復讐の刃は届かなくて
「ずっと、つけていたの? ――――クリスティア」
クラシェイドが階段下にそう言い放つと、そこにいたクリスティアが腰の二つの鞘から双剣を取り出した。
「そうよ……クラシェイド・コルース。あなたに復讐するために!!」
クリスティアは黄色いリボンで纏めたポニーテールを揺らし、クラシェイドのもとへ走り出した。
クラシェイドは階段を飛び降りて、クリスティアの斬撃を杖で受け止める。
「復讐って……諦めが悪いね」
「今度こそ、殺してやる!」
突然と二人が戦い始め、アウラは状況が理解出来ず、クラシェイドとクリスティアを順に見たあと首を傾げた。
クリスティアは剣を下ろして後ろに下がり、勢いを付けてもう一度クラシェイドに向かって行った。まずは右手の剣を、次に左手の剣を交互に振るったが、全てクラシェイドに杖で受け止められてしまう。諦めず、クリスティアは剣を振り続けた。
カンッ、カキン、カキン。
剣が杖にぶつかった音だけが、虚しく響く。
攻撃が掠りもしない上に、相手は自ら攻撃を加えようとはしない。そんな様に、クリスティアは余計に苛立ちを感じて、自然と剣を握る手に力が入った。
「何でなのよ!」
殆ど叫び声に等しい声色でそう言い放ったクリスティアの一撃は、先程よりも重圧感があり、杖で受け止めたクラシェイドも少し押されていた。何とか、押し返すも、クリスティアの斬撃は止む事はなかった。
クラシェイドも少々、困っていた。
(も…もしかして、クラシェイドくん。困ってる……?)
後ろの階段の上で二人の様子を見ていたアウラは、ギュッと杖を握った。そして、周囲に風属性のマナを集め始めた。
「…………その娘、殺しちゃってもいいかしら?」
クラシェイドとクリスティアは武器を下げ、アウラの方を見た。彼女の可愛らしい顔は、獲物を狙う獣の様な形相に変わり、クリスティアを睨んでいた。
アウラはクラシェイドの有無を待たず、静かに詠唱し始めた。
『烈風よ……』
クリスティアは殺し屋の少女の威圧に怯んだ。声さえ出なくなり、ガタガタと震えだした。逃げたくても、足が動かない…そんな状態。同じ殺し屋でも、クラシェイドに対しては感じなかった恐怖だった。
(私……殺されるッ!)
ティオウル洞窟でヒドラに襲われた時も死を覚悟していたが、もうきっと助けてくれる人などいない。だから、今回ばかりは本当に死を覚悟した。胸の前で短剣を握り締め、固く目を閉じた。――――と、
「待って! アウラ」
凍りついた空気にクラシェイドの透き通った声が響き、アウラは詠唱を止め、クリスティアは目を開けた。
「ク、クラシェイドくん!?」
初めに驚いて声を出したのはアウラで、彼女は困惑の表情でクラシェイドを見た。
「な……何で、何で止めるの?」
「お前は手を出すな。……後はオレが始末しておくから」
アウラは俯き、暫くの間沈黙した。
何故、彼はそんな事を言うのか? 自分は余計な事をしてしまったのか? 頭の中で考え始め、次第にアウラは訳が分からなくなってしまった。結果として、それは一粒の雫となってアウラの目の端で光ったが、彼女はクラシェイドに見せまいと、身体の向きを変えた。
「分かったわ。先に戻ってる。それじゃあ……」
アウラは振り返ってクラシェイドを一瞥し、階段を駆け上っていった。
ヒールの音が徐々に遠ざかってゆき、やがて聞こえなくなった。瞬間、クリスティアの硬直が完全に解けた。
クリスティアは剣を一旦鞘に収めて、クラシェイドを見つめた。彼には殺意は疎か、敵意すら感じられない。
クラシェイドは小さく息を吐き、クリスティアを見つめた。二人の視線が重なり合う。
「気をつけて。ターゲット以外を平気で殺す月影もいる。人殺しを楽しんでいるだけの奴もいるから」
クラシェイドにそう言われ、クリスティアの視線が鋭くなる。
「あなただって……」
クリスティアは、父を殺した時のクラシェイドの姿を思い出して、眉を吊り上げた。
「あなただって、同じじゃない! 私が娘だって知った上で父親を殺した! 普通じゃ出来ないわよ!!」
目の前にいる彼が今、どんな顔をしているかなどお構いなしに、クリスティアは彼に噛み付くかの如く言い募った。
「それなのに、何よ今更……良い人ぶらないでよ!!」
クラシェイドはクリスティアから視線を外し、少し俯いていた。そのせいで前髪で顔が隠れて、表情が分からない。
「普通じゃ出来ないって?」
クラシェイドは杖の先端を、クリスティアの喉笛に突き付けた。クリスティアの顔が一気に青褪める。
「お前にオレの何が分かる? オレは好きで人殺しをしているんじゃない。好きで月影の殺し屋にいるんじゃない。でも――――」
クラシェイドが杖を下げて顔を上げ、その時に見えた彼の表情があまりに物悲しくて、クリスティアは驚きと共に胸を痛めた。
「オレにはここしか居場所がないから……」
クリスティアは何も言い返せず、俯いた。
クラシェイドはクリスティアを気にしながらも、彼女に背を向けて階段を上っていった。
「何なのよ。一体……」
遠ざかってゆくクラシェイドの背中に、クリスティアは呟いた。
(どうして、あんな顔したの? これじゃあ、まるで私が……)
瞳に溜まっていた涙が溢れ出し、クリスティアは両手で顔を覆って元来た道へ走り出した。
そこへ、帰宅途中のウルとルカとエドワードが歩いて来て、クリスティアと擦れ違った。クリスティアの方は三人に気が付いていなかったようだが、三人は彼女を振り返って首を傾けた。
「何だ? 今の女の子」
ウルが思わず疑問を口にし、エドワードが返した。
「さあ? この先、月光の館しかないのにね」




