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氷の守護者

 クラシェイドが次の燭台に炎を灯すと、魔法陣の中央から渦潮が発生し、何かがそこからゆっくりと突き出て来た。

 部屋全体は巨大な影に覆われ、全員はその姿に息を呑む。それはクラシェイドが以前、呪人じゅじん三人組と戦ったゴーレムとよく似ており、片手には身体に比例した大剣を握っている。


 クリスティアとシフォニィは部屋の隅に避難し、アレスとクラシェイドが鋼鉄の巨人――――ゴーレムナイトの前に立った。

 ゴーレムナイトは二人を見下ろして胸にある青色のコアを光らせると、大剣を振り上げ、そして勢いよく振り下ろした。

 クラシェイドとアレスが左右に散って躱すと、大剣は床を引き裂いて大きな亀裂を作った。


 クラシェイドが詠唱を始め、アレスはゴーレムナイトへと走る。大剣を床から抜いてゆっくりと姿勢を戻すゴーレムナイトの腕と体の隙間に滑り込み、アレスはゴーレムナイトのコア目掛けて大剣を振るった。

 ゴーレムナイトはもがき、大剣を握っていない方の腕でアレスを叩き飛ばす。飛ばされながらアレスは身体を捻り、床に片手を付いて着地。

 ゴーレムナイトは機械音を轟かせ、物凄い速さでアレスに迫り、大剣を振り下ろした。アレスは立ち上がって後ろへ飛び退くと、ゴーレムナイトの腕に大剣を薙ぎ払った。ゴーレムナイトの腕に微かな傷が付き、ゴーレムナイトのコアが光り出す。

 ゴーレムナイトのコアに水属性のマナが収束。量からして、広範囲の魔術を繰り出すつもりだ。だが、クラシェイドの魔術がそれを阻止する。


『烈風よ、神の魂をその身に纏い、汝の欲望を引き裂け――――サイクロン!』


 ゴーレムナイトを巨大な竜巻が飲み込み、鋼鉄の身体に傷を沢山付けた。剥がされた鋼鉄の破片が床に散らばり、ゴーレムナイトのコアが点滅を始める。

 竜巻が完全に消えた時、アレスは飛躍してゴーレムナイトを大剣で斬り付けた。コアはまだ点滅をしている。構わずアレスはさらに大剣を振り回す。

 ゴーレムナイトの身体には傷がどんどん付いて行き、それでもコアの点滅は繰り返されていた。クラシェイドは時折それを気にしながら、魔術の詠唱をする。


『赤き燃ゆる宇宙の星屑、その輝きを怒りへと示し返せ』


 膨大な量の炎属性のマナが集まり、頭上に大きな魔法陣が出現して赤い光を放つ。


『――――シャイニングフロウ!』


 魔法陣から炎が滝の如き勢いでゴーレムナイト目掛けて落下し、ゴーレムナイトは赤に包まれた。

 青色のコアが今までの点滅状態を打ち破って強く光り、赤の中から青の光線を空中へ一直線に走らせる!


 幸い、アレスとクラシェイドには当たらず、また、クリスティアとシフォニィにも当たらず、光線は天井に程近い斜め上の壁を穿った。

 壁がボロボロと崩れ、大きな破片が落下。クラシェイドは瞬時に部屋の隅まで走り、クリスティアとシフォニィを押し飛ばす。刹那、クリスティアとシフォニィが立っていた場所に大きな破片が砕け散った。

 二人は身体を起こしてクラシェイドに礼を言う為に後ろを向くが、杖を支えに屈んでいる彼の姿に一度開きかけた口が大きく開き、彼の名を叫んだ。

 クラシェイドは左足首を怪我していた。白いズボンの裾は既に血が染み込み、真っ赤だ。彼はクリスティアとシフォニィを庇った為に、破片を完全には避けきれなかったのだ。

 クラシェイドは駆け寄って来た二人に心配しないように言い、向こうへ視線をやる。魔術をくらっても尚、無傷なゴーレムナイトとアレスが剣戟の音を響かせていた。時折、ゴーレムナイトの大剣が床に振り下ろされてタイルの破片が四方に飛び散っている。この部屋の何処に居ても、危険である。


「クリスティアとシフォニィは部屋を出た方がいい」


 クラシェイドはその言葉を残して、加勢に向かった。

 有無を聞かずに彼が走っていってしまった為、クリスティアとシフォニィはやむを得ず、それに従うしかないと思った。互いの顔を見て頷き、すぐ後ろの扉に手を掛ける。

 ところが、扉は押しても引いてもビクともしない。二人がかりでも、だ。二人はクラシェイドに目で助けを求め、目が合ったクラシェイドは詠唱を止めて言う。


「ゴーレムナイトを倒さない限り、部屋からは出られないのかもしれない。仕方ないから、シフォニィは防御壁を自分とクリスティアに張っておいて」

「で、でも……それじゃあ、お兄ちゃん達が……」


 シフォニィは俯いて縫いぐるみを抱き締めた。


「大丈夫。オレもアレスも、そう簡単にはやられないから」


 クラシェイドが毅然たる態度を取り、それに安心をしたシフォニィは顔を上げて縫いぐるみを杖に変形させ、大きく頷いた。


「じゃあ、クリスの事はぼくにお任せ☆」

「クラ、アレス、どうか無理はしないでね」


 シフォニィとクリスティアを防御壁が囲み、クラシェイドは詠唱を始めた。


「くそ……効いてんのか、これ!」


 アレスはゴーレムナイトに大剣をぶつけては、反撃を受け止めて流す。アレスの額からは汗が吹き出し、彼が動く度に飛び散った。次第に疲労で相手の攻撃を完全には避けきれなくなり、身体に小さな切り傷を負い始める。


『渦巻く暗黒のいかずちよ、汝の汚れし魂と共に消し去れ』


 部屋が薄暗くなり、紫色の閃光が対象の周りを駆け巡る。


『――――サンダーストーム!』


 物凄い電圧の渦がゴーレムナイトに襲いかかり、ゴーレムナイトは大剣を床に刺して停止した。


「やっぱり、弱点は相反する属性のみ」


 クラシェイドはそう言うが、アレスはあまり納得していない様子で後ろの彼に不満そうな顔を見せた。


「そうなのか? 効いてるように見えるけど、見えるだけで大して……俺の剣術も微妙だったし」


 クラシェイドは首を横に振る。


「レッドハートの時と一緒だよ。剣術と魔術を組み合わせれば、絶対に勝てる」

「なるほど。よし! じゃあ、やるか!」


 立ち上がったゴーレムナイトに、アレスは大剣を振るった。大剣と大剣がぶつかり合い、再び部屋中に剣戟の音が響き渡る。

 クラシェイドの周りでは、樹属性のマナが集まり出す。


『大地の守護者の魂、今此処へその偉大なる姿として現れろ――――ウッドマウンテン!』


 ゴーレムナイトの足下に丈夫な木の根が突き出し、巨体を貫いて拘束した。

 アレスはゴーレムナイトとの間合いを取って大剣を構え、大剣はクラシェイドが雷属性のマナを纏わせた事によってパチパチと音を立てて閃光を放つ。

 アレスは助走を付け、ゴーレムナイトの真上に飛躍する。


「くらえ――!」


 雷を纒った大剣がゴーレムナイトを引き裂く! ――――その筈だったが、アレスの茶色い瞳にはクラシェイドの魔術による束縛から抜け出して大剣を振り下ろそうとする巨体の姿が飛び込んだ。


「嘘だろ!? ――――しくっ……」


 ――――ザクッ!




「アレス!!」


 クラシェイドが叫ぶのと同時に、アレスは全身をあの大剣に引き裂かれて落下した。外野の二人も目を見開き、青褪める。

 床に真っ赤な鮮血が広がってゆく……アレスの意識はないように思えた。そんな彼に、ゴーレムナイトは止めを刺そうとしている。

 クラシェイドは唇を噛み、杖をギュッと握って巨体を見据えた。





 クラシェイドはゴーレムナイトの足下へ走り込み、杖を薙ぎ払う。杖がゴーレムナイトの鋼鉄に当たり、金属音を響かせた。

 ゴーレムナイトはアレスに向けていた大剣をクラシェイドに向けて振り下ろし、クラシェイドが躱すと、さらに大剣を振り下ろす。

 躱し続けると、徐々にアレスの倒れている位置から遠ざってゆく……ゴーレムナイトの対象は確実に自分に向いていると半ば安心しつつも、気を引き締めるクラシェイド。自分はあくまで魔術師。移動術が使えたのなら何も問題はないが、今は使う事が出来ない為に自力で相手の攻撃を躱さなくてはならない。それは物理攻撃専門の者よりも身体能力が劣っている魔術師にとっては、とても困難な事だ。それに、先程の傷口が広がり、痛みも増している。クラシェイドが動いた場所には、生々しい血痕が残されていた。

 クラシェイドは大剣を躱して相手の後ろに回り、杖を床に立てた。すると、冷気が発生してゴーレムナイトを包み込み、瞬時に凍り付かせた。




 シフォニィはクリスティアに防御壁を残し、アレスのもとへ駆けつけた。しゃがみ込み、杖をアレスに翳す。


「アレス、すぐに治してあげるからね」


 シフォニィが静かに詠唱を始める。


『今、この地に聖なる歌を響かせ、万物を癒し賜え――――ゴッドソング!』


 空中に出現した光の輪が辺りに広がり、アレスの真上に降り注ぐ。光は傷口に浸透し、傷口を綺麗に塞いでいった。



 クラシェイドのもとにも光が降り注ぎ、左足首の傷を癒やしてくれた。クラシェイドは詠唱をしながらシフォニィの方を見たが、足下に氷の欠片が飛んで来てサッと視線を元に戻した。

 クラシェイドは詠唱を中断し、杖を構える。次の瞬間、ゴーレムナイトは力ずくて氷を打ち破り、豪腕を伸ばして来た。避けられる距離ではないと判断したクラシェイドは杖でそれを受け止めるが、無論相手の力に敵う筈もない。杖ごと、身軽なその身体は吹き飛ばされた。


「お兄ちゃん!!」


 シフォニィが顔を青くし、悲鳴を上げる。

 クラシェイドは向こうの壁まで飛ばされ、壁に激突。そして、ゴーレムナイトは素早くシフォニィの所まで移動し、彼を鷲掴みにして投げ飛ばした。シフォニィも、クラシェイドとは反対側の壁に激突し、血を流して倒れた。


「クラ! シフォニィ!」


 思わぬゴーレムナイトの形勢逆転の様子に、クリスティアは困惑した。術者が攻撃を受けた事で、防御壁は消滅している。

 邪魔者を二人排除したゴーレムナイトは次なる標的をアレスに切り替え、アレスを持ち上げようとした。


(どうしよう! 皆が……)


 クリスティアは咄嗟に双剣を鞘から抜き、踏み出そうとしていた――――その時!


『――――聖光斬せいこうざん!』


 ゴーレムナイトに掴まれたままアレスが光を纏った大剣を振り、ゴーレムナイトの腕に命中させた。衝撃でゴーレムナイトはアレスを離し、アレスは軽やかに身体を起こして直立した。

 アレスはゴーレムナイトをもう一度切り付け、クラシェイドを振り返った。


「おい……大丈夫かよ」


 杖を支えに立ち上がったクラシェイドは、全身血塗れだった。


「結構、ヤバいかな……シフォニィの事も心配だし」

「……次で決めるしかねーな」


 アレスはゴーレムナイトに立ち向かい、クラシェイドは呼吸を整えてマナを集め始めた。

 ゴーレムナイトの攻撃をアレスは大剣で受け止め、躱し、そして反撃する。なかなか標的に攻撃を当てられないゴーレムナイトは、その場でグルグルと回り始めた。段々と加速していき、竜巻の様にアレスに襲い来る。

 一見強力そうだが、攻撃が大振りで雑な為、アレスは簡単に躱せた。

 アレスに躱されて標的を見失ったゴーレムナイトは壁に衝突し、めり込んで身動きが取れなくなった。

 アレスはゴーレムナイトの無様な背中に狙いを定めて大剣を構え、そこにクラシェイドが雷属性のマナを存分に纏わせる。


「よし、今度は決めてやる!」


 アレスが駆け出し、クラシェイドは杖を下ろしてこくりと頷いた。

 二人は同時に叫ぶ。


『――――真双雷刃しんそうらいは!』


 アレスが大剣を振り下ろすと、二つの雷が発生し、刃と化してゴーレムナイトを斬り裂いた。

 ゴーレムナイトは黒焦げになり、跡形もなく消滅。先程灯した燭台の炎が青色に変わった。


 クリスティアはクラシェイドの方へ走り、アレスはシフォニィの方へ走った。それぞれ、命に別状はないようだ。

 シフォニィはアレスに支えられながらゆっくりと起き上がり、歩き始めた。向かっているのはクラシェイドの所だ。アレスは彼に足取りを合わせて寄り添う。

 シフォニィはクラシェイドの前に来ると座り込み、痛みを堪えて詠唱を始めた。先程と同じ光の輪が辺りに広がり、まるで美しい音色を聴いているかの様な心地よさが全員を包む。シフォニィ自身の傷も治り、クラシェイドの傷も治った。杖は縫いぐるみへと戻る。

 治癒術を終えたシフォニィはぐったりとし、他の三人も座った。


「シフォニィ、今回は本当に助かった。ごめんな……痛かっただろ?」


 アレスがシフォニィの頭を撫で、シフォニィはアレスの手をどかして縫いぐるみをアレスの顔に押し付けた。


「アレスの方こそ、重傷負ったくせにぃ~」

「何なんだよ、お前は」


 アレスは笑顔を浮かべ、縫いぐるみを押し返した。

 アレスとシフォニィは同時に青褪め、クラシェイドを見る。


「クラちゃん、さっきは戦闘中だったから……その……素っ気無かったかもしれねー。ご、ごめん! お前の事すげー心配だったんだ!」

「ぼくだって! お兄ちゃんの事が心配だったんだよ!」

「別に、オレの事はそんな……皆が無事なら、それでいいよ」


 クラシェイドは穏やかな顔をし、彼の優しさにアレスとシフォニィは涙ぐんだ。

 クリスティアは三人に微笑む。


「三人共、凄かったよ。ありがとう……」


 三人は彼女を見た。


「ああ! 次は余裕で勝ってみせる」


 アレスが拳を胸の前で握り、クラシェイドとシフォニィは頷いた。

 三人のいつもの様子に安心をし、クリスティアは小さく息を吐く。頭の中は冷静さを取り戻し、ふと思い出した。


「ねえ、そういえば……たらいは?」

「あ……」


 クラシェイドとアレスは意表を突かれたかの様な顔をし、すぐに頭上を確認した。――――盥の気配だ! シフォニィは片手を上げて、にっこりと笑った。


「は~い☆ お待ちかね、盥さんで~……」


 ――――ゴォン!


 盥はクリスティア以外の頭に落ち、三人に大ダメージを残して消えていった。

 その後、シフォニィがクラシェイドとアレスに怒られたのは言うまでもない。

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