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月蝕の黒魔術師~Lunar Eclipse Sorcerer~  作者: うさぎサボテン
第二十章 月光の館来復〜それぞれの想いの果てにⅢ〜
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同一なる存在

 アルフィアードの銃撃が開始する。

 クロムウェルは大鎌を持ち上げ、盾替わりにして魔法弾を防ぐ。だが、連続して放たれたそれらを全て防ぎきる事は叶わず、所々身体を掠る。

 最後にアルフィアードは風属性のマナを装填し、放つ。

 黄緑色の魔法弾は加速し、残像を見せる。片目だけの視力しかないクロムウェルにはそれは視認出来ず、避ける素振りもないまま攻撃を受ける。

 魔法弾が衝突したシルクハットは青薔薇の造花の花びらを散らして吹き飛び、床にふわりと落ちた。クロムウェルの頭部からは血が流れ、右目の上に巻かれた包帯を赤く染めた。


 既にマナを装填し終えたアルフィアードは、再び魔法弾を放つ。

 クロムウェルは大鎌に炎属性のマナを込め、大きく振ってそこから発生させた青白い炎の波動で魔法弾を飲み込み、その先のアルフィアードに炎が迫る。

 アルフィアードは銃を一度下げ、横へ躱す。

 炎の波動はアルフィアードが居た場所のすぐ後方の壁に衝突し、大きな穴を開けて夜空へ消えていった。

 クロムウェルの追撃はなく、彼は肩で呼吸をして大鎌を下ろしていた。

 アルフィアードは笑う。


「最強とはいえ、キミにも体力や魔力の限界はある。大技の連発は辛いよね~♪」


 言いつつ、アルフィアードは魔法弾を放ち、クロムウェルは大鎌を持ち上げてその勢いで後ろへ宙返りして避ける。そして、着地後すぐに飛んで来た一撃を、大鎌を盾にして防いだ。

 クロムウェルは走り、大鎌を振るう。

 アルフィアードが後ろへ下がる度にクロムウェルは攻め、どんどん相手を追い込む様に大鎌を振り続ける。その際、アルフィアードはずっと笑みを浮かべていた。

 背中が壁に大分近付いたところでアルフィアードは上へ飛び、クロムウェルの攻撃を躱すと、透かさず彼の頭上から魔法弾を放つ。

 クロムウェルは横へ避けるが、そこにまた魔法弾が飛んで来て左の瞼を掠めた。

 瞼から血が溢れ、クロムウェルは瞼を閉じて次の銃撃を気配だけで躱す。しかし、それも長くは続かず、目の前が真っ暗になったクロムウェルはあっという間に追い詰められた。


 片足が空を踏み、クロムウェルの背筋が凍りついた。この時、彼は先程自分で穿った壁際に、自らの足を踏み外していた。

 後ろにあるのは空気だけだと感じ取ったクロムウェルは、床に突き刺した大鎌に掴まっていたおかげで、何とか全身を空中へ投げ出さずに済んだ。

 けれど、心が休まる暇などない。敵はもう目の前だった。

 視力を失ったクロムウェルには何も見えないが、恐らく天使は悪魔の様な笑みを浮かべているに違いないと思った。

 実際にクロムウェルの思った通り、天使は悪魔の様な笑みを浮かべて銃口を死にかけの死神に向けていた。


「キミから視力を奪うなんて、卑怯でごめんね~? でも、そうしないと俺は勝てないんだ。キミは死の神、俺は天の神の使い……だから。なんてね♪」


 普段通りの軽く楽しげな口調の天使だが、やはり表情は悪魔そのもの。

 クロムウェルは自分の負けを悟った。


「僕、クリオネにされる……」


 カチャリと、引き金の引かれる音……。


「じゃあね、死神。冥界へ帰るといいよ」


 バァン!


 アルフィアードの放った魔法弾がクロムウェルの胸を撃ち、手放した大鎌は冥府へと還り、死神もまたそれを追う様に空中へ身を投げ出された。

 全身に受ける風は冷たく、風を切る音だけが耳に届く。闇しか映らない瞳には、更に深い闇が迫って来て、そんな絶望の入口でクロムウェルは呟いた。


「足止めにはなったかな……」


 夜は死神を喰らい尽くす。もう朝を迎えない様に、しっかりと。





 図書室を歩いていたアレスは、急に休憩スペースの脇で足を止めた。


「アレス?」


 シフォニィも同時に立ち止まり、隣の青年を見上げた。

 アレスは首を横に振り、何でもなかったかの様にまた歩き始めた。少し疑問が残るも、シフォニィも黙ってその後をついて行った。

 二人が過ぎ去ったテーブルの上の、もうとっくに冷めてしまったコーヒーの水面が微かに揺らいで浮いている輪切りの赤い物体を動かした。

 アレスはドアノブを回しながら、隻眼の青年の事を考えていた。


(気のせいか? さっき……。いや、まさか。あのクロムウェルが負ける筈ないよな)


 巡る不安を振り切る様に扉を開け、二人で星空の下へ出た。

 すると、真っ先に二人は目の前に広がる光景に息を呑んだ。

 殆ど形を失くした部屋がそこにはあったのだ。枠から外れ、外側へ倒れているアラベスク模様の扉は所々罅割れ、融けていた。

 そして、露になった室内で座り込む少年の背中を見た。彼の目の前には、ボロボロの衣服を身に纏った、けれど、一切傷を負っていない様子の仮面の男が立って居た。

 誰が見てもこの光景は、仮面の男が少年に止めを刺そうとしている風に見えるだろう。アレスとシフォニィも例外ではなく、同時に駆け出した。

 アレスの方が一足早く室内へ辿り着き、大剣を振るう。


「てめー……よくもクラちゃんを!」

「何だ、お前か」


 ムーンシャドウは憫笑し、後ろへ躱した。

 シフォニィはクラシェイドのもとへ行き、しゃがんで彼の背中に触れた。


「お兄ちゃん、大丈夫?」


 彼からは返事はなく、荒い呼吸音が聞こえてくるだけだった。見たところ、彼にもムーンシャドウと同じく外傷がない筈なのに、これだけ衰弱しているのは不自然だった。たとえ、魔力を大量消費しても、室内を動き回っても、きっとこうはならない。そう言ったごく自然な事とは、少し異なる様な感じだった。

 シフォニィは、ふと気が付く。床に着いているクラシェイドの手が、床の色を映し……否、半透明になっている事に。


「嘘……そんな、何で」


 シフォニィはクラシェイドとムーンシャドウを見比べ、残酷な真実にも気が付いてしまった。だから、仮面の男に大剣を振り下ろそうとしているアレスを必死に止めようとした。


「アレス! その人に攻撃しちゃ駄目だ!」

「は?」


 もう既に、大剣の刃は仮面の男を捕らえ、斬り捨てていた。

 不気味な笑みを浮かべた仮面は真っ二つに割れて床に落ち、男も床に転がった。その時、一瞬見えた男の素顔はアレスのよく知る人物の顔だった。


「今の……クラちゃん? でも、クラちゃんはあっちに……」


 アレスが視線を移した時にはもう、クラシェイドは倒れていた。傍で、唇をギュッと噛んで俯くシフォニィ。


「何で、クラちゃんまで? おい、どう言う事だよ……」


 アレスは訳が分からなかった。偶然にしては、あまりにも良すぎるタイミング。これではまるで……。

 答えを知ってしまったシフォニィは口を閉ざしたまま。

 大剣も、殺意も、敵意も、一体何処へ向けたらいいのか、何が正しくて、何が間違いなのか、何も……何一つ分からなくなってしまったアレスは呆然と立ち竦み、大剣を床について目の前に転がる男の顔を見下ろした。

 瞳を閉じていて、その色は分からない。けれど、過去に女性と間違えてしまったこの綺麗な顔は、朝から晩まで毎日見てきたこの顔は、出逢ったその日から恋心を抱いたこの顔は、アレスのよく知る、絶対に間違える筈のない少年の顔と酷似していた。


「ふふ……ふはははは!」


 突如、少年の笑い声が響き渡り、アレスは一瞬目の前の男から発せられたと思ったが、依然その口は閉ざされたまま。意識すらもない様だった。

 アレスはまさかと思い、視線をもう一度向こうで横たわる少年の方へと移した。笑い声の主は彼で、彼は立ち上がっていた。

 驚いたアレスだが、クラシェイドの様子がいつもと違う事に気が付いた。彼の瞳は赤く、表情も真逆……闇の使者と呼称するに相応しい姿だった。

 それはシザールと戦った時と同じ……彼に止めを刺して笑っていた時の化け物と同じ。だけど、何処か違う気がして以前の様にアレスは目を背けなかった。

 アレスはムーンシャドウとクラシェイドを見比べ、恐怖を必死に抑え込んだ擦れた声で問う。


「……お前は一体何なんだ」


 クラシェイドは口角を上げたまま、アレスに赤紫の瞳を向けて自分の胸に右手を添えた。


「私はクラシェイド、クラシェイドは私。それは即ち、同一なる存在」


 の口から告げられた真実にシフォニィは目を伏せ、アレスは目を丸くした。

 二人の異なる反応にクラシェイドはさも愉快そうに笑い、話を続けた。


「だが、それは身体だけの話。この身体にはクラシェイドと言う邪魔な魂が取り込まれてしまっている。それ故、私の力は半減し、本来の力を失ってしまった状態だ。コイツを殺してしまえば私の身体は元に戻り、私の力は完全なものとなるが、私はあの忌々しい男との契約のせいでコイツに手を出す事が出来ないのだ。意識を移せても、こうして話す事しか出来ん」


 力、男、契約……アレスとシフォニィには分からない事だらけであったが、クラシェイドとムーンシャドウが同じ存在であると、クラシェイドの身体はムーンシャドウのものであると言う事だけは理解した。


「……だから、月影にクラちゃんを襲わせていたのか」

「そうだ。結局、どいつもこいつも役には立たなかったがな」

「てめえ……」


 アレスは剣先をクラシェイドに向ける……が、瞳の色が違っても、表情が違っても、人格が違っても、姿形は彼そのもの。その先の行動を取る事は出来なかった。

 クラシェイドはにたりと笑い、フッと意識を失って倒れかけ、シフォニィが受け止めた。

 アレスは大剣を鞘に収め、横たわる男を気にしながらもクラシェイドのもとへ歩み寄った。

 クラシェイドは、ゆっくりと目を開ける。光を取り戻したその色は赤紫ではなく、澄んだサファイアブルー。


「……契約……魂…………男。思い出した……これで、本当に全部だ……」


 クラシェイドは一つ一つの言葉に想いを込め、そしてまた瞼を下ろして静かに語り始めた。

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