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仲間を想う

 ファインの町から戻って来た次の日の朝。ウル、ルカ、エドワードは今日も三人仲良く食堂で朝食を摂っていた。彼らが座るテーブル席には朝食とは思えない程のボリュームの料理が並べられており、それだけでは飽き足らずにウルが料理人に追加注文をした。


「おーい、コルト! 肉追加!」


 ウルの大きな声が厨房まで届き、そこで料理をしていた館唯一の料理人――――コルト・クローネンバーグは腹を立てた様子で厨房から出てきた。金色の肩までの髪は毛先だけがオレンジ色で、瞳は鮮やかな赤紫のつり上がっていて、襟の内側が赤色チェック模様になった白いシャツと膝で折り返している深緑のズボン、赤色スリッパ、肩からピンク色のエプロンを着用している二十代の青年だ。

 コルトは片手で林檎を握り締め、ウルのもとへ走って来た。


「肉、肉、肉、肉! てめーいい加減にしろっての! これ誰が調達してると思ってんの? 俺だよ、お・れ!」


 本人は力強く言い放っているつもりだが、周りからすれば、あまり迫力がないように聞こえる。これが例え、強く言えていたとしても、このウルがそんな事で怯む筈がない。

 ウルはコルトの手に握られている林檎を奪い取り、齧った。何故か、コルトは泣きそうな表情になる。


「それがお前の仕事だろ? そもそも、お前みたいなチャラチャラした野郎が雇ってもらえただけでも感謝しろよ」


 コルトは先程までの威勢は何処へ行ったのやら、すっかり縮こまっていた。


「すんませんでした、ウル先輩。俺、調子に乗ってました。すんません」


 ペコペコと下げる金髪頭に、ウルはポンっと手のひらを乗せてコルトの顔を覗き込んで笑った。


「じゃーさっさと、肉持って来い」

「は、はい! ただいま~」


 コルトは足早に厨房へ戻り、ウルから離れた後に涙声で呟いた。


「ああ……俺のシルヴィア、食われたぁ…………」


 コルトの嘆きの声が届いたのか、エドワードは眉を下げてウルが食べている林檎を見た。


「確かコルトって、野菜や果物に昔付き合っていた彼女の名前を付けて大事にしてるんだっけ。ちょっと、可哀想だったんじゃない?」


 ウルは林檎を全て食べ切り、芯だけを空き皿に置いた。


「女の名前付けてるって時点で、アイツ可哀想だよ。てか、相当痛い奴だな」


 エドワードは反論出来ず苦笑いし、代わりにルカが反論をした。


「そうがな? おれは彼女との思い出を忘れないようにしでる優しいヤツに思えるけどなぁ」


 これはコルトを庇う為の咄嗟の台詞とかではなく、単に本気でそう思って言っただけである。つまりは天然ボケだ。

 ウルとエドワードはこう言ったルカの台詞は言い返してもキリがない事を普段から知っているので、聞き流してウルが話題をさっさと変えた。


「そういや、まさかあんなとこでクラシェイドに会うとはな」

「うん。ホント、偶然だったよね」

「元気そうで良かったべ」


 三人はファインの町でクラシェイドと再会をした事を回想し、昨日の事なのに随分と昔の事の様に懐かしんだ。

 次に会う時は敵同士……まだ実感はないが、そう思うと三人の表情から笑顔が消えた。


「お待たせしました~肉です!」


 そこへ、コルトが焼きたての骨付き肉を運んできてウルの目の前に置いた。それを見るなり、落ち込んでいたウルのテンションは一気に上がり、口から漏れ出した唾液を手の甲で無造作に拭き取って肉を掴んだ。


「さすがコルト! 焼き加減がサイコー!」


 無邪気に肉を頬張る様は周りを呆れさせた。


「感情の起伏が激しいなぁ。ホンット」


 コルトは小さく溜め息をつき、ふと食堂の出入り口に目をやった。


「あっ! リスちゃんじゃ~ん!」


 下心を露にしたコルトの視線に気が付き、それを無視してリスルドはその場から三人組に言った。


「ねえ、大変だよ! 外でティニシーとティアンザが争っているんだ」


 三人組は顔を見合わせ、小首を傾げた。


「あの双子が争ってるのって、日常茶飯事じゃね?」


 ウルが答えると、リスルドは首を激しく横に振った。


「殺気立ってるっていうか……えっと、とにかく! 今にも戦闘が始まりそうなんだよ!」


 さほど心配ではないが、三人組は席を立ち、現場に向かう事に。ついでにコルトも一緒に。 





 館のすぐ外では、黒色の癖のある短髪で赤と紫のオッドアイで顔つきもそっくりな双子の少年が対峙していた。

 そっくりといってもそれだけで、性格は真逆だ。袖に黄色の札を巻きつけた膝丈の白いローブに、大きなリボン付きの紫の帽子、黒いタイツに白いショートブーツ姿の兄のティニシー・フェノウは短気で怒りっぽく、帽子とパーカーがグレー、ズボンが白、靴が黒の、着用しているもの全てに付いたカラフルな飾りボタンと赤いファスナー以外は地味な印象を受ける弟のティアンザ・フェノウはおっとりとしていてマイペース。その為か、喧嘩する事はしょっちゅうだ。だが、今回の衝突は普段と様子が違っていた。

 双子の傍には、心配そうに見守るノアンと彼に纏わりついている女性に見える着物の人がいた。ノアンはこの人物に腕を抱き締められて顔を引き攣らせている。

 ティニシーはティアンザを睨み、右足を一歩後ろに引いた。


「勝った方が次の任務を引き受ける」


 ティアンザは右手を左袖に、左手を右袖にサッと入れた。


「望むところ! でも、ボクがティニシーなんかに負ける筈ないけどね」

「ほざいてろ、のろまのクズが!」


 ティニシーが走り出し、ティアンザは袖に入れていた手を出した。その両手には氷で形成されたナイフが握られており、ティアンザは走って来る兄をそれで迎え撃った。

 ティニシーの蹴りが次々とティアンザを襲い、ティアンザはその内の一撃を脾腹にくらって仰け反った。またティニシーの方も、ティアンザのナイフの刃に露出している肩を切り裂かれて後ろへ跳んで間合いを取った。

 双子はダメージを受けても尚、戦いを止めようとはせず、逆にエスカレートしていった。

 ティニシーは一枚の札を右の人差し指と中指の間に挟んでマナを集め始め、ティアンザはナイフに氷属性のマナを纏わせた。


 これ以上は見ていられなくなったノアンが戦場に飛び込もうとしたその時、館からリスルドがウル達を連れて戻って来た。

 ウルは互いに傷を負った双子を見て息を呑んだ。


「アイツら、マジで殺りあってんのか」

「ね? 僕の言った通りだったでしょ」


 リスルドは溜め息混じりに、そう返した。


「それよりも、早く止めてやらないと」


 ノアンが言うと、エドワードは頷き、翼を羽ばたかせて戦場へ降り立った。


「ティニシー、ティアンザ。もういいでしょ?」


 ティニシーとティアンザを順番に見ると、彼らは不満そうな顔をして渋々ながらも武器を納めた。


「分かったよ、エド。――――ティアンザ、次は一撃で仕留めてやるからな」

「エドが言うのなら仕方ありませんね。――――ティニシーこそ。その生意気な口、二度と聞けない様にしてあげるよ」


 二人からは殺気が消え、一同は安堵の表情を浮かべた。

 案外あっさりと喧嘩を止める事が出来たが、それはエドワードだからであって誰でも上手くいく訳ではない。殆どの者は逆に喧嘩を悪化させてしまうが、エドワードの場合は独特の温和なオーラを纏っているのか、事態を落ち着かせる事が出来る。双子の喧嘩は勿論の事、実は他の殺し屋の喧嘩なんかも止めていたりする。とは言え、さすがにこの前のアレスとアルフィアードの喧嘩を止める事は出来なかったのだが。


「じゃ、みんなで仲良くロールケーキ食べようぜ~」


 コルトが緩い口調でそう言い、全員は賛成した。

 全員がぞろぞろと館へ戻っていき、ティニシーとティアンザも戻ろうとした。


「……ねえ。結局、何の事で争っていたの?」


 エドワードが双子を引き止め、双子は同時に振り返りティニシーが口を開いた。


「黒魔術師の事だ」

「……クラシェイドの? って、まさか」

「オレ達に黒魔術師を殺せと、ムーンシャドウ様から命令が下った。アイツを殺すだけなら、オレ一人でも十分だと思ったんだが、コイツが自分が行くって言って利かなくて」


 ティニシーはティアンザを睨み、ティアンザもティニシーに睨み返した。


「クラシェイド相手なら、接近戦のボクのが有利じゃん。いくら体術が得意だからって、本業は召喚術士でしょ? 詠唱時間が遅い召喚術じゃ、黒魔術には適わないよ。ね、エドもそう思いませんか?」


 同意を求められて、優しいエドワードの顔が思わず引き攣った。


「二人の言いたい事は分かったけど、ムーンシャドウ様は二人(・・)にご命令されたんだよね。だったら、二人で行くべきじゃないかな」


 二人は互いから視線を外し、俯いて短く溜め息をついた。


「そうだよな……」

「そうですね……」


 エドワードはニコッと笑い、二人の肩を掴んだ。


「さあ、コルトがロールケーキ用意してくれてるよ」


 二人は顔を上げ、少しだけ笑顔を見せた。

 その様子に、エドワードは胸が痛くなった。


(やっぱり、二人も殺したくないんだ……仲間を、クラシェイドを。でも、きっとそれはクラシェイドも同じ事。月影の殺し屋と戦う事になったら、クラシェイドはどうするんだろう。今度はアルフィアードと戦った時の様に、戦闘を離脱する事は出来ない筈。クラシェイドだって本気を出せば、おいら達を殺す事も出来る。ホントにそうするのだろうか……おいらは……)


 どちらにも死んでほしくない。それが、仲間を想うエドワードの答えだった。だが、現実はそうはいかないだろう。戦えばどちらかが勝者となり、敗者となる。エドワードの答えは単なる理想に過ぎず、甘さを孕んだ人間の弱さだ。

 エドワードは己の理想を振り払う様に頭を振り、二人の背中を押して歩き出した。

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