殺気
ウルとエドワードは半信半疑でゴーレムに向き直った。すると、ゴーレムは水を弾き返し、コアを輝かせた。そこから真っ赤な光線を放ち、ウルとエドワードは躱し、光線はクラシェイドの脇を擦れ擦れで通り過ぎ、壁を焦がした。
「ごめん、次は失敗しないから」
クラシェイドは詠唱をやり直す。
ウルとエドワードは頷き、ゴーレムに立ち向かった。ゴーレムは両腕をグルグルと振り回し、エドワードはひたすらに躱し、ウルは隙を突いて攻撃した。
それにより、ゴーレムは激しさを増し、ウルは攻撃を中断して躱した。ゴーレムの腕が目の前を過ぎてゆく。ウルも、エドワードも、躱す事に必死でゴーレムに手を出せなくなった。
だが、詠唱するのに十分な時間を稼ぐ事が出来た。
炎のマナが部屋中に駆け巡る。その時、ゴーレムが突然と静止し、コアを点滅させた。
ピピピピピピ……
ゴーレムの腕が真っ直ぐ伸び、コアが光を放った。
エドワードはハッと気が付き、動く。
「クラシェイド、危ない!」
ゴーレムの腕は付け根から離れ、クラシェイドの前に飛び出したエドワードにぶつかり、エドワードは受身を取る事が出来ずに、クラシェイドの後ろの壁まで吹き飛ばされた。ルカと同様に身体を壁に打ち付け、血を流して気を失った。
ウルは驚き、クラシェイドは高ぶる気持ちを抑えて詠唱を続けた。
ゴーレムの腕が元の位置に戻っていき、ゴーレムは再びクラシェイドに攻撃を仕掛けようとしていた。次に繰り出す彼の魔術が弱点であり、何とか阻止しようとしているのだ。だが、それはこちらも同じ。ここで詠唱を中断させられ、メンバー唯一の黒魔術師を戦闘不能にさせられたりしたら、もう勝目はない。何としてでも、クラシェイドを守らねばならない。
ウルはゴーレムの身体を手で押さえつけた。普通の人とは桁違いの腕力を持ったウルのそれは、少しは効果があったようで、ゴーレムの動きは止まっていた。
炎のマナがゴーレムの真上に収束する。
『鳳凰よ、』
ゴーレムは焦りを感じたかの様にウルを振り払い、バランスを崩したウルの真上に剛腕を振り下ろす。
「ぐはっ!」
ウルは吐血して、床に叩きつけられた。
『天空へ羽ばたき、』
ミシミシと、タイルにめり込む音と骨の砕ける音がし、クラシェイドの集中力が途切れかけた。
(間に合うかな……)
「もう…少しだ……いける!」
クラシェイドの心を読んだのか、ウルが喉の奥から声を絞り出して、そう言い放った。
クラシェイドは頷き、詠唱に集中した。
『聖火の雨を降らさん』
ゴーレムの真上に収束した炎のマナが大きな魔法陣を描き、真っ赤な炎をちらつかせた。
『――――フレイムレイン!』
炎が豪雨の如く降り注ぎ、ゴーレムはウルを離して上を見上げる。その隙に、ウルはクラシェイドの所まで走る。取り残されたゴーレムはあっという間に炎に打たれて、その場に崩れた。鋼鉄で構成された身体は炎で簡単に熔け、蒸発していった。
ゴーレムがいなくなった事を察知して、扉を覆う魔力も消滅した。
「やったぁ!」
ウル、ルカ、エドワードの高らかな声がし、クラシェイドは自分の周囲を確認した。――――ウルはともかく、先程まで気を失っていたルカとエドワードが笑顔でそこにいる。怪我も、心なしか治っている気がした。
「三人とも、大丈夫なの?」
ルカ、エドワード、ウルの順に答えた。
「ちょっど、壁にぶつかっただけだし」
「少しの間、気絶してたら良くなった」
「呪人は、体力と怪我の回復が早いんだ。すげーだろ!」
クラシェイドは納得し、半ば呆れていた。
「それは知らなかったけどさ……」
「お、扉開いてるじゃん。次行こうぜ」
クラシェイドの心境など無視して、ウルは二人の友人を連れて扉の方へ歩いて行った。クラシェイドはさらに呆れ、自分の足下に魔法陣を描いた。
「……オレは帰るよ」
三人が振り返った時には、クラシェイドは一筋の光となって消えていった所だった。
ルカとエドワードは残念そうな顔をし、ウルは腰に手を当ててムスっとした。
「クラシェイドめ……」
瞳の神殿の前に魔法陣が浮かび、そこからクラシェイドが姿を現した。神殿内で魔術を使い過ぎたおかげで、月光の館まで移動するのは困難だったのだ。それほど距離がないので、徒歩で帰る事にした。
(もう夜じゃん)
空を見上げれば真っ黒な空が広がり、月光の館の上の夜空と混じり合って溶けていた。
星明かりも、月明かりもない、真っ暗に静まった森を歩く羽目になってしまった。別に恐怖を抱いている訳ではないが、魔物に出くわしそうで嫌だった。
暫く歩いていると、クラシェイドは自分の足音の他に、もう一つ足音がある事に気が付いた。最初はウル達かと思ったが、違うとすぐに思った。何故なら、歩幅の狭いヒールの音だったからだ。
クラシェイドは気味が悪いと思い、歩く速度を上げた。すると、ヒールの音も同じ速度で近付いて来て、クラシェイドは最終的に走り出した。
(何だ? つけられてるのか……?)
「…………て………ク……………くん」
微かに女の荒い息遣いと声がし、クラシェイドは立ち止まって振り返った。
「誰?」
「えっ……」
人影は困惑の様子を見せ、おどおどとした口調で答えた。
「私、だけど……」
そこにいたのは、クラシェイドと同い年の少女だった。桜色のウェーブした腰まである長髪と、それより少し濃い色のパッチリした瞳、袖口と裾にフリルがあしらわれたブラウスは胸元が空いており、十字架のタトゥーがある。
上には白い布を羽織い、翼のエンブレムの刻まれた円上の金属板でタトゥーの下に固定している。下はブラウスと同じく裾にフリルのついた赤いチェック柄のプリーツスカートを穿き、スラリと出た両足は太腿を黒いスパッツ、ふくらはぎをクリーム色のフリルソックスで覆い、翼の装飾のついたハイヒールを履いている。
可憐な少女だが、月影の殺し屋の証は勿論、両手には緑色の水晶のついた銀色の杖を大事そうに握っていた。
彼女は月影の殺し屋のもう一人の黒魔術師だ。
「……アウラだったのか」
クラシェイドが安堵の表情を浮かべると、アウラ・レイラは首を傾げた。
「ど、どうかしたの……?」
「別に……――――!」
ほんの一瞬、殺気を感じた。
(気のせい……か)
アウラは彼の様子に疑問を抱きつつも、懸命に彼に話し掛けた。
「あ、あのね! 私、今暗殺を終えて帰るところなの。そ、それでねッ、クラシェイドくん、一緒に帰ろ?」
クラシェイドは答えず、何か考え込んでいた。
「……クラシェイドくん?」
にこやかだったアウラの表情が不安に染まる。
クラシェイドはアウラが自分を見ている事に気が付き、彼女を見た。
「ん? あーそうだね」
何の感情も込めず、ただ適当に言ったのだが、アウラは頬をピンク色に染めて満面の笑みを浮かべた。
「本当!? ありがとう……嬉しいな」
「? ……じゃあ、行こうか」
クラシェイドが歩き出し、アウラは小走りで彼の後に続いた。
「うん!」
特に会話のないまま、二人は崖下まで辿り着いた。人工的に作られた階段を上りきれば、月光の館はもうすぐそこだ。
館に戻る前に、アウラはクラシェイドと会話がしたかった。館へ戻ってしまえば、他の人達が彼を取り巻き、アウラは彼と会話が出来なくなってしまう。今しかないのだ。
クラシェイドが最初に階段を上っていき、アウラは続きながら彼に声を掛けようとした。
「あの……クラシェイドくん」
クラシェイドは立ち止まり、後ろを一瞥して向き直った。
「えっ? ク、クラシェイドくん……?」
アウラは驚きの隠せない顔でクラシェイドの顔を見た。彼は険しい顔をしてこちらを、否。階段の下を見ていた。小さく息を吐き、アウラも彼の視線の先を振り返った。
「ずっと、つけていたの?」
クラシェイドが階段下に言い放つと、赤い三日月の光で人の輪郭がハッキリと浮かび上がった。
「――――クリスティア」
名前を呼ばれ、そこにいた少女――――クリスティア・リアンネは奥歯をガッと噛み締めた。
「そうよ……クラシェイド・コルース」
クリスティアの手元で、何かが月光に反射して煌く。
「あなたに復讐する為に!!」




