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林檎と少年

「おい、そこの。止まれ」


 鎧と槍を装備した厳つい顔の二人の男の門番が、横を通り過ぎようとした一行を見下ろした。一行は立ち止まり、オレンジの髪の少年があどけない表情で門番達を見上げた。

 少年の大きなルビー色の瞳に見つめられ、門番達はつい頬を緩める。いかに真摯な門番であっても、幼い子供には大層弱いようだ。それでも、今は勤務中。忠誠を誓った国王の為にも、ここはどんな人物であれ、素性を確認せねばならない。

 門番達は少年と水色の髪の少女、黒い猫に赤い中型犬を目を吊り上げて見据えた。少々、一行の組み合わせに疑問を抱くも、それ以外は何も怪しい所は見当たらない。門番達は吊り上げた目を下げ、こくりと頷いた。


「よし。通っていいぞ」

「わぁい☆ ありがとう、おじさん達」


 少年が満面の笑顔で頭を下げ、少女と猫と犬を連れて門を潜った。

 門番達は一行を横目で見送り、緊張を解いて小さく息を吐いた。互いに顔を見合わせ、苦笑い。


「ここに立っているのには慣れたが、人を疑う事には慣れんな」

「そうだな。あんな子供にまで、疑いの目を向けなければならないとは」


 顔の向きを元に戻し、勤務を続行――――と、


「今、何か光ったか?」


 門の向こうで一瞬白光が見え、右の門番が振り返った。


「気のせいだろ。日の光が何かに反射しただけさ」


 左の門番は全く介意せず、大きな欠伸をした。同僚の様子と言葉に渋々納得し、右の門番は前へ向き直る。


「それより、さっきの犬。毛色が真っ赤だったな。あんなの初めて見たぞ」


 左の門番がそう言い、右の門番は腕を組んだ。


「ああ。俺も初めて見た。まさか、新種?」

「マジか。売ったら高く……」

「バカ野郎! アガレグ国王陛下の部下でありながら何て事を言うんだ」

「すまん。すまん。冗談だ」


 ゆっくりと、白い綿菓子の様な雲が頭上を通り過ぎた。


「そういや、数日前にレネス村から連行されて来たっつー盗賊。捕まえたのはめっちゃ強い魔術師なんだってよ」


 また左の門番が話を切り出し、右の門番がそれに答えた。


「知ってる。月影以外でも、強い魔術師っているもんだな~」

「月影か……。この街に侵入する筈ねーよな」

「ああ。“クロル様”も心配しすぎだ」


 二人の門番は朗らかに笑い合った。





 門の内側、四人組は冷や汗を流した。


「危なかった……あと数秒遅かったら、門番達の前で変形術が解けていたところだ」

「ああ。ギリセーフだな」


 クラシェイドとアレスはすっかり、元の人の姿に戻ってしまっていた。


「本当にすぐに解けるのね」

「オレは攻撃魔術が主体だから仕方ない」

「でも良かったね☆ 無事に街に入れたし」


 四人は街を見渡した。煉瓦で埋め尽くされた地面には建物が密集して立ち並び、その間の大きな通りを豪華な装いの人々や馬車が行き交う。何処に何があるか、一瞬では把握出来ない程に広くて、空が狭かった。


 この国の象徴であるディン城は、何処からでも分かる大きさで正面奥にどっしりと構えていた。空に向かって突き出す赤い円錐形の屋根に、そこではためくディンメデス王国の旗、純白の城壁。現在、四代目国王アガレグ・ゼル・ディンメデスと王妃アンジェラ・ラヤ・ディンメデスが住んでいる。

 ディンメデス王家は、かつて幾つもあった国を一つに纏めてディンメデス王国を築き上げ、現在は遥か北に存在する雪の大陸――――ウィンターノワール以外の全ての大陸を統べている。

 あまりに広大な領土故、国王陛下の目の届かぬ場所には兵士が配属され、何か問題があればその者達が鎮圧、それでも解決しない場合はその元凶を王都まで連行する仕組みになっている。盗みや殺しや違法商売など、法に触れる事を犯した者達は直ちに王都の牢へ放り込まれ、その殆どは一生をそこで過ごすという。

 また、王国内にはかつて傘下に入った国々の子孫が多く存在し、文化や価値観はその分だけ存在して統一されておらず、小さな争いや差別も絶えない。平和と調和を掲げる国にとって、それは深刻な問題で、長きに渡るディンメデス王家の課題である。更に、それを脅かしているのが月影の殺し屋なのだから、邪魔者以外の何者でもなく、国王に忠誠を誓う側近の一人、クロル・レイバードは常に目を光らせているのだ。

 ディン城には当然ながら、クロル・レイバードがいる。四人は城の見えない細い街道を歩く。


「アレスさぁ、さっきの犬の姿のが良かったと思うんだけど」


 クリスティアは横を歩いているアレスを不満そうな顔をして見、アレスも不満そうな顔をして返した。


「それ、どういう意味だよ」

「だって可愛かったもん」

「……褒めてんのか、馬鹿にしてんのかわかんねーな。ま……クラちゃんは黒猫よりも、こっちの方が断然可愛いけどなっ」


 アレスは頬を赤く染めてクラシェイドの背中を見つめ、クリスティアは何も言い返す言葉が見当たらずにアレスから視線を逸らした。

 クラシェイドとシフォニィは並んで歩き、シフォニィが目を輝かせて通り過ぎる風景や人を見送った。


「ホントに大きい街だね~。シヴァノスも大きいと思ってたけど、比べ物にならないなぁ☆」

「うん。道に迷いそうだね」

「宿は何処にあるのかしら」


 クリスティアがクラシェイドの横へ並ぶ。


「大体、宿っていうのはあっちにあるもんだぜ」


 後ろからアレスがそう言って港の方を指差し、三人は彼を振り返った。


「そうなの? 意外とアレスって、こういう大きな街には動揺しないんだね」

「声上げて騒ぎそうなイメージだったのに」


 シフォニィとクリスティアの言葉に、アレスは苦笑した。


「そんなガキっぽいイメージかよ、俺は。まあ……城下街には慣れてるっつーか。昔を思い出すんだよな」

「まさか、アレス……貴族なの?」と、クリスティアが訊く。

「ははは。さあな~? それよりも、早く宿に行こうぜ」

「え? はぐらかした?」

「何か、意味深だね☆」




 四人は同じ様に続く街道をまっすぐ進み、時には右に曲がったり左に曲がったりした。しかし、横道に入れば行き止まりになっていたりと、なかなか港へは辿り着く事が出来なかった。視覚的には非常に近くにある様に見えるのに、距離感というのは難しいものだ。

 何度も何度も街道を行ったり来たりし、四人は完全に道に迷ってしまった。未だに視界に入っている港が疎ましくも思える。

 少しまた歩き、前方にまだ行っていない横道があったので、四人は左へ曲がった。すると、十メートル程先に五段ある石の階段が見え、林檎が一つ……二つと転がり落ちて来た。前方を歩いていたクラシェイドとシフォニィが拾い上げ、階段上から幼い少年の声がした。


「ごめんなさい! その林檎、わ……僕のなんだ」


 階段を上がり、二人は少年に林檎を手渡す。


「ありがとう。お兄さん達」


 少年は林檎を受け取ると、幸せそうに笑った。少年の見た目はシフォニィと同じぐらいの年に見え、日光を浴びて反射する真っ青な長髪と濃いエメラルドグリーンの大きな瞳が美しい。格好はラベンダーと白の二色だけが使われた軽装で、赤い宝玉が首から下げられていた。

 クラシェイドとシフォニィ、クリスティアとアレスは、短く別れの言葉を述べて少年の横を通り過ぎようとした。ところが、少年が彼らを呼び止めた。


「待って! 林檎を拾ってくれたお礼に、この林檎を使った料理をご馳走するよ」


 クラシェイドとクリスティアとアレスは不審に思い、すぐには何も言えなかったが、いち早くシフォニィがその話に食いついた。


「ホントに? うわぁ☆ 食べたいな~。でも、拾っただけなのにいいの?」

「うん。勿論だよ。というか……一人で食事も寂しかったから、一緒に来てくれると逆に嬉しいかな」


 少年が寂しそうな顔をし、他の三人は断りづらくなってしまった為、渋々それに応じる事にした。

 少年は三人が同意を示すと、笑顔に戻り、軽やかに歩いて行った。


「僕はえっと……レイって言うんだ。よろしくね。こっちだよ」





 クラシェイド達はレイと名乗る少年に連れられて、大通りに面したオシャレな店に訪れた。白で統一された店内は誰もおらず、レイの姿を見た男の店主が何故か慌てた様子で深々と頭を下げた。その光景はまるで偉人に対する態度の様だったが、レイは笑ってごまかした。

 レイは店主に林檎を差し出すと、窓際の席に四人を座らせて自身もシフォニィの横に座った。


「ここのお店の料理は絶品なんだ」

「そうなんだ。ところで、他にお客さんが見当たらないんだけど……」


 レイの向かいの席のクリスティアが店内を不思議そうに見回し、レイは店主のいる厨房の方を一瞥して笑った。


「だって、今日は定休日だもん。だけど、特別。店主さんは優しいからね」




 料理が来る間、四人はレイと話をした。シフォニィがレイに質問をする。


「レイはやっぱり、この街に住んでいるの?」

「そうだよ。ただ、来たのは一年前だけどね」

「一年前ねー……」


 クラシェイドは何か引っ掛かるものを感じたが、それを深く考える暇もなく、レイが身を乗り出してクラシェイド達を好奇心剥き出しに見た。


「お兄さん達は見た所、旅人だよね? 何処から来たの?」


 四人……特にクラシェイドとアレスは返答に困り、


「何処からって、けっこー遠く」と、アレスが語尾を濁した。

「ふぅん……大変だったんだね。じゃあ、今は宿を探してる感じかな?」

「正解☆ ぼく達道に迷ってるのさ」


 シフォニィが答えると、レイは明るい表情のまま続ける。


「じゃあ、僕が案内してあげるよ。意外と、この街は複雑で迷い易いでしょ?」

「あ、うん。でも、そんな……知り合いでもないのに、そこまでしてもらうのは迷惑じゃないかしら」


 今度はクリスティアが申し訳なさそうな顔で答え、他の三人も同感だと言う表情をした。

 四人の様子に、レイは苦笑して手を振った。


「いいよ、いいよ。困っている人がいたら助けるのが当然なんだから」



 店主が料理を運んで来た。香ばしい林檎の甘い香りが店内を包み込む。テーブルに次々と並べられたのは全て林檎を使った店主自慢の料理。甘さの中に酸味が程よく効いた黄金の林檎のスープに、瑞々しいレタスの上に皮付きのまま刻まれた林檎が散りばめられたサラダ、甘い林檎のジャムがたっぷりと塗られたこんがりトースト、林檎をまるごと使ったプリン。どれも食欲を唆る品ばかり。

 四人はレイと店主に礼を言って、食べ始めた。

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