツだべ」
つい先程まで、瞳の神殿に行く事に反対していたエドワードとルカも、場の空気に飲まれてしまったのか、そう言い出す。
「クラシェイド、今更逃げ出したりしねーよな?」
「頼む。アイフラワーを採って来てくれ」
「一緒に行こうよ」
「一緒に行くべ」
四人に詰め寄られて、クラシェイドも耐え切れずに頷いた。
「わ、分かったよ……あ」
言った後、クラシェイドは後悔した。出来る事なら面倒事には巻き込まれたくなかったのだが、もう遅い。四人はその気になってしまった。
「よぉし! 瞳の神殿に行くぞ!」
ウルが歩き出し、子分の様にルカとエドワードが「おー!」と拳を振り上げてついて行く。それをぼんやり眺めていたクラシェイドの肩を、ノアンが優しく掴む。
「土産、楽しみにしてるからな」
「え……」
「ほら、行って来い!」
遠くで、ルカとエドワードがこちらに手を振っている。
「行くしかないか……」
クラシェイドは三人組の方へ走って行き、ノアンは彼を見送った後、「何か気晴らしになるといいが」と呟いて、白いスーツを翻して歩いて行った。
三人組の騒がしい会話を聞きながら、ふとクラシェイドは空を見上げる。今日の空はこんなにも蒼く澄み渡っているのに、どうしてか不安だった。
――――お父さんを返してよ!
突如として蘇る少女の悲痛の叫びと自分が殺したターゲットの死体。以前まではあまりの興味のなさに記憶にも残らなかったと言うのに、今は何故か色濃く残ってしまっている。記憶と感情を失った少年には、言葉に変換出来ない複雑な感情が渦巻く。
「そう思うでしょ? クラシェイド」
エドワードがクラシェイドの横から顔を出し、クラシェイドはハッと我に還った。
「え? 何?」
「聞いてなかったの?」
「ごめん。考え事してて」
「もう~ルカみたい」
「いやいや。おれ以上に、ぼんやりしてるべ」
自分の名が会話に出てきたので、ルカも会話に入ってきた。
「そこは否定しないのかよ」と、ウルは呆れてつっこんだ。
「へへっ……いつも、ウルとエドに言われるがら」
これ以上、つっこみようもないので、ウルもエドワードも何も言わなかった。
クラシェイドは立ち止まって、もう一度空を見上げる。今宵はきっと、月も星もないだろう。寂しい空から溢れるのは漆黒の闇。前に進む希望さえも見失ってしまう様な、深く深い闇。いつか自分も、それに飲まれてしまいそうな……そんな気がした。
「クラシェイド、行くぞ!」
ウルの声がし、クラシェイドは再び歩み出した。