歓迎されていない
港へ降り立つと、そこは殆ど白一色の世界だった。地面にも建物の屋根にも雪が降り積もり、片隅にそっと立ち並ぶ木々は上から下まで凍りついていた。
頭上を覆うのはシルバーグレーの雪雲で、細かい雪が降り注いで視界を遮る。吐く息は白かった。
辺りは静寂に包まれており、雪の降り積もる音を聞き取る事が出来そうなぐらい。また、新しい足跡がない事から、本当に人の姿がないのだと言う事が見て取れた。
ウィンターノワールの住人は滅多な事に船を使う事はないし、外から船が来る事はない為、此処に賑わいがないのも別におかしな事ではなかった。建物があると言っても、これはただの飾りであって、中は空っぽだった。
一行は、一緒に降りたマイルに向き直った。
カラスが言う。
「マイル様は此処で待っていてくれ」
「ヴィーニエまでは然程距離はなく、迷う事もないかとは思いますが、私の案内なしで大丈夫ですか?」
「ああ。俺は情報屋だからな。それに……」
カラスは視線を前方、建物の陰に飛ばした。此方をじっと見つめる双眸が覗き見えた。マイルはそれに納得し、身体の向きを変えた。
「そうします。どうやら、ディンメデス王国は歓迎されていない様なので」
カラスとマイルは互いに背を向け、歩き始めた。クラシェイド、クリスティア、シフォニィ、アレスも、船内に戻って行く側近を時折気にしながらカラスの後に続いた。
一行が建物の横を通り過ぎると、もうそこには双眸はなく、真新しい人の足跡だけが雪上に残されていた。
港からほぼ真っ直ぐに進んでいくと、白い景色の中に建物が幾つも並んでいる場所があった。遠目から見た限り、あまり活気が無い様に見えるが、あれがウィンターノワールで一番大きな町ヴィーニエだ。
一行はヴィーニエへと足を踏み入れた。
町の中はやはり静かだった。ただ、港とは違い、疎らではあるがちゃんと人の姿があった。
防寒具を纏った住人らはスコップを使って手馴れた様子で除雪作業をしており、除雪された道には煉瓦のタイルが姿を現した。そして、屋根に降り積もった雪も下へ落としてゆく。
道の端に大量に寄せられた雪で、子供達は遊び出す。
活気はないが、生活感の溢れる普通の町だった。
除雪作業をしていた中年男性が一行に気が付き、一度作業を中断して近くで作業していた同年代の男性に声を掛けた。
「アイツらじゃないか? ジャンが言ってた、港でディンメデス王国の船から出て来た奴らって」
「きっとそうだ。あんな奴ら、この辺で見た事ねー」
男性二人はスコップを担ぎ、サッサとこの場を退散する。その際に他の者にも声を掛け、あっという間に人が居なくなってしまった。
一行は突然の展開に呆然と立ち尽くしていた。
「ありゃ……誰も居なくなっちゃったよ」
「私達、本当に歓迎されてないみたいね……」
シフォニィとクリスティアがそう零し、アレスは眉間に皺を寄せて「うーん」と唸った。
「家まで押しかけちゃうか?」
「それはちょっとマズイんじゃないかな」
クラシェイドは浮かない顔をしている。
「だよな……。じゃあ、どうすれば」
アレスが救済を求める視線を目の前の青年に飛ばすと、カラスは既に歩き出していた。
四人は慌てて彼の後を追った。
「何だよ、カラス。勝手に行くなって」
「こっちに人の気配がした」
カラスを先頭に、路地裏へと進んで行く。ここはもう除雪作業が終了していて、綺麗で歩きやすかった。
「うわああぁぁっ!」
子供の悲鳴が響き渡った。それは一行のすぐ近くだった。
一行は悲鳴のした方へと急いだ。
建物に囲われて出来た真四角の空間の雪の絨毯の上に、赤い液体が染み込んでいた。それを辿ると、十歳ぐらいの少年が肩で呼吸をして壁に寄りかかっていた。
少年の目の前には青い毛皮の狼の魔物が二体おり、少年に血に濡れた牙を剥いて低く唸っていた。
少年は左腕の傷を押さえ、絶望に満ちた顔で魔物を瞳に映した。
「嫌だよ……おれ、死んじゃうのかよ…………」
魔物が一斉に獲物に飛びかかる。少年は固く目を閉ざそうとする。瞬間、狭まった視界の中で、魔物達が切り裂かれて吹き飛んだ。
魔物達は鮮やかな赤い血を散らし、殆ど音もなく雪上に転がった。
「な……何だ?」
突然の出来事に少年は閉じかけた瞳を大きく見開き、腰が抜けてそのまま壁沿いにズルズルと座り込んだ。雪の冷たさがズボンを通り抜けて肌に伝わったが、そんな事は気にならない程に目の前で起こる出来事に目を奪われていた。
魔物達はゆらりと立ち上がり、視線の先で大剣に付着した血を振るい落とす青年を金色の瞳で睨みつけた。
内一体が踏み出したが、足元から紅蓮の炎が湧き上がり一瞬で飲み込まれた。一歩後ろに居た魔物も逃げる間もなく炎に飲まれ――――
『ソウルバーン!』
清涼なる少年の声が響き――――魔物ごと爆発した。
魔物は原型も分からぬ程黒く焼け焦げて粉々に散り、溶けた雪と共に光となって消滅をした。
少年は大きな黒い瞳をパチクリとさせ、状況を飲み込めずに呆然としていた。そこへ落ちる一つの影。見上げてみると、自分より一つか二つ年上の少年の姿があった。オレンジの鮮やかな髪は肩で内側に撥ね、此方を見下ろすルビー色の大きな瞳が何処か少女の様だが、少年には同性に思えた。
オレンジの髪の少年は抱えていた兎の縫いぐるみを杖に変形させて言う。
「ぼくが怪我を治してあげるね」
「あ……うん。お願い……します」
少年は黒い瞳をまたパチクリとさせた。これまでの状況を未だ飲み込めずにいる少年に、更なる変事(縫いぐるみが杖になった光景)が積み重なり、既にパンク状態だった。
周囲に光属性の神々しいマナが集まる。次第にそれは少年の傷口に入り込み、痛みと傷跡を取り除いてくれた。
杖は縫いぐるみへと戻り、オレンジの髪の少年はニコリと笑った。
「これでもう大丈夫だね」
「ありがとう……すごい。キミは白魔術師なんだね。キミの名前は?」
「ぼく、シフォニィだよ☆ キミは?」
「おれ、ジャンって言うんだ。こ、この人達は……?」
ジャンがシフォニィの後ろに並んだ四人の男女を見、明らかな戸惑いを見せた。
シフォニィは彼を落ち着かせる様に、柔らかい笑みと口調で答えた。
「ジャンから見て……右から、クリス、カラス、アレス、クラシェイドお兄ちゃん。ちなみに、魔物をやっつけたのはアレスとお兄ちゃんだよ☆ アレスは大剣士、お兄ちゃんは黒魔術師で、二人共めっちゃ強いんだ☆」
カラス以外は軽く頭を下げるなど、紹介された際に何かしら反応を示し、その様子にジャンの緊張もほぐれた。
ジャンは立ち上がり、紹介してもらった順に一行を見回した。
「……さっきディンメデス王国の船から降りて来た人達だ」
「そうだけど……って、お前がそれを町の人に言いふらしたから、町の人が俺達の姿を一目見ただけで逃げ出したのか!」
「ひぃっ! ご、ごめんなさいっ」
アレスの少し強い口調に、ジャンはすっかり縮こまってしまった。アレス自身、そんなに強く言うつもりはなかったが、ここの住人から見たディンメデス王国の人間は魔物と同じぐらい恐ろしい存在故、ジャンの反応も無理はなかった。ましてやまだ年端もいかぬ、世間を知らぬ子供。きっと、大人達にディンメデス王国に関するあれこれを聞かされて育ったのだろう。それも、良くない話ばかり。
クラシェイドがアレスを下がらせ、ジャンに言った。
「オレ達はただ探し物があって此処に来ただけで、別にジャン達に危害を加えるつもりはないよ」
その柔らかい表情と口調がついさっき見たモノと重なり、ジャンの口から感じた事がそのまま溢れ落ちた。
「お兄さんはシフォニィのお兄さん? さっき、シフォニィがそう呼んでたし……何だか、似てる」
「似てる……?」クラシェイドは何かを考え込んだが、すぐにやめてゆっくりと首を横に振った。「違うよ。シフォニィが勝手にそう呼んで来るだけ」
「そっか。似てるって思ったんだけどな。……でも、シフォニィやお兄さんの笑顔を見ていると安心する」
ジャンがようやく笑い、場の空気が和らいだ。これならば、今ジャンに何を問い掛けても笑顔で答えてくれそうだ。誰よりも状況に敏感な情報屋が、この絶好の機会を見逃す筈がなかった。
カラスは口を開いた。
「お前に訊きたい事がある。この町に」
「美味しいフォンダンショコラのお店があるんだって?」と、シフォニィが上手い事カラスの声に重ねた。
カラスは僅かに表情を歪め、それを横で感じ取ったクリスティアが慌てて訂正しようとした。
「シフォニィ、そうじゃないでしょ! えっとね、私達」
「フォンダンショコラのお店なら、おれの家だ」と、今度はジャンが上手い事クリスティアの声に重ねた。




