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月蝕の黒魔術師~Lunar Eclipse Sorcerer~  作者: うさぎサボテン
第一章 月影の黒魔術師
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時計台の街ティオウル

 追加料理を食べ始めたアレスを置いて、クラシェイドは月光の館を出て行った。一歩外へと踏み出せばフワッと爽やかな風が吹き、視線を前方へ向ければ、上空の闇と混じって青空が広がっていた。此処からは時計台の街ティオウルが一望出来る。


 ふと、崖の縁の前で街を眺めて煙草を吹かす白いスーツの男の姿があるのに気付いた。屋外であるのに、足下には緑色のスリッパを着用している。彼の事は知っていたが、話し掛ける必要性もなかったので、クラシェイドはそのまま通り過ぎようとした。

 ところが、男の方がクラシェイドに気が付き、話し掛けて来た。


「クラシェイドじゃないか」

 クラシェイドは踵を返した。

「ノアン」


 朝日を受ける金色の短髪、朝と夜の間を思わせる橙の眠たそうな瞳、ビシッと絞まった緑色のネクタイ、クラシェイドがノアンと呼んだ二十代後半のその男は月光の館に住まう薬剤師兼白魔術師だ。


 ノアンが手招きし、クラシェイドは彼の隣に移動して共に朝日を眺めた。

 ノアンは煙草を指の間に挟み、クラシェイドに顔を向けた。


「また仕事か?」

「うん。ノアンは……」

「俺か? 気分転換。ほら。此処ってずっと夜だろ? だから、日の光が無性に恋しくなるんだよなー。大抵の生き物は日の光を浴びないと不健康になるから、少しでも太陽の下に出るといいぞ」

「そう言うもんなのかな」

「……クラシェイド、お前」

「え?」


 ノアンに真摯な眼差しを向けられ、クラシェイドはほんの少したじろいだ。


「何かあったのか?」


 何を根拠にノアンがそう言ったのかは分からないが、彼の洞察力は人一倍優れているのも事実だ。普段、医務室で月影の殺し屋達を診ている事もあり、少しの変化でも見逃さない。クラシェイド自身、疑問を持たれる程のモノを表に出しているつもりはなかったのだが、その彼が疑問を持ったのだからそうなのだろう。

 夕日の様な瞳は全てを見透かしている様な気がして、クラシェイドの視線は自然と街の方へ向いた。


「別に……何もなかったよ」

「……そうか」


 これ以上はノアンも踏み込まず、そっと視線をクラシェイドと同じ方へと向けた。


 ゴォン、ゴォンと、一日の始まりを知らせる時計台の鐘の音が辺りに鳴り響いた。



「もう二年だっけ」


 クラシェイドが話を切り出し、ノアンは煙草を吹かして頷いた。


「そうだな。月影に来て、もう二年になる。色んな事に慣れて来た」


 月影の殺し屋としての立場上、クラシェイドの方が一年先輩の様なものだが、年齢的に言えばノアンの方が年上で、クラシェイドとは十歳程離れている。

 ノアンは真上の空と向こうの空を見比べて、苦笑いをした。


「しかし、この光景にだけは慣れんな。まるで、ここだけが世界から切り離されたかのような……時が止まってしまったかのようだな」

「時が止まった…か……」と、クラシェイドは言いかけ、憂いの表情を浮かべた。「今のオレみたいだ」

「え?」


 予期していなかったクラシェイドの台詞に、ノアンは驚いて聞き返した。だが、クラシェイドの対応は先程と変わらない。


「何でもない」

「そうか。なら、いいが……」


 ノアンも、そう返すしかなかった。

 クラシェイドはノアンを一瞥し、時計台の街を見つめた。その様子に、ノアンはニッと笑った。


「ティオウルでも行くか?」

「ティオウルに? 何で?」


 突然言われて、クラシェイドは少し戸惑っていた。


「今、目で訴えたじゃないか。時計台の街に行きたいって」

「いや、別にそういうわけじゃあ……」

「俺も丁度、用があるしな。行こうか!」

「だから、ノアン。違うんだって……。今から仕事に行かなきゃいけないし」


 クラシェイドが意見する暇はなく、彼はノアンに(半ば強引に)時計台の街ティオウルへ連れて行かれた。





 日が昇って間もないというのに、ティオウルの街は住人達で溢れかえっていた。皆、時計台の鐘の音で動き出すのだ。店もすでに開いていて、ノアンが路地裏の古びた小さな店の前で立ち止まった。


「どうしたの? ノアン」


 クラシェイドが訊くと、ノアンは店を指差した。


「あそこに寄りたいんだが」

「いいけど……やってるの?」

「ああ。俺がよく行く、薬の材料を扱っている店だ」


 ノアンは月影の殺し屋の治癒をする事が多いが、薬の調合を行う薬剤師が本業だ。

 薬剤師は各街に一人はおり、病人の診察、そしてそれに適した薬を調合している。怪我なども塗り薬で治す事は可能だが、その役目は同じく各街に居る白魔術師が請け負っている。病気は薬でしか治せず、怪我は治癒術の方が圧倒的に治りが早いのだ。


 この街にも彼らは在住しており、太陽の沈む方角に小さな薬屋が、太陽の昇る方角に立派な教会がある。前者は小さな村にもあるが、後者は栄えている場所にしかない。また、教会には司祭による治癒の他に、召喚術士が精霊の時空間魔術の力を借りて荷物の運搬を行っている。ノアンが月光の館に来る前は月影の殺し屋も彼らにお世話になっていたらしいが、クラシェイドは病気も怪我もした事がなかったので存在すら知らなかった。


 ノアンの様にどちらの役目も請け負う事の出来る者なら誰からも頼りにされるだろうし、月影の殺し屋にわざわざ入る必要はなかった筈。けれど、アレスと同じ様に表面上は陰がない様に見えても、実際、彼は自分の事を多く語らない。心に闇を抱え、居場所をそこにするしかなかった……のかもしれない。


 ノアンが店の木の扉を開けて中へ入って行き、クラシェイドも中へ入った。




 店内は薄暗く、狭いのに、棚に所狭しと小瓶が並べられていた。小瓶の中身が気になったクラシェイドがそっと小瓶を覗くと、ギョロッと何かが蠢いた。無数に詰め込まれたそれは、恐らく魔物の目玉だった。クラシェイドは無言で眉を顰める。

 クラシェイドがこうしている間に、ノアンは慣れた様子で店内を歩き、奥のカウンターへ。


「おい、イザベラ」


 ノアンが声を出すと、カウンターの後ろの扉から、若くて綺麗な女性が出てきた。


「ノアンちゃん、いらっしゃ~い。今日は何を買ってくれるの?」


 イザベラと呼ばれた女性は目の前の客を見た後、その背中越しに見える黒い服の少年の方を見た。


「あの子は?」

「クラシェイドだ。ああ見えて、最強の黒魔術師だ」


 ノアンが棚の小瓶を一つ手に取りながら答えると、横をイザベラが摺り抜けて行った。


「へえ~まだ若いのにね」イザベラは興味津々に、クラシェイドの所へ行き、顔を近付けた。「美人さんね。でも、なーんか誰かに似てるような気がするのよね~――――あ。キミ、月影なんだ」


 クラシェイドの左の頬にある血の色の十字架のタトゥーを見て、イザベラは彼が殺し屋だと分かった。


 血の色の十字架のタトゥーは月影の殺し屋の証であって、月光の館へ入る通行証の役割もある。だから、証のない者が月光の館に足を踏み入れようものなら、ムーンシャドウが張った特別な結界によって入口で即弾かれてしまう。しかし、殆どの者はそれらの事実を知らない――――月影の殺し屋に証がある事など知らないのだ。唯、イザベラやクリスティアの父の様に、知っている者も存在する。知った経緯は個々で異なるが、それを敢えて己の内だけに秘めているのは己や周りがターゲットにされる事を恐れている故。こうして、月影の殺し屋は謎の集団のままで居られるのだ。


 クラシェイドは不快に思い、顔を反らした。


「……国にでも突き出す?」

「や~ね~そんな事しないわよぉ」


 イザベラは困った様に笑う。その後ろで、ノアンは両手に小瓶を持って、彼女の台詞に付け足した。


「大丈夫だ、クラシェイド。俺なんて、二年もこの店に通い詰めているが、未だに彼女は月影である俺を国に突き出そうとはしない」


 それを聞いて、クラシェイドも少し安心した。


「そうなんだ……でも、何で?」


 イザベラはニコニコしながら、後ろを振り返った。


「だって、ノアンちゃんはこの店のお得意様だもの。善人だろうと、悪人だろうと、商品を買ってくれるなら神様よ。それに、」イザベラは表情と顔の向きを戻して、静かに語り始めた。「仮にもし、貴方たちを国に突き出したとしても、現在、国は動いてはくれないわ」


 またクラシェイドは疑問に思い、首を傾けた。すると、今度はノアンが続きを語り始めた。


「ディンメデス王国には二人の側近がいてな、両者は対立し合っている。一年前に側近になられたクロル様の方は、一刻も早く月影を捕まえたいみたいだが、一方のマイル様はそれを阻止している。その理由というのが、国王の命を護る為……無闇に月影に手を出せば、国王が暗殺される危険があるんだとさ。だから、作戦をきちんと立ててからじゃないと、王国は月影に手を出せないってわけだ」


 クラシェイドが納得してノアンを見ると、彼は物凄い状態になっていた。両手に持っていただけの小瓶が、いつの間にやら、両腕に抱えるほど大量になっていた。


「イザベラさん、ノアンが……」

「あら、いけない」


 イザベラは、小走りでカウンターに戻る。


「お会計でいいわね?」

「ああ。頼む」


 ノアンはどっさりと小瓶をカウンターに置き、それを見てイザベラは会計を始める。


「えっと、全部で200メデスね」


 ノアンは、ジャケットの内ポケットから初代国王の横顔の描かれた銅貨を二枚取り出して、イザベラの目の前に置いた。イザベラはそれをしっかり確認して懐に納め、大きな紙袋に商品を詰め込んだ。


「お買い上げ、どうもありがとうございます。また、よろしく~」


 満面の笑みでイザベラが紙袋を手渡し、ノアンは受け取って、彼女にダメ元で訊いてみた。


「アイフラワーが見当たらなかったんだが……置いてないのか?」

「そうなのよ~今、切らしてて。と言うか、もう入荷は無理ね。アイフラワーは瞳の神殿でしか採取出来ないんだけど、最近あそこ閉鎖されたじゃない? 魔物の棲み家になっちゃったとかで。まあ、でも……一応知り合いに訊ねてみるわ」

「く……残念だ。じゃあ、また来る」


 ノアンは悔しそうに身体の向きを変え、扉の方まで歩いて行った。


「はいはい~いつでも歓迎いたしますよぉ」


 イザベラは手を振って、彼を見送る。

 横をノアンが通り過ぎたのと同時に、クラシェイドも動き出した。――――と、


「あ! 思い出した!」


 イザベラが突然大きな声を出し、クラシェイドと、扉を開けたばかりのノアンが立ち止まって振り返った。


「クラシェイドくん。キミは、あたしが昔付き合ってたクロードって男に似てるんだ」


 ノアンは呆れた顔をし、クラシェイドは何故か曖昧な顔をした。


「クロード……?」


 その名を口にした瞬間、クラシェイドの心臓がドクンと跳ねた。まるで、今まで忘れていた大切なものを思い出したかの様に、懐かしく思えたのだ。


「知っているのか?」


 ノアンが訊くと、クラシェイドは首を横に振った。


「……分からない。だけど、何処か懐かしいような」

「うーん……だが、そう思うのなら何かあるのかもしれないな」

「そうだね。何かあればいいけど」


 二人が真剣な話をしているにも関わらず、イザベラは空気を読まずに口を挟んできた。


「そのクロードなんだけど、神父のくせに女遊びが好きでさ~それが嫌で別れたのよね。それから、もう会ってないけど元気かなぁ」

「イザベラ、お前の話はもういい」ノアンは、クラシェイドを見て手招きをした。「用は済んだから、さっさと行くぞ」

「あ、うん。じゃあ……イザベラさん、オレたちはこれで」


 クラシェイドはイザベラに軽く頭を下げ、イザベラはニコッと笑い返した。

 二人の客が店を出て行き、扉が閉まり終わる直前にイザベラは独り言を呟いた。


「クロード、ちゃんと家庭を持てたかしら」

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