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月蝕の黒魔術師~Lunar Eclipse Sorcerer~  作者: うさぎサボテン
第十一章 ディンメデス王国の側近
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王の御前

 船が速度を徐々に落とし、やがて停止した。港へ着いたのだ。乗客が次々と降りて行き、クラシェイド達もそれに倣って船を降りた。

 降り立った場所はかつて、クラシェイド、クリスティア、シフォニィ、アレスが訪れた事のある場所。国王の住まわる街ディン。高い建物の建ち並ぶ街の中でも、ディン城は確かな存在感を放っていて、ここからでもその存在を確認する事が出来る。今から向かう場所故、それはとても助かるが、クラシェイドとアレスには早くも緊張感を与えていた。しかし、それよりも先に大きな難関が二人の前に立ちはだかった。少し進んだ所で、目の前から鎧を着た二人の兵士がやって来たのだ。

 兵士達は罪人、特に月影の殺し屋を王都内に入れぬ様、港へ降りて来た人間を一人一人確認しているのだ。大抵の者は呼び止められる事はないが、クラシェイドとアレスは彼らの視界に入った瞬間に手に持った槍を向けられた。二人は静止を余儀なくされた。無論、二人と同行していた三人も足を止めさせられた。

 兵士の一人が低い声で言う。


「お前達……十字架のタトゥーがあるな。まさかとは思うが……月影ではないか?」


 二人は何も言い返す事が出来なかった。変に嘘をつけば、事態が余計に酷くなると判断したからだ。クラシェイドは左の頬を、アレスは胸元を手で覆い、視線を泳がせた。兵士達の視線が鋭くなる。


「沈黙するか。まあ、どちらにせよ、怪しい輩は城へ連行する」

「城でたっぷりと尋問させてもらおう」


 二人の兵士はそれぞれクラシェイドとアレスの腕を掴み、残りの三人も連れていこうとした。全員は抵抗出来ない。確かに彼らが向かおうとしていた場所と同じだが、大罪人として連れていかれるならば話は別だ。こちらの事情など関係なしに、その罪によって牢にぶち込まれるのは確実。月影とは無関係の三人だって、月影と行動を共にしていたと言う罪でただでは済まないだろう。

 城へ向かって歩き出した彼らのもとへ、一人の少年が駆け寄って来た。


「お兄さん達!」


 全員は足を止め、振り返る。

 陽光に照らされて輝く青の美しい長髪に、大きな濃いエメラルドグリーンの瞳、胸元で反射する赤い宝石のネックレスが印象的な小柄な少年――――レイだった。

 クラシェイド、クリスティア、シフォニィ、アレスは驚き、二人の兵士も彼らとは恐らく別の理由で驚いていた。ついでに、近くに居た若い男の船乗りは彼の姿を見た瞬間俯いた。

 レイは一行の近くまで来て、太陽の様な笑顔を見せた。


「せっかくあの時逃げたのに、今度は本当に捕まっちゃう……と言うか、もう遅かったかな」


 誰一人声を発せず、レイは続けた。


「でも、大丈夫! 僕が何とかするからさ」

「何してらっしゃるのですか? クロル様」


 後ろから低い男の声がし、レイの笑顔が消えた。気配もなく突然と現れた銀髪の男の姿を確認せず、レイは声だけを向けた。低く、先程とは随分と違う声色と口調だった。


「マイルか。いつも嫌なタイミングに現れるのぉ。計っておるのか?」

「いえ。そんな訳ないじゃないですか。たまたまですよ。それよりも、クロル様。最初の質問に答えて下さいませんか?」


 兵士達は敬礼しており、クラシェイド、アレス、クリスティア、シフォニィは状況が理解出来ずにいた。


「ク……クロルって……」


 ようやく、アレスが乾いた喉から声を絞り出した。

 レイは観念した様に溜め息をついた。


「そうじゃ。儂はアガレグ国王陛下側近、クロル・レイバードじゃ」

「じゃあ、今までのは?」

「全て儂の演技じゃよ」


 瞬間、俯いていた船乗りが失笑した。兵士達も横を向いていて、微かに笑みが溢れていた。

 マイルは微笑を浮かべ、レイ―――改め、クロルに言った。


「クロル様、正直キモかったですよ?」


 クロルはマイルの方を向き直り、睨みつける。横では、船乗りの笑い声が響いていた。


「ちょ……マイル様っ! それ、ストレートすぎませんっ!? くくくっ」


 船乗りは腹を抱え、苦しそうにしていた。クロルはマイルから視線を外し、船乗りの方へ歩み寄った。そして、拳を握り、船乗りの鳩尾に捩じ込んだ。


「ぐふっ……」


 船乗りは軽く吹き飛び、今度は激痛のあまり腹を抱えて苦しむ。

 クロルは溜め息を吐き、一行のもとへ戻って来た。


「年相応で、我ながら可愛い男子おのこだったと思っておったのに。心外じゃ」


 クロルは光に包まれ、一瞬にして服装を変えた。白を基調としたディン王国側近としての、クロルの普段の格好だ。


「まあ、変わったのは格好だけだが。改めて、この姿が儂クロル・レイバードの正しき姿じゃ」


 クロルが子供であった……その事実に、一行は驚いていた。情報屋であるカラスは既に知っていたのだろう。まるで無反応だ。

 クロルが子供であれ、彼が放つ威圧感は確かなものだった。厳つい顔をした二人の兵士も姿勢を正したまま微動だにせず、クラシェイド達も畏怖を感じていた。そればかりではない。港に居た者達全員が足を止め、神を見るかの様な顔でクロルを見ていた。

 マイルもクロルと同じ立場にある筈だが、優しい顔立ちと雰囲気のせいか、クロル程の威圧感はない。それでも、少なからず皆敬意を示している。

 ここに、二人の偉大な存在が居る――――そんな事実を非常に簡単な方法で、皆に知らしめていた。

 空気は重たくなり、呼吸する事すら苦しくなった。

 全員がやっとの事で呼吸をしている中、クロルの声は静かに響いた。


「時に、クラシェイド・コルースにアレス・F・シェレイデン。おぬしらは月影じゃな?」


 二人はゴクリと固唾を呑んだ。


「……この地に足を踏み入れ、二人の側近に見つかった。先程までは儂は側近としてではなく、一人の子供としておぬしらに近付いた訳だが、正体がバレてしまったからな。今はクロルとしておぬしらの前におる。この意味、もう分かるな?」


 クロルは息を吸い込みながら、右手を大きく広げた。


「――――捕らえよ!」


 兵士達は動き出し、再び一行を拘束する。更に、数人の兵士が応援に駆けつけて来て、一行はいよいよ逃れられない事態に陥った。

 アレスはカラスに耳打った。


「どっちにしても、俺達捕まってたんじゃないか?」

「……そうかもしれないな」

「おいおい……大丈夫かよ。情報屋」

「だが、こうなってしまった以上、無闇に抵抗はするなよ」

「……ああ」


 一行は城へと連行されていった。今度は、側近二人を添えた最悪の形で。




 赤い絨毯の張り巡らされた長い廊下を通り過ぎ、擦れ違う兵士や使用人達の突き刺さる様な視線を受けながら一行は城内最上階“謁見の間”へと通された。

 アラベスクの施された重たい金属製の扉を兵士が二人係で開けば、一層明るく広々とした空間へと変わる。正面には大きな窓ガラスがあり、日の光が良く入り込んでいる。それが明るい理由だ。左右には純白の柱が三本ずつ、縦に均等に並んでいる。一行を連れて来た兵士達はその柱の近辺に並列し、中央に伸びた赤い絨毯を挟んだ。赤い絨毯の上には、一行が月影の殺し屋の二人を最前列にして並ぶ。そして、この空間に居る全員の視線は絨毯の伸びる先の壇上。金縁に、ボルドーのモケットの背凭れと座面の椅子が二つ並んでおり、そこに腰を掛けて居るのはこの城の主であり、この国の王と妃――――アガレグ・ゼル・ディンメデスとアンジェラ・ラヤ・ディンメデスだ。

 アガレグとアンジェラの装いはその地位に似つかわしく、他の誰よりも煌びやかだった。街で擦れ違った貴族達とは比べ物にならない。


 アガレグはシルクの服の上に赤色のマントを羽織り、それをディンの紋章の刻まれた金の円盤で止めている。首から下げているネックレスは陽光を乱反射させて七色に光るダイアモンド。短いブロンドの髪の上に乗っているのは、王である絶対的な証――――王冠。王座と似た素材と色合いで、頂点には丸くカットされたダイアモンドが装飾されていて、縁にも色取り取りの宝石が散りばめられている。


 一方のアンジェラも、宝石がネックレスやイアリングやドレスに装飾されており、陽光を受けて光り輝いている。波打つ様なふんわりとした艶のある腰の長さのブロンドの髪と澄んだ碧眼、もぎたての果実の様なぷっくりと瑞々しい唇に人形の様に透き通った白い美肌は世の女性達の憧れの的だ。


 そんな二人を挟む様にクロルとマイルが立ち、偉大な者達は壇下の罪人を見下ろしていた。

 てっきり、即牢獄行きを覚悟していた一行。しかし、どういう訳かここへ連れて来られた。疑問は多々あるが、国王陛下を前にして気を緩める訳にもいかない。当然、一行は膝を着き、深く頭を下げた……一人を除いて。

 シフォニィは棒立ちしたままの少女の手を掴み、小声で言った。


「何してるの、クリス。ほら、膝を着いて」

「えっ……あ、うん」


 クリスティアはぎこちない動きで、彼の言う通りにした。彼女はこう言った場面に慣れておらず、咄嗟に判断が出来なかった為に狼狽えてしまったのだ。

 全員の姿勢が低くなったのを確認すると、国王は咳払いをした。


「顔を上げて良いぞ」


 優しくも力強い、権力者の声。一声だけでも、確かな重圧感があった。

 全員は顔を上げ、壇上を見上げた。アガレグは金の瞳を細める。


「残虐な殺人者とは聞いておったが、こんなに若かったのか。月影の殺し屋は。噂ばかりで、目にしたのは初めてだ。この国の王たる者、国民を脅かす存在をその程度でしか知らぬとは……私は国王として失格だな。…………一応確認するが、本当にお前達は人を殺めたのか?」


 アガレグの顔から穏やかさが消え、クラシェイドとアレスは息を呑んだ。顔が青褪め、鼓動が早くなった。更に、この場に居る全員の視線が二人を追い込んだ。言い逃れは出来ない。二人が口にしなくてはいけない事は一つしかなかった。アレスが最初に口を開いた。


「はい……。この背中の大剣で、これまで数え切れない程の人間の命を奪って来ました」


 次に、クラシェイドが足下に置いた杖に触れ、ゆっくりと口を開いた。


「オレも同じです。人を殺める為に、黒魔術を使いました」


 二人の手元に武器があるのが分かる様に、一行の武器は取り上げられてはいない。理由は二つ。一つは一行が騒動を起こす事があったとしても、優秀な側近と兵士が鎮圧してくれると国王が信じているから。そして、もう一つは国王が罪人を信じているから。

 クラシェイドとアレスの視線は真っ直ぐだった。一切揺ぎがなく、国王を――――否、己の犯した罪そのものを見つめていた。これには、アガレグの出せる答えは決まったも同然だった。

 アガレグは二人の視線をしっかりと金の瞳で拘束し、一度頷いて話を続けた。


「月影の殺し屋に下される判決は――――死罪。それは知っているな? 城の北側にある処刑所にて、その首を切り落とすのだ」


 罪の意識は常に持っていた二人。いつかは訪れるであろう裁きの時に、全く覚悟がなかった訳ではない。しかし、いざそれを目の前にして覚悟は揺らいだ。冷たい鎖となった恐怖心が二人に絡みついて離さない。動く事も出来なければ、あまりの冷たさに身が震えだす。それに、裁きの時が今であって欲しくないと二人は願っていた。我が儘を言える立場でない事は分かってはいたが、こればかりは譲れなかった。

 凍りついた空気の中、国王の低音の声が響き渡る。


「しかし、改めてクラシェイド・コルースとアレス・F・シェレイデンに判決を言い渡す。お前達は――――」


 皆、瞬きを忘れ国王の口元に注目をする。


「――――無罪だ」


 空気は停止をしたまま動かず、誰の呼吸も聞こえない。時を刻む事すら忘れてしまったかの様に、壇下の者達は動かなかった。兵士達は目と口を見開いたまま。

 やがて、壇下に一番近い場所の兵士が動き始めた。

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