④アークのペルソナ・2
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「聞いたか?ジャックとケビン、アーク皇子に両腕切り落とされたらしいぜ」
「怖いわね。やっぱりアーク皇子って黒髪なだけあって血も涙もないのね」
「それにしてもジャックとケビンは皇后陛下が住んでいるルビー宮殿の騎士だろ?12歳であの2人に勝つなんて。皇子の護衛が手を出す暇もなく一瞬で腕が飛んでいたって話だ」
「やはり不吉だな。あの冷酷な目付きといい黒髪といい、悪魔のようだ」
「シッ。不敬罪になるぞ。この手の話はしないほうがいい」
使用人たちがあちこちで騒いでやがる。実に鬱陶しい。
「殿下、奴らの首を切り落として参ります……!」
護衛騎士のオルトとルベルが剣のヒルト部分に手をかけたと同時に「放っておけ」と彼らを止めた。
ああいう連中には言わせておけばいい。相手にするだけ体力の無駄だ。
オニキス宮殿に入り、最上階の部屋前まで来たとき、ドアの向こう側から女児たちの声が聞こえた。
「アーク皇子って黒髪で呪われているんでしょ?」
「姉さま逃げたほうがいいよ」
今日はイベリスの見舞いにマルタントル侯爵とその家族たちが来ている。女児はイベリスの妹たちだろう。俺は思わずドア前で立ち止まった。
「アーク皇子は呪われてなんかないよ。黒髪もサラサラでとても綺麗だし、姉さまはあの髪、好きだよ。デイジーとアナベルには髪の色で人を悪く言う子にはなって欲しくないな」
イベリスの声だ。想像とは真逆すぎるその言葉に、驚き過ぎて訳が分からず、息を殺し、耳を澄ませた。
「サラサラ?」
「きれいなの?」
「そう、サラサラでとても綺麗なんだよ。黒髪は知的に見えるし、神秘的だし、カッコイイの。呪いなんてどこにもないんだよ」
「ふーん」
「カッコイイ!アーク皇子はカッコイイ!」
「ははは。そう、そう。カッコイイの。優しいしね。だから2度とアーク皇子の悪口は言っちゃダメよ?」
身体の奥から熱いものが込み上げていた。なんだよ。俺のこと嫌いなんじゃなかったのかよ?綺麗?格好いい?黒髪が?そんなこと、今まで誰にも言われたことなどなかったというのに。
俺はノックをしてドアを開けると、そのままイベリスのほうへ歩を進めた。
侯爵と婦人と長男のイリアムが俺に辞儀をした。
「アーク皇子殿下に挨拶を申し上げます」
イベリスのベッドに乗っている女児2人も、ベッドの上で辞儀をした。それに気付いた侯爵と婦人が慌てて床に下ろして再び辞儀をさせた。
「楽にしろ。見舞いに来てもらい妻も喜んでいるようだ。俺からも礼を言う」
侯爵は頭を下げたまま答えた。
「はい。皇子殿下にそのようにお気遣い頂き、愚娘は誠に幸せ者でございます」
俺の視線はいつの間にかイベリスに向いていた。視線に気付いたイベリスが俺と目を合わせるなり微笑を浮かべた。心臓が大きく波打ち、心が乱れる。一体なんだというんだ、これは。俺はとっさに目を逸らし、平静を装いながら視線をイベリスの兄であるイリアムに向けた。
14歳の彼はイベリスと同じオレンジブラウンの髪を後ろで束ねており、中性的で女ウケが良さそうな顔をしている。
「イリアム・マルタントル。話は聞いていると思うが、今日からお前にイベリスの護衛についてもらう」
「かしこまりました」
イリアムは再度俺に頭を下げた。
マルタントル侯爵家は元々騎士で名を上げた家門であり、イリアムも幼い頃から騎士として育った。
最近は国境地を護る騎士団に所属し、任務を受けていたが、この度イベリスの護衛を任命し、宮廷へ来させた。
この帝国は若い娘が夫や血族以外の男を身近に置くことをふしだらと見なし嫌う。したがって若い娘が護衛を付ける場合、女騎士か鍛えたメイドか血族の騎士かのいずれかを護衛に置くことになる。
だが女が男と同等に剣を握ることを嫌う風潮があるため、女騎士になりたいという者自体皆無に等しい。よって、メイドが主のために身体を鍛え、身を挺して護衛を行うか、血族の騎士を護衛に置くしかない。
イベリスに危害を加えた男どもは両腕を失い、もう何もすることは出来ないだろうが、皇后や、その他黒い思惑を持つ者が何をしでかすか分からない。俺はこれ以上イベリスが危険な目に遭うことが耐えられないのだ。
そして、どうやら俺のこの感情は、借りが出来たからとかそういうものではないようだ。気付けばイベリスのことばかりを考え、イベリスが居ない場所に行けばすぐに会いたくなり、なのにイベリスを見ると鼓動がうるさくなる。そう。認めるしかない。俺は、イベリスを愛してしまったんだ。