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月蝕の黒魔術師~Lunar Eclipse Sorcerer~  作者: うさぎサボテン
最終章 魂の還る場所
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神を喰らいし闇の王

 七色の光の球体が天へ舞い上がっているのを見ていると、妙に心がざわついた。それは顔にも出ていた様で、クラシェイドはクリスティアに心配されてしまった。

 何でもないよと口にしようとした時、はたと気付いた。


 ムーンシャドウが――――魂喰い(ソウルイーター)が何処にも居ない!


 時既に遅し。

 再び姿を確認出来た時には、ソウルイーターは仮面を棄ててその下に隠していた大きな口でエクリプスだったモノを喰らい尽くしていた。


「あれは……魂。まさか、最初からそれを狙って……」


 クラシェイドの顔から血の気が引いていった。

 ソウルイーターは青い舌で口周りを舐め、目のない真っ黒な顔をクラシェイドへ向けた。


「神の魂は実に美味だ。嗚呼……全身に魔力が巡り巡る」


 ソウルイーターの身体は徐々に人の形を失い、大きな口だけを残して黒が肥大化し、何とも歪な形へと変わっていく。やがて、ドロリとしたゼリー状の物体になり、至る所に目玉と人の手の様なモノを生やした。

 あまりの悍ましさにクリスティアは悲鳴を上げ、シフォニィは座り込んでしまった。

 アレスは眉間に皺を寄せ、鞘から大剣を抜いて構えた。


「おいおい……冗談じゃねーぞ」

「ソウルイーターは魂を喰らう事で強くなる。エクリプスの魂を喰らったアイツは、エクリプスよりも厄介かもしれない!」


 クラシェイドも杖を構え、唇を噛んだ。

 漸く本性を見せた宿敵の姿は、クラシェイドの記憶以上に醜い。これの一部だと思うと、ゾッとする。それでも、現実と向き合わなければならない。ソウルイーターをこの手で葬らなければならない。

 クラシェイドはクリスティアを下がらせ、詠唱を始めた。

 アレスが前線へ駆けてゆく。

 ソウルイーターは体中の手を自在に操り、数本をアレスの方へと伸ばして迎え撃つ。指先を刃物の様に尖らせたそれは、相手を掴むのではなく、刺す事が前提だと思われた。

 アレスは大剣で弾いたり、躱したりしながら攻める。

 傷一つなく本体のもとへ辿り着く事に成功すると、大量の手が束になって襲って来て、更には眼球が全てアレスの方へと向いて光線を放った。

 アレスは大剣から光の波動を飛ばし、光線を打ち消してまるごとソウルイーターを飲み込む。


「グアアアァァッ!」


 魂喰いの叫びは、錆び付いた金属音の様な不快感を周りに与え、シフォニィとクリスティアは耳を塞いでいた。二人の周囲には防御壁は張られていない。まだシフォニィの魔力が完全に回復しておらず、それなら、いざという時に温存しておいた方が有利だろうと考えての事だった。

 それに、ソウルイーターのあんなに沢山ある目は一度も非力な二人を映してはいない。狙いは、やはりクラシェイド唯一人。アレスは単なる邪魔者だ。

 このままアレスも手を出さなければ狙われる事もないだろうが、それは即ちクラシェイドを見捨てる事を意味する。そんな事は、此処にいる誰一人として望んでいなかった。

 だから、アレスは天と地の差があろうとも立ち向かう。

 踞る黒い物体に大剣を振り下ろす。

 ザクッと音を立て、歪な手が数本、宙を舞う。血の代わりに、黒いマナが飛び散る。

 確かな感触に、もう一撃くらわせようとしたのだが、いつの間にかソウルイーターの姿が何処にもなかった。


「人気者は辛いね」


 クラシェイドの声に、アレスはハッと気が付く。後ろへ向き直ると、クラシェイドが魂喰いに追い掛けられていた。

 足のない黒い物体は地を滑る様にして進んでいて、見た目ねっとりとしていて動きづらそうなのに全く問題ない様だ。寧ろ、クラシェイドの方が追いつかれてしまいそうだ。

 クラシェイド本人も、逃げているだけでは無駄だと思い、足を止めてソウルイーターに向き直った。

 同時に止まった魂喰いに、杖を振るう。

 杖の先端がゼリー状の皮膚にめり込み、取り込まれていく。杖を掴んだままのクラシェイドも引き摺り込まれそうになるが、両足に力を入れてしっかりと地面に縫い付けて耐える。


「ワタシノカラダダ! サッサトカエシテモラオウカ」


 相変わらず聴き心地の悪い声が耳を打つ。

 クラシェイドは顔を顰めながら、近付いて来る足音だけに耳を傾けた。


「クラちゃんから離れろ!」

『聖光斬!』


 ソウルイーターの背後から、光を纏った大剣が振り下ろされる。

 クラシェイドの杖が両者を繋げる鎖の様な役割をしており、ソウルイーターは避ける事も叶わずに半身を犠牲にした。

 黒い物体が真ん中を境に左右に分裂して横たわり、拓けた視界にアレスが立って居た。


「クラちゃん、無事か!?」

「うん。まあ……何とか」


 クラシェイドは左肩を押さえ、苦笑した。

 反応が想像と違い、不思議に思ったアレスは彼が押さえている所が濃いシミになっている事に気が付いた。服が黒いから色が分かりづらいが、間違いなく血だった。

 アレスは刀身に僅かな血が付着しているのを確認すると、一層焦り出した。


「あ、当たっちまったのか!?」

「当たらない確率の方が低かったからね。気にしなくていいよ」

「そ、そう言われても……」


 素直に言葉に従う事は出来なかった。

 分裂した物体がぶるりと動き、まるで磁石の様に互いに近付いていく。クラシェイドの顔が真剣なものへと変わった。


「此処は任せたよ」


 クラシェイドはそれだけ言うと、時空間へと消えた。

 残されたアレスは眼前の、復活を遂げた魂喰いを見据えて大剣を構える。


「さっさとお前をぶちのめして、クラちゃんに全身全霊込めて謝るぜ」

「ワタシヲコロス……スナワチ、カレノシモイミスルゾ」

「うるせーよ!」


 そう言っている矢先、向こうではクラシェイドが時空間から出るや否や倒れた。急いで、シフォニィが離れた所から治癒術をかける。

 肩の傷はそんなに深くはなくすぐに治ったが、肝心のクラシェイドが起き上がる気配はない。

 アレスはソウルイーターに一撃くらわせ、クラシェイドと魂喰いを交互に見て困惑した。


「そうだ……ダメージはクラちゃんの方にもいくんだった」

「じゃあ、どうすればいいの」


 シフォニィが悲鳴混じりに声を飛ばし、アレスは修復していく魂喰いを前に腕を組んだ。


「オレなら大丈夫だから」クラシェイドがゆっくりと起き上がる。「二人はオレが詠唱している間頼むよ」


 アレスとシフォニィは頷く他なく、それぞれで動き始めた。

 アレスは躊躇いつつも、足止めの為にソウルイーターに大剣を振るい、シフォニィはいつでも援護出来る様に身構えた。


『大地を切り裂け――――アースキャノン!』


 地属性のマナで形成された太い針がソウルイーターを貫く。これは、クラシェイドが使える魔術の中で一番威力の低い魔術。それ故、同一体の魔術であっても大きなダメージはなかった。

 ソウルイーターは体中に空けられた穴を、アレスの攻撃が来る前に修復。時空間移動をし、クラシェイドの背後に降り立った。

 そこから黒い結晶を放つ。

 迫る命の危機に、クラシェイドは動揺せずに平然と詠唱をしている。

 アレスは走りながら光の波動を飛ばし、黒い結晶を打ち消す。

 しかし、ソウルイーターの攻撃はこれで終わりではない。青い炎がクラシェイドを包囲し、外側からは彼の姿が見えなくなった。

 包囲の陣は縮まり、色通りの凍てつく様な寒さが襲う。

 クラシェイドの姿は、完全に炎に飲まれてしまった。


『――――ファイアブレス!』


 中央から紅蓮の炎が吹き出し、一瞬で青い炎を飲み込んだ。


「ナ、ナゼダ……」


 すっかり、やりきったと思い込んでいたソウルイーター。戦いて後退ると、紅蓮の炎に飲まれた。

 高温に身体が溶ける。マナが空中へ還ってゆく。

 ソウルイーターは炎の中で見た。クラシェイドの周囲を、薄い光属性のマナの膜が張っているのを。


「ボウギョヘキ! シロマジュツシカ!」


 炎が消えると、視線をシフォニィに集中させた。

 ドロリと溶けかかったグロテスクな目に見つめられ、シフォニィはぎょっとする。

 ソウルイーターが全ての手を天へ向けると同時に、クラシェイドとアレスは動く。


『聖光刃!』

『――――アースキャノン!』


 光の波動と地の針がソウルイーターを挟み撃ちにするが、どちらも吹き飛ばされてしまう。

 そして、ソウルイーターの魔術が発動してしまった。

 天から月の様に優しい色の光線が、放射状に降り注ぐ。

 地面にぶつかると風穴を空け、周りを囲む柱に当たると薙ぎ倒した。とても月光の優しさはない。

 シフォニィは自分とクリスティアを囲む防御壁を創って防ぎ、アレスはひたすらに走って躱し、クラシェイドは移動術を使って退けた。

 最後の一撃が柱にぶつかると、攻撃は止んだ。

 シフォニィは息をつき、防御壁を解除する。咄嗟に自分とクリスティアだけを護ってしまったが、他の二人は大丈夫だっただろうかと視線を動かしたその時。視界に倒れて来る柱が入った。


「クリス、危ない!」

「えっ!?」


 困惑するクリスティアを押し退け、シフォニィは柱の下敷きになった。杖がカランと音を立てて落ち、縫いぐるみへと戻る。それから、柱の下から生々しい鮮血が広がった。

 クリスティアは顔面蒼白で、口元に手を当てて涙ぐむ。


「シフォニィっ!」


 甲高い叫びを聞き、クラシェイドとアレスの身体がピクリと動く。遠目からでも、状況の悲惨さを確認出来る。

 白魔術師を治癒出来る者は此処には居ない。あとは自身で術をかけるしかないが、それも無理な状況だ。非力な少女は唯、シフォニィの傍らに膝を着く事しか出来なかった。


「コレデジャマモノハヒトリヘッタ……フハハハハハ!」


 静まった空間で、唯一響くのはソウルイーターの耳障りな笑い声。

 クラシェイドとアレスは奥歯をギリっと噛む。


「ツイデダ。アイツノタマシイヲイタダクトシヨウ」

「させるかよ!」


 アレスが大剣を耳障りな声の発生源へと突っ込み、クラシェイドに目配せする。

 クラシェイドは軽く頷き、移動術でシフォニィのもとへ駆けつけた。

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