表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
月蝕の黒魔術師~Lunar Eclipse Sorcerer~  作者: うさぎサボテン
第十七章 月光の館来復前夜
162/217

裏で動いていた人達

 フェニックスから得た情報は、ディンメデス王国の国王側近マイル・ローレンスが怪しいとの事だった。

 彼は何年もそこに身を置いていると思われていたのだが、実際城に居たのはたったの二、三年程度……幻術の類で皆を欺いていた。

 そして、もう一つフェニックスが気にしたのはマイルから感じる禍々しいオーラ。人間は誰しもが闇を心の内に飼っていると言うが、飼っているというレベルではなかった。そう、闇に飲まれている……そう表現した方が正しい様な。


 ディン城となると、ルナ教会の大司祭であるアリビオであっても潜入しづらい所。そこでフェニックスが、自ら人間に扮して新たな側近として潜入する事を提案した。

 アリビオはそれに躊躇なく応じるが、フェニックスが変形術を使った直後に前言撤回したくなった。


「フェニックス様……そのお姿は…………」


 アリビオが困惑するのも無理はない。

 フェニックスが変形術を使い、変形した姿は人間……の子供だ。鮮やかな青色の長髪に、大きなエメラルドグリーンの瞳。小さな手足、低身長。格好だけは白を基調にした、金のディンメデス王国の紋章が入った大層立派なものであったが、やはり気になるのがその幼さ。どの角度から見ても、その姿は十代前半の男の子にしか見えない。

 フェニックスはその場で一回転してみせ、満足気な笑みを浮かべた。


「しっかりと再現出来ておるな。この姿はな、儂が唯一心を許した人間のものじゃ。本当なら人間の様な下等生物になど化けたくないのだが、状況が状況だし仕方なくな。この姿ならば、儂も許す事が出来る」

「そうなんですか……。しかし、大丈夫でしょうか」

「大丈夫じゃ。下等生物に出来て、偉大なるこの儂が出来ぬ筈あるまい?」

「まさか……」

「錯覚させるのじゃ。勿論、それでも儂が子供である事に疑問を持つ者も出て来るだろうが、すぐにそれも薄れる。皆、当たり前の様に思うのじゃ。儂、クロル・レイバードこそが偉大なる側近である事をな」



 月光の館にノアン、ディン城にフェニックス……と、二箇所から三年前に起きた事件の真相について探る日々。

 またしても、真相に繋がる情報がぱったりと途絶えた――――そう思われた時。ルナ教会の食堂で、一人お茶を飲んでいたアリビオのもとへ非常に興味深い情報が届けられた。


「クラシェイドが月影から抜けた」


 手元の小さな縫いぐるみから聞こえて来た声。ノアンからの情報だった。

 アリビオはそれを知るなり、次の行動に移る事にした。

 後日、朝の光が差し込み始めた礼拝堂へシフォニィを呼び出し、水晶が三つ付いた白い兎の縫いぐるみを任務と共に手渡した。

 シフォニィは縫いぐるみに首を傾げた後ギュッと抱え、不安の色を宿したルビー色の瞳でアリビオを見つめた。


「ぼくに出来る事なら、何でもしますけど……今仰られた事は本当の事なんですか? その……クラシェイドお兄ちゃんが生きているって。ぼく、先日もお兄ちゃんのお墓参りに行って来たんですよ? アリビオ様を疑う訳ではないですが、信じられません……」

「ええ。根拠はありませんが。実はずっと前から気付いていた事なんですが、キミには言っていなかったですね。ごめんなさい。本当なら僕が行ければ良いのですが、僕は此処の大司祭故に街から出る事が出来ないのでキミにお願いするしかないのです。まだ幼いキミを外へ行かせるのはとても心配ですけれど、キミの白魔術師としての実力が確かな事を知っていますし……」

「……ぼく、治癒術使用後にたらい落としますよ?」

「……そうでしたね。しかし、それもいずれはなくなる事でしょう。きっと、今回の旅の中でキミも成長出来ると思います」

「それなら良いな。……ところで、この縫いぐるみは何ですか?」


 シフォニィは視線を両腕に抱えている物に落とした。

 アリビオは微笑を浮かべた。


「それは杖であり、鍵でもあります。名をトリニティウィングと言います」

「そうなんですね? そうは見えませんけど……」


 シフォニィは眼前に縫いぐるみの顔を持って来て、小首を傾げた。


「変形術によって形を変えているだけです。キミが望めば、すぐにでも杖に変形します」

「なるほど! よし、じゃあ杖に変形だ☆」


 すると、縫いぐるみが白く光り、徐々に姿を変えていった。


「おおー!」


 シフォニィ右手に収まった、水晶の三つ付いた金色の杖を見て感嘆の声を上げた。

 この反応に、アリビオは満足した表情を浮かべた。


「まあ、実際縫いぐるみにする必要はないのですがね。もし、杖のままキミが持ち歩いて足を引っ掛けて転んだりしたら大変ですので、使わない時は縫いぐるみのままにしておいて下さいね」

「はーい……って、アリビオ様、ぼくそんなにドジじゃないです!」


 シフォニィが抗議するも、アリビオは前言撤回をしようとはせず、唯微笑んでいるだけだった。

 シフォニィは横を向いて頬を膨らませ、縫いぐるみに戻したトリニティウィングの頭を撫でた。


「それに、鍵って何です? 此処うち、鍵なんてついていましたっけ?」

「これから付けますよ――――シヴァノスにね」

「シ、シヴァノスに!?」

「ええ。フェニックスの力を使って時空間の狭間に移動させるのです。それは、時空間の狭間からシヴァノスを呼び戻す為の鍵なんですよ。唯一つ条件があって、キミがこれから出逢う“クラシェイドくん”がキミの知る“クラシェイドくん”である事が証明された時のみ、使用が可能となります。キミになら分かるでしょう……彼が本物か偽物かぐらい。そして、彼自身がそれを証明出来る様になるまで、失くしたと言う記憶捜しを手伝ってあげて下さい」

「はい!」

「良い返事です。それでは、どうかお気を付けて。キミに神のご加護があらん事を……」


 アリビオが祈りのポーズを取ると、シフォニィの足下に魔法陣が出現し、小さき白魔術師はそこから放たれる光に包まれて魔法陣と共に消え去った。



 ***



 アリビオの話を聞き終えたシフォニィ以外の三人は、飲み物を口に運ぶのも忘れてポカンとしていた。話のスケールが想像以上に大きく、情報を飲み込む方に必死だった。


「墓地に行った時にもお話した通り、クロードくんとソフィアくんが死んだ事については未だに有力な情報はありませんがね……」


 アリビオはフルフルと首を横に振った。

 シフォニィの事はシフォニィ本人の口から聞いた事と重なるので、残るは大きく分けて二つ。情報をいち早く飲み込んだクラシェイドがその一つをアリビオに問うた。


「ノアンは味方……なんですね?」


 アリビオは頷く。


「そうですよ。キミの事が終わったので、あとはムーンシャドウの事だけですね。あ、彼を悪く思わないで下さいね。キミに近付いて来たのは、僕がそう指示したからですので。それに、ノアンくんがクラシェイドくんに言ったであろう言葉や態度は嘘偽りのない本物ですから」

「うん……そうだね。ノアンにこう言う繋がりがあった事は驚いたけど、オレに向けられたノアンの言葉や態度は嘘じゃなかったって思える。あの日、味方だって言ってくれた事……今でもちゃんと覚えているから」

「俺もそう思う。ノアンって、嘘下手なんだよなー。まあ、スパイだって事を隠してたのは凄いけどな。まだ俺達以外には知られていないんだろ?」


 アレスが少し軽い調子で言うと、アリビオは表情を曇らせた。暫し沈黙し、クラシェイドとクリスティアとシフォニィの表情も曇り、アレスの眉根に皺が刻まれ始めた頃、漸くアリビオは口を開いた。


「それが知られてしまった可能性があります」

「ちょ、え? マジかよ!」


 アレスは全身を使って驚きを表現し、反動でテーブルが少し揺れた。

 アリビオは依然表情を曇らせたままだが、何処か落ち着いた様子で話を続けた。


「彼とは縫いぐるみを通じて連絡を取り合っていたのですが、それが急に途絶えてしまいました。恐らく、僕と連絡を取り合っている最中に何者かに見つかって縫いぐるみを破壊されてしまったのでしょう」


 アリビオはココアを一口口に含んだ。


「見つかった相手が悪ければ、ノアンくんはすぐに殺されています。しかし、その確率は極めて低いものと思いますね。彼の最も身近に居る人物の性格上……何となくですが」

「リスルド……?」


 クラシェイドは問い掛けつつも、その間に自分で納得した。アレスよりも、クラシェイドの方がリスルドと関わる回数が多かったので、クラシェイドには彼の行動や思考が想像出来た。彼なら、たとえノアンがアリビオの差し金だと言う事に気付いても、殺すと言う選択はしないだろう。寧ろ、味方となってくれそうだ。


「そうです。なので、取り敢えずは安心して良いと思います……が、油断は禁物です」


 そう言って、アリビオはココアを飲み干した。

 四人も落ち着きを少し取り戻し、同じ様にそれぞれ飲み物を口に運んだ。

 一息ついてから、アレスが話を再開した。


「もう一つあるんだけど。アガレグ国王陛下側近クロル・レイバードがフェニックスって、本当の事なんですか?」

「ええ。ご存知ですか? クロル様は光属性の魔力を持っているのに、黒魔術師と同等の攻撃系魔術が扱えるんですよ」


 アリビオは星を引き当てた様な誇らしげな顔で言い、クラシェイドが彼の望み通りの反応を示した。


「有り得ないですね……それは」


 クラシェイドも、現在は闇属性の魔力を持つ黒魔術師だが、生前と同じ様に治癒術などの白魔術は扱う事が出来ない。

 クロルのそれはこの世界においての魔術の常識を覆しており、彼が人間ではない事の証明でもあった。

 皆、クロルがフェニックスである事を納得し、アレスはそこから更にフェニックスが光を纏った大きな鳥である事を連想して少し前の記憶を呼び起こした。


「シザールにやられた時、俺達を助けてくれたのって……」

「フェニックス……クロル様です。カラスくんが僕に救援を要請して来たので、直ぐにクロル様に向かっていただきました」

「カラスが……まあ、そうか……」


 多少の引っかかりはあるものの、先のアリビオの回想にも漆黒の情報屋は登場していたので、それを含めた顛末にアレスは納得した。

 クラシェイドやクリスティアはその時丁度気を失っていたので何の事かはっきりとは分からなかったが、アレスやクリスティアの切断された手足が治ったのは事実。それが、フェニックスの力であるなら納得だ。普通は治る筈がない。

 話が一段落した所で、アリビオは席を立った。


「難しい話ばかりで疲れたでしょう。甘いお菓子を用意しますね」

「あ」


 クラシェイドは驚いた様に立ち上がって、窓の方へ歩いて行った。その一連の動作は、アリビオの言葉に反応した訳ではない様だ。

 一同が不思議そうにクラシェイドに視線を向けると、クラシェイドは振り返った。


「今、ガドが居たんだ。よく分かんないけど、こっちをじっと見てたから。ちょっと行って来る」


 クラシェイドは皆の反応を待たずに歩いて行き、その背中にアリビオが声を掛けた。


「クラシェイドくん、お菓子は?」

「あとで食べる」


 クラシェイドは立ち止まる事も振り返る事もなくそう答え、食堂を出て行った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ