崩れゆく灯台をその瞳に映して
鎌は深く突き刺さる――――が、それは黒魔術師自身ではなかった。鎌の先に刺さって居たのは、黒い布だけだった。クラシェイドは横へ転がり、寸前で避けたのだ。
起き上がったクラシェイドは、鎌を床から抜いている隙だらけのカイトの腹に素早く蹴りを入れ、カイトは床からせっかく救出した鎌を手放し、空いた両腕で腹を抱えて屈んだ。その隙に、クラシェイドは杖を拾い上げて今度はそれを使ってカイトに殴りかかる。しかし、カイトの目の前に樹の根が幾つか飛び出してそれが盾となり、クラシェイドの攻撃を遮った。クラシェイドが少し視線を横へずらすと、妖艶な笑みが此方を見つめていた。
樹の盾を創り出す真ん中の一本の樹の根の先端が枝分かれし、クラシェイドに向かって伸びて来る。それは槍の様に鋭く、まともに刺されば一溜まりもない。
クラシェイドは後ろへ跳び、その一撃を躱した。ついでに間合いが十分に空いたので、詠唱を始めた。
一方のアレスは、カイトの後ろへ回り込んでいた。前側には樹の盾があるが、後ろ側にはない。つまり、攻撃を加える絶好の機会だ。
アレスが炎を纏わせた大剣を振り下ろすと、カイトは瞬時に気が付き躱した。標的を見失った大剣はそのまま前方へと落ち、樹の盾にぶつかって崩壊させ、炎で焼き尽くした。
カイトはアレスの背中に鎖鎌を放ち、アレスは躱した後すぐにカイトのもとへ攻めて大剣を振り下ろす。それをカイトが躱し、再び鎖鎌を前方に放つ。アレスは鎖鎌を大剣で弾き、もう一度カイトとの間合いを詰めて大剣を振り下ろす。カイトは避け、鎖鎌を放つ。アレスが大剣で鎖鎌を防いで間合いを詰め、大剣を振り下ろす。カイトが避ける。――――それらが交互に暫く繰り返された。
後に、カイトは自ら壁際へと近付いていって、遂に背中にひんやりとした固い物質が当たった時に、追い詰められている事に気が付いた。額に冷たい汗の玉が浮かぶ。
もう逃げ場のなくなった敵を前に、アレスは少しばかりの勝利の笑みを浮かべて大剣を構えつつカイトとの間合いを確実に詰めてゆく。
カイトは咄嗟に鎖鎌を伸ばし、アレスが身構えた途端にそれは方向転換して真上へと伸びていった。カイトの攻撃ミスかと誰もが思ったが、頭上にポロポロと落ちて来た砂にアレスは青褪めた。
カイトの放った鎖鎌は天井に突き刺さり、そこから四方に亀裂が大きく広がってゆき、やがて崩れ始める。
アレスは大剣で頭上を覆い、転落してきた瓦礫を防いだ。
アレスが瓦礫に気を取られている間に、カイトは既に次の行動に出ていた。手元に戻した鎖鎌を構え、そこに水属性のマナを集める。そして、前方へと大きく鎖鎌を振り、放たれた刃を象った水がアレスの横を通り過ぎて標的に一直線に飛んでいく。
クラシェイドは視界の端に映った水の刃を躱す為に詠唱を中断したが、躱す所までは辿り着けず、水の刃の餌食となった。
クラシェイドの身体は吹き飛び、向こうの壁に背中を強く打ち付けた。クラシェイドの背中は壁からズルズルと落ち、座る様な態勢で頭を垂れた。そこへ、更なるカイトからの追い討ち。
カイトはその場から鎖鎌を伸ばし、クラシェイドの鳩尾に突き刺した。クラシェイドの鳩尾からは血が迸り、口からも大量の血が溢れ出した。クラシェイドは完全に俯き、咳き込んだ。
カイトは黒魔術師に刺した鎌を辿る様に歩き出し、瓦礫によって少し傷を負ったアレスが彼の後を追おうとする。だが、アレスの行く手はコロナによって遮られた。
アレスは目の前に広がった木々に眉を顰めた。木々が近すぎて大剣が振るえない上、木々には刺があって迂闊には動く事が出来なかった。アレスはもどかしい気持ちで、木々の隙間から前方の様子を覗った。
クラシェイドの目の前に辿り着いたカイトは鎌の根元を持ち、勢いよく引き抜いた。瞬間、クラシェイドの鳩尾からドバっと血が溢れ出した。クラシェイドは苦痛に呻いた。
カイトは手元に鎌を戻し、黒魔術師を見下ろした。
「本当は俺だって、お前を殺したくねーんだよ。気に入らねーし、ムカつくけど、仲間だったんだ。だけど、居場所を護る為なんだ」
カイトは悲しそうな顔をしたコロナを一瞥した後、彼女と同じ表情を浮かべてクラシェイドに視線を戻した。
カイトは軽く息を吸い、鎌を振り上げる――――と、その時だ。
「ア、アレスちゃん!」
コロナの困惑に満ち溢れた声が響き渡り、カイトの手が思わず止まってしまった。振り返ると、アレスが木々を無理矢理突っ切っていた。刺で体中は酷く傷付き、血を滴らせながら木々の拘束から抜け出してカイトのもとへと走って来た。
カイトは突然の事で反応がやや遅れ、アレスに大剣でまともに切られた。カイトは体に大きな赤い線を付けられ、倒れた。
アレスは肩で呼吸し、カイトを素通りしてクラシェイドのもとへ。
「クラちゃん、大丈夫か?」
アレスがしゃがんで声を掛けると、辛うじて彼からの反応があった。けれど、それがやっとでクラシェイドは戦う事は疎か、自力で立ち上がる事さえ不可能だろう。そう判断したアレスは彼に両手を伸ばした。
「俺は……此処で任務を失敗する訳にはいかない…………俺は彼奴の為にも、居場所を護らなきゃいけないんだ」
カイトの声がし、アレスはクラシェイドを両手で抱き締めて首だけを後ろへ捻った。
「カイト……まだ戦うのか」
此方を睨んでいるカイトに対し、アレスも彼に睨み返した。互いの視線は同じ色を――――堅い意思を示していた。互いに一歩も譲る気はない。
カイトは自分の傷を庇いつつ、鎖鎌を構える。アレスもクラシェイドを離し、立ち上がって大剣を構える。
「悪いが、もう手は抜かないぜ? 俺の大事なもんをこんなに傷付けたお前は許す訳にはいかない。たとえ、本意じゃなくてもな」
「お前みたいな甘ちゃんに、此の俺が殺せるとでも? まあ、いい。二人纏めてあの世に葬ってやる」
二人が同時に動き出すと、建物も小さく動いた。
コロナはランプを握りしめて、不安げに辺りを見渡した。アレスとカイトも武器を下げて、警戒をした。
砂が天井から落ちて来る。次第に揺れは強さを増し、灯台全体が大きく横へ揺れ始めた。
「と、灯台が……崩れる!?」
コロナは狼狽し、カイトは敵に背を向けて彼女のもとへと歩み寄った。
「大丈夫だ、コロナ」
カイトは鎖鎌を棄て、コロナを抱き締めた。
コロナは自分を包み込む温かさと優しさに安堵し、小さく頷いた。
アレスは大剣を鞘に収め、殆ど意識のないクラシェイドを横抱きにしてすぐ傍にある窓に足を掛けた。真下には静かに波打つ海がある。
「飛び込むしか……ねーよな」
ちらりとアレスは階段の方を見、崩れてしまったそれに深く絶望した。そして、抱き合ったまま動かないカイトとコロナを不安な表情で見つめた。
「おい、お前達も……」
ゴトンッ!
両者の間を崩れた瓦礫が遮り、互いの姿は一瞬で見えなくなった。瓦礫はまだ天井から落ちて来て、床にも亀裂が入り始める。
アレスは二人の事は諦め、窓の外へ視線を戻した。意を決し、アレスはクラシェイドをギュッと抱えて大海原へと飛び込んだ。
「クラちゃん、しっかり掴まっていろよ」
クラシェイドの返事はなく、その時には彼の意識は途絶えていた。アレスは徐々に冷たくなってゆく彼を更にしっかりと抱き締め、真下に迫って来る青を睨んだ。
遠ざかってゆく空からは大きな音が響き渡り、アレスの視界から消えた灯台は完全に崩壊をした。




