迎えは三日後
ゆらゆらと揺れる船は、ゆっくりと海上を滑って行く。海上には陽光が降り注ぎ、光の粒を撒き散らす。海鳥が潮風に乗って船を通り越し、その先に大きな島が見えて来た。
男は操縦席から顔を出し、島を指差した。
「アレだよ! アレが宝島さ」
左右二人ずつに分かれ向き合って座っていた四人は、その先に島がある事を認めた。
島は薄い霧が覆い少し霞んで見えたが、青々とした木々が陸地一面を埋め尽くしているのが確認出来、所々人工的に作られたであろう石造りの柱等が空へ向かって突き出ていた。搭乗前に男が説明した島に関する話は、どうやら事実の様だ。
船は速度を保ったまま島へと近付き、海岸で停った。
四人は搭乗した時と同じ順番で船から降り、男だけが船内に残った。
「待たせるのもアレなんで、一度戻ってもらってもいいか?」
アレスがそう言うと、男はニッと笑った。
「ああ。そうさせてもらう。くれぐれも気を付けな。本当に魔物ばっかりだからよ」
「はい。気を付けます。ここまで送ってくれて、どうもありがとうございました」
クラシェイドが礼を言い、他の三人も頭を下げて感謝を示した。
男は船の向きを帰路へと向け、四人を振り返って右手を上げた。
「それじゃあ、三日後!」
「ああ。三日後! …………ん? 三日後?」
アレスの自信満々の返事はいつの間にか疑問に変わり、クラシェイドとクリスティアとシフォニィも彼と同じ様に脳内に疑問符を浮かべた。アレスが慌てて、男を呼び止めた。
「三日後ってどう言う意味だ?」
「アレ? それも聞いてないのかい。この後、ここ周辺の海は渦潮が発生するんだよ。何でも、海底に水の精霊ウンディーネが住んでいるらしくてな。その影響で水属性のマナがここ一帯に収束して、渦潮になるって訳だ。三日に一度、この時間帯だけそれが治まるんだ。それも、短い間だけだが」
四人は納得したが、後ろにある鬱蒼と広がる森林を見て一気に不安になった。三日後に迎えに来ると言う事は、三日間ここで過ごさなくてはならないと言う事。魔物だらけで、且つ食料も寝場所も確保出来るかどうか分からないと言う、無人のこの島で。ここに向かった者が誰一人帰って来なかったと言うのは、それら全てが原因だろう。いくら魔物一匹寄せ付けない程の強者でも、食料と睡眠が不足して三日も森を彷徨えば……。今なら引き返せる。元々彼らは望んでここへ来た訳ではない。カラスに命令されただけだ。クリスティアとシフォニィは、アレスとクラシェイドに視線を向けた。
アレスは数秒考えた後、口を開いた。
「おじさん。やっぱ、俺達――――」
「三日後、お迎えよろしくお願いします」
「はいよ! それじゃあな」
男はアレスの台詞を遮ったクラシェイドの台詞に返答し、船を走らせた。再度男を引き止める事は叶わず、男を乗せた船はあっという間に島から遠ざかっていった。
アレス、クリスティア、シフォニィは驚いた顔でクラシェイドに視線を向けた。
「おい、クラちゃん。三日もここで過ごすなんて冗談じゃねーぞ」
「もう船行っちゃったよー」
「お兄ちゃんのアホ☆」
クラシェイドは三人から責められるも、平然としていた。
「カラスが何の意味もなく、オレ達をここに送り込んだとは思えない。多分、何か理由があるんだよ」
「うーん……まあ、それは否定出来ないな」
アレスは、カフェでの食事の事を思い出した。表面上では読み取りづらいが、彼の発言や行動にはちゃんと意味があった。また、何の意味もなく相手に嫌がらせをする様な子供ではない。
クリスティアとシフォニィも受け入れる他なく、渋々頷いた。
クラシェイドが森林の方へ身体を向け、三人も身体を向けた。
「この広さだと、最低三日はないとカラスの依頼品は手に入りそうもないね」
「確か、赤の器と青の宝玉だっけ?」
クリスティアが訊き、クラシェイドは頷く。
アレスは大きく伸びをし、歩き出した。
「とにかく行ってみようぜ」
「イエッサーぁ☆」
シフォニィが楽しそうにアレスの後に続き、クラシェイドとクリスティアも頷き合って彼らの後に続いた。
四人が足を踏み入れた場所は背の高い木が密集し、日差しを遮っているせいで地面は所々湿っていた。その為、昼間なのに少し薄暗い印象を受けた。空気は町中と比べると澄んでいるが、血の臭いと魔物の気配が充満していて何処か息苦しさを感じる。四人は数時間、森を彷徨っていた。
「魔物の気配はするけど、何も出て来ないな」
アレスは疲れた顔で、近くにあった上面が平らな岩に腰を下ろした。三人も彼の周りで立ち止まるが、クラシェイドが杖を構えた。瞬間、アレスの椅子代わりとなっている岩が蠢き、アレスは腰を上げて岩から離れた。
岩の側面には無数の目玉が現れ、磯巾着の様な生々しい無数の足が岩全体を持ち上げた。
『――――ファイアブレス!』
クラシェイドの声が響いた。
炎が対象目掛けて一直線に伸び、焼き尽くす。魔物の身体は足から岩へと灰になり、やがては跡形も無く消滅した。
アレスは自分の座っていた場所を見つめて小さく息を吐き、クラシェイドを見た。
「助かったぜ……クラちゃん」
「魔物の気配はしてたけど、こんなにも近くにいたなんてね」
クラシェイドは杖を地面に着いた。すると、今度はそこが蠢いて平たい魚の魔物が飛び出した。地面と同色だった魔物の身体は少しずつ本来の色を取り戻し、くすんだ赤色になった。魔物は地面を飛び跳ね、クラシェイドに飛び掛かる。
クラシェイドは魔物を杖で弾き返し、それをアレスが素早く大剣で切り落とした。魔物は真っ二つに引き裂かれ、光となって消滅した。
四人は辺りを確認し、同時に溜め息を吐いた。
「これは、何処に魔物が潜んでるか分かんねーな」
アレスが不満を溢し、クラシェイドも同感だと頷いた。
「気配を感じても、正確な居場所までは突き止められないし」
「でも、今の魔物の様子からすると、ぼく達が近付かない限りは向こうも攻撃をして来ないみたいだね」
「確かに、シフォニィの言う通りだな」
「そうだね。それでも、」
「注意は必要ね」と、クリスティアがクラシェイドの台詞に繋げる様に言って話をまとめた。
四人は少しここで休憩をし、360°注意の視線を飛ばしながら奥へと歩き出した。
また数時間彷徨い、喉の渇きも気になり始めた頃。
四人の目の前に、森の外から見た石造りの柱が両脇に二本立っていた。その間は凡そ一メートル五十センチ。すぐ先に、地下へと続く柱と同素材の階段があった。
四人は柱の間を通り抜け、アレスが階段を覗き込んだ。
「下の方、暗くて何も見えねーな」
「下りるの危険ね」
クリスティアも階段を覗き込み、諦めた様子でクラシェイドの横へ戻って来た。クラシェイドも、二人の様子に諦めの表情を浮かべている。
アレスが階段から離れると、シフォニィが階段を下りていった。三人は驚くが、振り向いたシフォニィの両腕に抱えられている縫いぐるみの三つの水晶が発光している事に気が付き、更に驚いた。
「シフォニィ、ヤングくんが……」
「光属性のマナを注いだのさ☆ これで足元もバッチリ照らしてくれるよ☆ てか、お兄ちゃん。ヤングくんではありません。トングくんです☆」
シフォニィは自信たっぷりの顔でウィンクをし、三人を手招きした。三人は階段に近付き、クラシェイド、クリスティア、アレスの順で階段を下りていった。
人が一人しか通れない狭い階段もすぐに終わりを告げ、その二倍の広さの短い廊下に辿り着いた四人。
ここには左右の古びた壁に燭台があり、青白く燃える炎が行き先をほんのりと照らしていた。もう縫いぐるみに頼る必要はなさそうだ。シフォニィは縫いぐるみにマナを注ぐのをやめた。
数歩進むと、目の前には一つの錆びた金属製の扉があった。重たいそれを開くと、中から眩しい光が溢れた。




