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第一章1話 『 貴方に落ちる瞬間 』


 【 2018年 4月8日 】



 半開きになっている窓から 外の熱が伝わってくる。柔らかく吹いているそよ風は カーテンを通って白の髪を優しく撫でていき、瞼に当たる太陽の日差しで 意識は夢から目覚める。


「ん 、んん … … 」


 見慣れた天井と 髪で遮られる目元の影。何も変わらない いつも通りの朝を迎えた白は、朦朧とした意識の中 寝返りをうつと。


『ふぇ ッ?』


「んぁ 」



 そこにはいつも通りでないものが、俺の隣で同じように寝転んでいた。



「お、おおお おはよう!白 」


「 … … 」


 顔の距離が近過ぎたせいか 美羽の顔は真っ赤になり、慌てまくりで勢い任せの口調に呂律が着いていけてない様子。それでもピョン!と起き上がる事もなく 体制はそのままだった 。


「ははっ! マジで夢じゃねーのな!」


 その場で嬉しさのあまり笑ってしまう俺は 顔を枕に埋めていた。理由は分からない。恥ずかしいからなのか 嬉しすぎて心が持たなかったからなのか その両方か。何かが我慢できなかった事だけは確かだった。


『 珍しいね 。白がそんなに寝起き良いの 』


 そう言われ 数秒間黙り込む白は想像していた。今までの自分の寝起きを。昨日は確か 起きてから携帯が鳴って取るのが面倒くさくて そのままにした後は、寝ようとしたな 。うん、さすが俺だ。ちなみにそれ以降の寝起きは覚えていない。それも流石俺だ 。


「俺の生きてる理由はお前なんだよ 」


『え?! なになに急に!!』


 突然伝えられる告白に顔を赤らめて勢いよく起き上がる美羽。それに対して 素早く手を伸ばして美羽の腕を掴む。



「おはよう 美羽 」



『ううぅ … … おはよう 白 』



 二度と交わせないと思っていた挨拶。二度と巡らないと考えていた朝。二度と会えないと思っていた人。そんな消えていた今までの当たり前が、また一緒に過ごせる様になる。これを幸せと呼ばずして、何を幸せと言うのだろうか 。


 なんて お互いに幸せな挨拶を交わした筈なのに、気まずい沈黙の空気が流れ続けている。美羽は行き場を無くした赤子の様に目線を泳がしているのに対し、白は枕に顔を埋めたまま あまりの恥ずかしさに息をしていない 。


『白? 大丈夫?』


「もう二度と言わねぇよ 。バカ 』


 耳まで真っ赤にしているのを確認した美羽は 思わず布団を抱きしめて顔を埋めた 。悶える声を押し殺して 。



 朝から枕と布団に顔を埋めて 何をしてるんだか。




『バカ … 』




 昨日の夜は 聞きたい事が沢山あった。言いたい事も山ほどあって したい事も少なからずあった。それでも聞けなかったのは 俺の脳が疲れたと叫んでいたから。風呂にも入らず夜飯も食べず、俺は倒れるように寝てしまったらしい。


「高校の始業式って何時からだ?」


『八時四十五分くらいじゃないかな?』


 昨日の分まで風呂に入って ついでに寝癖も直す。適当に済ませる朝ご飯に対して 美羽が何か言っていたが、適当に聞き流した。そういうところは変わらない。


『うちの制服 あんた結構似合ってるよね 』


「そりゃ どーも 」


 模様替えなどした事のないこの部屋に、置いてある物の場所は 未来と同じだった。二度目の制服に違和感などは感じず、すんなりと着る。


「過去に戻ってきたって事は 俺の身長も縮んでるのか?」


『そりゃあ 全部戻るからね。あんたの場合は 二センチくらいじゃない?』


「て事は今 百七十四センチくらいか 」


 なんて 先に知っておいた方が良いであろう情報を聞いていくが 俺が本当に聞きたい事は一つしかなかった。


「な、なぁ 美羽 」


『どしたの?』


 淡々と学園へ行く準備を済ませながら 平然と聞いていく質問の中に埋もれさせる、俺の本音という名の 希望 。




 ――俺は今 お前と付き合ってるのか?




 聞くに聞けない この質問には、覚悟以上に謎の重さがあった。喉が 上手く上がってくれない。一息吐いて 俺が聞いた事は 。



「 … … つか また学園で不良やんなきゃ ならねーのか 」


『どうせ 大学の時もそうだったんでしょ?』


「なッ、なんで知ってんだよ 」


『一目見たら分かるわよ 。あんたの事なんて!」


 聞けるわけがなかった。隣にいるだけで幸せな今を、壊す可能性が少しでもあるのなら それをする訳にはいかなかったんだ。俺は 怯えている。お前のいない現実に 。


『それで?』


「ん?」


『本当は何が聞きたいの?』


「え … … 」


『そんな事聞きたいんじゃないんでしょ?』


 突然の図星に 頭が真っ白になってしまう。玄関へ向かおうとしていた足は ピタッと止まり、冷や汗が一線 頬を伝う。自分でも分かってしまう動揺だが、俺は平常心を保とうとした。


「何言ってんだよ 。他に聞きたい事なんて 」


『ま〜た そうやって嘘つくんだから 』



  ――やめろ。見抜いてくるな 。



「今更 嘘なんてつかねーよ 」


『ばか 。さっきも言ったでしょ? 』



  ――優しくするな。甘えたくなるだろーが。



『一目見たら分かるのよ 。あんたの事は 』



 無理だった。抗おうとしたほんの数秒は 無駄な事だったんだと すぐさま理解した。そもそも分かっていたはずなのに 忘れていたんだ。俺はコイツに 気持ちでは適わないと 。



「今の俺とお前の関係って 何なんだ?」



『恋人 』



「はぇ? 」



 あまりの即答に 情けない反応を見せる白。当然の様にその言葉を返す美羽の表情は『あんた 今更何言ってるの?』と 少し怒り気味にも見えてしまう程。


『私が死んでから 他の人と付き合ったの?』


「んな気起こるかよ 」


『私がいなくなってから 他に好きな人ができたの?』


「いたら まともに大学行ってただろーな 」


『私と別れ話してないよね?』


「してないな 」


『じゃあ 付き合ってるじゃない! 何言ってるのよ今更 』


「 … … 」


 ポカンと頭に星が落ちた白は 美羽の正論に唖然としていた。かくいう美羽は 腕を組んで呆れながら怒っている様子だった。


 そっか 。そうだよな。俺からすれば美羽が死んだのは数ヶ月前の事でも、ずっと眠っていたコイツからすれば 俺と最後に会ったのは昨日の事なんだよな。感覚的には 。



 そう思った白は 再び玄関へ向かい、靴を履こうとしゃがみ込んだ時、自然と笑みが零れていた。安心したのか 嬉しかったのか、あまりにも優しく微笑んでいた。

 その光景を見た美羽は 思わず顔が赤くなり 目線を逸らした。『そんな風に笑ってるの 初めて見たかも』なんて、初めて見る白の表情に 胸の鼓動が高鳴っていた。


「行ってきます 」


『うん 。行ってらっしゃい 』



 そうして白の 二週目の高校生活が始まる。



 目的も可能性も未知数なこの道を しっかりと歩いている俺の足は、不思議なくらいに軽かった。柄にも無く見上げた青空は澄んでいて こんなにも晴れやかな外の空気は初めてだった。初々しい訳でもなく 何かを期待に胸を膨らませているのでもなく、ただただ俺は 嬉しかったんだ。もう一度 アイツに会えるんだと。



 電車で向かい 桜が舞い散る通学路。たくさんの人が行き交う中、学園に辿り着いた俺は一息。美羽はもちろんの事、その妹の美琴みことと 空も俺と同じ文芸部員だ。


「そういや美羽が言ってたな。この世でただ一人、空にだけタイムバグが起こってるって 」


 そのバグが どういう現象を起こし、どういう状態に陥れるのか予想すらできないが、もしアイツが困っているなら 今度は俺が助けてやりたい。


「借りは返さねぇとな 」


 返しきれない恩を後輩に背負わせている俺は ダメな先輩だと全国民から笑われる事だろう。だがそれでも 当の本人であるアイツだけは、俺を笑わないんだろうな。また手を 差し伸べてくれるんだろう 。


「行くか 」


 校門を潜ってすぐ 異様に目立つ俺の存在。



 天条あまじょう はく。実齢十九歳。現在は高校二年生の十六歳。身長百七十四センチ。

 白色の髪が肩までかかる長さと 水色の瞳が特徴的な不良。自分はそういった意識はないのだが 授業はサボり気味で喧嘩もたまにする、ダルそうな雰囲気が周りから不良だと認知されてしまっている。寝癖が常にある 運動神経抜群な彼の勉強能力は言わずもがな 皆無である。



「何あの人 怖〜い 」


「白髪って ありなの?」


 嫌に目立つ俺の存在は 新入生にも知れ渡っている事だろう。望んでそうなった訳じゃないが、普段の行いが悪いのも確かだ。今更弁明などするつもりも無い。


「はぁ … … 」


 省エネな俺からすれば この空気は耐え難い。当校は上履が存在しないため 常に外靴だ。上履を使うとしたら講堂くらいだろうな。

 ともかく俺は玄関ホールに足を踏み入れ 自分の教室へ行く為に階段を登ろうとすると 。


「先輩!はよ〜ございます 」


 昨日卒業祝いをしろと俺の家に来た後輩が 肩を軽く叩いてきた。



 赤井あかい そら。実齢 不明。現在は高校一年生の十五歳。身長百七十二センチ。

 名前とは裏腹な肩までかかる青髪と凛々しい黒色の瞳。運動神経そこそこの頭がキレるコチラの後輩と白は 中学からの付き合いだ。白の考え方とは全てが正反対であるが、たまに一致する思考回路は この世の奇跡を呼び起こす程に。


「お〜 。昨日ぶりだな 」


「昨日?俺 昨日先輩と会いましたっけ?」


「 … … 」


 俺なりに鎌をかけてみたつもりだったが そうか。コイツの記憶では 昨日俺と会っていないのか。なら コイツが家に来たアレは何だったんだ?美羽の言うタイムバグが本当に起こっているのか、それとも誰かが空に扮装したとか … … 。


「何難しい顔してるんですか 」


「あぁ いや別に 」


「何ですか 教えて下さいよ〜!」


「わぁった わぁった。気が向いたら教えてやるよ 」


「出た 永遠に向かないやつ 」


「よく分かってんじゃねーか 」


 他愛なく笑って話し合う今とは裏腹に、俺の心はどこか曇っていた。タイムスリップした事を教えてやれば コイツはきっと喜ぶだろう。この手の話は大好物な奴だ。だが突拍子もなく話せば混乱は免れないだろう。それにーー


「なぁ 空 」


「はい 」


 二人で階段を上がりながら、残り少ない時間の中で真剣な空気を流す。


「もし俺が 未来人だったら、どうする?」


「はい? 」


 必ずこういう反応になるだろう。かくいう俺も 美羽が現れた時はこんな反応だった筈だ。あまり 覚えてはいないが。


「そうですね。もし先輩が未来人なら 」


「 … … 」


「一発殴ります 」


「何で??」


「頭が正常かどうかの確認をして、その話が嘘なら一発。真実なら五発殴ります 」


「お前の頭の方が心配だわ 」


 コイツのいつも通りの回答に 俺はなぜだが肩の荷が軽くなるのを感じたんだ。安心したんだろうな、自然と笑い合える事に。


「俺の考えを聞けば 先輩も必ず俺と同じ事を言うし、しますよ 」


「何の自信だよ 」


「だってそうじゃないですか!嘘なら 冗談って事で一発で済ましますけど 」


「あぁ 」



「本当だったら、どうしてそんな面白そうな事 もっと早く言わないんですか!って、怒りで五発はいきますね 」



「 … … 」


 いつからか 階段を一足先に上がっている空を見上げて、俺は唖然とした。『そうか そんな考え方もあったな』と。

 そして それと同時に共感もしていた。確かに 同じ行動をとるかもなって 。


「お前らしいな 」


 そうして俺は三階で別れ、空は一年教室がある四階へと向かって行った。




「ったく 白先輩は 。絶対何かあったな 」



 自分の教室へ向かっている途中で 空はため息を一つ吐いた。


 あの先輩は 必ずと言っていい程、意味深な事を意味無くは言わない。小さく呟かれる小言や、真剣に伝えられる言葉には 必ず重大な裏がある。俺は先輩のそんな場面を 中学の頃から何回も見てきたんだ。しかし それにしても――



  ――『もし俺が未来人だったら』――



 さすがに頭が真っ白になってしまった。冗談めかして言われた方がまだマシだったかもしれない。真剣に伝えられる言葉にしては 到底整理が追いつかない。


「あぁー もう!! いつも遠回し過ぎて分かんねぇんだよ バカ先輩がッ。考えるコッチの身にもなれってんだ 」


 相手の心を読み取り 先手を打つ。先に裏で手を回したり 頭を使うのが俺の得意とする分野だが、さすがに今の段階ではお手上げだな。事が動く前に 雰囲気だけでも把握しておきたいが、あの先輩がストレートに事情を伝えてくるのは期待できない 。



「ツンデレ野郎 。もう少しデレろってんだ 」



 そうして空は 色々と頭を悩ませつつも、自分の教室へと 足を踏み入れたのだった 。




「アイツと同じクラスかよ 」


「あまり関わらないようにしよーね 」


「ひっ!今コッチ見たんじゃない?」


 白が教室へ入ればこの通り、室内は嫌悪感丸出しのオーラで満ち溢れる。誰とも目線を合わせないように席に座ってため息を一つ。アイツに会えるのは嬉しいが 過去の事情は変わらない。



「世界を救うような栄光よりも目立ってしまうもの。それはたった一つの過ちである 」



「あ?」



 前の席に座っている男子生徒が 謎の言葉をくれた。俺の方に振り向くソイツは 瞳を閉じたままだった。


「なら 栄光がない僕達は、どうしたら救われるのかな 」


「 … … 」


 いつまでも瞳を閉じて開けようとしないソイツの顔は 無表情もいいとこだ。何も感じず 考えず、思った事を弱々しく発するその言葉は意味深だが なぜ俺に言ったのか。理解はできない。


「誰だ あんた 」


「 … … 」


 ボーッとした時間が続いた後、ソイツは何事も無かったかのように前をむいた。「いや何もないのかよ」とツッコミとしての性に抗ったのは生まれて初めてかもしれない。どうやら今の意味深な言葉は 俺に言ったのではなく、独り言だったようだ。変なやつ。



「あ、美羽ちゃん!おはよ〜!」



「おはよ〜!」



「ッ!!!」



 その声を聞いた瞬間 俺の心臓は加速する。その姿が見えた瞬間 俺は席から立ち上がった。ピンク色の長い髪に 大人びた綺麗なその声。姿勢よく歩く姿と肩にかける学生鞄。見間違える筈がない。聞き逃すわけもない。俺の全てが色輝く反面、全てを灰色と化す事ができる唯一無二の存在。



 俺はまた、この瞬間に立ち合えたんだ。



「あ! 白!!」





   ――恋に落ちる この瞬間に 。



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