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ただ救いの手を

 目を覚ますと、クラシェイドは一面暗闇に覆われた場所に一人立っていた。空を見上げれば、血の如く赤い三日月がこちらを見下ろして嘲笑っている。

 一体ここは何処なんだろうと、クラシェイドは疑問を抱いたまま歩き出した。

 


 息も少し弾み始めた頃、ようやく人の後ろ姿を発見した。

 クラシェイドはその後ろ姿に安心をして、歩み寄った。

 すると、その人はぐるんと振り返った。


「やあ、クラシェイド。よく来たね」


 クラシェイドのサファイアブルーの瞳に映ったのは、笑った奇妙な仮面。

 クラシェイドは驚きと恐怖で、思わず後ずさった。


「ムーンシャドウ……どうして、アンタが……」


 ムーンシャドウはクラシェイドに向き直り、クスクスと笑い声を漏らした。


「クラシェイド、前にも言ったよねェ? ワタシはキミの事なら、何でも分かるって」


 クラシェイドは杖を構えた。


「……アンタは一体何者なの?」

「何者? ふふふふ……キミは何も憶えていないんだねェ?」

「何の事……?」

「じゃあ、教えてあげるよ」


 ムーンシャドウが仮面に手を当て、少しずつ……少しずつ……横へずらしてゆく。


「嘘だ……そんな筈…………」


 仮面の下から見えたサファイアブルーの瞳、そしてブロンドだった髪はいつの間にか茶色がかっていた。


「そう――――ワタシハオマエダ」


 仮面が完全に外され、露になった男の顔にクラシェイドは驚いて、構えていた杖を落とした。




 カラン……




 耳を刺す様な金属音に、クラシェイドは目を覚ました。上半身を起こすと、横でクリスティアが杖を拾っているのが見えた。

 クラシェイドは自分が体を預けている純白のベッドと、殆どが純白に近い空間を見渡した。


 先程まで居た黒の空間とは真逆の空間だった。


(さっきのは夢…だったのか。だけど……――――?)


 クラシェイドは急に夢であった出来事を思い出せなくなり、頭を抱えた。


(おかしいな……とても恐かった気がしたのに)


「クラシェイド! ごめん、物音立てて。起こしちゃったよね……?」


 クリスティアが心配そうな顔で、クラシェイドを見下ろしていた。

 クラシェイドは首を横に振り、クリスティアを見上げた。


「ここは何処?」

「ウィング教会。セイントライゼーグの街の中心よ」

「そう……」


 クラシェイドはクリスティアが立っている場所とは反対側の窓の外を眺めた。

 西へと傾いた黄色い日の光が街中を照らし、この部屋にもその光が差し込んでいた。月光の館では決して見る事の出来ない風景だ。


(オレはもう、月影じゃないんだ……)


 クラシェイドは安心したのと同時に、何処か物悲しさを感じた。

 月光の館での生活はそれなりに満足していたし、親しい仲間もいた。今の自分にとって、そこが唯一の居場所だったのだ。今更何を悔やんでも仕方ないと分かっていても、自ら棄てたそれに後悔をしてしまう。


「ごめんなさい……」


 クリスティアのか細い声がし、クラシェイドはクリスティアに視線を戻した。

 クリスティアのエメラルドグリーンの瞳は揺れている。


「ごめんなさい……クラシェイド。私、あなたを殺そうとした。あの人と戦って大怪我したあなたが気を失っている間に。私を助けてくれたのに、それなのに……私っ……私っ」


 クリスティアが顔を両手で覆い、クラシェイドは彼女から視線を逸らした。


「……別に、謝る事でもないんじゃない? オレがお前を助けた所で、父親の仇だって事には変わりはないんだからさ」


 空気が重く沈み、二人からは会話が途絶えた。


 カチャ。


 そこへ、神父が扉を開けて中へ入って来た。


「クラシェイドくん、お目覚めですか?」


 クラシェイドとクリスティアは神父の方を見、神父はクリスティアの隣で立ち止まって一礼した。


「お身体の方は何ともありませんか?」


 神父は神父特有の優しい笑みと口調でクラシェイドに話し掛け、クラシェイドは少しばかり戸惑った。


「あ、はい。……あなたが怪我を治してくれたんですか?」

「いいえ。私はまだ未熟な者で。小さな傷しか治せないのですよ。クラシェイドくんをお救いしたのは、我がウィング教会の最高司祭マリー様でございます」

「……あなたは?」


 クラシェイドが訊くと、神父はハッとして胸に手を当てた。


「申し遅れました。私はウィング教会の神父、ミシェル・ネルヴィアスと申します。気を失った貴方のもとへ偶然私が通りかかり、こちらまでお運び致しました」

「ミシェル……さん。ありがとうございました」

「ええ。ですが、それは改めて大司祭様へお伝え下さい。それと、私の事は呼び捨てで構いません。クラシェイドくんとは年は近いと思いますから」


 ミシェルは笑顔を保っている。きっと、それが彼の普段からの表情なのだろう。

 ミシェルは一歩下がり、右手を広げて扉の方へ向けた。


「よろしければ、今から少し早い夕食に致しませんか?」


 クリスティアが先に頷いた。


「はい。そうさせてもらいます。クラシェイドは……」


 クラシェイドに視線を流すと、クラシェイドは頷いてベッドから下りた。


「オレも、そうさせてもらいます。大司祭様にも、お礼を言わないと」


 二人はミシェルの案内で、教会内にある食堂へと向かった。





 室内と同じ純白の廊下には鮮やかな赤の絨毯が敷かれ、ずっと先まで伸びている。等間隔に設置された扉だけの空間が暫く続いたが、自然光がステンドグラスを通して差し込む空間へと変わった。更にそこを過ぎると、金の手摺の階段が見え、ミシェルを先頭に下っていく。


 食堂は階段を下りてすぐの所にあり、翼をモチーフにした見事な彫刻の施された重厚な扉を開くと、壁際のステンドグラスと純白のテーブルクロスの敷かれた長テーブルが目に入った。

 ミシェルに言われてクラシェイドとクリスティアが先に足を踏み入れると、法衣を着た赤茶色の長髪の美しい女性が出迎えてくれた。


「さあ、こちらにお掛けになって」


 クラシェイドとクリスティアは女性に言われた通り、中央にある長テーブルの席に向かい合わせで座った。既にテーブルには食事が用意されていて、湯気を立てている。見た限りでは、肉は一切使われていない。

 肉を使っていない料理といい、ステンドグラスといい、法衣姿の人といい、教会にいるんだという事を実感させられる。同時に、クラシェイドは懐かしさを感じていた。


(もしかして、ここ……知ってる?)


 隣では、ミシェルが女性に深々と頭を下げて席に着いていた。

 女性は微笑むと、一番豪華な椅子に腰を掛けた。


「料理が冷めないうちに、どうぞ召し上がって」


 クラシェイドとクリスティアは女性に頭を下げ、四人揃って食事を始めた。

 途中、クラシェイドは手を止めて女性を見た。


「……あなたが大司祭様なんですよね?」


 女性は柔らかい笑顔で頷いた。


「この度は助けていただき、どうもありがとうございました」

「いいのですよ。礼には及びません。私は聖職者として、当然の事をしたまでですから」


 それを聞き、クラシェイドは疑問に思った。


「でも、オレは神に救われる様な人間じゃない……オレは……」


 クラシェイドの左の頬にある血色の十字架のタトゥーを見て、大司祭マリーは笑顔のまま首を横に振った。


「ここでは貴方はただの怪我人です。これまでの貴方の行いがどうあれ、私には消えゆく命を見過ごせなかったのです。それに、貴方の目を見れば分かりますわ……貴方が本当は優しいお方だって」


 クラシェイドはマリーの笑顔を見ているのが辛くて目を伏せ、マリーに対してどう返したらいいのか分からずに、ただ謝っていた。「ごめんなさい……」





 食事を終え、クラシェイドとクリスティアは教会の外へ出て、ミシェルに付き添ってもらって街の中を歩いていた。

 此処セイントライゼーグの街は建物が白く、街全体が白い塊の様に見えた。そして、岩山の頂上に位置しているらしく、時折強い風が吹き抜けた。


 教会自体はティオウルの街を始めとする色んな大都市に転々とあるが、この街にあるウィング教会はそれらの教会とは規模が違う。建物の大きさは勿論、務める司祭の数が圧倒的に多いのだ。理由は此処が本拠地であるからで、各教会に司祭を派遣しているのである。


 街を歩いているのは、クラシェイドがそうミシェルに頼んだからだ。


「何か、思い出せそうな気がして」

「クラシェイドくん、貴方は記憶喪失……なんですね」


 一歩後ろを歩いていたミシェルがそう言い、クラシェイドは頷いた。それを隣で見ていたクリスティアは目を丸くした。


「記憶喪失なの? 私、初めて知った。どうして、今まで言ってくれなかったの?」


 クラシェイドは困った様な表情を浮かべた。


「記憶喪失だからって、言い訳はしたくなかったから。それに、これはオレだけの問題。きっと、お前には関係のない事だろうから」

「そ、それはそうだけどさ……でも、何か」


 クリスティアは寂しかった。元々クラシェイドを再び訪ねたのは、彼の事をもっとよく知りたかったからだ。それなのに、彼にこんなにも突き放されるなんて。

 クラシェイドはクリスティアの機微に気が付かず、目の前に見えてきたものが何かをミシェルに訊いていた。ミシェルは快く答え、クラシェイドは疑問を抱きながらも納得した。

 クリスティアは深い溜め息をつき、二人が見ていた方を見た。


(吊り橋だ……。でも、何で?)


 その吊り橋は柱と柱の間に鎖が繋がれていて、この聖なる街の中で異質を放っていた。鎖が繋がれているという事は、立ち入り禁止を意味しているのだろう。ミシェルもクラシェイドの質問に、「吊り橋が落ちてしまいそうで危ないから」と答えていた。


 しかし、本当にそれだけ?


 恐らくはクラシェイドも、クリスティアと同じ事を思ったのだろう。

 ミシェルは二人が疑問に思っている事を察してか、さっさとこの場を立ち去るように促し、二人もそれに従うしかなかった。

 クラシェイドは吊り橋の横を通り過ぎた時に吊り橋を一瞥し、ミシェルが案内する方へと歩いていった。

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