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月蝕の黒魔術師~Lunar Eclipse Sorcerer~  作者: うさぎサボテン
第十四章 雪上の記憶
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墓石に刻まれた名

切りがいいところまで入れたかったので、少しいつもよりも長めです。

 街道に沿って歩いていく四人の姿を、道行く者達は興味津々に或いは訝しげな目で一瞥した。内何名かはルナ教会白魔術師の存在に気が付き、笑顔を向けて頭を下げたり手を振ったりしたが、彼の周りの見慣れない三人には興味か疑いかどちらかの態度を見せた。

 それは当然の事だった。何故ならば、つい先程までシヴァノスは時空間の狭間にあって暫くは外部との接触を絶っていた。街が元の時空間へ戻った事に未だ気が付かない人々にしてみれば、彼ら三人は突然の訪問者。いきなり好意的な反応を示す筈もなかった。

 それでもクリスティアとアレスにとって、初めて訪れた街の歓迎がこんなに冷め切っている様子はあまり心地の良いものではなく、また、せっかく故郷へ帰還したのにそれすらも認めてもらえないクラシェイドにはもっと残酷であろう。


 ところが、クラシェイドは周りになど目もくれずに再び記憶の世界へと旅立っていた。月光に照らされて鮮明になった記憶の他に、まだ闇の中で息を潜めている陰があったのだ。それこそが、先程からずっと引っかかっている“記憶”であると彼は思っていて、そこに光が差す様に雲を払っている最中だった。なかなか、雲はそこから腰を上げてくれない。まだ作業には時間がかかりそうだった。


 虚ろな瞳で無意識に歩くクラシェイドを、隣を歩くシフォニィは気にしつつ前方から聞こえて来る街の人達の挨拶に笑顔で応えた。




 街の人の姿が見られなくなった閑静な住宅地へ差し掛かった時、細い脇道を横切ろうとした四人の目の前を同じタイミングで人が通り過ぎた。

 その人は危うくクラシェイドにぶつかりそうになり、直前で気付いて急停止した。


「すみません」


 今の場合はぼんやりとしていて周りを見ていなかったクラシェイドの方に非があるのだが、相手の男の方が謝った。

 男の声で、クラシェイドもようやく彼の存在に気が付いて謝り返した。


「こっちこそ、ごめん。余所見してた」


 初対面同士ならば、当然これで会話は終了……だが、彼らは違った。クラシェイドは平常通りだが、男の方が明らかに取り乱し始めたのである。


「おい……嘘だろ? まさか、お前……クラシェイドか?」


 街に来て初めてだった。クラシェイドの存在に気が付いた人は。それでも尚、その態度は他の街の人と変わりなく、もっと言えばそれ以上にクラシェイドを嫌悪している風にもとれた。

 シフォニィ、アレス、クリスティアは男を警戒した。シフォニィだけは、彼を知っているからこその警戒だった。

 クラシェイドはあまりに分かり易い嫌悪を受けるも、特に感情の高揚もなくじっくり男を見て考え込んでいた。


 茶色の短髪に、ビリジアンの細い瞳、細い顎と広い額、白い肌の鼻先から両の目の下まで広がるそばかす。体格は、長身で痩せすぎず太りすぎず整っている。年の頃はクラシェイドより二つ程上。

 思い出した記憶の何処かに、彼は居た筈だった。それを何とか手繰り寄せてクラシェイドは静かに口を開いた。


「……ガド?」


 自信はあまりなかった。何故なら、クラシェイドはガドという男との接点が殆どなかったから。幼い頃、何度もガドには会った。けれど、いつもガドは遠くからクラシェイドとその周りの子供達を見ているばかりで。クラシェイドが幾度遊びに誘っても、彼は逃げる様に去ってしまった。


「や、やっぱりクラシェイドなんだな!」


 この反応によって彼がガドである事が確定したのだが、ガドであると言う事はこの後の展開がクラシェイドには容易に想像出来た。


「ぼ、僕は悪くないからな!」


 台詞に込められた意味は分からなかったが、予期していた通りガドはクラシェイドの前から走り去った。

 小さくなっていくガドの背中を見て、アレスが不満を口にした。


「何だ、アイツ……。あれじゃあ、何の説明にもなってないだろうが。勝手に騒いで走り去るなんて、クラちゃんに失礼だろ。仮にも知り合いなんじゃねーのかよ」

「仕方ないよ。……オレ、ガドに嫌われていたから」


 クラシェイドは笑ってみせたが、完全に苦笑いだった。


「そ、そうか。……ったく、こんな天使の様なクラちゃんを嫌うなんて信じられねーぜ」

「ありがとう。アレス」


 クラシェイドの顔は未だ苦笑いだったが、アレスの必死の労りの言葉にほんの少し表情と心が安らいだ様だった。


「ああ。あんまし気にすんなよ?」

「大丈夫。だけど、あまりに記憶と……八年前と変わりなくて、少し残念だったな」

「でも、さっきのあの人の反応は嫌悪と言うよりも……」と、クリスティアが考えながら口を挟み、シフォニィが頷く。

「そうだねー。嫌悪と言うよりも……だねー。さ、ルナ教会までもうすぐなんだから、早く行こうよ」


 クリスティアの言葉の続きを紡ぐかと思いきや、言葉を濁して自然な流れで進む事を促した。それにより、他の三人には全く疑問が残らなかった。

 視界で舞い踊る雪の中を、四人は再び進んでいった。

 次に前方に見えて来る民家を斜め左へと曲がれば、もう教会は目の前である。

 白銀の中でも、圧倒的な存在感を放つ一際大きな純白の建造物。正面を向いている幾つかの窓ガラスは全て色取り取りのステンドグラスで、正面扉の金色と共に美麗なる光を放つ。

 遠くから眺めるだけでも大層大きいが、近付くにつれてもっと拡大していく。ルナ教会は実は奥行きも結構あり、ディン城に次ぐ巨大建築だとも称されているのだ。


 ルナ教会まで伸びる雪道を踏み締めるクラシェイドの心臓は高鳴る。凡そ八年ぶりに我が家へと帰るのだ。いくら歩き慣れた筈の道であっても、多少の緊張はあった。

 シフォニィも任務完了後の帰還で、アレスとクリスティアも初めて眼前にする建造物に、クラシェイド程ではないが緊張をしていた。

 四人の緊張の糸をプツリと切るように、目の前からふわふわした物体が無数迫って来た。それらは、四人の周りに集まって人懐っこく擦り寄った。

 最初こそクラシェイドとシフォニィは驚いたがすぐに落ち着きを取り戻した一方で、アレスとクリスティアは激しく動揺していた。

 見下ろしたそれらの顔はシフォニィの両腕に抱えられているそれと全く同じ顔をしていて、形は蛇や猫や鳥……と実に形状が様々だが、それ全ては縫いぐるみである事が分かった。そうと分かると、動揺していた二人組にも徐々に落ち着きが舞い戻って来た。

 シフォニィが縫いぐるみをけしかけた人物――――ルナ教会の正面扉の前に立つ男を見た。


「アリビオ様」


 途端、そこに居た者、縫いぐるみまでもが動きを止めて大司祭アリビオ・ネルヴィアスの方を見た。

 アリビオは全員の視線を感じ、満足げに藍色の目を細めた。桜色の唇の端が僅かに上がる。それは聖職者の笑みそのものだ。

 アリビオは細い顔の輪郭をなぞる若草色の横髪と後ろで束ねた同色の後ろ髪を揺らし、首周りが左へ大きく垂れ下がって肌を露にしているシルクのローブを教団員共通の十字架のエンブレムが付いたブーツで踏まぬ様、ゆっくりと階段を下ってしなやかな動きで四人の目の前に来た。

 縫いぐるみ達はわらわらとアリビオの足下にくっつく。

 アリビオは初対面の二人に微笑み、二人が会釈を返すと、すぐに視線を身内へと向けて微笑んだ。


「よく帰って来ましたね」


 柔らかく落ち着いた声は、クラシェイドの心をじんわりと温めた。


「アリビオ様……」


 懐かしさと嬉しさが一緒になって湧き上がり、クラシェイドは彼の名を呼ぶだけで精一杯だった。

 クラシェイドが八年前、最後に見た時と殆ど容姿が変わっていないが、クラシェイドにとってそれは大した問題ではなかった。問題はこの後どう話を繋げていくか、だ。

 クラシェイドの機微に気が付いたのか、アリビオは彼が言葉を捻り出す前に言葉を出した。


「おかえりなさい。シフォニィくん、そしてクラシェイドくん」


 何気ないその一言で、クラシェイドの中の問題はあっさりと解決された。答えは、唯いつも通りに話す事だ。


「ただいま。アリビオ様。……八年ぶりですね」

「はい。この八年間、僕はキミの事が心配で仕方がなかったのですよ? 暫く見ないうちに、こんなに大きくなって。お父様に似てきましたね」


 アリビオはクラシェイドのブロンドに近い茶髪を撫で、憂いを宿しながらも微笑んだ。

 幼い頃アリビオによくこうしてもらった事を思い出し、懐かしさを覚えるもクラシェイドは今の自分の年齢を考えると少し面映かった。

 やがてアリビオの手が離れると、クラシェイドはアリビオの先の言葉で思い出した。


「そうだ……父さんと母さん」


 シヴァノスへ入る前に思い出した記憶の中では確かに息をしていた二人……だが、シヴァノスを目指していた頃の旅の途中で微かに見た二人の姿は雪上にあった。雪上に横たわり、白を赤へ染めている姿が……。

 何故かそれ以上は思い出せないのだが、それだけの情報で分かる事と言えば二人はもうこの世には居ない確率が高いという事。勿論、重傷を負っただけで生きていると言う可能性もゼロではないが。

 クラシェイドは1%でも、両親の無事を信じたかった。だから……


「父さんと母さんは何処に居ますか?」


 期待を寄せて、そう訊いた。

 アリビオは質問に対し、表情は一切変えずに間だけを置いて身体の向きをくるりと変えた。


「……ついて来て下さい」


 アリビオが歩き出すと、そこに居たもの達は二手に別れた。縫いぐるみ達は彼から離れて一切手を触れずに教会の正面扉を開き中へ入っていき、クラシェイド達はアリビオの後についていった。







 ルナ教会の奥行きを横目に、アリビオを先頭にどんどん教会の裏へ近付いていく。

 教会の裏は拓けた場所になっており、高い岩の壁が立ちはだかっていた。そこに設置された階段は、先程クラシェイド達がシヴァノスまで降りる時に通ったものと全く同じで、長さにも大差はなかった。

 アリビオが階段を上り始め、クラシェイド達もついていく。

 人里から離れていっている事は確かで、この先に何があるのか予想出来ない四人の中でシフォニィだけは知っている様で僅かに顔に暗い陰が落ちていた。何も知らない――――否、覚えていないクラシェイドの顔にも希望の光は差しておらず、何処か不安な面持ちだった。


 シヴァノスへと下りていった時は階を重ねる毎に記憶に引き付けられて心がざわついたが、今は別の意味でクラシェイドの心はざわついていた。

 雪を乗せた風が吹き抜け、クラシェイドは急に異常なまでの寒さを覚えた。これは単に気温によるものだけでなく、これから良くない事が起こる前触れの様なものだった。現に、他の者達は平然としていた。


 ようやく階段は終わりを告げ、辿り着いた先は街が一望出来る柵に囲われた広い場所だった。そして、此処は地上とは大きな段差が付いている為此処から街の外へ出る事は不可能であった。

 見渡す限り、此処にはこれと言って目立つものはなく、何も知らない三人には疑問が募る一方だ。

 しかし、歩みを止めないアリビオについて歩く度に此処がどう言う場所であるのか明らかとなった。

 雪が降り積もっている為に分かりにくいが、地面には真四角の艶やかな石が幾つも規則的に並んでいた。そう、此処は墓地であった。

 その事に気付いたであろう全員に、アリビオは説明を加えた。


「これら全てはシヴァノスの住民のお墓ではありません。世界各地より、この場所へ眠る事を希望された方達のお墓もあります。シヴァノスやセイントライゼーグは神に一番近い場所と言われていますからね。死後の幸福を望むのなら、どんなに遠くともその二つのどちらかを選ぶでしょう」


 クリスティアとアレスは納得し、奥まで広がる墓石を眺めた。

 いつの間にか、最後尾を歩いていたクラシェイドとシフォニィの顔は青白く墓石を視界に入れない様にしていた。

 アリビオがわざわざ墓地へクラシェイドを招いた理由は、きっと一つしかない。もう予想はついている。それなのに、クラシェイドはそれを否定したくて、でも出来なくて、唯黙ってアリビオの後をついていく事しか出来なかった。

 ほぼ同じ作りの墓石の横を通り過ぎた先に、他とは違う空間が存在した。そこは地面が少し盛り上がっていて、上る為の五段程の階段が設置されていた。

 皆が階段を上がり始める中、クラシェイドは階段を目の前にして急に足を止めた。


「やっぱり、この先には……」


 記憶の中で見た両親が横たわっている場所とこの先の場所が一致し、クラシェイドの頭部が激しい痛みと警告を訴える。

 ずっと、此処へ足を踏み入れた時から予想はついていた筈なのに、クラシェイドには未だに真実を受け入れるだけの勇気がなかった。

 それは、クラシェイド・コルースが弱いからではない。彼が人間であるからこそ、心があるからこそ、記憶があるからこそ、当然の事なのだ。だけど、それを今仕方がないと流してしまえば、そこにある真実を否定する事になる。即ち、両親の存在を否定する事になってしまう。

 どんなに悲しかろうと、辛かろうと、痛かろうと、自らの手でなかった事にしてはいけない事を此処に居る誰もが知っていた。だからこそ、誰一人として踵を返そうとはしなかった。


 シフォニィはこの場で出来る限りの笑顔を作った。


「お兄ちゃん、逢いに行こう? クロード様とソフィア様が待っているよ」


 クラシェイドは小さく頷き、痛みの引かない頭を片手で押さえて階段を上った。

 アリビオがいち早く、クロードとソフィアのもとへ辿り着いていた。二人はクラシェイドが来るのを待っていたのだ。…………墓石の下で永遠の眠りにつきながら。

 全員、クロードとソフィアの墓石の前に並列した。

 地面の上に埋め込まれた二人分の墓石は、他の物よりも立派で見る角度によって色を変えるクリスタルで出来ていた。雪が降り積もったそこには、真新しい花束が手向けられていた。

 真実を目の当たりにしたクラシェイドはショックで言葉を失った。

 アリビオは墓石を見つめ、静かに語った。


「あれは三年前の事でした。突如、この場所から異様な魔力を感じて僕は教会を飛び出したのですが、何故か魔物が街中に溢れていてそれどころではありませんでした。やっとの事で魔物を殲滅し、此処へ来た時にはもう……クロードくんとソフィアくんは雪上を血の色に染めて亡くなられていました。僕にはその間に、お二人の身に何が起きたのか未だに分からないのです」


 クラシェイドの記憶は確かだった。だが、同時にクラシェイドの中で一つの疑問が生まれた。


(三年前? アレ……? おかしい……どう言う事なんだ? オレの記憶は八年前までしか戻ってないのに)


 ふと、クラシェイドは何かを視界に入れてしゃがみ込んだ。

 同じ物を見つけたであろうクリスティアがアリビオに問う。


「あの……こっちのお墓は?」


 クロード、ソフィアと並ぶ墓のすぐ横の少し色褪せた墓に被った雪を、クラシェイドがそっと手で払った。

 アリビオは瞳を揺らし、間を空けた後低く答えた。


「クラシェイド・コルースくんのお墓です」


 露になった墓石には確かにそう、刻まれていた。

 シフォニィは俯き、クリスティアとアレスが目を見開いた。


「えっと? だって、クラはここに……」


 クリスティアが視線を墓石から墓石の前にしゃがみこむ少年の背中へ移し、アレスも同じ様にクラシェイドを見た。

 クラシェイドは視線を墓石に落としたまま、自分に言い聞かせる様に呟いた。


「そうだ……オレは死んだんだ。八年前に」

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