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月蝕の黒魔術師~Lunar Eclipse Sorcerer~  作者: うさぎサボテン
第二章 月夜の狂想曲
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これが仕事だから

 何処かの町の外れに古びた家が一軒、寂しそうに建っていた。

 クラシェイドは外から移動術を使って、家の中へ侵入した。ターゲットは暖炉の前の椅子に腰を掛け、眠りについている。それを壁の向こうから確認したクラシェイドは、その場で魔術の詠唱を始めた。

 これならば、相手にも気が付かれずに簡単に殺す事が出来る……そう思って安心しきっていた。――――が、


「おぬし……月影の殺し屋か?」


 突如として近くから嗄れた声がし、クラシェイドはビクッと震えて詠唱をやめた。恐る恐る真横を見ると、そこには暖炉の前で寝ていた筈の老婆が立っていた。

 老婆はクラシェイドをじっと見て、分厚い瞼の目を細めた。


「こんな小童を差し向けるとは……わしも舐められたものじゃな」


 クラシェイドは苦笑した。


「そのまま寝ていれば、楽に死ねたのに」

「戯け!」


 老婆は両腕を広げ、魔術で突風を起こした。

 辺りの家具は吹き飛び、クラシェイドも少しの距離を飛ばされたが、杖を使って上手く着地した。その間にも、老婆は周りにマナを収束させる。


「そう簡単におぬしらに命をくれてやらんわい!」


 老婆が片手を上げると老婆の頭上に火球が出現し、老婆の合図でそれはクラシェイドに飛んでいった。

 クラシェイドは後ろにステップを踏んで躱し、老婆との間合いを取った。詠唱を始め、老婆も詠唱を始めた。それぞれの周りに、異なる属性のマナが集まり出す。

 老婆の周りには風が吹き荒れ、クラシェイドの目の前の床が震え出した。


『――――ウィンディファング!』

『――――グランドランス!』


 クラシェイドを飲み込もうと牙を剥いた強風は、彼が出現させた尖った岩石により遮られた。岩石は強風に煽られ、その形を保てなくなり、砕け散った。

 その先に見えたのは、走って来る老婆の姿。老婆は老いているとは思えない程の俊敏な動きでクラシェイドに近付き、彼の目の前で飛躍をすると、片手を広げて収束させた水の塊を放った。

 クラシェイドは横へ飛んで躱し、水の塊は床に衝突して床の表面を少し抉った。

 すると、突然風が吹いてクラシェイドの髪を揺らした。老婆が着地した姿勢のまま、片手を少し上げてにやりと笑っていた。

 クラシェイドが気付いて視線を逆方向に向けた時には既に遅く、風に飲まれて数メートル飛ばされた。

 頭部を先程老婆が吹き飛ばした家具にぶつけ、クラシェイドは弾みで杖を落として、座るようにして頭を垂れた。

 後頭部がズキズキと痛み、右手で押さえれば、忽ち生温かい液体に塗れた。――――記憶を失って以来、初めて感じたものだった。

 クラシェイドは自らの真っ赤な血に驚きながら、杖を拾ってゆっくりと立ち上がった。


(油断した……この人、本当に強い)


「月影の殺し屋も大した事ないのぉ」


 老婆が歩み寄って来て、右手にマナを収束させた。

 クラシェイドは杖を構える。


「まだまだ。今からが本気だよ」


 老婆が右手から火球を放ち、それを軽々と避けてクラシェイドは老婆との距離を一気に詰めた。透かさず、杖を老婆の頭上に振り下ろす。

 老婆は後ろへ跳んで躱し、そこへまたクラシェイドが杖を振り下ろす。


「おぬし……魔術は使わんのか?」


 再び老婆に攻撃を躱され、クラシェイドは一旦攻撃を止めて、質問に答えた。


「詠唱が間に合わないから」

「そうか、おぬしは黒魔術師。わしの魔術なんかよりも強力じゃな。魔力も相当持っておる。そして、」


 老婆は間合いを取り、手元にマナを集め始めた。


「おぬしは魔力属性にも特徴があるのぅ。一般に、相反する属性同士は扱えない筈なんじゃが、おぬしの場合は炎・水・風・地・雷・樹・氷・闇・時……光属性以外の全ての属性を持っておる。わしも永く生きてきたが、おぬしのようなのは初めてじゃ」


 老婆が水の塊を飛ばし、クラシェイドは杖で弾き返した。


「そんなに珍しいかな」


 クラシェイドは老婆の脇を走り過ぎ、老婆の背後に回った。

 老婆はバッと、後ろに向き直った。しかし、もうそこにはクラシェイドの姿はなかった。


(今の一瞬に消えよった……まさか)


 老婆の背後に魔法陣が出現し、クラシェイドが静かに現れた。老婆はクラシェイドには気が付いていないようで、前ばかり見ている。

 クラシェイドは杖を構え、老婆に振り下ろした。

 杖が頭上に直撃する寸前、老婆は一切後ろを見ずに横へ跳んだ。杖は空気だけを裂き、クラシェイドはすぐに老婆の動きに気が付いて体勢を立て直した。

 風が舞い、炎が吹き荒れ、防ぎようのない状況でクラシェイドは杖を足下に突き立てて魔法陣を創り出した。光に包まれてクラシェイドが消え、それを目の当たりにした老婆は小さな目を見開いて驚いていた。


(間違いない。あれは移動術じゃ)



 老婆の視界から外れた部屋の隅にクラシェイドは移動し、老婆の魔術の渦から逃れられたと思いきや、そこで待ち受けていたのは刃と化した強風――――老婆の繰り出した魔術だった。

 クラシェイドは今度ばかりは避ける事も叶わず、強風に身体を切り裂かれた。

 血が体中から滴り落ち、クラシェイドは杖を支えに何とか立っていた。


「な……何で、移動する場所が読めたんだ……」


 息を弾ませながらクラシェイドが訊くと、老婆はゆっくりと近付いて来てサラっと答えた。


「おぬしの気じゃよ」

「気……?」

「然様。気の流れを感じれば、移動術など意味のないもの。やはり、おぬしは変わっておるのぉ」

「何が?」

「本来、時空を行き来する移動術というのは、精霊などの特別な生体にしか使えぬ。つまり、人には使えぬものなんじゃよ」


 段々と、クラシェイドの顔が青褪めてゆき、老婆はその様子を介意する事なく、平然とした顔で続けた。


「おぬしからは不思議な気を感じる。精霊に近いような……そう、人ならざぬ何かの」

「オレは……」


 クラシェイドは青褪めたまま、俯いた。

 突然、人ではないと言われ、言い返す言葉が見つからなかった。否、それが強ち間違いではない事を自分でも知っていたから。他の人とは違う体質に気が付いていたから、すぐに否定は出来なかったのだ。


「特殊な魔力の量と属性を持っているけど、食事や睡眠はあんまり必要じゃないけど、それでもオレは……人間だよ」


 クラシェイドは顔を上げ、強い口調ではなかったが、それだけはハッキリと言い切った。

 老婆は殺し屋とは思えない少年の様子に、少し違和感を覚えた。


「そうじゃな……世の中、色んな人間がおる。悪い事を言った。時に、月影の黒魔術師。おぬしは、本当に殺しなど出来る器かの?」


 クラシェイドは杖を構え、マナを集め始めた。


(そうだ……早く、殺さなきゃ)


「……悪いけど、次こそ殺すから」


 マナが炎と化して、老婆に襲いかかる。


「まだまだ甘いのぅ。と言うより、」


 老婆は水の魔術で炎を打ち消し、風属性のマナを集めてクラシェイドに放った。

 クラシェイドは横へ跳んで躱した。


「おぬし、心に余裕がないと見える」

「そんな事は……」


 クラシェイドはマナを感じて真上を見た。すると、そこには沢山の火球が待ち構えており、一斉に降り注いだ。

 クラシェイドは移動術を使って逃れるも、老婆には移動する場所など見抜かれているという事に、術を発動した瞬間に気が付いた。案の定、移動した場所に老婆がマナを集めていた。

 先と同じ様に、風が舞う――――その筈だったが、それは寸前で治まっていた。

 クラシェイドが不思議に思って老婆の方を見ると、老婆は屈んで咳き込んでいた。


「さすがに、動きすぎたかの……ごふっ」


 これは絶好の機会チャンス。この隙に、老婆を殺す事が出来る。

 クラシェイドは一瞬躊躇ったが、すぐに脳裏にムーンシャドウの言葉が浮かんだ。


 “これは仕事だ”


 クラシェイドは表情を無にし、詠唱を始めた。


『無数の漆黒の刃、彼の者を貫け』


 老婆の咳き込む声が聞こえる。


『――――ダークネススピア』


 闇属性のマナが無数の黒い結晶と化して、老婆の背中を貫いた。

 血が迸り、老婆はグラリと後ろへ倒れた。

 クラシェイドは杖を突き立てて移動術の魔法陣を描き、横たわったまま動かない老婆を見据えた。それはクリスティアの父ブライト・リアンネを殺した時と同じ光景だったが、あの時とは違って見えた。ただのターゲットとしか見ていなかった存在が、命ある人に見えて儚く思えたのだ。

 クラシェイドが光に包まれて消える寸前、老婆の口元が小さく動いた。


「ああ……せめて、孫娘の晴れ姿を見ておきたかったのぉ…………」


 それが老婆の最期の言葉だった。

 クラシェイドは杖を強く握りしめ、その場を去った。





 血塗れの手で月光の館の扉を開き、クラシェイドは中へ入った。足元が覚束無ず、身体を壁に預けながら歩いていた。彼が歩いて来た道には、生々しい血が滴っていた。

 クラシェイドの意識は遠のいており、自分が今歩いているかどうかすら、よく分からない状態だった。そこへ、アレスが通りかかり、慌てた様子でクラシェイドに駆け寄った。


「クラちゃん!」


 クラシェイドはアレスの姿を確認すると、杖を落として倒れた。それをアレスが受け止め、クラシェイドの意識はそこで完全に途切れた――――

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