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船の中

 港町ネイジェに到着した頃には、日が落ち、海面で眩い月が揺れていた。今日の最後の便はもう出港した後だったので、此処で一泊する事に決めた。

 それなりの大きさの宿屋の部屋は一人一部屋でも大丈夫な空き具合だったが、宿泊代もそれなりだった為、三人で一つの部屋を利用する事にした。室内は息苦しさを感じない程度には広かったが、ベッドは二つしかなかった。

 クラシェイドは迷わず窓際のソファーに移動し、シフォニィとクリスティアでベッドを使う事となった。


 就寝時間になって早々シフォニィは夢の世界へと旅立ち、隣のベッドでクリスティアはなかなか寝付けない。チラッとソファーの方を見れば、クラシェイドが月明かりの下で本を広げていた。

 その背中を暫く眺め、クリスティアは布団を顔まで掛けた。


(クラシェイドくん、クラシェイド様……何か違う。クラさん、クラちゃん、クラくん、うーん……。いっそ、クラ……とか? あ、いいかも)


 クラシェイドの姿を思い浮かべ、心の中でブツブツ言っている間にクリスティアも夢の世界へと旅立った。





 日が昇り始め、始発の船が到着する三十分程前には停泊所に三人の姿があった。他にも搭乗客が居て、同じ様に船を待っていた。

 クリスティアは宝物を見せびらかしたい子供の様なキラキラとした目でクラシェイドを見た。


「私、船乗るの初めてなんだ! クラは乗った事あるの?」

「うーんと、多分ないかな。乗り物を使わなくても、魔術で大抵の場所に行けるし」


 始めは普通に答えていたクラシェイドだが、徐々に違和感に気付き、首を傾けた。


「何? その呼び方。今まで通りで構わないよ? と言うか、長くて呼びづらかった?」

「私の名前と文字数一緒でしょ。そうじゃなくて、今まで通りにしない為に呼び方を変えてみたの」


 クリスティアが自信満々に話すが、クラシェイドの心には変わらず違和感しかない。

 黙って聞いていたシフォニィも、頭に疑問符を浮かべていた。

 クリスティアは更に説明を加える。


「あなたが父の仇である事はこれからもずっと変わらない。でも、あなたは記憶を取り戻そうと、変わろうとしている。だからね、以前と違うあなたの事を私は以前と同じだと思いたくないの。正直言うと、すぐに受け入れるのは難しいんだけど、せめて呼び方を変えてみたら何か変わるんじゃないかって思って」

「どうしてそんな事……」


 クラシェイドは戸惑いながらも言いかけたが、クリスティアの真摯な眼差しを前に続きを口にするのをやめた。

 シフォニィは二人の間にあった事をまだ知らないが、詮索するつもりもなかったので、いつもの明るい調子で話に割り込んだ。


「じゃあ、ぼくにもニックネームつけてよ☆」

「シフォニィはシフォニィよ。ニックネームつけづらいし、そのままでも十分素敵な名前だと思うし」


 クリスティアがそう返すと、シフォニィはむくれる様子もなく、素直に納得した。どうやら、名前を褒められて満更でもなかった様だ。


 水平線からポツンと歪な影が見えて来た。

 ザザン、ザザンと、波打ち、次第に影が大きくなって船だと言う事が認識出来た。


「ぼくも船初めてだなぁ」


 シフォニィが小さく呟き、聞き取ったクリスティアが眉を顰めた。


「え? シフォニィは船に乗ってこっちに来たんじゃないの? だって、シヴァノスのある場所は船でしか行き来出来ないって……」


 シフォニィはあっと気付き、いつもの様に朗らかに笑った。


「そうだった☆ ぼく、経験済みだよぉ~。やだな。ボケてきちゃった☆」


 上手く躱そうともしていないそれは、逆に二人の疑念を増幅させた。

 シフォニィへの疑念が消えぬまま、船が港へ到着した。





 クラシェイドはベッドの端に座り、隣のベッドではクリスティアが仰向けになっている。シフォニィは二つのベッドの隙間に立っていた。

 此処は数日間寝泊りする船室だ。搭乗料金と合わせると桁違いの額であったが、背に腹は代えられない。

 クリスティアは上体を起こし、窓の外を眺めているクラシェイドを見た。


「クラ、どうかしたの?」


 クラシェイドはクリスティアの方を見たが、その瞳は虚ろだ。


「船に乗った事ないって言ったけど、昔両親と乗ったような気がしてきて……」

「そうなの? 記憶を取り戻せてるって事かな」


 クラシェイドの脳裏に薄らと思い浮かぶ映像は、いつかの両親との思い出。金色の短髪にルビー色の瞳をした背の高い父と、栗色の長髪にサファイア色の瞳の美人な母、二人は法衣を着ており、そこにいる幼い自分も法衣を着ていた。そんな両親と、今の様に船に乗っていた。

 クラシェイドはベッドに横たわった。


(でも、このまま全て思い出してもいいのかな……)


「ねー船の中、探検しようよ~」


 シフォニィが落ち着かない様子で体をくねり、クリスティアは彼の意見に賛成してベッドを下りた。


「うん。いいよ。ここにいても退屈なだけだし」

「わぁい☆ お兄ちゃんも、ほら! 早く行こうよ」

「オレは寝てるから」


 クラシェイドは布団を被り、シフォニィは残念そうな顔をした。


「つまんな~い。若者がそんなんじゃ駄目だよ? 人生損するよ?」

「シフォニィの方が年下よね?」と、クリスティア。

「船の中を歩かないだけで、人生損はしないから大丈夫。だから、どうぞ二人で」


 シフォニィは頬を膨らませて、クリスティアの手を取った。


「お兄ちゃんのばかっ! ずっと寝てなさい! じゃ、クリス行こうか」


 クリスティアは、シフォニィに軽く引っ張られて歩き出す。


「クラ、ちょっと行って来るから」


 二人が部屋から出て行き、クラシェイドは溜め息をついた。特にやる事もなかったので、そのまま目を閉じた。





 シフォニィとクリスティアは並んで、船内を歩く。


 部屋を出てすぐの廊下は長く、等間隔に客室が設けられていた。此処には窓が一切なく、各部屋に設置されていて海を臨む事が出来る。

 揺れが一切伝わって来ず、船内に居る事を忘れてしまいそうな安定した心地よさだ。施設も充実している。数日間滞在しても疲れない様に客室にはふかふかのベッドと、バスタブが設置され、上の階には宿泊客全員が利用出来るスパ、更に上の階には全面硝子張りの一流シェフが腕を振るうレストランがある。初めての船旅にしては豪華過ぎるが、宿泊施設が備わっていない普通の船ではシヴァノス跡地へは各港で乗り換えをしなくては辿り着けないのでやむを得ない。


 シフォニィが階段を駆け上り、やや遅れてクリスティアも階段を駆け上った。


 一般に、この世界に存在する物の全ての原動力は炎属性や雷属性のマナであり、この船も勿論それらを原動力としている。マナは何処にでも存在するし、底が尽きる事もない為に、マナを原動力とするのは効率が良いと言える。一般家庭で使われる火、水、電気は器具自体にマナが込められていて、部屋の灯りならば壁に設置された魔法陣に触れるだけで点灯、消灯させる事が出来る。しかし、器具自体のマナ保有量には限界があって、新たにマナを込めるか、新しい物を購入するしかない。


 ベランダへと出たシフォニィとクリスティアは、真下に広がる甲板を見下ろした。


「風が気持ちいいねーシフォニィ……あれ?」


 クリスティアは真下の風景に違和感を覚え、シフォニィは既にそれに気が付いていた様で険しい顔をしていた。


「喧嘩……みたいだね」


 甲板には人集りが出来ており、その中心で男と女が何かを言い争っている。女の方はナイフを手に持ち、男に向けていて敵意が剥き出しだ。


「すぐにお兄ちゃんを呼びに行こう!」

「そうね!」


 二人は、甲板下にある自分達の部屋へと急いだ。

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