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月蝕の黒魔術師~Lunar Eclipse Sorcerer~  作者: うさぎサボテン
第二章 月夜の狂想曲
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月影の集い

 クラシェイドが消えた夜、月光の館では月影の殺し屋達が広間に集められた。

 広間には壁はなく、開放的な空間になっていて中央の段の上に肘付きの椅子があった。金の縁取りの、まるで玉座の様なその椅子に腰を掛けているのは、月影の殺し屋のボス――――ムーンシャドウ。

 月影の殺し屋達はムーンシャドウの前に広がり、深々と頭を下げる。そして、そのうちの一人が中央に立ち、謝罪の言葉を述べた。


「ムーンシャドウ様、申し訳ございません。黒魔術師クラシェイド・コルースに重傷を負わせたものの、逃がしてしまいました」

「そっかァ~。でも、アルフィアードくんもよく頑張ったよォ。今回ばかりは仕方ないさ。相手が黒魔術師だったんだから」


 ヘリウムガスを吸ったかの様な声だからなのか、ムーンシャドウの口調は軽かった。

 二人の会話を聞いて、周りがざわついた。


「え? 俺、話がよく分かんねーんだけど」

「何があっだんだ?」

「重傷……逃がした……どういう事なんだろ……」


 ウルとルカとエドワードが三人でそう話しており、彼らの真後ろに黒髪でオッドアイの双子の兄弟がいて同じ様な事を話している。


 深い緑色の髪の気品のある格好の少女は無表情で、隣の同じく深い緑色の髪のスラリと背の高い女性は悲しそうな表情を浮かべていた。その女性の様子に、何故か腹を立てている薄いグレーに近い水色の短髪にマゼンタ色の大きな瞳が特徴の少年。近くには、赤紫色の髪を斜め上で纏めた派手な着物姿の一見女性に見える人が周りの男性を見渡している。


 隅の方では、アウラが胸の上に手を重ねて不安げな表情で立っていた。

 アウラとは反対側の隅の方には他とは違う雰囲気を持った男が二人おり、一人はボサボサの頭に地味な服を着た暗い青年で、眼鏡を光らせて不気味に笑っている。もう一人は褐色の肌に黒髪の、瞳が深い紫色をした少年で、腕に抱えている大きな鋏を撫でてニヤニヤしていた。


 このざわつきの中で急にリスルドは眩暈を起こして倒れかけ、それをノアン……ではなく、彼の近くにいた筋肉質でスキンヘッドの中年の男がその太くて逞しい腕で受け止めた。


「大丈夫か?」

「うん……ありがとう」


 リスルドは力なく頷き、何とか自力で立った。

 ここには、ノアンと料理人の姿はない。彼らは基本的に殺しに関わりがない為、こう言った場面でも滅多に呼ばれる事はない。ただ、それは理由の一つであって、他にも理由があるらしいが……。


「アルフィアード! アイツに重傷を負わせたって……どういう事だよ!」


 ざわつきに負けない程の大声でアルフィアードに詰め寄るのは、アレス。


「どういう事って……そのまんまの意味だよ~。っていうかさ、俺が逆に殺されそうだったし」


 アルフィアードが不敵な笑みを浮かべ、それが余計に腹が立ったアレスは、彼の胸倉をガッと掴んだ。


「ふざけるなよ! 次、アイツに……クラシェイドに何かしたら、俺がお前を許さねー。今すぐにでも、このエクスカリバーでお前を斬りたいぐらいだ」


 アレスのもう片方の手は背中の大剣の柄に触れており、次のアルフィアードの言動によっては鞘から抜きそうだった。

 アルフィアードは呆れた様に溜め息をつき、そっとアレスの手を振り解いた。


「キミは優しいね~…………彼には」


 最後の一言は何処か嫌味に聞こえ、当然アレスの怒りは治まらない。


「何だよ、文句あるのかよ」

「ないよ~♪ でもさ、そんな怒んないでよ。キミにとっては彼は特別な存在なのかもしれないけどさ、彼はムーンシャドウ様の期待を裏切ったんだ」

「だから?」

「もう忘れた方がいい」

「はあ!? 何言ってんの、お前。マジでムカつくんだけど」

「いいよ。キミには好かれたくないし~」


 ついにアレスは大剣を抜き、対抗する様にアルフィアードも銃を取り出した。両者は互いに武器を向け合い、睨み合った。

 こんな所で戦われたら堪ったものではないと周りは二人を止めようと試みたが、誰一人として二人を止める事は出来なかった。

 そこへ、一人の青年が遅れて広間にやって来て二人の様子を見るなり、大鎌を取り出して二人の間に勢いよく振り下ろした。

 周りは静まり、二人も武器を収めた。

 青年は大鎌の刃を床から抜いて、スッと大鎌を消した。そして、青い薔薇の造花の付いたシルクハットの鍔をキュッと摘んで目深に被り、二人に背を向けた。


「二人とも、マカロニの中には……ハムスターが詰まっているんだよ。それじゃあ、僕はサンヨウチュウと対面しなくてはいけないからね。アンモナイトとは最近、距離を置いているんだ」


 そのまま歩いて行き、青年は広間からいなくなった。


 青年がいなくなった後も、暫くの沈黙が続いた。

 皆、青年の言葉をどう受け止めるべきかと苦慮している。


 静まった空気を引き裂く様に、ムーンシャドウが咳払いをした。


「もういいかな?」


 皆の注目がムーンシャドウに集まり、ムーンシャドウは周りを見渡して一度頷いた。


「本題に入るよォ。皆も疑問に思ったよねェ? クラシェイドの事。そう、皆に集まってもらったのは他でもない、クラシェイドの事について話そうと思って。アルフィアードくんが言った通り、彼はワタシを…月影を裏切った」


 アルフィアード以外は驚き、またざわつき始めた。


「だからね、キミ達に命じる。黒魔術師クラシェイド・コルースを殺せ!」


 ムーンシャドウが強く言い放つと、さらに周りのざわつきが増した。


 何故、月影を裏切っただけで彼を殺すのか? 疑問に思った者が殆どだったが、何人たりともそれは訊かなかった。

 ムーンシャドウは席を立ち、足下に魔法陣を出現させた。同時に、周りは静まった。


「詳しくは後程。それじゃあ、これで」


 殺し屋達はムーンシャドウの方に身体を向け、頭を下げた。……ただ一人を除いては。

 魔法陣から放たれる光に包まれながら、ムーンシャドウはその一人――――アレスを見た。

 アレスはムーンシャドウの視線に気が付くと、態とらしく頭を下げた。

 それを確認したかったのか、ムーンシャドウは小さく頷いた後、魔法陣と共に姿を消した。


 殺し屋達も、ぞろぞろと広間から去って行き、アレスはそれらを見届けた。そして、もう一人。一緒に見届けていた少女がいた。

 アレスは少女に話し掛ける様な口調で呟いた。


「俺は納得出来ねー」


 少女はアレスを見て、小さな声で返した。


「私も……」

「アウラもそう思うか。大体、ムーンシャドウの目的は何だ? 裏切ったからって、アイツを殺す意味あんのか?」


 アレスもアウラを見た。


「それは私にも解らないわ。でも、クラシェイドくんを殺したくない……」


 アウラは俯き、両手を胸の上で重ねた。

 アウラの様子にアレスは何かを決心し、強い眼差しでアウラの肩を掴んだ。フッとアウラが顔を上げ、二人の視線が合う。


「じゃあさ、俺と一緒に行こう」

「行くって……何処へ?」

「勿論、クラちゃんの所だ。重傷を負わされたけど、殺しの命令が出たって事はまだ何処かで生きてるって事だろ? だったら、早いとこアイツのとこ行って月影から護るんだ」

「クラシェイドくんの所……」


 アウラはフルフルと首を横に振り、悲しそうな顔をした。


「私は……行かないわ」

「え……嘘だろ? お前だって……」


 アレスは落胆し、アウラの肩から手を離した。


「出来る事なら、そうしたい。でも、でもね、アレスくん。私はここから立ち去るのがとっても恐いの。私はここが唯一の私の居場所だって思ってる。もし、それを失くしてしまったら、たぶん私……生きていけない。こんな広い世界で、自分の居場所を見つける事なんて出来ないもの……ごめんなさい」


 居場所……そう、月影の殺し屋の殆どが失いたくないモノ。己では見つけられず、これからも見つける事の出来ないだろう生きていく理由。それを失うと言う事は右も左も前も後ろもない、一次元空間に置き去りにされるのと同じ事だ。


 いつも明るく振舞っているアレスにだって過去に辛い事があり、月影の殺し屋を居場所とするしかなかった。だから、アウラの気持ちは痛い程分かった。それでも、アレスは自分の意志を変えなかった。


「そうか……まあ、仕方ないよな。――――俺は一人でも行く。ここにいる意味なんて、もうないからな。それじゃあ、元気でな。アウラ」


 アレスはアウラに微笑みかけ、背を向けて歩いて行った。

 アウラは瞳を揺らし無言のまま、去ってゆくアレスの背中を見送った。


(私も、アレスくんみたいに強ければよかったのに……)




 その夜、大剣士アレス・F・シェレイデンは月光の館から姿を消した――――

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