鎖鎌を振り回す少年
賑やかな街道を、クリスティアとシフォニィは並んで歩いていた。先程は目的の場所へ行く為に通り過ぎただけで、殆ど何も見なかった。代わりに、クラシェイドが散々フラフラしてくれたが。
よく見ると、魔術関係の店以外にも食べ物の屋台などが沢山並んでいた。
クリスティアとシフォニィは甘い匂いのする屋台に立ち寄り、棒に突き刺さった少し弾力のある白い一口サイズのお菓子を買った。この地方では伝統的なお菓子で、口に入れるとしゅわしゅわ溶けていく様な不思議な食感を味わう事が出来る。味としては甘く、砂糖そのものの様だ。二人はそれを一口で食べ、不思議な食感と甘さに顔を綻ばせた。
二人は歩く。店はまだ沢山並んでいて、まだ見ていない店があった。二人は色々また見て回って、久しぶりに旅の事や戦いの事を忘れて羽を伸ばす事が出来た。
ふと、シフォニィは彼の事を思い出した。
「そういえば、お兄ちゃん。ちゃんとお仕事やってるかな?」
「そうねー……どうなんだろう」
「見に行っちゃう?」
「それも面白そうね」
シフォニィとクリスティアは悪戯に笑い、一度この大きな街道から逸れた。
人通りがやや少なくなった道を並んで歩く二人。店の数も大通りと比べると、かなり少なかった。賑わう声も聞こえない。途中行き交う人にカフェの場所を確認したので、この道で間違いはない筈。心なしか、若い女性の通行人が多い感じもする。
暫く他愛のない会話をしながら歩いていると、急に通行人達が騒ぎ、二人の横を走り過ぎて行った。それは、まるで何かから逃げているかの様だった。
クリスティアとシフォニィは足を止め、振り返る。
すると、細身の男性がこちらへ向かって走って来た。二人のすぐ横を通り過ぎた時の彼の顔は、とても焦っていて恐怖心が滲み出ていた。更に、彼が走って来た方へと視線を伸ばすと、小柄な少年が真っ赤な鎖鎌を振り回しながら走って来た。状況から察するに、先の男性はあの少年に追い掛けられている様だった。
少年はチェック柄とボーダー柄の入り混じった青色の半袖に、膝丈の黒のズボン、少しヒールがある服と同色の厚底ブーツ、ブーツから少し見えている灰色のハイソックスを身に付けていて、格好からしても二人と年齢が変わらない様に見えた。髪は青みがかった銀髪で、短髪。三つに分かれた長い前髪の隙間から覗く大きな瞳は、強いマゼンダ色。鎖鎌を振り回す様な容姿ではなかった。
少年は、二人の横を風の速さで通り過ぎた。
二人は少年の背中を呆然と見届けた後、すぐに慌て始めた。
「あの人、殺されちゃう!」
「お兄ちゃんを呼びに行こう!」
クリスティアとシフォニィは、クラシェイドの居るカフェへと足を急かした。
短時間で、クラシェイドも業務に慣れて来た。最初は料理を運ぶ手付きが危うかったものの、今では二つ三つ同時に客席まで運ぶ事も容易なものとなった。一気に増えた客|(特に女性)からの黄色い声とリヒトのピリピリする雰囲気は相変わらずだったが、クラシェイドは“バニーくん”として、しっかり業務をこなしていた。そんな時だ。突如店内に、見慣れた二人組が慌てた様子で飛び込んで来たのは。
少女と少年は弾んだ息を整え、少女がクラシェイドに言った。
「クラ、来て! 大変なの!」
クラシェイドは、クリスティアの言った事がよく分からなかった。
「大変って。何が大変なのか、言ってくれないと。オレも、一応仕事中だし……」
クラシェイドが困った顔をすると、クリスティアも困った顔をした。シフォニィが二人の間に入り、事情を簡潔に説明した。
「鎖鎌を持った少年が街の人を襲っている……と。鎖鎌、ねぇ」
クラシェイドは納得し、同時に別の事を思った。鎖鎌で連想出来る人物と言えば、彼の記憶の中に居るあの人物ぐらいだ。彼が街の人を襲うのも、何となく察しがつく。彼は普段からキレやすい。口よりも先に手が出るタイプだ。ほんの些細な事でも、彼は鎖鎌を手に襲い掛かって来るのだ。それで、一体何人の罪なき人々が命を落としたのだろうか。
クラシェイドの腕を、クリスティアが強く引っ張った。
「早く行こうよ!」
「あ、うん……。でも、ちょっと待って」
クラシェイドはクリスティアの手を振り払い、店の奥へと走っていった。そして、数十秒で彼は戻って来た。左手には金色の杖を握って。本音を言えば、服も着替えたかったクラシェイドだったが、今はそんな暇はないと判断し、更衣室に置いていた杖だけを何とか持って来た。
店員や客がざわつき、店内全体が騒がしくなった。
「リヒトさん、ちょっと抜けます!」
クラシェイドはリヒトを一瞥し、リヒトは疑問符を浮かべた。
「ちょっと? え? 一体何がどうしたんだ……?」
その疑問に誰かが答えてくれる筈もなく、クラシェイドと二人組の姿は店内からあっという間に居なくなった。
男は必死に逃げていた。振り返れば、少年が鬼の形相で武器を片手に追い掛けて来る。立ち止まれば確実に殺されてしまうだろうし、立ち止まらなくても一定の距離を詰められたら鎖鎌の餌食になってしまう。男には“逃げる”以外の選択肢はなかった。そもそも、出会った瞬間から少年は殺気を放っていたが、男が追い掛けられる理由もまた別にあった。
それは、今から数分前の事――――
***
「お前を殺しに来た!」
そう少年に言われた男は、恐怖に怯えながらも訊き返した。「初対面なのに、何故僕を殺そうとするのか」――――と。
すると、少年は鎖鎌を持つ手をだらりと下げて、目を見開いた。
「初対面……嘘だ。お前、黒魔術師の餓鬼じゃねーのか?」
「く、黒魔術師? 僕は魔術も使えない一般人だ。キ、キミは、僕とその誰かを間違えているんじゃないのか?」
「そう言われてみれば、違うかもしれない……」
少年は、男を爪先から頭部までしっかりと見た。それなりに身長はあり、細身……黒いシャツに茶色い短髪、エメラルドグリーンの瞳。似ている様で、似ていない。実際、雰囲気は似ていても当の本人とは全く顔も仕草も違うのだが、少年にとって“黒魔術師の餓鬼”という存在はそれまでの認識。街で擦れ違っても分からないぐらいの薄っぺらい記憶だった。元より、少年は他人に興味はなく、名前と顔が一致しない……もしくはその両方を記憶していない事が多かった。だから、今回の人違いも珍しい事ではなかった。
人違いだと理解した少年は俯き、視線だけを上に遣って男を睨みつけた。
「人違いだったら……さっさと言えよ」
「いや……だって、キ……キミがすぐに襲って来たから……」
男は後退る。
「堂々と、殺す宣言しちまったじゃねーか。俺に恥をかかせやがって」
少年のマゼンダ色の瞳と赤色の鎖鎌が陽光に反射して怪しく光り、男は再び悲鳴を上げて逃げ出した。
少年は男を追い掛けた。
「殺してやる!!」
***
男の体力は限界だった。気が付けば、人通りの全くない場所まで来ていた。誰かに助けを求める事は出来ない。誰も助けに来てはくれない。男は絶望の道を走っていた。
少年は追いついた。男との間合いは十分。鎖鎌の攻撃範囲だ。一方の男の方は、先に待ち構えている壁に行く手を遮られていた。絶望の道がそこで終わり、男にはバッドエンドが用意されているだけだった。
少年は口角を上げ、鎖鎌を放った。伸びる鎖の先の三日月型の刃が空気を裂く。それは一瞬で男の瞳に映り込んだ。
男は瞳を閉じた。
――――バッドエンド――――
望んでもいない終わりが男に訪れる……筈だった。
何かがぶつかりあった金属音に男が瞳を開いてみると、その瞳には見た事のない人物の後ろ姿があった。男の運命は、彼によって変えられた様だった。
少年は鎖鎌を手元に戻し、目の前に現れた黒魔術師を睨みつけた。
「クラシェイド・コルース――――!」




