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黒幕がいる

 ようやく大広間にたどり着き、アレスは金属製の重たい扉を押す。

 薄暗い廊下に眩い光が溢れ、アレスは少し目を細めた。

 僅かに開かれた扉の向こうに見えるのは、会いたかった両親の姿。しかし、その両親の目の前には見知らぬ老人がおり、両親に長剣を向けていた。

 アレスはそのままの状態で静止し、三人の様子を窺った。



「さて、聖剣エクスカリバーの隠し場所を教えてもらおうかの」


 老人が冷たい瞳で、優雅な服装の赤い長髪の男と、優雅なドレスの栗色の長髪で巻き毛の女を見た。


「あれは我が家宝です。何人なんびとにもお渡しする事は出来ません」


 女が冷静に返すと、老人は肩を落として傍らで震えているシェレイデン家の使用人の髪を引っ張り、引き寄せた。

 使用人の喚き声を無視し、老人は彼の首を長剣で切り落とす。

 血が迸り、使用人の頭部が床にゴロンと落ちて転がった。

 女は頬に付いた血を拭おうともせず、呆然と立ち尽くしていた。


「こう……なりたいのか? ご婦人」


 老人が長剣を女に向け、女をギロリと睨む。

 女は依然として立ち尽くし、目は見開いたまま。恐怖だけが覗いて見える。

 男は女を庇う様に前に出、片手をバッと広げた。


「貴公は間違っている! そこまでして、何故エクスカリバーを欲する!?」

「何故……? これから死に逝く者に教えたところで、意味などあるまい」


 老人が影のかかった笑みを見せ、長剣を振り上げた。



(と、父様!)


 アレスは部屋に飛び込もうとする――――が、急に誰かの手が口を塞ぎ、もう一方の手が身体を拘束し、アレスは再び静止をせざるを得なかった。

 アレスが見上げると、そこには男の細い顎があった。顔までは暗くてよく見えなかったが、知らない人物だった。

 男は扉を静かに閉め、アレスを離して彼に目線を合わせる為にしゃがんだ。


「……いいかい? キミは裏口から逃げるんだ」

「な、何でだよ! 父様と母様が……」


 男は興奮気味の少年を宥める様に、人差し指を立てて自分の口元に当てた。


「でも、でも……」


 今度は泣き始めた少年に、男は口元に当てていた手を開いて少年の頭に乗せた。


「大丈夫。キミのお父さんとお母さんは私が助けるから、もうキミは心配しなくてもいいんだよ」

「ほ、本当に……?」

「ああ。約束する」

「約束だよ!」

「…………さあ、そろそろ行きなさい」


 男は立ち上がり、廊下の向こうを指差した。

 アレスが大きく頷いて走り出し、それと同時に男は扉を開けて中へと入って行った――――



 ***




「その後、あの男との約束が果たされる事はなかった。シェレイデンはあの夜、没落したんだ。それも……レクスの手によって!」


 アレスは血の気がなくなるのではないかというくらい、拳を強く握り締めた。

 カラス以外は騒然とし始める。


「嘘……そんな事があったんだ」と、クリスティアは眉を下げて口元を両手で覆った。

「十八年前って言ったら歴史的にそんなに古くない筈だけど、そんな話初めて聞いた」


 クラシェイドがそう口にすると、カラスが淡々と説明をした。


「ああ……当時を知る人間が歴史の闇に葬ったんだ。あんな血生臭い事件を、世に広める訳にはいかないとな」


 周りはざわつき、個々が不満の言葉を発する。その中で、怒気を含んだアレスの低い声は鋭く空気を引き裂いた。


「それでも、俺は忘れない。許せないんだ」

「…………レクスがか?」


 カラスは表情を変えず、漆黒の瞳で目の前の男を見つめた。


「…………ああ。勿論、アンタ自身が悪いとは思わない。けど、」

「レクスそのもの。つまり、レクスの血を引いてる者や関わっている者全てが許せないという訳か」

「カラス様……」


 ヒヨコが不安そうな顔で、カラスの袖を掴んだ。


「それだったら、俺だって同じだ。レクスもシェレイデンに潰された。……その大剣を見ていると、無性に腹が立つ」


 アレスは何も言い返せなくなり、俯いてグッと奥歯を噛み締めた。


 二人の間の空気が不穏なものへと変わる。


 また、クラシェイドとクリスティアもそれが他人事だとは思えず、さらに静まり返っていた。時折顔を上げ、不意に目が合うと、気まずそうに共に逸らした。

 シフォニィとヒヨコは周りに気遣い、声を出す事を躊躇っていた。

 カラスは一度咳払いをし、全員の視線を集めた。


「だが、それも表向きで伝えられているだけの事だ」

「表向き?」


 アレスが疑念をカラスにぶつけた。


「俺は裏で何者かが動いていたと推測している」

「それって、黒幕が居たって事?」


 シフォニィが訊くと、カラスは頷いた。


「最近姿を現した女、トキ。レクスは俺と俺の祖父母しか生き残りがいない筈だが、アイツは間違いなくレクスの人間だ」

「確かにアイツ、黒い髪に黒い瞳だった」


 アレスはトキの姿を思い浮かべて納得した。


「それだけじゃない。エクスカリバーとラグナロクを狙っている時点で、かなり怪しい。さらに、アイツには仲間が居ると聞く。そいつが黒幕だとしたら、辻褄が合う」

「その黒幕が真実を知っている訳か。……もしかしたら、レクスは無関係かもしれない……互いに許す事が出来るかもしれないんだな」

「ただ、現段階では敵同士だがな」


 アレスの目には希望の光が宿ったが、間髪入れずに言ったカラスの言葉がそれを一瞬にして消し去った。


「そう、だな。いきなり真実は違うって言われても、十八年間の憎しみは消えない。シェレイデンは汚名を着せられて、唯一の生き残りの俺も“普通”の人生は送れなかったから」


 だから、アレスは月影の殺し屋に入るしかなかった。彼の言う“普通”がどの程度なのかは分からないが、残虐な光景を目の当たりにして命の尊さを痛感した彼が、自らの手を血で染めようと決意したのだ。彼は相当過酷な人生を歩んで来たのだろうと、周りにも想定出来た。


 クラシェイドとクリスティアの状態は変わらず。寧ろ、凍りついている様にそれぞれ思考を巡らせていた。


(オレは加害者だ。ブライト・リアンネをクリスティアの父親だと知ってて殺したんだ……)


(私もお父さんを殺されたんだ……たった一人の肉親をクラに)


(セイントライゼーグを出た時、クリスティアは何て言った? オレの事を知らないから……オレが記憶を取り戻す事で許す事が出来るかもしれない? …………そんなのは口先だけで、本当にそんな事出来る訳ない。オレはクリスティアにとって、仇でしかないんだから)


(今でも思い出すと、クラの事が憎くて堪らなくなる。本当は口で言える程、許すって言うのは簡単な事じゃない……。でも、彼の笑顔を見ると別の感情が……正反対の感情が私の中で生まれる。だから、自分が本当にどうしたいのか分からなくなる)


 カラスは二人の様子を気にして声を掛けようと口を開くが、先にアレスが口を開いた。


「――――ところで、お前のラグナロクは?」

「ああ、あれか?」


 全く二人の機微に気が付いていないこの男に呆れ、溜め息混じりに返答するカラス。

 横ではヒヨコが「それ以上は言わないで」という意味の視線を、カラスに送る。

 だが、カラスはヒヨコの視線など完全に無視して、潔く言い切った。


「既に奪われた」

「はあぁ!?」


 思わずアレスは大声を出し、目を丸くして立ち上がった。

 クラシェイドもクリスティアも思考を停止させ、アレスとカラスの方を見る。

 ヒヨコは顔を両手で覆って現実逃避をしているかの様に首を左右に振り、シフォニィはカラスの言動にただ驚いていた。

 カラスは口角を少し上げ、無表情に程近いが、ニヤリと笑った。


「その“トキ”にな」

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