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月蝕の黒魔術師~Lunar Eclipse Sorcerer~  作者: うさぎサボテン
最終章 魂の還る場所
210/217

あと一撃

 空中へ移動したアレスは光の波動をエクリプスにぶつけ、落下する前にムーンシャドウと共に別の場所へ移動する。

 そして、エクリプスの頭上へ現れて大剣を振り下ろし、また一旦消えてからエクリプスの後方へ現れて立派な尾を大剣で削ぎ落とす。

 ムーンシャドウは相手が反応するより先にアレスを時空間移動させ、エクリプスに一切の反撃の隙を与えない。

 魔力の流れでおおよその移動先が読めるエクリプスも、これでは全く歯が立たない。地上で詠唱している黒魔術師に狙いを定めても、それだけで終わってしまう。魂喰いとタッグを組んだ大剣士の相手は荷が勝ち過ぎている。


 空気中の風属性のマナが全て、クラシェイドに集まっていく。

 対抗する様に、地属性のマナを集めるエクリプス。ところが、アレスに邪魔をされてしまう。片翼を失い、天上から堕ちる。

 アレスは巨体の真下へ現れ、剣先をその柔らかい腹部に刺して光属性のマナを集める。そして、莫大な量のマナの波動を発生させ、吹き飛ばす。

 真っ黒なマナを撒き散らして、エクリプスは天上へと還っていく。

 アレスとムーンシャドウは、神が体勢を立て直す隙も与えない。すぐさま傍らに移動し、アレスが大剣を残った翼に振るった。

 両翼を失った巨体は、また地上へ近付く。地上がそんなに恋しいのか、今度は物凄い速さで。それに手助けする様にアレスが光の波動で追撃すると、そう時間もかけずに巨体は地面へうつ伏せた。

 勢いで地面に身体を擦り、金色の身体はボロボロだ。その凄まじさを物語る様に、エクリプスの通った跡は巨大なミミズが這った様に深く削れていた。

 罅割れたグラスの中の水が飛び出る様に、エクリプスの身体からは黒きマナが溢れ出る。全身で呼吸をし、瞳は焦点が合っていない状態だ。

 こんな状況下でも、しっかりとクラシェイドの詠唱の声は透き通っている。


 アレスは巨体の背中に着地し、炎を纏わせた大剣を勢いよく突き立てた。マナが飛び散る。

 地面が神ので黒く染まってゆく。

 神の周りに大気中のマナが集まり出す。風属性のマナが持っていかれそうになったが、クラシェイドは詠唱で何とか繋ぎ留めた。

 アレスが神から大剣を抜くと、すぐにムーンシャドウは移動術で共に飛んだ。直後、収束したマナが大爆発を起こす。


 白く霞む視界。


 バサバサと大きな羽音が聞こえ、強風が起きて煙を連れ去る。

 晴れた視界の中、全身の傷をなかった事にした黒き竜が地上の者達を見下ろしていた。

 また、強風が巻き起こる。が、これは神が呼んだものではない。


『――――トリニティサイクロン!』


 ハッキリとしたクラシェイドの声が響き渡り、強風は形を変える。一瞬で、三つの竜巻の完成だ。

 三つ首の竜は黒き竜を喰らう。

 せっかくなかった事にした傷が、また全身に刻まれる。

 更に、背後から黒き刃が無数に飛んで来て身体を貫く。かと思えば、今度は全身を炎が包む。

 クラシェイドはムーンシャドウの見事な連携に続く様、詠唱を始める。

 一言一句、丁寧に呪文を紡いでいると、隣にムーンシャドウがアレスを連れて現れた。

 横目で見たアレスの顔色は悪く、衰弱している様に見えた。思わず、クラシェイドは詠唱を中断してムーンシャドウに不満げな目を向けた。

 その意味が分かったムーンシャドウは、態とらしく肩を竦めた。


「別に怪我はさせていないだろう。そんな甘い事を言っていたら、到底神には勝てまい。それよりも、お前に詠唱など必要なかろう? 詠唱とは、非力な人間がマナのゲートを守護する精霊達の許しを乞う為にするもの。一言一句正しく発音しなくてはならない。しかし、私の一部であるお前は自在にマナを操る事が出来る。私もお前も、闇のマナの結晶体……精霊と似て異なる存在なのだから」


 言いながら、黒いマナの結晶をエクリプスにぶつける。


「それは分かってる。けど、オレは人間なんだ……人間でありたいんだ」

「実にくだらぬな」


 ムーンシャドウが放つ連続魔術でエクリプスは大ダメージを受け、暫く立ち上がる事が出来なかった。


『鳳凰よ、天空へ羽ばたき聖火の雨を降らさん――――フレイムレイン!』


 クラシェイドの詠唱が完了すると、天から炎の雨が降り注ぐ。

 身を焼かれ、藻掻く神に、ムーンシャドウの追い討ち。黒い結晶が傷を抉る。その後、巨大な竜巻が巨体を巻き込んで天へ向かって低い唸り声を上げる。


『渦巻く暗黒の雷よ、汝の汚れし魂と共に消し去れ――――サンダーストーム!』


 今度はクラシェイドが発動させた魔術が竜巻と結合して拡張、雷を纏ったものへと姿を変えた。

 神の身体は風に引き裂かれ、雷に焦がされてゆく。マナが飛び散り、悲鳴が木霊する。

 竜巻が消え、エクリプスの身体が落ちかけると、そこに透かさずムーンシャドウが創り出した岩の刃が地面から突き出し、巨体を突き刺す。

 串刺しになったエクリプスの頭上に、炎属性のマナが収束する。そして、響くクラシェイドの声。


『――――シャイニングフロウ!』


 炎が流れ落ち、エクリプスは飲まれる。

 炎のマナが赤い光をチラつかせて空中へ飛散していき、代わりに集まった水属性のマナが激しく唸り、大津波となって対象のみを飲み込み、磨り潰す。

 神の身体がみるみるうちに分解されてゆく。その鮮やかな流れは、見るものを魅了する。アレスもその一人だった。

 アレスは大剣を鞘に戻し、見とれていた。


「すげー……いけんじゃねーか? マジで」


 もうボロボロの身に、まだ炎が纏わり付いて焼き尽くす。


『大いなる宇宙の流星、彼の地より降り注げ』


 上空に無数の魔法陣が描かれ、巨大な隕石が次々と飛び出す。


『メテオレイン!』


 クラシェイドの声が妙にハッキリと響き渡り、隕石の雨がエクリプスを襲った。それが止めとなった。

 エクリプスは長い悲痛の叫びを上げた後、頭を垂れて動かなくなった。地面には神の大きな血溜まりが出来上がった。

 クラシェイドは杖を下げて息をつき、ムーンシャドウは腕を組んで神の亡骸を眺めた。


「漸く……俺達は」

「このマナの流れ……まさか」


 アレスの言葉をムーンシャドウが遮り、アレスの表情から明るさが消えた。

 クラシェイドも、向こうに居るシフォニィも異変を感じ取った。

 クラシェイドとムーンシャドウが身構え、シフォニィが大気中の光属性の全マナを引き寄せる。


「このまま無事に終わると思うな」


 腹の底に響く様な低く恐ろしい声を響かせ、エクリプスは集めたマナを一気に解き放った。

 幾度目かの大爆発。爆風が吹き荒れ、髪や衣服を翻し、肌に熱が伝わる……ただそれだけ。全員は救済を司る女神の加護を受けていた。つまり、全員をシフォニィの創り出したドーム状の大きな防御壁が包み込んでいたのだ。

 透明なそれの外側では、様々なマナが行き交っているのが見えた。七色に輝いていて綺麗だが、あれは獲物を求める獣。防御壁に体当たりをし、全員で壊そうとしていた。

 シフォニィは杖を握る両手に全力を込めて防御壁を維持するが、もう既に限界に達していた。手が震え出し、額や背中に汗が吹き出した。

 白魔術師の気が少しだけ緩んだ隙に、マナが入り込んで空気を一瞬で冷やす。凍てつく様な寒さが全員を襲い、またシフォニィの気が緩んだ。

 すると、今度は痺れる様な痛み、肺が水浸しになる感覚が次々と襲って来て、保てなくなった気力と共に、防御壁が崩壊した。

 還る事をやめていなかったマナ達が一斉に牙を向いて、全員を吹き飛ばす。ムーンシャドウだけは既に時空間の中で、それ以外の四人だけが地面へ転がった。


 攻撃から比較的離れた所に居たシフォニィとクリスティアは体勢を崩すだけに留まったが、クラシェイドとアレスは遠くまで飛ばされた。

 クラシェイドは宙で時空間へ消え、アレスは受け身を取る事も叶わずに無様に地面へ転落、しかもエクリプスが散々暴れ回って捲れ上がった場所の真上だった。

 刃物の様に尖った地面は、アレスを串刺しにした。

 アレスの近くへ現れたクラシェイドは青褪め、駆け寄る。後ろからも慌ただしい足音が二つ響いた。


「すぐに治癒術をかけるよ!」


 シフォニィが乱れた呼吸を整えつつ、光属性のマナを集め始めた。


「……まだ終わっていないぞ」


 頭上から声がし、クラシェイドとクリスティアが見上げると、ムーンシャドウが空中浮遊していた。無傷な魂喰いに怒りを覚えるクラシェイドだが、それよりも今大事なのは戦況だ。ムーンシャドウの言葉を確かめるべく、視線を向こうへやった。

 光り輝く神の威風堂々とした姿。五体満足であるが、まだ少し傷が残っている。そして、残っているのは傷だけではなかった。その身体の色も半分、黒が残っていた。金と黒、半々の不格好な姿だった。


「何……アレは……」


 神の息の根が止められなかった事に対してもだが、その姿にクラシェイドは驚きと戸惑いを隠せなかった。


「力が足りなかったか」


 ムーンシャドウは関心がなさそうに呟き、片手を前に突き出して黒いマナの結晶を飛ばした。

 カンッと、あっさりとエクリプスに弾かれる。

 次にムーンシャドウは時を操り、エクリプスの頭上に大剣を出現させる。別の場所に居るアガレグの所有物だ。それを落下させるも、神には通用しなかった。

 ムーンシャドウは地上へ降り立ち、クラシェイドを一瞥した。


「魔術も、物理も効果がない様だ。だが、今奴には抵抗する力はない。あと一撃くらわす事が出来れば、私達の勝利だ」

「そんな……もう少しの所だったのに。……魔術も物理も駄目って事は、その両方なら」


 すっかり沈みかけていたクラシェイドであるが、急に思い立って杖を構えた。


「出来る」

「……大剣士は最早使い物にならぬぞ?」


 ムーンシャドウが最もな事を言い、クラシェイドは治癒途中のアレスを見て杖を下げた。


「そう……だよね」


 クラシェイドが瞳を揺らすと、アレスの瞼が持ち上がった。


「俺なら平気だぜ……クラちゃん」


 身体も起こそうとするアレスだが、すぐに崩れてシフォニィに支えられた。


「全然平気じゃないよ……アレス。怪我はもうすぐ治るけど、思ったより衰弱が激しい。無理しちゃ駄目」

「ありがとう……シフォニィ。だが、そうも言ってらんねーだろ……」

「そ、そうだけど……」


 シフォニィは返答に困り、アレスの真摯な眼差しを避けた。

 クラシェイドも言葉が見つからず黙っている。

 エクリプスが荒々しい息を漏らし、起き上がろうとしていた。時間が経てば、大気中のマナが神の味方に付いて戦闘復帰を助けるだろう。振り出しに戻れば、人間側に勝機がないのは確実になってしまう。

 いつしか空気が絶望的なモノへと変わってしまっていた。

 クリスティアは一人一人の顔を見、拳をギュッと握った後、鞘から二本の短剣を抜いた。


「わ、私なら戦えるわ」


 全員の視線は、か弱き双剣士へ向けられた。

 ムーンシャドウは小さく頷き、アレスとシフォニィは慌て出し、クラシェイドは固まってしまった。

 クリスティアは彼らの横を通り過ぎて最前列へ出、背を向けて剣を交差させて掲げてみせた。


「ずっと、私は何も出来ずに護られてばかりだった。……正直、自分でも戦力にならない事は分かってるよ。アレスみたいに、ちゃんと剣術を身に付けている訳じゃないもの。だけど、初めて剣を振るう訳でもない。動いている相手の心臓を貫く事は無理でも、止まっている相手の心臓を貫く事ぐらいは出来ると思うの。全然平気だって言えば嘘になっちゃうけど、それはきっと皆も同じだから。私だけ逃げるなんて……きっと駄目だから」


 剣を下ろし振り向こうとすると、背中に温かさが伝った。


「ありがとう」

「ク、クラ」


 クラシェイドに抱き締められている事に気付くと、クリスティアの頬が紅潮し始めた。


「無理をさせちゃって、ごめん……」


 クラシェイドはクリスティアを離し、手を彼女の手に重ねた。そこから青白い光が生まれる。


「最初で最後のお願いだ」

「う、うん」


 双剣に、クラシェイドが集めた氷属性のマナが注がれてゆき、空気がひんやりとした。


「あんまり力むと、クリスティア自身が凍りつくから気を付けて」

「えぇっ!? う、うん……分かった」

「そこまで密着する必要はないのだが」と、ムーンシャドウがぼそりと言い、シフォニィは唇に人差し指を立てて短く注意した。


 十分マナが集まり、水色に輝いた刀身。自身でマナを纏わせるのとはまた、少し違う感覚。魔術師から授けられたモノは見た目には分かりづらいが、質も量も比べ物にならない程良い。

 クリスティアは一人、駆け出した。


「これで止めよ!」


 神の眼前で飛躍し、頭上から双剣を交差させる。それを軸に、水色の魔法陣が浮かんだ。


氷華穿咲剣ひょうかせんしょうけん!』


 クラシェイドとクリスティアの声が重なり、双剣が神を引き裂くと、そこから氷で形成された一輪の大きな花が咲き誇った。

 エクリプスは最期に悲鳴を上げ、氷の花と共に砕け散った。身体は透け、黒いマナを散らし、更にその中を七色の光の球が舞う。

 そんな幻想的な光景を間近に見ながら、クリスティアは落下していた。地上に留まっていたとしても、巨大なエクリプスの高さは民家一つ分優に超えていたのだ。

 クリスティアが地面に叩きつけられる前に、クラシェイドはしっかりと両腕で受け止めた。

 全身がまた温もりに包まれ、ホッとするクリスティアだが、突然と、面映さと焦りが生じて顔を赤らめた。


「ごめんなさいっ……こんな」

「うん。やっぱり重たい」


 クスッとクラシェイドが笑い、クリスティアは頬を膨らませてその顔に片手を伸ばした。「やっぱりって何よ!」そして、抓る。

 クラシェイドは「痛い」と言いながらも、笑顔を崩さなかった。

 クリスティアの顔にも、いつの間にか笑みが浮かんでいた。

 クラシェイドはクリスティアを降ろした。

 無事傷が完治したアレスと、その横で縫いぐるみを抱えるシフォニィも楽しそうだ。


 創造神エクリプスと緊迫した空気は消え去り、平穏が訪れた――――かに思われた。

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