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序章『 空白 〜前編〜 』



 幾度となく願い続けた想い。何万回も傷んできた心臓。叶わないと分かっていても 抱いてしまう儚い夢は いつからか俺を現実から遠ざけていた。


「はぁ … … 」


 太陽が真上に登る 昼時。暗い六畳一間のワンルームで 明かりもつけずに一人、部屋でゴロゴロと腐りきっている俺、天条あまじょう はく


 眠くもないのに出るあくびと、大学生にも関わらず だらしなく色が抜けている白色の髪。不良にまで成り堕ちた俺は、だぼだぼの黒いパーカーに身を包んで 意味無く寝返りをうつ 。見慣れたボロい天井を 半目に 視界を腕で塞いで暗闇へと戻る。



『ブーーーー』



 携帯のバイブ音が鳴り、今日初めてこの部屋に明かりが灯る。そのバイブ音で すぐ連絡の内容に察しがついた。『あ〜 そういや空のやつ、今日卒業式だったな』と。

 アイツの為に用意していた卒業祝いは どこにしまったのか、もう考える気もない。後輩を祝ってやれる程 今の俺は人間できてねぇ。


「 頼むから 来んな 」


 そんな言葉だけは 口に出せる。無駄な気力だけは 使える。意味の無い思考回路だけは 動かす事ができる。



美羽みはね



 名前を呼んだだけで 死にたくなる 。



 『今 お前が俺の目の前に現れてくれたら』なんて、ありえない事を思い浮かべては 心が少し軽くなるんだ。あの頃の情景が今でも忘れられない。



「 … … … … 」



 上手くいかなかったあの頃を、やり直したいだなんていつだって思う。

 大人になった今だからこそ見えている選択肢を、あの頃に戻って選んでいたら 君はきっと そばに居てくれた筈だから、なんて。



  ――『白! 一緒に帰ろ?』――



 あの頃の夢物語を 今でさえまだ叶うかも知れないと、今日も君に 溺れている あの頃の自分がいた 。





 ――今日は2021年の春。後輩の卒業式の日だった。









  第0章『プロローグ 〜あの日から〜』




 『ドンドンドンドンドン!!』『ピンポンピンポンピンポン!』

 ノックとチャイムをレバガチャの様に繰り返すイカれた野郎がドアの向こう側にいるみたいだが、そんな奴は当然無視する。


「先輩〜!いるんでしょ!!早く開けてください!」


 壁が薄いこのボロアパートからすれば近所迷惑もいいとこだ。高校を卒業したなら その辺の事も気を使え このボケカス。


「わかったか?」


「言い過ぎでしょ!!」


 いつしか当然の様に床に座り込んで 部屋の電気を付けやがったコイツは赤井あかい そら。今日のこの日を境に高校生活の幕を閉じ、新たな社会人となる男だ。大人の世界「地獄」へようこそ 俺の家は歓迎しないが そこだけは歓迎してやろう。


「あ、卒業おめでとう 帰り出口はあっちだ 」


 家の玄関口を適当に指差して、早く帰れとジェスチャーをしてやる。


「全然嬉しくない」


「あ、なんだ?嬉しい事をしてほしいのか 」


「卒業したんでね、何かないんですか?」


「この家の出口なら用意してある 」


「俺そんなに悪い事しました?」


 赤井という名前なのに、髪色は青色のこちらの青年との俺のこのやり取りは 挨拶みたいなものだ。軽口を叩いて多少笑いあった後で したい事をし合う。こういうガキみたいなところは いつまで経っても変わらない。


「わかった 。一からやり直そう 」


「何をですか?」


「お前が俺の家に入ってくるところからだ。歓迎ムード全開で 出迎えてやるよ 」


「ホントですか!やります!」


 そう言って空は自分の荷物を持って ウキウキしながら家を出て行った。それを確認した俺は玄関に向かって行き、ドアの鍵を『カチャン』と閉めて ベッドにダイブ。そのまま目を閉じた。


「開けろや クソ先輩がぁぁあああ!!」


 ドアノブを綱引きの如くガチャガチャと押し引きする空に さすがの俺も痺れを切らして 再びドアを開ける。


「なんだよ。つまんねー用だったらテメェを今日の晩飯にしてやる 」


「何でですか!?と言うかなんでさっき鍵締めたんですか!」


「別に何もねーよ 」


「嘘つくな!」


「まぁまぁ、遠慮なくその辺にでも座ってくれ。歓迎はしない。もの凄く邪魔だ。今すぐにでも帰ってほしい。お前といるくらいなら 一人でいる方がよっぽどマシd … 」


「それが 卒業したての人に贈る言葉かぁああ!!!」



『うるさーーーい!!!!!』




「 … … … 」


 突然聞こえてきた甲高い叫び声に思わず黙り込んでしまう二人 。白はすぐさまドアを閉めて家の中に入ろうとするのだが「いや 俺も入れてくださいよ!」と ドアの前でガチャガチャと一悶着。結局コイツを家に入れて 二人の男は玄関で立ちすくんでいた。


「今の声って隣の部屋からですよね?」


 何故だか小声で話をし始めた空。その緊張感が俺にまで伝わり より怖さを増した。


「あ、だよな?俺の部屋から聞こえたのは 気の所為だよな?」


「普通に考えれば 隣の部屋からの苦情かと … … 」


「 うん 」


「切り替え早ッ!!」


 そうと分かれば怖くなくなった白。そそくさと自分のベッドに戻って のんびりし始める。空も余裕が出てきたのか 制服のポケットから携帯を取り出して連絡チャットを開く。文芸部と表記されたアイコンをタップし、そこで何かを閃いたように口を開いた。


「あ、そういや近々文芸部で集まろうって話が出てるんですけど 先輩どーしま 」



「 行かねぇ 」



「 … … ッ 」


 瞬時に凍てついた空気を察知する空の口は開いたまま、次に出るはずだった音を出せなくなる。下を俯いたまま 前髪で目元に影が出来ている白の事を横目に、地雷を自分で置いて自分で踏んだ事に気付いた。


「 悪い 。卒業祝いは また渡す 」


「 … … 」


 誰もがわかる『帰れ』が含まれた台詞だった。空は脱ぎ掛けの靴を履いて 鍵の閉まっていないドアを開けていく 。



「辛いのは あんただけじゃないですよ 」



 聞こえたようで 拾えないその言葉は宙に舞った。空が家を出て行くなり、俺はリモコンで部屋の明かりを消して 布団に蹲る。目を閉じて 蘇るのは あの日の光景。全てが色輝いていた あの頃の情景。


 思い出す度に痛む心臓と 軋むベッド。何度も蹲っては握り潰す枕と布団が俺の心臓なら、どれだけ救われただろうか。


 だけど、どうせ 潰して壊して絶望したって俺の心は叫ぶんだ。どれだけ言葉と行動で 否定しても、心だけは 。



  『好きだ』



「好きじゃねぇよ 。何も好きじゃねぇ 」



 失ったものを数える度に 美羽への気持ちは大きくなるばかり。これから先共に歩むはずだった未来を想像する度、何度も死にたくなる。消えてしまったものの重みを背負おうとする度に、現実という壁が 俺の心を蝕んで 理想を叫ばせる。



  『好きだよ。お前の全部が好きなんだ 』



「ッ … … 」


 暗い部屋にただ一人、ベッドの上で壁に力無くもたれている自分。


 もう無理だ 。アイツの事を考えてたら 心がぶっ壊れそうだ。流れそうな涙を抑えるのに必死だ。


 ただただ痛む一つの心臓と、何度も締め付けてくる一つの心臓と、感情を無理やり溢れ出してくる一つの心臓と、脳にまでウザイ程響いてくる一つの心臓の音。


「消えろよ。もう好きじゃねぇっつってんだろ」



   『会いたい。戻りたい。好き … 』




  ――ズドォンッ!!!!




 本気で壁を殴ったその瞬間、堪えていた全ての涙と感情が溢れ出た。



「好きじゃねぇよ … … ! 何も好きじゃねぇ!!」



  『好きだよ 。 お前の全部が好きだ 』



「嫌いだっつってんだろ!!! うぜぇんだよ!早く消えろ!!」



  『愛してる。 会いたい 』



「ぅうぅあぁああああぁああ!!!!!!早く消えてくれぇええええ!!」



 心が 違うんだよ。体と声と脳はこんなにも否定して拒絶して離れたくて嫌いで消えてほしいのに、心が … … 。



「何も好きじゃねぇ!!!全部嫌いだ!!もう二度と出てくんじゃねぇ!!!早く消えろぉ!!!!」



  『どれも嫌いじゃない。全部が愛おしくてたまらない。お願いだから、戻ってき 』




  ――ズガァンッ!!!!!




「ぅううぁああぁああああああぁああ!!!!!!!」




 自分の心臓を握り潰したい。死にたくなるくらい何度も逆の事を叫んでくるこの心臓を、ぶっ壊したい。



「なんで 言う事を聞いてくれねぇんだよ!俺の心臓だろーが!これじゃまるで、本当に何もかも奪われてんじゃねーかよ!!!」



 頼むから言う事を聞いてくれ 。好きじゃないって 一度でいいから思ってくれ。それだけでいいんだよ。それだけで俺は救われるし、前に進めるんだ。もうそれが無理なら 誰か殺してくれ。犯罪にならなくていい、俺一人の罪でいいから この心臓を … … 。



『 泣かないで 白 』



「へ … … 」



 スっと 心が溶けていく感覚に落ちる。目の前にある一枚の果てしない壁に這い蹲る俺の背後から、そっと優しく抱きしめてくれる。俺が今泣いている理由が分からなくなるくらいに 浄化されていく心と涙。



「な、なんだ? 一体 」



 訳も分からず振り向いた、その先に映っていたのは。




『やっほー!久しぶり 白!』




 死んだ筈の俺の想い人と 。



「なんで … … ッ 」




 風でユラユラと揺れている 、2019年と書かれているカレンダーだった 。





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