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月蝕の黒魔術師~Lunar Eclipse Sorcerer~  作者: うさぎサボテン
最終章 魂の還る場所
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七つの大罪

 四人が押さえ込んで身動きの取れなくなったソウルイーターへ、クラシェイドが最期の詠唱を贈る。

 やけに響く詠唱の声。それはまるで、真夜中に響く鎮魂歌の様で。クラシェイド自身へ向けたものなのかもしれない。これで、彼の八年余分に生きてしまった人生は終焉を迎えるのだから。

 シフォニィとクリスティアの目には涙が浮かんだ。ノアンは顔を曇らせ、彼らの反応に何も知らないヒヨコも不安を覚えた。

 大気中の光以外の属性マナが一人の黒魔術師へと集まっていき、詠唱によって形を創っていく。

 クラシェイドが魔術発動の言葉を口にしようとする――――と、アレス、キリル、コルトの悲鳴が響き渡った。

 詠唱を中断し、前方を確認したクラシェイドが見たものは、地面に転がる仲間達の姿とブクブクと膨れ上がった黒い物体の姿だった。

 今も尚、膨張を続けていて、その様は何かになろうとしている様だった。


 左下に突起物が生え、右上に豚の顔面が。更に、狐、熊、ヘビ、オスライオンの顔面もボコッと生えて来て、最後に中央にエクリプスそっくりなドラゴンの顔面が形成された。歪なその物体は七パーツに分かれ、それぞれ自立した。

 変わらず色は黒一色だが、サイズは一つ一つが大きく、見上げなければならなかった。


 創造神エクリプスの魂を取り込んだソウルイーターは、その力――――創造する力を手にしていた。これまでは自身の創造、つまりは修復に当てていたが、此処に来て、自身の身体から別の生命体を創造したのだ。


 起き上がる四人のもとへ、それぞれ黒い巨体が立ちはだかった。キリルのもとへは蠍が、コルトのもとへは豚が、カラスのもとへは狐が、アレスのもとへは熊が。

 そして、待機組のもとへも蛇が這って来て、残りのライオンとドラゴンはクラシェイドを挟み撃ちにした。

 キリルは苦笑し、艶やかな赤い唇から溜め息混じりの声を漏らした。


「あたしの所に色気の象徴の蠍ちゃんが来るなんてぇ。お色気対決って感じかしらん」


 近くではコルトが目を輝かせ、包丁を構えている。


「俺は食材なら恐くないんだぜ。生憎、豚は絶品食材だ! 狩らせてもらうぜ」

「お前ら、真剣にやれよ。てか、何でクラちゃんが!」


 アレスは目の前の敵よりも、仲間を心配、特にクラシェイドを心配していた。


「それは完全体に戻りたいからだろう」


 そう口を挟んだカラスは、既に大剣を狐に振るっていた。黒色のマナが飛び散る。

 シフォニィとノアンは自分達を囲むドーム状の防御壁の強度を上げ、蛇を退ける。が、相手はそんな事では怯まずに長い胴体を防御壁に巻き付けて締め付ける。間近に蛇の顔が見え、クリスティアとヒヨコの甲高い悲鳴が響く。


 二つの牙が前後から迫り、クラシェイドは移動術で少し離れた所へ移動するも、素早くそこにドラゴンが降り立ち、向こうからはライオンが駆けて来た。

 クラシェイドは杖をドラゴンに振るい、飛躍してライオンの背に飛び乗る。そこで杖を振り下ろし、迫って来たドラゴンの顔に氷属性のマナをぶつけた。一瞬で凍り付いていく強面。

 休む間もなく、今度は足場が不安定になる。ライオンがクラシェイドを振り落とそうとしていた。

 ドラゴンが自力で顔面の氷を砕いている姿が目に入る。

 クラシェイドは振り落とされる前に移動術を使い、ドラゴンの背に乗った。そこも安定はしなかったが、一時的な足場だ。ドラゴンが翼を羽ばたかせて空中へ浮き、クラシェイドは移動術で地上へ戻った後、ライオンの背後に回って風属性のマナを放った。

 ライオンは吹き飛び、頭上から青いブレスが落ちて来る。クラシェイドが飛び退くと、目の前で地面が抉れて焼かれた。

 右方向から殺気と魔力を感知し、そちらを見ずにクラシェイドは杖を振るう。カンっと音がし、ライオンの大きな顔面に杖の柄がめり込んでいた。

 ライオンは一旦身を引き、助走を付けて獲物に飛び付く。

 黒い服の裾を翻して躱すクラシェイド……と、そこへ再びドラゴンの青いブレスが落ちて来る。

 二体の敵の姿を確認し、クラシェイドは移動術を使った。


 クラシェイドが追い詰められているのを、横目に見ていたアレスは焦っていた。襲い来る熊を大剣で薙ぎ払っては身体の向きを変え、そのまま駆け出そうとした背中に熊がまた襲い掛かって来て、振り向き様に大剣を振り下ろす……それが延々と続いていた。

 アレスは歯噛みする。


『聖光斬!』


 光属性のマナを纏わせた大剣を振り下ろし、熊を真っ二つにする。

 これで勝負が付いたのなら良かったが、簡単にはいかず、すぐに修復した熊がアレスを狙う。

 カラスの相手の狐も、何度もカラスに地面に転がされたが完全回復し、更に戦闘能力を上げてカラスを押していた。カラスの身体には、無数の傷が刻まれた。


 戦闘能力が高いにも関わらず苦戦を強いられている二人の大剣士に対し、一料理人と、いつも内股の女装青年は傷一つなく余裕だった。

 コルトは見事な包丁捌きで、豚にダメージを与え続けていた。


『削ぎ切り!』


 分厚い皮膚の表面を削る。


『乱切り!』


 ザクザクと豪快に身体を刻む。

 そして、最後に……


『みじん切り!』


 刻んだ肉を更に細かくして、勝負がついた。

 コルトは包丁に付いた黒い物体を振り落とし、額の汗を拭った。


「美味しく料理してやんよ」

「あらん。コルトんカッコイイじゃなぁい! あたしも頑張っちゃおっ」


 キリルは一瞬だけコルトに頬を赤く染めると、サッと表情を変えて己の敵に集中する。弓に矢を番え、眼光を鋭くしてしっかりと狙いを定める。

 小さく息を吸い、普段とは別人の顔で矢を放った。

 矢は物凄い速さで空中を駆け、目で捕らえる前に蠍は体を貫かれていた。しかも、一ミリのズレもなく急所に当たっていて、たったそれだけで戦闘不能となった。

 キリルは弓を下ろし、表情を崩した。


「イマドキ、強いオンナもモテるのよねっ」


 内股に、ニヤケた表情、裏声……全てが元通りの彼は、やはり何処か残念だった。


 二体が倒れたのを目の当たりにした待機組はその事には安心したが、気を抜けない状況だった。

 シフォニィとノアンが必死に防御壁の強度を上げるも、それに比例する様に蛇の締め付ける力も、どんどん増していった。

 ミシミシと音を立て、防御壁に罅が入り始める。

 クリスティアは双剣を構え、ヒヨコは魔術書のページを捲り始めた。少ない体力と魔力で、二人は自分達に出来る事をしたかった。


「ノアン、どうする? 破られるのは時間の問題だよ」


 シフォニィが問うと、ノアンは息を弾ませながら答えた。


「目眩ましでもくらわせてやるか。これも効果は期待出来んが、やらないよりはマシだろ。一旦、俺は防御壁にマナを注ぐのをやめるが大丈夫か?」

「うん! ぼくに任せてよ。ノアンもお願いね」

「ああ。よし、いくぞ」


 防御壁からノアンの魔力が離れ、少し薄くなったそれをシフォニィ一人で支える。

 ノアンが詠唱を始め、合わせてヒヨコも詠唱を始めた。

 防御壁が破られると、眩い光が蛇の視力を一瞬奪い、氷の刃が蛇の身体に無数に突き刺さった。

 大したダメージは与えられなかったが、一難は免れた。

 問題は次だ。四人は気を引き締めた。

 もう臨戦態勢ばっちりな蛇が、舌舐りをして赤い目で狙いを定めていた。

 クリスティアは剣を握る両手に力を入れた。


 キリルとコルトはすぐ様四人を助けに向かうが、背後から気配を感じて同じ様に振り返った。すると、倒した筈の敵が創造された時と全く同じ姿でそこに鎮座していた。

 二人の表情には、さすがにもう余裕はなかった。

 豚に至っては影も形もなかった筈だ。そこからどうやって再生したのか謎で、恐怖以外の何ものでもなかった。それは即ち、成す術がない事を意味しているのだから。

 何度でも再生を繰り返すのかは不明であるが、もう一度同じ事をするのが二人にとっては億劫だった。また同じ結果に終わるのではないかと。ふと、大剣士達の方を見ても、一度倒したと思われる敵を、また相手にしていた。

 しかし、だからと言って何もしない訳にもいかず、キリルは弓に矢を番え、コルトは包丁を片手に走っていった。


 誰からの援助も期待出来ない四人に、容赦なく蛇は毒牙を向ける。魔力が尽きて膝を着くヒヨコをクリスティアが庇い、そんな彼女達をシフォニィが杖を構えて庇い、最終的にノアンが一番先頭に立って子供達を護る体勢を取った。

 眼前まで迫って来た毒牙に、ノアンは微かに身体を震わせて額から汗を滴らせる。もう防御壁を張れる魔力は残っていない。


『――――ファイアブレス!』


 少年の声が響き、横から吹き出して来た紅蓮の炎に、一瞬にして蛇は焼かれた。

 四人はそれがクラシェイドが発動させたものだと気が付くのと同時に、その彼が両膝を着いて踞るのが見えた。背後にはライオンが、頭上にはドラゴンが迫っている。

 シフォニィは大切な義兄の名を叫び、走る。

 ライオンが飛び付き、ドラゴンが黒い結晶を飛ばして来たが、その前にシフォニィが防御壁を張って防いだ。勢い余って防御壁にぶつかって吹き飛ぶライオンと、必死にまた黒い結晶を飛ばしたりブレスを吐いたりするドラゴン。

 クラシェイドは魂に受ける痛みに耐えながら、横へしゃがんだ義弟を見た。


「シフォニィ、助かったよ……」

「お兄ちゃんの方こそ」


 それ以上は会話を広げなかった。そんな余裕はなかった。

 魔力が完全回復していなかった白魔術師の防御壁は何度目かのドラゴンのブレスと、ライオンの体当たりによって壊されてしまった。

 クラシェイドはシフォニィを抱え、二体の攻撃を上手く躱していった。

 戦闘不能だった蛇も回復し、無防備な三人を襲っている最中だった。


「シフォニィ。まだ防御壁張れる?」


 ライオンのたてがみが靡くのを視界に入れつつ、クラシェイドはシフォニィの返答を待つ。

 シフォニィは控えめに言った。


「攻撃を一度ぐらいは防げると思う」

「そっか」


 それだけ返すと、クラシェイドは時属性のマナを集めた。次の二体の攻撃を躱した後、シフォニィのみに移動術をかけた。

 シフォニィは訳が分からないまま、元の場所へ飛ばされる。

 シフォニィの眼前には蛇が。横にはノアン、後ろにはクリスティアとヒヨコ。シフォニィはクラシェイドが言わんとしていた事を瞬時に理解し、防御壁を張った。

 望み通りに行動してくれたシフォニィの事を最後まで見届ける事は叶わず、クラシェイドはまた二体を相手にする事になった。

 ライオンもドラゴンも厳つい見た目の割に行動は単純で、躱すのは容易であったが、長期戦になるとクラシェイドも辛かった。魂も大分削られて来ていて、此処に存在を留めているのもやっとの事だった。

 だが、ソウルイーターは決して容赦しない。己の身体を手に入れる為にクラシェイドの魂を壊そうと、攻撃を与え続ける。

 クラシェイドが避け際にライオンの身体に杖を薙ぐと、そこから無数の棘が飛び出して来た。

 予期していなかった展開にクラシェイドは躱すのが一歩遅れ、右手を犠牲にした。

 血塗れになった右手を急いで引っ込め、頭上から降り注ぐ七色の刃を避ける。

 ライオンの方へ注意の目を戻そうとすると、その姿を全く捕らえられなかった。あの様な巨体、見つけ出す事が出来ない方がおかしい。それに、確かに数秒前にはそこに居た筈。

 突如、背後から気配を感じた。

 振り向く前に、クラシェイドは強い力に吹き飛ばされ、軽く空中へ投げ出された。空中を舞いながら、地上にライオンの姿を捕らえた。あの一部である自分が移動術を使えるのに、本体が使えない筈がなかった。納得すると、クラシェイドは次に来た危機にどうする事も出来ないと悟った。

 上空に居たドラゴンが急降下し、大口を開けてクラシェイドへと迫っていたのだ。

 そのまま、クラシェイドはドラゴンに丸呑みされた。

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