小さな同行者
「待ってよ、お兄ちゃん!」
少年が呼んでもクラシェイドは足を止めようとはしなかったので、少年はクラシェイドの目の前に回り込んで行く手を塞いだ。
「盗賊を捕まえに行かないの?」
クラシェイドは少年を迷惑そうに見下ろした。
「……今から行くとこ。お前は宿屋で待ってて」
少年はクラシェイドの最初の言葉を聞いて嬉しそうにしたが、最後の言葉は納得いかなかったようでムスッと頬を膨らませた。
「ぼくも行くんだもん! お兄ちゃん一人じゃ、不安で不安で」
「不安って……お前が来る方がオレは不安だよ。オレは一人でも戦えるし、平気」
クラシェイドは少年を避けて歩いて行き、少年はクラシェイドの背中に飛びついた。
「置いてかないでよぉ!」
「だから、宿屋で待ってて……って」
クラシェイドは少年を振り下ろし、少年に向き直った。
「さすがに、お前みたいな子供を連れて行くのは良くないでしょ。周りにどんな目で見られるか」
「子供じゃないもん! お兄ちゃんだって、大人って言える程の大人じゃないじゃん」
少年の発言にイラッとしたが、クラシェイドは言い返すのも馬鹿らしく思えたので、少年を無視して先を急ぐ事にした。
遠ざかってゆくクラシェイドを不安そうな顔で見つめ、少年はまた彼を呼び止めた。
「ねえ、待ってよ! お兄ちゃん、盗賊が何処にいるのか分かってるの?」
ピタリと、クラシェイドの足が止まった。
クラシェイドは心の中で「しまった」と思い、頭を抱えた。
少年はニヤリと、勝ち誇った笑みを作ってクラシェイドに駆け寄った。
「ぼく知ってるもんね! よぉし、決まり☆」
こうして、半ば無理矢理クラシェイドは少年――――シフォニィ・ハルムと共に、村の近くにあるという盗賊のアジトへと向かう事になった。
村の東側の川の近くに、ポツンと建っている木製の小屋。いかにも、という感じのその場所に盗賊達は身を潜めていた。
部屋には宝石や置物などの盗品が散らばっており、それに紛れて水色の髪の少女が横たわっていた。
盗賊の一人の小太りの男は少女の脇にしゃがみ、眠っている少女の顔をまじまじと見た。
「ラッキーだったな。コイツはまあまあ高く売れそうだぞ」
窓際で地図を広げていた背の高い男は答えた。
「ああ。だが、もっと綺麗な女が居たじゃねーか? そっちの方が高く売れただろうな」
「いや、だってよ。ごっつい男が隣に居たからなぁ。ちょいと攫うのは困難だったぞ。それに比べて、コイツ一人で部屋で寝てたし……宿に来た時に男が居たが、弱そうだったし。何かと楽だったんだよ」
聞き覚えのない男達の話し声に、少女は目を覚ました。
「ここ……どこ……? あなたたち……」
小太りの男はギョッとした。
「うお!? 目覚ましやがった。てか、不細工だな!」
背の高い男は呆れて首を横に振った。
「楽をするからこうなるんだ」
突然訳の分からない場所で、訳の分からない人達に好き勝手言われ、少女は腹が立った。
少女は言い返そうと体を起こしたが、背の高い男が懐から銀色に輝く刃を取り出したのを見て止めた。
「売れそうもない不良品は消してしまおう。さっきの変な縫いぐるみは川に放り投げるだけで良かったが、人間はそうはいかねーな。俺達に関する記憶諸とも、消してしまわねば」
背の高い男はダガーを片手に、少女に歩み寄った。
小太りの男は仲間を止める様子もなく、楽しそうにニヤニヤと笑っている。
ダガーの刃が首筋に突きつけられ、少女は恐怖で声も出せなかった。
「恨むんなら俺達じゃなくて、自分の容姿を恨むんだな」
背の高い男が一度ダガーを引いて、振り上げた――――と、
『――――ソウルバーン!』
扉の外側から少年の声がし、扉が爆発に飲まれて吹き飛んだ。
盗賊達は何事かと、吹き飛んだ扉の方を見た。
「お、おい。アイツ……」
小太りの男は背の高い男の腕を掴み、真面目な顔をした。
「かなりの美人じゃねーか! 高く売れる!」
背の高い男は小太りの男の腕を振り解き、ダガーを金色の杖を持った少年に向けた。
「馬鹿か! どう見ても、男だろ! てか、アイツはこの女と一緒にいた男じゃねーかよ」
クラシェイドはこの二人の盗賊にどう突っ込んだらいいのか分からず、ボーッと突っ立っていた。
「…………。ねえ、あのさぁ……」
「盗んだ物を返せ!」
クラシェイドの背後からシフォニィが飛び出し、盗賊達の前に立ちはだかった。
盗賊達は武器を構え、ニヤリと笑った。
「そうか。俺達を退治しに来たって訳だな」
「ひょろい兄ちゃんに、チビが相手じゃあ……手応えねーが。邪魔するもんは容赦しねー!」
盗賊達が一斉に襲ってきて、クラシェイドはシフォニィを後ろに下げて杖を構えて迎え撃った。
二つの剣を杖で軽々と横へ流し、クラシェイドは飛躍してまず小太りの男の背後に着地した。透かさず杖で男の後頭部を殴り、ダガーを振り回して来た背の高い男を魔術の風で吹き飛ばした。
背の高い男は受け身を取る事が出来ず、無惨にも壁に背中を打ち付けられて倒れた。
クラシェイドは杖を立て、二人の男の足下に魔法陣を描いた。魔法陣は水色に光り、冷気を発生させ、忽ち男達の足を凍り付かせた。
身動きの取れない男達の横を通り過ぎ、クラシェイドは横たわっているクリスティアに手を貸した。
「……まさか、本当に連れ去られていたなんて」
クリスティアは礼を言い、クラシェイドの手を取って立ち上がった。
「わざわざ私を助けに来てくれたの?」
クラシェイドは「さあ」と首を傾げ、盗品を見て回っている少年に目をやった。
「シフォニィ、何とかくんって見つかった?」
シフォニィは首を横に振り、今にも泣き出しそうな顔でクラシェイドを見た。
「トングくんがいないよぉ! 絶対、この人達が盗んだハズなのに……」
クラシェイドは項垂れている背の高い男の前にしゃがみ、目線を合わせた。
「……ああ言ってるけど、本当のとこどうなの?」
男は顔を上げ、正直に答えた。
「何の事を言っているのかさっぱりだが……。盗んで捨てた物なら一つだけある。変な……高そうな水晶が三つ付いた縫いぐるみだ」
「え!? それって、トングくん? ねえ、盗賊の人! 一体何処に捨てたの!?」
シフォニィが駆け寄ってきて、必死に男の肩を揺すった。
「そこの川だ」
窓の外の川を見、シフォニィは血相を変えて小屋から飛び出していった。
シフォニィが物凄い勢いで真横からいなくなったのにも関わらず、クラシェイドは落ち着いていた。
彼があまりにもゆっくりと動き出すので、クリスティアは出口まで走り、彼に早く追い掛ける様に促した。
「あの子行っちゃったよ! クラシェイド、早く追い掛けないと!」
クラシェイドは自分のペースを崩す事なく、クリスティアの目の前まで歩いて来た。
二人が揃って小屋を出て行こうとした時、背の高い男がクラシェイドに声を掛けて来た。
「お前、その十字架のタトゥー……月影の殺し屋か?」
クラシェイドは立ち止まったが、何も返さなかった。男はまた疑問を投げかける。
「俺達を殺さないのか?」
クラシェイドは振り向いた。
「……オレはターゲット以外を……いや、もう人を殺したりしない。何も知らなかったあの頃とは違う。アンタ達をどうするかは、被害に遭った人達が決める事だし」
「そうか。変わった奴だな」
クラシェイドは前を向き、クリスティアと一緒に川まで走って行った。
日の光が反射して宝石の如く耀う川で、シフォニィが縫いぐるみを捜し回っていた。
川はあまり深くはないが、シフォニィの小さな身体の三分の一は水に浸かってしまっている。シフォニィは服や靴が濡れようがお構いなしだ。
クリスティアが心配した様子で彼を見ていると、隣のクラシェイドが動いた。
クラシェイドは杖をクリスティアに預け、靴のまま川に入っていった。
「ヤングくんって、確か水晶が三つ付いてるんだよね?」
「ヤングくんじゃなくて、トングくん! ……そう、水晶が三つ付いてるの。とっても、可愛い縫いぐるみなんだ」
「とっても可愛い、ねー」
クラシェイドはシフォニィとは少し離れた所で、シフォニィの言った特徴を頼りに縫いぐるみを捜し始めた。




