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月蝕の黒魔術師~Lunar Eclipse Sorcerer~  作者: うさぎサボテン
第十九章 月光の館来復〜それぞれの想いの果てにⅡ〜
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ホワイトゴースト

「静まれ、ホワイトゴースト」


 突如響いた少年の声に、ホワイトゴーストと呼ばれたそれらは一斉に同じ方向を向いて騒ぎ始めた。


「アスカだ」

「嗚呼……アスカ」

「おかえり」

「おかえりなさい」


 それらはハッキリとした人の声で、ちゃんとした人の言葉だった。

 彼らに注目をされた銀髪の少年リスルドは凛とした態度から一転。漆黒の瞳に揺らめく白い人型を映し、戸惑いを露にした。


「な、何? 何なの?」

「……アスカって言ったな。お前の事なのか?」


 リスルドの後ろから、金髪に白いスーツの男ノアンが顔を出した。

 リスルドは首を横に振る。


「分からない。……でも、何処か懐かしい様な気がする。それよりも、早くクラシェイドとアレスの治癒をしてあげて」

「ああ。勿論だ」


 ノアンが前へ出て、光属性のマナを集め始める。

 リスルドの周りで揺らめくホワイトゴーストは、まるで返答を待っている様だった。そうと分かっても、リスルドには彼らを満足させられる様な答えを持ち合わせておらず、目を閉じて首を横に振った。


「どれだけ待っても無駄だよ。僕の記憶も心も、もうとっくに壊れてしまっているんだ。きっと元には戻らない。だから、去ってくれないかな」


 ホワイトゴーストはまた口々に「アスカ」と言いながら、リスルドの言葉に従ってスッと姿を消した。

 向こうでは別の白い光が二つ、それぞれの下にある身体を癒していた。

 クラシェイドとアレスは失いかけていた意識を取り戻し、ゆっくりと立ち上がった。二人は戦況を確認し、目の前に巨漢が倒れている事に気が付いてアレスが声を上げた。


「うお!? グレートブレイクが倒れてる!」

「ホワイトゴーストに生命力を少しばかり奪われたからね。彼らはそうして生身の人間の生命力を吸い尽くし、自分達と同じホワイトゴーストにして仲間を増やしているんだ」


 応えたのは、いつの間にかそこに居たリスルド。彼の姿にも、二人は正直に驚いた。


「リスルド! じゃあ、今治癒術をかけてくれたのは……」


 クラシェイドがそう言いかけると、リスルドは小さく頷いて視線を横に流した。

 全員に注目される事となったノアンは軽く手を上げ、作業を続行する。ノアンの隣では、シフォニィが心配な面持ちでそれを見つめていた。


「解毒術では治らなかったんだ……」

「そうだろうな……。これはヴァジルがかけた魔術だからな」


 ノアンはクリスティアの冷たい手を取り、脈や体温を確かめる。もう大分猛毒が回って来ている状態だった。


「……まだ大丈夫だ。すぐには死ぬ事はないが、本当に急いだ方がいい状態なのは確かだ」

「じゃ、じゃあどうすればいいの? そ、そうだ! アリビオ様に頼んで、フェニックス様を喚んでもらうとか……」

「それは良い案だが、今は無理だ。恐らく、ディン城に居る頃だろう。況してや、マイルが傍に居るなら、そこから抜け出すのはこちらの動向がバレてしまうからやめた方がいい」

「それなら、クリスは……」


 シフォニィが肩を落とすと、ノアンは彼のルビー色の瞳を見て自分の胸を叩いた。


「俺は白魔術師でもあるが、薬剤師でもある。自分で言うのも何だが、腕は確かだ。この娘は薬で治せる」

「本当?」

「そうはさせないわ」


 二人の会話を裂くように少女の気怠そうな声が反響し、刺の付いた植物の蔓がノアンを襲う。

 身構えるノアンの前に銀の髪と黒の衣服を靡かせた少年が舞い降り、靴底に付いたローラーが地面に着地する音が響いて、彼によって蔓は防がれた。

 リスルドは蔓を弾いた長い袖を手で軽く払い、目の前に立っているヴァジルを漆黒の瞳で睨んだ。


「キミさ……こんな非力な女の子に毒をかけるなんて、何かこの娘に恨みでもあるわけ?」


 ヴァジルもグレーの瞳でリスルドを睨み返す。


「恨みはないわ。だって、わたしこの娘に会ったの今日が初めてだもの。それよりも、わたしの邪魔をしないでくれる?」

「そっちこそ、ノアンの邪魔しないでよ」

「ノアン、ノアンって、あなた、ノアンばっかりね」


 ヴァジルは眉間に皺を寄せ、再び植物の蔓を放つ。


「キミに言われたくないよ。お姉さんが居ないと何も出来ないくせに」


 リスルドは袖でそれを弾き、ヴァジルに近寄る。

 ヴァジルは後ろへ跳び、薙ぎ払われた袖を躱す。


「本当……わたし、あなたが大嫌いだわ。見た目が女の子なのに、男の子だもの。すごく口も悪いし」

「はあ? 言ってる意味が分かんないんだけど」


 リスルドとヴァジルが戦いを始め、ノアンとシフォニィは心配そうに彼らを眺めた。

 クラシェイドとアレスも同じ様に両者の戦いの末を見届けてから、自分達の相手に意識を向けた。

 傍ではグレートブレイクが起き始めている。

 クラシェイドはアレスにアイコンタクトを送り、それに応えてアレスは大剣を携えて巨漢のもとへ歩み寄る。

 そして、クラシェイドは詠唱を始め、アレスが大剣をグレートブレイクの背中に突き立てる。


「卑怯で悪いな」


 アレスがそう呟くと、地面にうつ伏せた巨漢は静かに口を開いた。


「いや……戦場とはそう言うもの。……相手を仕留めた方が勝者となるのだ……」


 グレートブレイクには抵抗する力は残されておらず、そのまま黒魔術師の詠唱を最後まで聴く事となる。


『邪悪なる獣の爪よ、全てを引き裂き血で染めろ』


 血の色の風が舞い、アレスは大剣を引き抜いてそこから離れた。


『ブラッディネイル!』


 血の色の風が一斉に対象に襲いかかる。

 グレートブレイクの逞しい身体は風に引き裂かれ、その場にどんどん血溜まりを広げていく。

 クラシェイドとアレスは武器を下げて風が静まるのを待ちつつ、ふと向こうで戦う少年少女を見た。


 迫るリスルドからヴァジルが逃げ、ひたすら植物を出現させて足止めを兼ねた攻撃を仕掛けている所だ。

 リスルドは、伸びて来た蔓も、地面から突き出した大木も、睡眠効果のある花粉を散蒔く一輪の可愛い花も、全てを巧みな動きで躱して呪術をかける機会を狙っていた。

 一撃必殺のそれをヴァジルが簡単に受けてくれる筈もなく、眠たい目を擦りながらも彼女は必死に呪術師から逃げ続けていた。

 リスルドはローラースケートで地面を滑り、ヴァジルとの距離を詰める。

 特別に足が速い訳でも、体力がある訳でもないヴァジルは疲れ果て、少し休憩して立ち止まった隙にその間合いは一気に縮められる。

 リスルドは飛躍してヴァジルの背後に立ち、右手を前に突き出す。

 ヴァジルは振り返り、絶体絶命の表情を見せた……かと思いきや、口角を上げた。

 すぐに気付いたリスルドは後ろへ飛び退き、瞬間大量の木の根が地面から突き出した。最後の一本だけは対象を追尾し、着地直後のリスルドを貫く。

 リスルドは右足から流れ落ちる大量の血を、右の袖で拭き取る。

 ヴァジルは追い討ちをかける事はせず、目を擦り、頬を抓り、一人睡魔と戦っている。


 風が静まり、グレートブレイクが蠢いた事で、クラシェイドとアレスの意識は一旦リスルドとヴァジルから離れた。

 クラシェイドとアレスはグレートブレイクの傍でしゃがんだ。


「まだ……館にはティツィアーノが……居る筈だ。アイツは……敵か味方か分からん……叔父である俺にも……分からん……奴だ…………気を付けろ……よ」


 その言葉を最後に、グレートブレイクは息絶えた。

 二人はグレートブレイクの最期をきちんと見届けた後、再び視線をリスルドとヴァジルに向けた。

 両者の決着はもう着く所だった。

 ヴァジルの懐に入ったリスルドは、右の袖で彼女の胸元をはたく。すると、ヴァジルの心臓は停止の命令を受け、急停止。ヴァジルはどす黒い血を吐いて倒れた。

 リスルドも胸を押さえ、同じ様にどす黒い血を吐いて倒れた。

 クラシェイドとアレスが駆けつけようとするが、その前にノアンが動いて素早くリスルドを抱き起こした。

 まだ、リスルドの心臓は微かだが動いていた。


「おい……リスルド……」


 無駄だと分かっていながら、ノアンは虫の息の少年に声を掛ける。

 周りがざわつき、白い人影ホワイトゴーストが二人を囲んだ。


「アスカ」


 そうホワイトゴースト達が口にし、リスルドはそれに応えるかの様にフッと目を開けた。


「アスカ……そうだ…………アスカ・ティムス・ソエレンジェ……」

「リスルド……?」


 ノアンが困惑の表情を浮かべると、リスルドは目を細めた。


「僕の本当の名前……アスカ・ティムス・ソエレンジェって言うんだ……。何でかな……全部思い出したんだ」


 ホワイトゴースト達がざわめき出し、ノアンの肩がビクッと跳ねた。


「大丈夫だよ、ノアン。……そのホワイトゴースト達は僕の家族だ……いや、正確には“だった人”かな。……もう皆死んじゃったから…………」

「そう、なのか。……ソエレンジェって言ったら、さっきお前がこの街の事をそう呼んでいたが……」

「うん。僕の曽お祖父様……ソエレンジェ侯爵が築いた街なんだ。だけど……お父様の実験によって、この街は崩落した……」


 ホワイトゴーストは静かになり、リスルドは瞼を下ろしてその裏に遠いあの日の風景を思い浮かべた。

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