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月蝕の黒魔術師~Lunar Eclipse Sorcerer~  作者: うさぎサボテン
第一章 月影の黒魔術師
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洞窟【挿絵あり】

挿絵(By みてみん)

 橙色に色付き始めた空に、時計台の鐘の音が鳴り響く。凛としたその音は、街の者達へ夜が訪れる事を知らせる。

 此処、ティオウルの街はディンメデス王国内で唯一時計台のある大きな街だ。それ故、観光に来る者も多い。今年で十五歳となった少女クリスティア・リアンネもその一人で、森と洞窟を挟んだ向こうの小さな町からの訪問者だ。彼女は、買い物をする為によく此処へ訪れる。

 今日は母の為に、綺麗な花束を買いに来た。母が好きだった、晴れた空の様に綺麗な青色の花。父と娘の髪と同じ色だからと言って、太陽の様に笑っていた。その頃のクリスティアは幼く、あまり母との思い出がないが、それだけは今でも鮮明に覚えていて懐かしく思った。その母はもうこの世には居ない。

 クリスティアは店員に笑顔で挨拶をし、花束を大切に抱えて店を出た。


 煉瓦造りの街道は、街の者や訪問者で溢れかえっている。

 人の間を縫う様に歩いていたクリスティアは、人混みの間から覗き見えた街の中央の時計台を見上げた。もう鐘の音は鳴っていないが、時計に反射する橙と秒針が示す数字で、夜が近い事が分かる。


「もうこんな時間か」

「おっと、ごめんなさいね」


 急に足を止めた為、後ろから来た中年女性と危うくぶつかりそうになった。

 クリスティアは謝る女性に謝り返そうとしたが、女性は背を向けてサッサと歩いていってしまい、目で追うだけとなった。

 女性は人混みの中の同年代の女性を捕まえ、よく通る声で話し始めた。


「ねえ、聞いた? 隣町のキニスさんが殺されたらしいわよ」

「えーうそー。あの人、そんなに恨まれる様な人じゃあ…………もしかして」

「そう。“月影の殺し屋”の仕業だって噂よ」

「最近身近で多いわね。恐いわぁ」


 “月影の殺し屋”とは、近年突如現れ、瞬く間にその名を世に知らしめた殺し屋集団の事だ。所属するのは高い戦闘能力を持つ者達で、彼らを束ねるのが奇妙な仮面を付けた男であり、それ以外は謎に包まれている。

 田舎に住んでいるクリスティアも存在は知っていた。何故ならば、彼らの住んでいるとされる通称“月光の館”がティオウルのすぐ近くに聳え立っているからだ。森を通る度に見えるし、高台にある為に平地の此処からでもその不気味な建造物を見る事が出来る。

 それでも、クリスティアを始め、他の者達も完全に彼らの存在を信じている訳ではなかった。実際に目撃したとしたら、その時点で殺されている。つまり、現時点で目撃者はゼロなのだ。勿論、目撃した者も中には居るだろうが、己の命欲しさに黙っているだけだ。


(噂なんだよね……)


 クリスティアは月光の館を一瞥し、前を向く。

 すると、黒い衣服が翻るのが視界に入った。すぐに見失ってしまったが、人混みの中でも埋もれない不思議な雰囲気と左手に持った金色の杖に、クリスティアは一目で釘付けになった。顔は見えなかったが、何となく綺麗な人だと思った。


「中でも、黒魔術師の若い男の子は一瞬でターゲットを魔術で殺しちゃう、優秀な殺し屋だそうよ」

「一瞬で!? わー恐い」


 近くでは、まだ女性二人組が噂話に花を咲かせていた。





 ティオウル近くの深い森の中に、高台となった場所がある。その広大な地には草木は生えておらず、あるのは血の如く赤い三日月に照らされた月光の館だけだ。上空はいつも変わらず夜で、此処だけが別空間にあるかの様だ。

 館の主は本日も、最上階の自室の回転椅子に腰掛け、手下の帰りを待っていた。

 後方の大きな窓硝子から差し込む月光以外の光が、前方より入って来た。同時に、重い両扉の向こうに金色の杖を持った黒い服の少年の姿が見えた。

 少年は扉が閉まるのを背中で確認すると、歩き慣れた様子で仮面の男の前へ出る。


「ムーンシャドウ様。ターゲット、キニスを殺しました」


 十代とは思えない事務的な声で少年が言うと、ムーンシャドウと呼ばれた男は満足した様に頷いた。


「さすが。キミにかかれば一瞬だねェ。本当に優秀だ。じゃあ、この調子で次もお願いしちゃおうかなァ」


 ムーンシャドウは、その姿に似つかわしいヘリウムガスを吸ったかの様な奇妙な声でそう言い、白い手袋をした右の手のひらを出した。スゥッと、そこに立体的な中年の男の映像が浮かび上がる。


「次のターゲットはコイツだよォ。サンヴァーティエの町に住む、ブライト・リアンネ」


 少年はサファイアブルーの瞳でターゲットを一瞥し、静かに頷いた。


「……了解です」


 少年が頭を下げてムーンシャドウの前から立ち去り、その後ろ姿にムーンシャドウは声を掛けた。


「頼んだよォ。黒魔術師のクラシェイド・コルースくん」




 

 クラシェイドは森の奥の洞窟の入口で足を止め、中の様子を覗った。怪しい風が吹き抜けて、彼のブロンドに近い茶色い首筋までの長さの髪と裾の長い黒い服を揺らし、不気味な程強い魔力を感じた。

 中に入るのは気が進まないが、サンヴァーティエに通じる道はこの洞窟しかなく、クラシェイドは洞窟に足を踏み入れた。普段なら“移動術”という、人や物を別の場所に移動させる特殊な魔術を使ってターゲットのもとへ行くのだが、移動術は自分の記憶の中にある場所にしか移動出来ない為に、無知な町のサンヴァーティエには直接向かう事が出来なかった。


 洞窟の内部は壁のくぼみの燭台の炎のおかげで明るく、思ったよりも歩きやすかった。きっと、ここを行き来する人たちが手を加えたのだろう。

マナを過度に取り込んで変形した動植物――――魔物が潜んでいるとは思えない雰囲気ではあるが、先程感じた強い魔力はより近くに感じる一方だった。 クラシェイドは、警戒しながら進む。


 カサッ。


 前方で、何かが岩の陰に隠れた。

 クラシェイドは杖を構え、その場で詠唱を始めた。


『その身を滅ぼす業火、此処に来たれ』


 クラシェイドの周りに赤い光を放つ炎のマナが集まり、渦を巻き、炎となる。


『――――ファイアブレス』


 術名と共に、炎が一斉に岩ごと向こうの何かを穿って燃やした。

 炎が消えると、クラシェイドは杖を下げて黒焦げになった物体に近付いた。ほぼ原型は留めていないが、樹の姿をした小型の魔物だ。数多く存在する魔物の中では戦闘能力は低く、外見も剽軽で縫いぐるみの様だが、その性格は獰猛で近付いて来た人間や動物を大きな口で丸呑みすると言う。クラシェイドの様な戦闘慣れしている者には大した事はなくとも、武器を持つ事さえない一般人には脅威になりうる存在だ。

 魔物の多くは集団で棲息するが、幸い此処には仲間は居ない様だ。

 唯、入口で感じた強い魔力がまだ何処からか感じられた。この魔物とは桁違いの魔力。警戒を解くには、まだ早いようだ。

 クラシェイドは魔物の死骸を踏み越え、先を急いだ。

 

 

 道は殆ど一本道に近く、全く魔物は出て来なかった。否、魔物が出て来る事自体が希なのだ。こう言った人の手が加えられた場所には、魔物は寄り付かない――――強い魔物を除いては。

 人間を物ともしない強い魔物にとっては、人間が行き来する此処は人間と言う獲物を大量に捕らえる事が出来る絶好の棲家。倒されない限りは、ずっと留まり続けるだろう。

 それにも関わらず、此処が未だ閉鎖されていないのは、その魔物がつい最近現れたからに他ならない。まだ、誰も此処が危険であるとは思ってもみなかった。


 だから、たった今、最初の犠牲者が出てしまった。


「きゃあぁぁぁぁぁ!!!!!」


 洞窟内に、少女の悲鳴が反響した。

 間違いなく、この先に洞窟の新たな主が待ち構えている。それだけ理解し、クラシェイドは変わらぬ足取りで歩みを進めた。

 



 

 大きな黒い影を目の前にして、水色の長髪の少女は身動きが取れなくなってしまっていた。髪と同じ色をした綺麗な花束は足元に落ちたまま。出口が視界に入っていて、すぐにでも花束を拾って逃げ出したいのに足が竦んで動く事が出来ない。少女は死を覚悟して、エメラルドグリーンの瞳をギュッと閉じた。


(ごめんね……お父さん)


 家を出る時、まさかこんな事になるとは予想すらしていなかった。いつも、時計台の街ティオウルに行く時に通る道。一度も危険な目に遭った事のない道。サンヴァーティエの町の者にとって、ごく当たり前の道……それなのに、誰がこの最悪の展開を予測出来たのだろう。

 数時間前、まだ日の昇る時刻に通り抜けた時は何も居なかったし、町の者とも擦れ違って挨拶を交わしたと言うのに。

 不意に、父の笑顔を思い出した。見慣れたそれも、今となってはとても愛おしいモノで、手放したくないモノだった。けれど、もうそれもあっさりと終わりを告げるだろう。

 少女はすっかり諦めかけていた。


 黒い影から伸びた二枚舌が少女の鼻先を舐めた――――その時。


(人の足音?)


 最初は恐怖からなる幻聴かと疑った。しかし、恐る恐る目を開けてみれば、巨体の後ろに人影が見えた。


(ほ、本当に人だ!)


 金色の杖を持った、外から差し込む月明かりの下でも黒く見える裾の長い衣服を纏った少年が巨体を気にしながらも歩いていた。

 少女のエメラルドグリーンの瞳と、少年のサファイアブルーの瞳が互いを映した。だが、それも一瞬だけで、すぐに少年は少女から目を逸らして巨体を見ていた。

 高さは、天面に付くぐらいで、白い胴体はとぐろを巻いている為にコンパクトに見えるが十メートルぐらいはある。頭部は三つに分かれ、それぞれの赤い瞳がギラリと光った。

 名前はヒドラ。この辺りでは有名な魔物で、他に仲間が存在せず、誰にも倒されずに長年生き続けている事から、ちゃんと名前がついている。それだけ、強力で、凶悪で、脅威な魔物なのだ。

 元々は森を縄張りにしていたが、月光の館と共に月影の殺し屋が現れてからと言うもの、餌となる魔物や動物が彼らによって数を減らされ、やむを得ず棲家を洞窟へと変更したのだった。


 少女は、少年と目が合った瞬間から彼に期待をしていた。

 少年が現れてから、ヒドラの動きも不思議と止まっていた。まるで、少年の持つ強大な魔力を、全身で感じ取っている様に。

 しかし、少年は少女の期待も、魔物の不安も、見事に裏切った。

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