第一章4話『 白い可能性 』
『二年の桜庭 美羽と天条 白は付き合っている!!』
学園の掲示板に貼られているその内容は 嘘か誠か いずれはそうなる事を白は知っている。だが 他の人が美羽と付き合う事になると知っている者など 当然いやしない。
「なんなのよ これ … … !」
荒々しく呟かれる美羽の声は 周りの黄色い声にかき消される。冷やかしや祝福、疎い目で注目される俺達の気分は 最悪もいいとこだ。
「ふざけないでッ 」
その言葉を横目に 白は美羽の考えや感情がかなり気になっている。徐々に怒りを顕にする美羽に対して 掛ける言葉は見つからない。ならばと、この場から退散した方がいいと思った白は 美羽の手を掴もうとした瞬間――
――パァンッ!!!!
「ッ?!!」
伸ばした左腕は 空へと弾き返される。あまりの怒りに誰の腕かも認識していない美羽の目元は 前髪の影によって見えなくなっている。無意識に奥歯に力を入れて 何かを堪えようとするが、その怒りは頂点にまで達した 。
「ふざけないでッ!!」
その一言を最後に 全生徒が静まり返る。音を無くしたこの場で 美羽が次を言葉を発しようと口を開けた瞬間、白は美羽の腕を強引に掴む 。
「ちょっと、離して!」
白の手を振り解こうと腕を振り回すが 所詮は女の子。少し力を入れられてしまえば か細い腕で振り解く事はできない 。
「落ち着けよ 美羽 」
「何で? こんな事されて 貴方は嫌じゃないの!?」
「今 とるべき行動を冷静に考えろ!」
「ッ … … 」
その凍てついた水色の瞳は、朝の通学路とは全く別の眼差しをしていた。まるで真剣に訴えかける、告白そのもののような雰囲気 。
「お前が今ここで言い返したって 周りの奴らは付け上がるだけだ。誰も納得なんてしない 」
「そ、そんな事 」
「この人数だぞ 。理性を失った状態で選ぶ言葉なんて 状況を悪化させかねない!」
「それは 」
「ここは一旦引くんだ 。弁明なんて 後から幾らでもできる 」
「 … … 」
「それに こんなものは時が経てば時効だ 。来月には皆 忘れてるさ 」
その白の言葉で 上がっていた血圧が低下していくのを感じる美羽は、徐々に冷静さを取り戻していく 。先程まで響いていた脳の重音も 今は聞こえない 。息を一つ 軽く吐いて、コクンと縦に首を振る 。
「そうね 。もしかしたら時効になって 弁明する必要もなくなるかもしれないし、ここは行きましょうか 」
「あぁ 」
そうして俺達は 他の生徒達を押し退けて 玄関ホールへと向かって行った 。
「 お姉ちゃん … … 」
か細くも優しいその声は、誰にも聞こえないように問い掛けられた 祈りのようなものだった 。
それから俺達は階段を上がって自分達の教室に入るのではなく、誰もいない適当な空き教室を見つけて そこに入る。明かりは当然消したままで カーテンも閉めたまま。俺達がここにいる事は 誰にもバレてはいけない 。
「全く 誰があんな事を … … 」
椅子に腰掛けて 長机にもたれ掛かる美羽は、心底疲れたと言わんばかりの息を吐いていた。かくいう俺も 無駄なエネルギー消費をしてしまい、かなり疲れてしまった。美羽がもたれている長机の端の方に座る 。
「俺とお前が普通の一般生徒なら、別に問題は無かったんだけどな 」
「 … … どういう事?」
「お前 分からねぇで怒ってたのか?」
「な、なによ!私はあんたとの関係が … 何かちょっと、変な風に言われたみたいで … … 」
後半ごにょごにょと音声が小さくなる美羽の顔は下に向いていく。自信が無くなったのか 恥ずかしくなってきたのか 。理由は分からないが 美羽が怒っていた理由は どうやら少なくないらしい。
「桜庭総合医院」
「えッ … … 何で?」
俺がその言葉を伝えた途端、心底驚いた表情になる美羽 。薄暗いこの教室でも その雰囲気は感じとれる程のものだった。
「何でって お前の家だろ 」
「私 あんたに家の事言ったっけ?」
「 … … あッ 」
そういやこの頃の俺はまだ美羽の家の事を知らないのか!これは やっちまったか?何とか誤魔化さないと 取り返しのつかない事に 。
「何で?」
「いや その … … 行った事あるんだよ!多分 お前の病院に 。そこで桜庭の名前を見たから もしかしたらって 」
「本当に〜〜?!」
あまりにも挙動不審な俺の答えに 疑問を抱かずには居られない美羽は、机に身を乗り出して 俺の元へ顔を近付けてくる。
「ほ、本当だって!」
「嘘じゃないでしょうね〜? 何か今ちょっとおかしかったけど 」
「普通だよ 普通!」
次々と出てくる見苦しい言い訳に、何とか納得してくれた美羽 。まだ腑に落ちてない様子だが 一応は見逃してくれたようだ。
「それで どういう事よ 。普通の一般生徒なら問題はなくて、あんたと私だから問題があるって 」
「大ありだろうが 。街中の広告やテレビのCMで看板まで背負ってる桜庭医院の娘が、不良と付き合っている なんてデマが世間に回ったら 」
「ッ!!!」
事の事態を把握した美羽は 固まってしまう。声を発せなくなる喉元が上がる事は無く、ただただ椅子に座り込んで 黙り込むだけ 。
「さっきは時効で済むと言ったが アレはお前を落ち着かせる為の嘘だ 。この件は隠密に且つ早急に解決する必要がある 」
「 … … 」
『不良と付き合っている』それを私の口からパパに伝えるのと、世間的に出回って伝えられるのとでは天と地程の差がある 。もし 変な出回り方をして新聞の記事や会見騒動になれば、パパの病院は 一刻を争う事態に 。娘の私のせいで パパ達が築きあげてきた居場所が … … 。
「病院ってのは 誰もが安心できる『イメージ』が絶対に必要だ。しかしそれが欠けた病院に 未来はない 」
「そんな … … 一体どうしたら 」
「捕まえるしかない 。犯人を 」
「ッ!!」
「そして全校生徒の前で吐かせるんだ 。全ては偽りだったと 」
言うのは簡単だ 。だが容疑者を絞るにしたって この学園の生徒だけでも500人以上。それから教師と親も合わて1000人以上、部活の合同練習の時に来る人達や外部からの犯行を考えてしまえば可能性は無限大にある。
「そんな事 、不可能よ … … 」
「そうでもねぇよ 」
そう言って 白はズボンの後ろポケットから携帯を取り出す 。今はもう存在しない文芸部チャットの事をふと思い出しながら、俺は後輩のアイコンをタップする 。
「宛があるの?」
「まぁな 。俺やお前よりも遥かに頭のキレる奴だ、それも異常なくらいに 」
未来とは 完全に異なる出会い方になる。でも今は もうそんな悠長な事は言ってられない 。どうせだったら、全てが良い方向へと向くように 最善を尽くしてやる 。
「でも 大丈夫なの?その子も巻き込んじゃって 」
「心配ない 」
「もうすぐ授業始まるし 、やめておいた方が 」
「コイツも不良だ 」
「ぇ … 」
理由になっていないその理由は、白にとっては十分過ぎる動機だった 。貸しがまた一つできてしまう、そんな事を考えながら 白は空に電話を掛けた 。
『もしもし 先輩?どうしたんですか 』
「ちょっと 頼みがある 。今から来てくれないか?」
『もしかして あの掲示板の事と関係が?』
「 … … そうだ 」
『相変わらずの 巻き込まれ体質ですね 。そういうのは文芸部の時から変わらないんですから 』
「ッ!!?!」
今 … … 何て言った?文芸部の時から?お前はまだ文芸部に入っていないだろうが!どうして そんな事が言えるんだ?!
「おい 空! 今のは 」
『あれ? 俺今何で文芸部なんて言ったんだろ 。入った事もねぇのに 』
「あ?」
とぼけてる訳でも ふざけている訳でも無かった。本当に不思議と感じている『ソレ』は、未来改編の分岐点とも成り得る 尋常じゃない程の『ラグ』か、あるいは美羽の言っていた異常事態とも言える『タイムバグ』か 。現在の空の状況は、誰も理解も説明も出来なかった 。
『とにかく 今から行きますね!どこの教室ですか?』
「あ、あぁ 。それなら――」
戸惑いながらも、俺は 化学準備室にいる事を教える 。一年の教室は四階で 化学準備室も四階。空がここに来るまで 時間は掛からないはずだ。
『白 。聞こえる?』
「ッ 美羽か 。良いところに 」
俺の脳に走る電波ノイズは、幽霊の美羽の声。それが聞こえた途端 、俺は教室の端まで行って 椅子に座る美羽との距離をとる。
『聞いていたわ 。空君との電話 』
「お前の言うタイムバクで 間違いないのか?」
『確証はない。現段階では 私も何も言えないわ 』
「アイツの発言や人脈からして 未来の記憶があるとは到底 思えない 。だが たまに未来と重なる既視感は、無視できるレベルじゃないぞ 」
『あの子が文芸部に入るのは、確か六月だったわよね 』
「未来では そのはずだ 」
『理由は確か、妹の美琴に惚れて不良グループをやめるキッカケとかで 』
いつもは真逆の思考回路なくせに、そういう所は同じなんだよな 俺達 。恥ずかしいったらねーぜホント 。
『空くんを今日、文芸部に入ってもらえるように交渉しない?』
「ん〜〜 。確かにアイツが傍にいれば もし問題が起きた時、対応できる質や量が上がるのは確かだが … … 」
そんな簡単に未来改変をしてもいいのか?今までは俺が理性を保てず行動してしまったパターンしかないが、まだ一つだけだ。更にそれを増やしていって 大丈夫なのだろうか?
『タイムバグという 異例者 を傍に置いておく必要性も考慮しての事よ 』
「ッ! なるほど 」
未来改変は もう今も起きていて、それは尚且つ空自身にも起きている可能性がある。それを傍に置いておけるというのなら、確かに一理ある。
「分かった 。タイミングがあれば 誘っておく 」
『えぇ、それじゃ切るわね 。テレパシーって結構疲れちゃうんだから 』
「そうなのか 。それじゃあ 後は俺に任せて、しばらくは休んでろ 」
『そうさせてもらうわ 。じゃあ 』
ノイズが切れたその感覚を合図に 通信を終えた俺は、美羽の姿を確認しようと後ろを振り向こうとした その時 。
「そんな端っこで何してんすか 先輩 」
「来てるなら 声掛けろバカ野郎 」
横には既に空の姿があった 。久しく見る 美羽と空のツーショットも、この二人からすれば初対面だ。まずはお互い軽い自己紹介を済ませていく 。
「俺は赤井 空です 。よろしくお願いします 」
「私は桜庭 美羽よ 。こちらこそ よろしくね!」
桜庭 美羽。高校二年生 女性 。
何も着飾らない ピンク色のふわふわとしたロングヘアーが特徴 。抜群のスタイルと容姿を持ち、紫色の大きい瞳はたまに強気な意志を表す。運動も勉強もでき、まさに才色兼備かと思いきや 絶望的なる家事音痴。お姉さん気質で強気な性格だが 好きな人にはデレてしまう、俗に言うツンデレなのだ 。
「そしたらまずは 御二方の本当の関係性、そして今どういう状況なのかを説明してもらってもいいですか?」
空の真面目なトーンに 美羽は静かに頷いて話し始める。俺達の関係と現状、そして美羽の家の事やどうして空を呼んだのか。
「なるほど。さすがは白先輩、俺の使い方を理解してますね 」
「今回ばかりは お前の手が必要だ 。貸してくれるか?」
「もちろんです 」
二つ返事で了承する空に迷いの文字はなかった。そんな流れるように進んでいく会話に 美羽は少しばかり驚いていた。この二人の関係性も気になると 。
「後少しだけ時間を下さい 。容疑者は大体絞れたので、後はそれをどうしていくか … … 」
「嘘でしょ?! まだ数秒しか経ってないよ!」
「シッ 。静かに 」
白に注意され、戸惑いながらも黙ってしまう美羽は 真剣に頭を悩ませる空を見つめる 。
今さっき出会った赤の他人の為に 真剣に悩むこの姿に、私は疑問を抱かずにはいられなかった。まるで 私と白が初めて出会った頃のように 。不良に絡まれて怯えていた私を、ただ『見かけたから』その理由だけで 腕を引っ張って、一歩 また一歩と一緒に歩いていくれた。白にとっては当たり前の一歩でも 私にとってはとても勇気を振り絞った恐怖の一歩 。
「やはり 犯人が分かってもどう解決に向けて進んでいくか 。これが分かりませんね … … 」
美羽が思い出を懐かしんでいる途中で、空の口が開く 。どうやら考えはまとまったようだが、解決には至らないみたいだ。
「とにかく今推理した事を話してみろ 。皆で考えれば 何か出てくるかもしれない 」
「そうですね、分かりました 」
緊張の糸が走る空君の初めての推理を聞いて、私は思った。今この場に美琴も加えたいと。
「まず一つ、あの掲示板の紙が張り替えられるのはいつですか?」
「特に決まっていないわね 。皆 部の予定が決まったらすぐに張るだろうし、大会で功績を残したら次の日には貼られてるわ。後は学園の行事とかかな? そうよね 白 」
「知らねぇ 」
「あんたはもうちょっと この学園に関心と興味を持ちなさい 」
白のダラケた返事に思わず言い返してしまう美羽だが、そんな二人を他所に空は話を進めていく。
「なら あの掲示板に紙を張る事がある人物は『部長』か『教員』『クラス委員長』。後は『生徒会』くらいです 」
「ッ 確かに 。そう考えれば人数は少ないわね 」
「そこで、です 」
この密閉した教室が少し暑くなるのを感じた空は、カーテンを締めながらも 窓を開けて風を通す 。
「あの問題の紙は、昨日の学園閉鎖時間までは無かったはずです。しかし 今日の早朝には貼られていた 」
「ッ!そうか、犯行時刻がかなり狭い 」
「そうです。しかも昨日は始業式、限られた教員と部員しか遅くまでは残っていなかった 」
次々と明かされる推理に 白と美羽はもはや釘付け。これからの展開は予想出来ないが、空への期待に胸は膨らむ 。
「となれば 犯行時刻は自ずと見えてきます 」
「部員と生徒会が全員帰って 教員も帰る … … 始業式の日なら夕方にはもう学園は閉まってるんじゃないか?」
「それは無いです。始業式や終業式、卒業式などの節目には必ず、どの学園も『生徒の安全を見回る』というものが凡そ午後20時くらいまで教員の間で行われます 」
「マジか! 知らなかった … … 」
「場所によっては生徒会も加わるみたいですが この学園はないですね 。何せ生徒会が全員女の人なので むしろ危ない 」
「た、確かに 」
美羽は納得したように頷くが、白は生徒会が全員女の人だとは知らず「そうだったのかー」と感心していた 。
「となれば 犯行時刻は午後21時からに絞られます 」
「それって 夜に学園へ侵入したって事?!」
「有り得ませんね 。監視カメラがあるので 」
「あ、そっか 」
あまりにも冷静な空は、飛んでくる全ての内容を予め理解していたかのよう。完璧な模範解答で 白達の首を縦に振らせる 。
「監視カメラがある以上、それを操作できない『生徒会』と『クラス委員長』は容疑者から外れます 」
「ガムテープでカメラを塞ぐのは?それで学園に侵入とか 」
「夜には警備員が 学園内とその周りを徘徊しています。とてもじゃありませんが 可能性としては難しいです 」
「そっか 」
「残りは『教員』と『部長』。そして新たに『警備員』が加わりますが、まぁ これはそもそも論外ですね 」
「そしたら 後は『教員』と『部長』?でもどうして『部長』が残ってるの?生徒会が無理なら 普通の部活なんて到底無理じゃ … … 」
「何言ってるんですか。ウチにはあるでしょ?」
――『 放送部が 』
「ッ!!! そうか!!」
「校長室だけじゃない! うちの監視カメラは放送部にも一部だけ繋がっている!!」
「そうです 。しかもあの掲示板は全校生徒が注目する絶好の的 。放送部が常に捉えておきたい場所、第一位とは思いませんか?」
「確かに … … 」
これは予想以上の成果だ 。空の頭脳を借りるとはこういう事 。しかし俺は、更に 気になる点が一つ。
どうしてコイツは 入学したばかりなのに この学園の情報を、しかも美羽よりも持っているんだ?これもタイムバグの影響か?それとも前もってこの学園の事を調べていただけか?情報通なのは知っていたが まさかここまでとは … … 。
「しかし もし仮に犯人が分かったとしても、俺達だけでは何もできません 」
「と言うと?」
「俺と白先輩は言うまでもなく不良 。まともに話を聞いてくれるとは思えない 。そして桜庭先輩はこの事件の当事者 」
「ッ!そうか、今の俺達じゃ 解決は愚か、聞き込みすら難しいのか 」
光が見えかけた その瞬間に、またもはや現れる大きな壁 。俺達三人では あと一歩届かない、そんな状況で 。
「 … … ッ 」
脳裏に残るあの存在 。この場所に後一人足りない 唯一の存在。その子が揃えば 未来の文芸部と 重なるんだ 。
「 … … 私の妹!!」
「 ん? 」
「美琴の力を借りてもいいかな?」
その子も 美羽と同様に、未来では亡くなっている 。