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幻術

 森を歩いて数分、突然と視界は薄い霧が覆い、先が見えなくなった。同時に、クラシェイドはアレス以外の二人がいない事に気が付いて辺りを見渡した。アレスも、それに気が付いて必死に二人の姿を確認しようとした。

 しかし、二人の姿は疎か気配すら感じる事は出来なかった。二人の名を呼んでも、一向に返事は返って来ない。


「クリスティアとシフォニィ……近くを歩いていた筈なのに、どうやってはぐれたんだろう」

「そうだな。……どうする? ここで待ってるか、捜しに行くか」


 アレスが訊くと、クラシェイドは迷う事無く後者を選択した。


「立ち止まったら、何か……危険な気がする。捜しに行こう」

 


 クラシェイドとアレスは辺りを気にしながら歩き、次第に走り出した。

 確かに進んでいる筈なのに、景色に全く変化はない。

 息も弾み始め、二人は立ち止まって少しだけ休憩。そして、また走り出した。





 何処をどれだけ走ったか分からないくらいに、クラシェイドとアレスは走った。もはや、クリスティアとシフォニィを捜している余裕などなくなり、焦りを感じていた。

 これだけ走っても、霧は晴れず、森から抜け出す事は出来なかった。クリスティアとシフォニィとも、一度も出会う事はなかった。

 これは何処かおかしい。この森には何かあると、ようやくクラシェイドとアレスは気が付いた。

 二人は立ち止まる。


「俺達、幻術にハマってるな」

「確実に。景色が変わってないのは、同じ場所を走っていたからだね」


 クラシェイドはそれでも気になっていたものがあった。それは、地面に張り巡る太い樹の根。止まっている景色の中で、それだけが呼吸をしている様に思えた。

 クラシェイドは、足下にある樹の根を杖で突いてみた。すると、根は蛇の様にのたくり、スルスルと何処かへ行ってしまった。


「何だよ、今のは」


 アレスが不思議そうに樹の根があった場所を見ると、強大で邪悪なマナが漂い、地面が大きく揺れ出した。

 クラシェイドはその場から離れ、杖を構えた。


「アレス、来るよ!」

「は? 来るって、何が!?」


 さらに地割れが起き、大きな樹が出て来た。

 太く力強い幹には悪魔の様な恐ろしい顔があり、纏っているマナは邪悪そのものだった。その樹の名は、トレント。幻術を得意とする凶暴な魔物だ。

 アレスは大剣を抜き、クラシェイドを振り返った。


「クラちゃん、魔術で援護頼んだぜ!」

「任せておいて。というか、トレントの弱点は光属性。アレスの攻撃の方が有利だ」


 クラシェイドが詠唱を始めたのを確認すると、アレスは真っ直ぐトレントに向かって行った。

 アレスが近付いて来ると、トレントは無数の刃の如く鋭い根でアレスを迎え撃った。アレスは大剣でその根を切り落とし、トレントとの距離を詰めていく。

 アレスは大剣に光属性のマナを集め、トレントの顔目掛けて振り下ろす。が、寸前の所でトレントの根が盾となって妨害し、大剣は根のみを斬った。

 トレントの周りに闇属性のマナが集まり、それは黒い結晶へと姿を変える。

 魔術だと感づいたアレスは一歩下がり、黒い結晶はアレスを目掛けて次々と飛んで来た。


『烈風よ、神の魂をその身に纏い、汝の欲望を引き裂け――――サイクロン!』


 クラシェイドの魔術が発動し、巨大な竜巻がアレスの避けきれなかった黒い結晶を吹き飛ばし、トレントを包み込んだ。

 トレントは竜巻に体を切り裂かれ、頭の葉が空中に舞った。

 竜巻が消え、アレスは隙だらけのトレントに大剣を振るった。

 トレントの体に深い傷が付き、さらにアレスがそこに斬撃を繰り返した。

 木屑が辺り一面に散らばり、アレスは光属性のマナを大剣に集めて止めを刺す。


聖光斬せいこうざん!』


 白光が一筋の光となって、トレントを真っ二つに引き裂いた。

 バラバラとトレントが無惨に崩れて、木屑の山を作った。

 アレスは勝利を確信して、クラシェイドの方に軽やかに歩み寄った。


「クラちゃん。俺、カッコよかっただろ?」

「……いや、アレスが斬ったのは本体じゃない!」


 クラシェイドが険しい顔で後ろへ向き直り、杖を構えた。


「え、何で? 倒した筈なのに」


 そこに無傷で構えていた大樹に、アレスは口を開けてぽかんとしていた。

 そう、クラシェイドの言った通り、アレスが斬ったのは偽物。つまり、トレントの創り出した幻術だ。

 トレントは根を伸ばし、アレスの両足首に巻き付かせた。抵抗する間もなく、アレスは引きずられ、その先ではトレントが大きな口を開けて待ち構えていた。

 クラシェイドは引きずられるアレスを追い掛け、彼を捕らえて離さない根に杖を振り下ろすも、新たに地面から飛び出て来た根に弾かれてしまった。さらに、クラシェイド自身も根に弾き飛ばされ、クラシェイドは空中で体勢を立て直して上手く着地した。

 アレスはトレントの口に放り込まれる刹那、自由に動く両手で大剣を操り、光の波動を放った。光の波動はトレントに直撃し、トレントは苦しみ藻掻いてアレスを捕らえていた根を地面に引っ込めた。

 アレスは仰向けになっていた身体を起こし、後ろからクラシェイドが声を掛けた。


「幻術を解かない限り、トレントは倒せない。オレが解いてみるから、アレスは詠唱時間を稼いでくれない?」


 アレスは一旦トレントとの間合いを取り、クラシェイドの方を見た。


「それは構わないけど、お前……幻術を解くなんて白魔術師でもあるまいし。本当に出来るのか?」

「このままじゃ出来ない。けど、変形術を使えば出来る」

「変形術?」


 クラシェイドは小さく頷いた。


「変形術は物体を変形させるのが主流なんだけど、実はマナ自体の変形も可能なんだ。炎属性なら、氷属性。風属性なら、地属性という風に、相反する属性にね。だから、闇属性も光属性に変形させる事が出来る」


 アレスが感心をして声を漏らそうとすると、クラシェイドがマイナス面をいくつか付け足した。


「ただし、詠唱時間が長い上に魔力の消費も激しいし、何より変形させている時間がかなり短い。チャンスは一度きり……失敗したら、後はないよ」


 アレスはゴクリと固唾を飲み、しっかりと首を縦に振った。


「分かった。クラちゃんは出来るだけ離れた所で詠唱をしてくれ! 俺が全力でトレントを食い止める!」

「頼んだよ」


 クラシェイドが走り去り、アレスはトレントを真っ直ぐ見据えた。

 トレントとの戦闘の再開である。


 アレスが動き出すと、それに合わせてトレントも動き出した。地面から根が数本飛び出てきて、アレスに襲い掛かる。アレスはトレントの攻撃など物ともせず、全てを大剣で薙ぎ払い、反撃に出た。光属性のマナを集めて空気を引き裂き、光の波動を発生させてトレントにぶつけた。

 トレントは真っ二つ。だが、それは幻術で実際にはダメージは受けていなかった。

 再び無傷の状態で現れたトレントに、アレスは大剣を振るった。何度も、何度も振るい続けた。トレントの幻術であろうと手を休める事はなかったが、少しずつアレスの顔に疲労が見え始めた。肩を上下させて呼吸をし、額から湧き出た汗を手で拭った。

 これで結構な時間稼ぎになったようで、闇属性のマナはクラシェイドの周りに集まってゆき、徐々にその姿を変えていった。


 変形術の完了までもう少し……後は幻術を解く為の魔術の詠唱時間を稼ぐだけだ。

 アレスはトレントに立ち向かう。



 クラシェイドは不得意な変形術を完了させ、次に幻術を解く為の魔術の詠唱を始めた。クラシェイド自身が口にした「変形させている時間がかなり短い」というのは、変形術に使うマナが安定しないからだ。本来、変形術はクラシェイドの様な攻撃系魔術を主体とする黒魔術師が扱うものではないので、当然と言えば当然なのだが。

 クラシェイドの周りの光属性のマナが霧の中で、キラキラと輝きを増した。



 トレントの根がまた地面から飛び出し、アレスは大剣を振るい全てを斬り落とした。既に疲労感で一杯だったアレスは、大剣を地面に突き刺して少し休んだ。ところが、それが大きな隙となり、地面に隠れていた一本の根がアレス目掛けて伸びてきた。

 アレスは直ぐさま大剣を抜き横へ飛び退こうとしたが、根が脾腹を少しだけ掠った。服の上に血が滲み、アレスは苦痛に耐えながら大剣で根を薙ぎ払った。



 辺り一帯を白く輝く光属性の魔法陣が包み、徐々に霧が晴れていった。ぼやけていた視界はクリアに、目の前に居るトレントの姿もくっきりと見え、幻術は完全に解かれた。

 遠くのクラシェイドが力なく座り込み、アレスは彼に目で礼を言ってトレントに走り込んだ。

 幻術を解かれてしまった為か、トレントの動きは先程と比べて遅くなり、アレスの斬撃を防ぎ切れずに全て受けた。右、左、そして中央と、引き裂かれてトレントはその場に崩れた。止めにアレスは光属性のマナを大剣に込め、大きく振るった。


白光双十字剣はっこうそうじゅうじけん!』


 光が縦に伸びてトレントを切り裂き、横からも光が伸びてきて切り裂いた。二つの光が重なった瞬間は、光が創った十字架の様だった。

 トレントは悲痛の叫びを上げ、辺りに黒く輝く闇属性のマナを残して、跡形もなく消え去った。

 アレスは大剣を背中の鞘に戻し、抑えきれない喜びを顔と身体全体に露にしてクラシェイドの所へ駆け寄った。


「勝ったぜ! もう、クラちゃんのお手柄だなっ!」


 クラシェイドはアレスを見上げ、苦笑いをした。


「勝てたのは良かったんだけど、ごめん。立てなくなった」

「マジかよ! そりゃ、魔力の消費も半端ないだろうしな」


 アレスは驚き、腕を組んで考え込んでバッと両手をクラシェイドに差し出した。

 クラシェイドは疑問符を浮かべる。


「俺がこの両腕でお前を運ぶ! それで問題ないだろ」

「あ、村だ」


 クラシェイドの視線はいつの間にかアレスから外れており、彼の背後に見える民家に視線を移していた。

 それを確認すべく、アレスも自分の後ろを振り返った。


「本当だ。こんな森の中に村があったんだな」


 薄暗い森の中に存在した小さな村。古く人気のないその村は絶えず死霊の呻き声が聞こえ、生々しい血の臭いが漂っていた…………

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