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深い悲しみの夢の中で

 クラシェイドは何も出来ず、ただその光景を視ている事しか出来なかった。

 魔物が口から放った黒くドロドロとしたものはナイフを飲み込み、カラスの目の前まで伸びて来た。


「……カラス!」


 思わずクラシェイドは叫んでいた。

 黒はカラスを飲み込み――――否、カラスの立っていた場所を黒く染め上げ、溶かした。

 それをその隣で無表情に見つめるカラスの姿に、クラシェイドは安堵した。


「意外と、動けるんだね」

「……そろそろ、詠唱の準備でもしておけ」

「了解」


 クラシェイドがマナを周囲に集め、カラスはナイフを強く握った。

 ゆらりと立ち上がった魔物に、カラスのナイフが放たれる。魔物は避ける事も叶わずに、目玉をまた一つ潰された。

 カラスが最後の目玉を狙うその時に、クラシェイドが詠唱を始めた。


『烈風よ、神の魂をその身に纏い、汝の欲望を引き裂け』


 風属性の黄緑色の魔法陣が魔物の足下に大きく描かれ、風が舞い、それに引き寄せられるかの様にカラスのナイフが飛んで来て魔物の目玉を貫いた。


『――――サイクロン!』


 風は大きくうねり、星空へ向かって伸びてゆく。

 クラシェイドは杖を下げ、ふと、魔物の真上を見た。丁度月と重なった黒い人影が手元を銀色に輝かせて、魔物の頭上へと急降下しているではないか。

 竜巻は次第に回転速度を上げて、空気や地面をも巻き込み、辺りを蹂躙し始めた。

 人影もそれに気が付き、無理矢理に方向転換をして竜巻のすぐ隣に着地した後に、地面に大剣を突き刺した。

 魔物は血と肉片をばら撒き、静かな夜半に悲痛の叫びを轟かせて竜巻と共に消滅した。


 クラシェイドは、竜巻の餌食に危うくなりそうだった人物を何も言わずに見た。

 彼の視線を感じて、その人物――――アレスは平静を装って言った。


「助けてほしい時は俺の名を呼んで。何処にでも駆けつけるから」

「何それ?」

「今言っても、格好つかんな」


 クラシェイド、おまけにカラスの態度は夜風よりも冷たかった。


「う、うるせー! ちょっと、タイミングミスったんだよ!」


 アレスは大剣を鞘に収め、頬を赤らめて横を向いた。


「ちょっと……どころではなかったな。あれは稀に見る馬鹿だ」

「カラス、てめーっ!」


 アレスはカラスに大股で近付き、マフラーをぎゅうっと絞めた。


「……絞殺……とはなかなか味気ない……殺し方をするんだな……」


 カラスは相変わらずの無表情でアレスに毒を吐く。息だけはさすがに続かないようで、言葉は途切れ途切れだ。

 アレスは怒りを通り越して呆れ、マフラーから手を離した。

 クラシェイドが二人のもとへ歩いて来た。


「それより、他の皆は?」

「あ? ああ。アイツら、ぐっすりと寝てるぜ。こんな巨大な魔物が出たっつーのに、呑気に夢の中だ」

「そういうお前も、前半は夢の中だったじゃないか」

「だから何だよ、お前は! 皮肉ばっか言いやがって! この…………つり目野郎!!」

「ああ。俺は生まれつきつり目だが?」


 カラスは首を傾け、アレスは何も言い返せず、渋い顔をしてクラシェイドの肩を軽く叩いた。


「クラちゃん、何か言ってくれよ! こう……コイツの悪口みたいなのをさ」

「えーっと……オレが言うの? うーん…………じゃあ、クロ!」


 カラスがくすりと声を漏らし、アレスは首を横に激しく振った。


「それじゃあ、ペットの名前だろーが!」

「そう……? 別にこれといって、何も思いつかないし」

「くっ……! クラちゃんは優しいんだよ、もう」


 アレスは溜め息をついた。


「お前ら、本当のアホだな。ヒヨコの方が、もっとまともな悪口を言える」

「ヒヨコか!」


 アレスは閃いた。


「カラス! お前はロリコンだ!!」


 アレスがビシッとカラスに指をさし、カラスは黙った。


「あんな小さな女の子を連れて歩いている上、様付けさせてる。これは、誰がどう見てもロリコン」

「ロリコン……?」


 クラシェイドはカラスがそうであると思わない。もしくは、言葉の意味すら分かっていない……どちらとも読み取れる疑問の表情を浮かべた。


「ヒヨコは勝手に俺について来ているだけだ。それに、様付けは俺が頼んだ訳じゃない。昔から……物心つく頃から、そう呼んで来るんだ。まるで、母親の真似をしているようにな」

「母親? と言うか、ヒヨコって一体? お前の妹じゃないよな……似てないし」


 アレスが首を傾け、カラスの返事を待った。

 カラスは腕を組んで小さく息を吐いた。


「お前達に話した所で仕方のない事だ。ただ、血は繋がっていないのは確かだ」


 二人はそれにとりあえずは納得をし、これ以上は詮索しないように口を噤んだ。

 カラスは星空を見上げる。一つの星が空を滑り落ちて消えた。


「……流れ星だ」


 二人も、カラスの視線の先を見た。また一つ、二つと、星が輝いては滑り落ちて消えた。

 アレスはカラスの顔を横目で見て、ニヤリと笑った。


「本当だな。カラス、お前って流れ星に願い事するタイプなのかよ?」

「それも夢があって悪くはない。だが、流れ星と願い事の関連性が俺にはよく分からん」

「…………確かに」


 アレスとクラシェイドは口を揃えて納得。

 三人は暫く、無言で星空を見上げていた。

 





 火の消えた薪を囲んで、クリスティア、シフォニィ、ヒヨコはすっかり夢の中に落ちていた。

 シフォニィは縫いぐるみを抱いたまま、楽しい夢でも見ているのだろう。寝返りを打つ顔はとても幸せそうだ。クリスティアがセットしてくれた髪型は、もう元の髪型に戻っている。ヒヨコも同様に、とても幸せそうに寝息を立てていた。

 クリスティアだけは時折唸り声を上げ、寝返りを打つにも苦しそうだった。



 ***



 ぼやけた風景の中で、はっきりと聞こえるのはクリスティア自身の声と懐かしい父親の声……。


「お父さん! お客さんが来てるよ」

「クリスティア。暗くなる前に帰って来いと言った筈だが……」

「ごめんなさい。お母さんに花束を……――――あぁっ!? ない……。洞窟に落として来ちゃったんだわ」

「何で落とすんだ。それよりも、俺に客とは? 予定では明日、エルフォートから魔術師が来て下さる事になっているが……」

「エルフォートから来たのかな? 遠いから、早めに出て早く着いてしまったのかもしれないよ?」



「クリスティア。何があっても、こっちには来るなよ! いざとなったら、そこの裏口から逃げるんだ」



 途切れて見える風景と声。父が居なくなり、自分だけがここに残される。

 そして、父の悲鳴が轟き、次の瞬間、風景は朱に染まった。


「な、何……これ。お父さん? お父さん、どうしたの!?」


 父はまた居なくなった。今度こそ、永遠に。

 どうして、こんな事になってしまったのか。元凶はすぐ傍にいた。


「あなたがやったのね!? どうして、こんな酷い事をするの? お父さんはあなたに恨まれる様な事したの?」


 ヒドラから命を救ってくれ、父の来客だと思った黒魔術師の少年だった。

 少年は悪びれる様子もなく、淡々と言ったのだ。


「恨み? オレは感情で人を殺さない。唯、命令された通りにターゲットを殺すだけ」


 たったそれだけの単純な理由で、たった一人の肉親を奪われたと思うと悔しくて悔しくて堪らなかった。


 許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない許さない……絶対に許さない!





「殺してやる!」


 辺りには真っ黒な液が雪崩落ち、全てを黒く塗りつぶした。何もない空間に、短剣を持って立ち竦むのはクリスティア、ただ一人。

 何も見えない。何も聞こえない。それでも、彼女の“怒り”という感情は消えなかった。絶対に、彼だけは殺さなくては!

 クリスティアは歩き出した。そして、走った。彼がいた。

「殺してやる!」と言い放って短剣を振り翳したが、振り向いた彼の顔は穏やかだった。父を殺した時とは違う、とても優しい顔。どうして、そんな顔が出来るのか憎かった。けれど、それ以上に知りたいって思った。その笑顔が好きだって、安心出来るって想ってしまった。

 クリスティアは手に力が抜けて、いつの間にか短剣を落としていた。

 クリスティアの頬に涙が伝う……



 ***




「お父さん…………」


 涙は月の光を取り込み、クリスティアの閉じられた目の端で美しく輝いていた。

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