次なる刺客
「こんな人達にお姉ちゃん達は殺されたのね……許さない」
ぼんやりとしていただけの瞳に忽ち怒りが宿り、可愛らしい容姿の彼女には似つかわしくない黒く澱んだオーラが漂った。
最後に見た彼女の姉コロナ・フレースとその恋人カイト・ウェルクスの姿を思い浮かべ、クラシェイドはギュッと胸を締め付けられて言い返す事は出来なかった。自分が殺したと言ってもいい程に、きっと彼らを精神的に苦しめたのだから。
アレスは責任に押し潰されそうなクラシェイドの代わりに、ヴァジル・フレースに言い返した。
「確かにコロナとカイトと戦ったが、俺達は止めを刺していない。倒壊した灯台の下敷きになって死んだんだ……」
「へぇ……そうなの」
ヴァジルは顔に陰を落として、含んだ笑みを見せた。
「まあ、自分で殺した……だなんて言わないわよね。何を言っても、それは言い訳にしか聞こえないわ。さて……まずはアウラさんの願いを叶えるのが先」
「アウラ……?」と、クラシェイドはよく知る少女の名前を聞き取り、復唱した。
ヴァジルは地面から刺の付いた植物の蔓を出現させ、無表情で前方へ放つ。
クラシェイドとアレスは身構える。が、蔓は二人を素通りし、後方へと駆けていった。
後方に居るのが誰か分かった瞬間、二人は急いで後方へ爪先を向ける。
時間にしてほんの数秒だが、蔓が獲物を捕らえるのには十分な時間。蔓の先端に蕾が宿り、紫色の花を咲かせた。その中央より、更に緑色の刺が伸びる。
シフォニィは縫いぐるみを杖に変形させ、植物の邪魔をしようとする。
「邪魔よ」
ヴァジルの冷たい声が響き、シフォニィは新たに伸びて来た蔓に弾き飛ばされた。
獲物となった少女は恐怖からか逃げる事が出来ず、迫って来るものを唯見ていた。
植物の刺は無防備な少女の脇腹を貫き、彼女が倒れると同時に本体ごとマナへと還っていった。
「クリスティア!」
クラシェイドとアレスが同時に叫び、彼女のもとへ駆けつけようとする。
すると、そこへ大きな影が二人の目の前に降って来た。
「俺が相手だ」
二人の前に立ちはだかったのは、がたいの良いスキンヘッドの少々顔色の悪い男。
アレスは鞘から大剣を抜き、クラシェイドは杖を構えた。
「グレートブレイク!」
アレスが名を呼ぶと、グレートブレイクは満足げな表情を作った。
一方のクリスティアは倒れたままでピクリとも動かず、起き上がったシフォニィが彼女の傍に両膝を着く。視診すると、猛毒に冒されている事が分かった。
ヴァジルは目を擦っていて、シフォニィの所作には気にも留めていない。その隙に、シフォニィはクリスティアに解毒術をかけた。
緑色の光がクリスティアの傷口に入り込み、体内を巡回して毒を掻き出す……その筈だったが、出て来たのは光だけで、傷口を塞いで消えていった。
驚いているシフォニィのもとへ、ヴァジルが目を擦りながら歩み寄った。
「無駄よ。それは特殊なの」
シフォニィは身構えるが、ヴァジルからは敵意も殺意も感じられず、彼女は小さく欠伸をして地面に身体を預けた。
シフォニィは敵の所作が全く理解出来ず、身構えたまま。
ヴァジルは瞼を下ろした。
「少し眠るわ。後はよろしく……グレートブレイクさん」
最後にそれだけ言うと、ヴァジルは静かな寝息を立てて眠ってしまった。
グレートブレイクはヴァジルの言葉に頷き、固く握った拳を前に突き出す。
「睡眠障害を持つヴァジル嬢一人であれば楽な戦いだっただろう」
アレスは大剣でそれを受け止める。
「ああ。そうだったかもな。だが、俺は女をいたぶる趣味はねー」
アレスは目で一歩後ろのクラシェイドに合図を送り、更に後ろへ下がらせる。
そこでクラシェイドが詠唱をし始め、グレートブレイクは苦笑した。
「魔術を使うか」
「そりゃ、それがアイツの武器だからな」
「それもそうだ。しかし、俺には魔術攻撃に対する耐性がない。止めさせてもらうぞ」
グレートブレイクはアレスの脇を摺り抜け、黒魔術師のもとへ走る。
アレスも後をすぐに追うが、追いつけない。
クラシェイドは詠唱を止め、目の前を薙いだ足を躱す。
「反応が良いな。魔術師とは思えん」
グレートブレイクはニヤリと笑い、もう一方の足をクラシェイドに薙ぐ。
それもクラシェイドは避け、グレートブレイクは今度は拳を左右交互に突き出し、軽く跳んで足を薙ぐ。巨漢が動く度に、ビュンビュンと風が巻き起こる。
クラシェイドが全て避けきると、漸くここへ辿り着いたアレスがグレートブレイクの背後に大剣を振り下ろす。
グレートブレイクは身体を捻り、左腕で刀身を受け止める。
刃が皮膚に触れているというのに、傷が全く付いていない。
グレートブレイクは大剣を押し返し、面食らうアレスの腹に蹴りを入れる。
アレスは吹き飛び、地面に仰向けで転がる。
グレートブレイクが視線を元に戻すと、いつの間にかクラシェイドが向こうへ走り出していた。
グレートブレイクは彼を追い、ある程度の距離になった所で両手を前方へ向けてそこに集めた地属性のマナを一気に放つ。
一条のマナの塊が後方より迫り、クラシェイドは横へ身体を逸らす。だが、少し掠ってしまい、黒の袖が焼け落ちて露になった白い肌が酷い火傷を負った。
アレスは起き上がり、大剣に光属性のマナを集めその場で大剣を振るう。
『聖光刃!』
光の波動が空中を駆け、グレートブレイクは跳んで躱してクラシェイドの目の前で着地する。
クラシェイドは後ろへ飛び退き、アレスが走る。
グレートブレイクは両の拳を合せ、地属性のマナを纏わせる。
「俺も、殺生は出来る事ならしたくないが……居場所を護る為なら致し方ない。お前一人を殺せば、もう仲間が死ぬ事はない」
グレートブレイクがクラシェイドに開いた両手を向けると、そこに石の破片がふよふよと漂い始める。
「はあっ!」
グレートブレイクの力強い掛け声と共にそれらが飛んでいき、クラシェイドは杖を構える事も避ける事もせずに突っ立っていた。
石の欠片がクラシェイドにぶつかる寸前の所で、アレスが飛び込んで大剣で一つ残らず弾き落とした。
アレスは振り返る。
「何してんだ! 危なかっただろ」
「ごめん……」
クラシェイドは頭を垂れた。
クラシェイドは先の一瞬の間、グレートブレイクの放った言葉に動揺をしていた。そう。月影の殺し屋達が死ぬ事になったのは、紛れもなくクラシェイドが大きく関係しているのだ。ティニシー、ティアンザ、シザール、コロナ、カイト、ウル、ルカ、エドワード……いずれも、クラシェイドを殺す為に戦いを挑んで命を落とした。
クラシェイドの心はまた揺れる。シザールに追い詰められた時と同じ、精神を自分の中に潜む闇が取り込もうとする。
自分自身を捨て去ればもう誰も傷付く事はないと、その時は思っていた。けれど、違った。それによって、色んなモノを傷付けて自分自身も傷付いてしまった。現状は変わらなかった。
だから、あの時誓った様にクラシェイドは自分自身を捨てないと決心してグレートブレイクに視線を向けた。
グレートブレイクはクラシェイドの視線を受け止めた後、アレスに視線を向けた。
「アレスよ。お前を殺す事も無駄な殺生となる。俺の狙いはクラシェイドだ。彼一人殺せば、俺達の居場所はなくならずに済むぞ」
「うるせーよ! 俺の居場所はクラちゃんの居る所って決まってんだよ! それに、自分の為にクラちゃんの居場所を奪うってのかよ!? 随分、自分勝手だな」
アレスが噛み付く様な勢いで返すと、グレートブレイクはやれやれと言った風に首を横へ振った。
「お前とは分かり合えそうもないな。何の犠牲のない世界なんて、何処にも存在しない。何かを得たいなら、何かを捨てなくてはいけない。それが人の命でも同じ事」
「アンタ、殺生をしたくないっつったのに、言ってる事矛盾してるぜ」
グレートブレイクが突き出した拳をアレスは大剣で受け止め、そこに炎属性のマナを込める。
グレートブレイクが拳を引っ込めて間合いを取ろうとした所に、アレスは大剣を振るう。
『竜炎刃!』
紅蓮の炎がグレートブレイクに迫り、巨漢は地属性のマナを纏わせた拳で受け止める。
二つのマナはぶつかり合い、爆発。
吹き飛んだグレートブレイクは軽やかに着地し、アレスは後方に居たクラシェイドに衝突して二人は重なる様にして転倒した。




