味がしない
クラシェイド達は、再び森の中を彷徨っていた。道中、川があったのでそこで喉の渇きを潤し、少し休憩して方角の分からぬまま奥へ、奥へと進んで行く。魔物とも多く出くわした。それら殆どが、本来ならば不要な戦いだった。シフォニィを始め、クリスティア、クラシェイド、アレスが岩や木、花などに触れ、それが魔物だった。攻撃をされると思った魔物が襲い掛かって来て、結果として戦うハメになってしまっただけなのだ。自業自得とも言えるが、彼らは疲れていた。戦闘に参加したアレスとクラシェイドは特に。
四人は目の前に地下への階段があるのを発見し、迷わず階段を下りていった。
地上の光は途絶え、真っ暗な空間が広がる。行き先を照らすのは、シフォニィの両腕に抱えられた白い兎の様な縫いぐるみ。首の三つの水晶が発光し、縫いぐるみ自体の顔も鮮明に映し出される。白い顔に、吸い込まれそうな真っ黒な目が際立ち、何処か恐ろしさを感じさせる。
木々が遮っていたとは言え、ずっと青空の下にいた彼らにとってここは涼しく、心地の良い場所だった。明るい所から暗い所に入って少々目が痛かったが、それも階段を下りているうちに慣れた。
今までよりも少しばかり長い階段を終え、今度は長い通路が四人を待ち受けていた。ここも今まで同様燭台の青白い炎が道を照らしてくれていたので、縫いぐるみの光は必要がなくなった。シフォニィは縫いぐるみの光を消した。
アレスとシフォニィ、クラシェイドとクリスティアで二列ずつに並び、通路を進んでいった。
景色は一向に変わらず、響くのは四人の足音だけ。ここには分かれ道もなく、扉もない。魔物もいない。静かで安全なのは確かだが、人間は何も変化がない事に対して飽きてしまう生き物。四人も例外ではなかった。それを、最初に声に出したのはシフォニィ。彼は高らかに歌い始めた。
「お星さま~キラ☆キラッ♪ 煌めいてる~♪ キラキラキラキララララ~♪」
雑音としか思えないその歌声は静かな空間によく響き渡り、アレスは思わず突っ込んだ。
「お前、歌下手だな」
「そんな事ないよ~。ほら、アレスも一緒に歌おうよ☆ お星さま~キラ☆キラッ♪」
「何の歌なんだ……」
当然アレスが一緒に歌う筈もなく、シフォニィ一人で歌い続けた。
シフォニィ作詞作曲の歌は、通路を抜けるまで彼自身によって繰り返された。大分賑やかにはなったが、三人の耳には雑音が嫌でも残った。
目の前に階段が見え、四人は疲れた足で上がった。
地上に出る事は出来たが、日が沈みかけていた。空は橙と紺のグラデーションを創り、一足早く吹いた夜風が四人の頬を撫でて冷たさを残していった。直に、地上は夜へと誘われるだろう。これから、森を進むのは危険だ。四人は一夜を安全だった地下の通路で過ごす事に決め、まずは食料を調達する為に辺りを探索した。
少し進んだ所に、色取り取りの実を付けた木を発見。シフォニィは爪先で立ち、腕を伸ばして一番低い位置に成っている実をもぎ取った。真っ赤に熟した実は光沢があり、大きさはシフォニィの手からはみ出す程度。程よい重さと丸い形と言い、林檎そっくりだった。シフォニィは嬉しそうに、三人に実を掲げた。
「見て! 早速ゲット☆」
三人は喜んだが、すぐに青褪めた。アレスがシフォニィに注意を呼びかけた。
「それ、口があるぞ」
「え? 口~?」
シフォニィは三人に向けていた面を自分の方へ向け、木の実に大きく空いた牙のびっしりと生えた口を目の当たりにした。シフォニィの背筋に悪寒が走り、彼は木の実を投げ捨てようとした。しかし、シフォニィ以上に木の実の方が驚き、木の実はシフォニィの指にかぶりついた。
「ひゃあああぁぁっ~!!」
シフォニィは悲鳴を上げ、クラシェイドが駆けつけて木の実を引っ張った。
「なかなか離れないっ……」
「お兄ちゃん、指がっ! 指がもげる~っ!!」
クラシェイドが引っ張る度に木の実の口がギュッと締まり、より一層シフォニィを苦しめた。
木の実はどうやってもシフォニィを離さずクラシェイドが困り果てていると、アレスが歩み寄って来て木の実に手を伸ばした。
「もっと強引に引っ張れば取れるだろ」
クラシェイドが木の実から手を離し、代わりにアレスが木の実を掴んだ。アレスは、手にグッと力を入れた。
身の危険を感じたシフォニィは、涙目で叫んだ。
「ぼくの指も取れる!」
「ちょっと我慢しろ!」
アレスが更に手に力を入れると、木の実がシフォニィから離れた。シフォニィは反動で身体のバランスを崩し、そのままペタンと座り込んだ。
「うぅ~痛かった……」
シフォニィは解放された指先を、反対の手で優しく包み込んだ。血が溢れ、ポタポタとシフォニィの膝の上に落ちた。クラシェイドは、シフォニィの隣にしゃがんだ。
「大丈夫だった?」
「うん……何とか。もう! アレスって乱暴なんだから」
シフォニィはアレスを睨んだ後、縫いぐるみを杖に変形させた。そして、光属性のマナを集めて自身に治癒術を懸けた。指の傷口はあっという間に塞がり、痛みも消えた。シフォニィも、クラシェイドも一安心だ。
二人が立ち上がると、アレスとクリスティアが騒いでいた。
「何だよ、コイツ!」
アレスは、自分の指から離れない木の実に苛立っていた。先程の木の実が、今度はアレスにかぶりついた様だ。
木の実はアレスがもう片方の手で引っ張るもビクともせず、より強い力でアレスの指にかぶりついた。
「いててててっ」
アレスは悲鳴を上げた。
クリスティアは迷った挙句、腰の鞘から短剣を抜き構えた。
「斬るわよ」
「何を!?」
アレスは怯え、後退った。クリスティアが無表情で、アレスに迫る。
「お前、剣の腕大丈夫か!? 間違って俺の指まで斬るだろ……絶対!」
「それはないわ……多分」
「多分って……」
「動かないで。行くわよ!」
「や、やめ……」
ザクッ!
コロン……と、アレスの影の上に何かが落ちた。アレスは、恐る恐る自分の指を確かめた。……指はちゃんとあり、木の実の魔物の牙がバッチリ食い込んでいる。今切り落とされたのは、木の実の魔物の半身だった。半身を失った事で魔物は死に、アレスが少し力を加えると簡単に牙が外れた。
魔物の切り口も林檎そのもので、薄黄色の瑞々しい果肉が甘い香りを漂わせている。つい食欲を唆られるが、魔物は身体に害がある為に食べる事は出来ない。特に、女性は胎児を宿している状態で食べてしまうと、胎児はその魔物の特性を持って産まれて来てしまう。つまり、ウルやアルフィアードの様な呪人だ。アレスとクリスティアは、魔物が甘い汁を残して消えていくのを黙って眺めた。
「クリスティア。とりあえず礼を言う。ありがとう」
「ううん。ついでに、アレスの指も切り落としたかった所だけどね」
クリスティアはニコニコ笑いながら、短剣を鞘に収めた。恐らくは冗談だっただろうが、少し本音も混じっていた様に思えてアレスは苦笑いで返した。
「木の実も恐いね」
シフォニィが沈んだ声で言い、先程魔物を収穫した木を眺めた。三人は頷く。これは意外にも困難なのかもしれないと、全員は思って気が一気に遠くなった。
日の光は残り僅か。月の光と入れ替わる前に、何とか食料を確保したい所だ。一行は気と足を急かした。
地下への階段のすぐ傍の地上で、焚き火が一つ。ユラユラと炎が風に揺れ、中に放り込まれた木の実などを燃やしてバチバチと音を立てている。これは、その辺りに落ちていた木の枝を組んでクラシェイドの魔術で火を灯したもの。そして、木の実などは先程四人で採って来た今夜の食料だ。四人は、焚き火を囲む様に腰を下ろした。
「アレス~ただ焼くだけ?」
シフォニィが不満げにそう溢した。アレスは、焼いている食料を焦げてしまわぬ様にじっくり見ながら答えた。
「素材そのものの味だよ」
「え~っ! ぼく、いつもみたいにアレスの料理が食べたい」
「嬉しい事言ってくれるな。でも、この材料じゃ何も出来ない。そのまま焼いた方が早い」
「む~……残念」
「ほら、良い感じに焼けたぞ」
アレスがこんがり焼けた木の実を木の棒に突き刺した状態のまま、シフォニィに手渡した。
「ありがとう☆」
シフォニィは受け取り、楕円形のオレンジ色の木の実を齧った。外はカリカリと香ばしく、中はトロッとしていてジューシー。どちらかと言えば、甘味よりも酸味が強い木の実だった。
アレスは自分の分の木の実を火の中から取り出し、隣のクリスティアと炎の向こう側にいるクラシェイドに視線と声を飛ばした。
「クラちゃんも、クリスティアも、そろそろ良いんじゃないか?」
「そうね。じゃあ、食べようか」
クリスティアは木の実を二つ取り出し、一つをクラシェイドに渡した。クラシェイドは礼を言って受け取り、少し齧った。
「味……しないね、これ」
「え? そうなの?」
クリスティアも、自分の分の木の実を齧ってみた。彼の食べている物とは種類の違う赤い円錐形の木の実だが、ちゃんと味があった。お世辞にも美味しいとは言えないが、空腹を満たすのには十分だ。クリスティアは首を傾げた。
「お兄ちゃん。美味しくないけど、ちゃんと味するよ?」
クラシェイドの隣に座っているシフォニィが彼に顔を向け、同じ楕円形のオレンジの木の実をチラつかせた。それを見て、クラシェイドは何でもなかったかの様に小さく笑った。
「うん。確かに美味しくはないね」
「そうそう☆ 美味しくないんだよ」
「文句言うなよ。お前らのおかげで、魚も取れなかったんだからさ。せっかく沢山居たのに」
アレスは黄色のトゲトゲした木の実を噛み締め、小川で優雅に泳いでいた小さな魚を思い出し残念そうな表情を浮かべた。「お前ら」とは、勿論クラシェイドとシフォニィの事である。クリスティアは魚を見つけた時、一番に喜んでいた。
「何でか昔から生き物は食べれないんだよね……」
「ぼくもだよ☆ それに、ぼくは聖職者だし~。無駄な殺生は避けましょう☆」
「それを言われると、マジで何も食べられなくなるだろ……。ま、いいや。キノコも焼けたぞ」
アレスは笠が茶色と白のストライプ柄のキノコを取り、焦げ目の付いたそれを食べ始めた。木の実を食べ終えた三人も、同じ種類の焼けたキノコを食べ始める。これはクセがなく、まだ木の実と比べると美味しかった。
食事と談笑を終え、炎を消して一行は地下通路へと移動をした。それぞれ壁際に身を預け、燭台の青白い炎の下、静かに眠りについた。




