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月蝕の黒魔術師~Lunar Eclipse Sorcerer~  作者: うさぎサボテン
第一章 月影の黒魔術師
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月光の館

 仄暗くて、殆ど何も見えない場所に二つの人影が見えた。一つは自分と同い年ぐらいで、もう一つは八つ程年下に思えた。彼らは背を向け、振り向く素振りはなかった。

 いつも見る夢。こちらからは何故か声も出せず、近付けもしないので、彼らの正体を確認する事など出来なかった。


 心にモヤモヤとしたモノが残った状態で目が覚める。




 クラシェイドはゆっくりと身体を起こして、カーテンの隙間から空を覗き見た。まだ、闇が覆い、星が瞬いている。けれど、それはこの建物の周囲だけで、実際の世界はまだ夜なのか、とっくに朝なのかはティオウルの街を見てみなければ判断がつかない。クラシェイドにとっては、どちらでも良かった。朝だろうと、夜だろうと、行動は変わらない。大切なモノを失ったまま三年間殺し屋として生きて来た彼にとってしたい事はなく、しなければならない事しかなかった。


 月影の殺し屋の黒魔術師クラシェイド・コルースには、これまで生きて来た証――――記憶がなかった。十八年間の人生の中で唯一刻まれている記憶は此処での三年間の暮らしだけだった。その為、与えられる仕事に疑問を持つ事も、躊躇する事もなかった。記憶と共に、感情も薄れてしまっていたのだ。

 記憶が先か、感情が先か、はたまた同時にか、分からないが、失ってしまった事は彼の存在が証明している。

 いつも見る夢も、きっと失くした記憶が関係しているかもしれない。また、クリスティアからぶつけられた感情と、そこに重なって見えた法衣の女性の事も……。


 クラシェイドは数秒片手で頭を押さえた後、ベッドから下りて黒い靴を履き立て掛けてあった杖を持って部屋を出た。

 記憶も感情も失くした彼に、今すぐに出せる答えなどなかった。




 天井のランプが照らす紫の絨毯の上をクラシェイドが歩いていると、後ろから声が掛かった。立ち止まって振り返ってみると、その声の主はもうすぐ傍に居た。ナイフを持っていたら、間違いなく刺せる距離だ。


「何? アレス」


 名を呼ばれただけだと言うのに、頬を緩めてだらしない顔になる青年アレス・F・シェレイデン。


 アレスはクラシェイドよりも背が高く、背中の大剣を振るうに相応しい男らしい体格で、声色も表情も態度も全てが太陽の様に明るかった。

 髪は燃える様な赤色癖毛の短髪、意志の強そうな少しつり上がった瞳は焦げ茶色。

 服装は黒いタンクトップの上に随分丈の短い半袖の翼の様な文様が刻まれた赤い上着を羽織い、手には五本指が剥き出しの黒のグローブをはめ、白い長ズボンの上に上着とお揃いの文様と色の動きやすそうなブーツを履いており、全てが彼の性格を表していた。


 一見クラシェイドとは正反対の様に見えるが、彼の胸元にもちゃんと殺し屋としての証が刻まれていた。彼も、この月光の館に住まう月影の殺し屋の一員で、聖剣エクスカリバーの使い手だ。

 月影の殺し屋はクラシェイドの様に記憶喪失の者や心に闇を抱える者など、世間に馴染めずに孤立してしまった者達がムーンシャドウによって集められて結成された集団で、勿論太陽の様なアレスもそうであった。


 アレスはだらしない表情のまま頬を掻いた。


「今暇か?」

「今から次の仕事をしなくちゃいけない」

「お前、帰って来てから数時間しか経ってないぜ? 別に、そんな予定ぎっしり詰めなくても何も言われないって。てか、疲れるだろ」


 月影の殺し屋は基本的に、ボスから命じられたターゲットを殺しさえすれば後は自由なのだ。いつまでとか、一日に何人までとか、そう言った決まりはない。クラシェイドの様に、次から次へと仕事を入れる方が珍しい。


 “疲れ”と言う感覚すらなくしているクラシェイドには、アレスの言葉は理解に苦しんだ。自分に疲れなど殆どない。あるとすれば、魔力と精神力の消費。今回の睡眠はその回復の為で、普段は睡眠を取らないで数日間過ごしている。それも、記憶の喪失によるものなのか定かではない。


 クラシェイドが返答に困っているのを見、アレスは表情を引き締めた。

 アレスがクラシェイドと出逢ったのは二年前。あの頃はもっと感情に乏しく、主の命令に従うだけの人形だった。それが、時間をかけてアレスや他の殺し屋達と触れ合う様になってから、最初よりは幾分か人間味を帯びた。仕事以外の場面では冷酷な表情も雰囲気もなく、少し感情は薄いものの年相応の少年だった。とは言え、当たり前だと思っている事をクラシェイドだけはそう思っていなくて、見えない壁を感じてしまう時がたまにあった。それが丁度今の状態で、アレスは彼を困らせてしまった事に後悔した。


「じゃあ、仕事の前に一緒に食事しようぜ! それぐらいいいだろ?」


 何とか明るい言葉と態度で取り繕おうとすると、クラシェイドが静かに首肯した。これには、アレスも頬を紅潮させてガッツポーズ。


 “食事”はデートをする上での定番コースだ。

 アレスは相手が同性で七つ年下にもかかわらず、本気で恋心を抱いていた。こうしてたまに館内で見掛けた時は、必ず声を掛けるのが楽しみで日課となっていた。対して、クラシェイドからのアレスの評価は『騒がしい人』である。


 騒がしい人に連れられ、歩き出すクラシェイド。黒い服の長い裾が視界で揺れ、この時アレスはハッと気付いた。


「何か、お前服が皺だらけじゃね? いや、服だけじゃなくて、髪とか寝癖酷いぜ!?」

「……直した方が良い?」


 クラシェイドが純粋な顔で首を傾け、アレスは何度も首を縦に振った。

 女性ではないが、男性でもそれぐらいの身嗜みはしっかりしなくてはならないのが常識だ。

 しかし、やはりこれも、クラシェイドにとってはそうではなく、自分の外見など気にした事がなかった。鏡に映る自分は自分であって、自分ではない存在で、全く興味がなかった。

 クラシェイドが渋々手櫛で髪を整え始め、アレスは服の皺を伸ばしてあげた。

 何とかマシになったものの、絹の様に滑らかな髪には少し癖が残っていた。頭の上の方と右耳上の横に跳ねた一房の髪はいつも通りではある。寝てついた癖と言うより、最初からついていた癖だ。綺麗な顔面につい目がいきがちだが、髪型だけ見れば、フワッとした印象を受ける。

 アレスは満足してクラシェイドの一歩前を歩いて行き、クラシェイドはその後に続いた。




 月光の館は広く天井も高いが、構造自体は単純だ。屋上付きの四階建てで、両端の金の手摺の階段が階を繋げており、各フロアに立ち寄らなくても屋上までは真っ直ぐ向かう事が出来る。屋上には両脇に図書室があって、そのどちらかを通らなければ空の下へは出られない。また、屋上の中央奥にはムーンシャドウの私室があり、此処へ辿り着く為には図書室を通過する事は必須だ。


 三階と四階は十七人の殺し屋達の私室になっていて、二階は滅多に使われる事のない会議用の大広間と、大浴場があり、一階はクラシェイドとアレスがこれから向かう食堂と、医務室、それらにそれぞれ隣接された料理人と薬剤師兼白魔術師らの私室がある。



 階段を下り終えたアレスを先頭に、扉のない三箇所の出入り口のうち、一番近い方から食堂へと入った。

 中は広々としており、十人が利用出来る横長のテーブルが等間隔に前後三つずつ並べられていて、入って左側に位置する厨房寄りの一つのテーブルには既に三名の先客が居たので、アレスはクラシェイドを連れてその一つ向こうの席に隣り合わせで座った。三名が居る場所でも良かったが、桜髪の少女はともかく、黒髪の双子の少年が向かい合わせで座って口喧嘩をしていた為、あまり近付きたくなかった。少女も気まずそうにしていて、食事の手が止まってしまっている。

 他に席が空いているのだから、あの双子もわざわざ同じテーブルにしなくてもいいのではないか。元々犬猿の仲なのに……と、この場に居る誰しもが思う。

 アレスはやれやれと溜め息をつき、背中の大剣を下ろした。クラシェイドもそれに倣って杖を椅子に立て掛けた。

 席に着く前に厨房に寄って注文を済ませたので、後は料理人が注文品を持ってくるのを待つだけだ。此処ではそう言うシステムなのだ。

 他愛ない会話をしている間に料理が運ばれてきて、一旦会話をやめて食事に集中。アレスは肉を頬張りつつ、視界に入るクラシェイドの注文品に眉根を寄せた。


「どっちがデザートなんだ……?」


 生クリームとフルーツ一杯のパスタに四角いチョコレートケーキを、クラシェイドは当たり前の様に食べていた。

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