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月蝕の黒魔術師~Lunar Eclipse Sorcerer~  作者: うさぎサボテン
第二十一章 赤い花の園 少年の答え
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再会

 澄んだ青空の下に広がるのは、美しい花から成る紅の海。見事なまでのそれは、逆に血の様にも見え、何処か不気味さを孕んでいた。

 そこに一人佇むのは、花の紅を薄めた様な色合いの髪を持つ少女。華奢な両手で銀色の杖を握り、視線は斜め上を向いたまま。何を見ているのか分からない。きっと、その髪より濃いピンク色の瞳に映しているだけで、意識は別のところにあるのだろう。

 遠くを旅して来た風が道に迷い、花の海の中を潜り抜けていった。

 ハート型の赤い花びらが舞い、少女の髪も靡いた。





 クラシェイド達が路地裏の古びた店の扉を開けると、カウンターから早速声が掛かった。


「ノアンちゃんから話は聞いているわ。さあ、こっちへ」


 実年齢より一回り若く見える美しい女性店主イザベラだ。

 彼女と面識のあるクラシェイドは再会の挨拶をさり気ない会釈で済ませ、開けてくれたカウンター裏の扉へ、アレスとシフォニィを引き連れて入った。

 最後にイザベラが中へ入り、扉はパタンと閉じた。

 店内より多少広い此処は、イザベラの住居スペース。生活に必要最低限の物を揃えてあるのみで、薬の材料で溢れてごちゃごちゃしていた店内とは真逆と言っていい程、スッキリとしていた。

 建物の外壁が見えるだけの窓の下には、一人用のベッドが置かれ、そこには本来此処に居るべきではない、イザベラとは無縁の少女が身を預けていた。

 透き通った水色の長髪が白いシーツの上に広がり、瞼を固く閉ざした彼女はまるで眠り姫の様。けれど、御伽噺の様にその桜色の唇に口付ければ目覚めると言う事はない。

 クラシェイドはクリスティアを一瞥した後、脇で立って居る薬剤師に彼女の状態を伺った。


「クリスティアはもう大丈夫なの?」

「…………すまない」


 ノアンからの返答は、意外なものだった。

 顔に暗い影を落として俯いている彼を、責めるつもりはない三人だが、つい、短い落胆の声が各々から零れ、結果として彼に圧力をかけてしまった。

 そんな薬剤師を庇う様に、イザベラが前に出た。


「薬の材料が不足しているのよ。うちの店では取り扱っていなくてね……」


 ノアンは小さく頷く。


「薬の材料さえ揃えば、すぐにでも解毒出来る。一つは在り処を知っている。クラシェイドに以前採って来てもらった事のある“アイフラワー”だ。コルトとキリルに瞳の神殿まで採りにいってもらったが、まだ帰って来ないんだ。心配だが、俺が行っても足でまといだからな……」

「コルトとキリル? 一緒だったのか?」


 ノアンと別れた時点では姿も、名前すらも出ていなかった彼ら。アレスが問うのも無理はなく、ノアンは今重要視すべき事ではないと思いつつも、簡潔に話した。


「森の中で再会してな。アイツらは裏切る様な事はないと思う」

「そうか」

「……それで、残りは?」


 いつの間にかクリスティアの真横に移動し、その手を握っていたクラシェイドが話の進行を促した。

 少女の手は冷たい。月光の館へ向かうと決めた日の夜、「一人じゃない。だから、もう一人で全てを背負い込まないで」と、優しく包み込んでくれた手の温かさが嘘の様に……。


「赤色のハート型の花びらに、光り輝く雄蕊と雌蕊が特徴の、微量のマナを宿したとても珍しい花だ。名をアヴィジオラと言うんだが……何処にあるのか、全く検討もついていない」

「アヴィジオラ…………」


 クラシェイドはそれを聞いた事も、文字として見た事も、実物を見た事もあった。

 初めて見た紅の海を忘れる筈はない。綺麗だと感動した事も、そこで孤独な少女と出逢って話をした事も、不治の病に罹ってしまった事も……。

 アウラ・レイラがセイントライゼーグの街で流行した不治の病の元凶であると罪を擦り付けられたのも、クラシェイド・コルースが死んだのも、全ての災いの元は息を呑む程に美しく恐ろしいアヴィジオラの花だったのだ。

 そんな悪魔の様な花でも、大切な人を救う事が出来るのだと思うと、クラシェイドは何処か安心出来た。と、同時にある疑問が過ぎった。

 アウラは今、一体何処に居るのだろう? 何をしているのだろう? 何を考えているのだろう? 否、答えはもう出ていた。

 彼女がばら蒔いた伏線を回収すれば、それは簡単な事だった。

 たとえ、この選択が何かを崩すきっかけとなってしまっても、これは自分に課せられた使命であり、試練である……そう、クラシェイドは捉えた。


「オレはその花も、在り処も知ってる」

「本当か!?」


 瞼の重いノアンの橙の瞳が見開かれ、他の者の顔にも希望が宿った。

 クラシェイドは彼らの期待に応える様、しっかりと頷き、杖を床に突き立てた。


「すぐに採って来るよ」


 彼の足下に、魔法陣が描かれ、そこから立ち昇る光と共に吹き荒れる微量の風に、黒い服の裾が翻って髪を揺らした。

 彼の行為に、アレスとシフォニィは今度は焦りを感じた。


「ちょっと、おい! 俺も行く!」

「ぼくも!」


 今にも魔法陣に入らんとする二人を、クラシェイドは微笑む事で制した。


「大丈夫。危険な場所じゃないから。二人は瞳の神殿に向かってよ。コルトとキリルを信用してない訳じゃないけど、心配だからね」

「ああ……分かった」

「うん。でも、気を付けてね、お兄ちゃん」


 二人は渋々ながらも納得し、クラシェイドは二人から視線を外して、隣の男を見た。彼も、何かを言いたそうにしていたので、それを待った。


「危険な場所じゃないなら、逆にお前の武器である魔術は使いにくいだろう。せめて、護身用にでもこれを持っていけ」


 ノアンが懐から、ナイフを取り出し、クラシェイドに有無を言わせる間も与えずに、その白い手に握らせた。

 クラシェイドはナイフを色んな角度から見て、複雑な面持ちのまま小さく頷くと、宙に浮かせた。そして、上に向けていた手の平をグッと閉じると、ナイフは横に収縮してその場からパッと消えた。

 驚く全員に、クラシェイドは説明を加えた。


「時空魔術の一種。この杖はさすがに大きくて無理だけど、ナイフぐらいの小型のものなら、一時的に時空の狭間に留めておく事が出来るんだ。アルフィアードの銃はマナで出来ているし、クロムウェルの大鎌はまた少し事情が違うんだけどね」


 強力な攻撃魔術以外にも、こう言った特殊な能力を持ったクラシェイド。真実を知ってしまった今では、それが彼の産まれ持っていた能力ではない事は確かで、アレスもシフォニィもクラシェイド本人も素直に賞賛出来なかった。

 光が増してゆく中、クラシェイドは曖昧に笑った。


「これを使う事がなければいいけどね」


 光が天井を穿ち、魔法陣が閉じていって術者の姿も同時に消えた。

 一人居なくなっただけで、一層静かになった室内。

 アレスとシフォニィが動き始めた。

 二人が向かう先は、勿論瞳の神殿だ。

 ノアンは店を出て行く二人に「頼んだぞ」と一声掛け、ベッドの上の少女に視線を落とした。


「アイツらなら、きっと」

「ノアンちゃん、お茶淹れて来るわね」


 イザベラが場の空気を読んで部屋を出、ノアンは少女と二人きりになった部屋で、静かに息を吐いた。

 未だ目覚めないクリスティア。けれど、その顔色は先程よりもほんの僅か良くなった気がした。クラシェイドが手を握った事で、温もりと真摯な想いが伝わったのだろう。

 薬剤師は一人、信頼する仲間達の帰りを待つ。





 賑わいを見せ始めたティオウルの街を足早に通り過ぎたアレスとシフォニィは、森の中を歩いていた。

 いつの間にか、闇に覆われていた筈の空は澄んだ青が広がり、赤い三日月も姿を消していた。月光の館が消滅した事で、ずれていた時空間が元に戻ったのだ。

 それでも、森の中は両手を広げた木々が日の光を遮り、鬱蒼としていて魔物の気配もあった。

 アレスはシフォニィを見失わない様に傍に置き、いつでも大剣を抜ける様に意識を研ぎ澄ませた。

 だが、結局目的の場所に辿り着くまでは何事もなかった。

 アレスは安堵し、走っていったシフォニィの背中を追い掛けた。


 眼前には、大きさだけは立派な建造物がどっしりと構えていた。薄汚れた外壁の罅割れから植物の蔓が伸び、好き勝手に自然の装飾が施されているそれは、一見すると唯の廃屋にしか思えないが、れっきとした神殿であった。

 通り過ぎた道の左右には、何も乗っていない台座が二つ。アレスはそれを見、以前クラシェイド、ウル、ルカ、エドワードの四人が此処へ来た話を思い出し、一人納得した。

 台座に居るべきなのは、門番ガーゴイル。それが不在と言う事は単なる職務放棄と言う訳ではなく、彼らによって倒されたからだ。

 それならば、封印の鎖の切られた扉の向こうの内部には魔物は殆ど居ない筈だ。

 シフォニィが入口から薄暗い内部を覗き込んだ後、アレスの方へ向き直って大きく手を振っていた。

 アレスは広い歩幅で、一気にシフォニィに追いつき、二人で並んで内部へ足を踏み入れた。

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