③イベリスの奮闘・3
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「イベリス妃殿下!!?どこへ行っていたんですか!!??ずっと探していたのですよ!!!」
オニキス宮殿の前にいたルーシーが、私を見つけるなり、顔を青ざめさせて駆け寄って来た。
「どうしたんですか!!??傷まみれじゃないですか!!!誰かに襲われたんじゃないですよね!!??」
ものすごい剣幕に圧倒されながら小声で「ちがうよ」と答えるやいなや、ルーシーは私をお姫様抱っこした。
「とにかく宮廷医を呼びます!!まずはお部屋に戻りましょう!!」
そう言いながら歩き始めた。
「ル、ルーシー、恥ずかしいよ。自分で歩けるから……」
「駄目です。私をだましてどこかへ逃げた挙げ句こんな傷まみれになって。許しません。黙って従ってください」
ルーシーは私が幼いときからメイド兼護衛として私のお世話をしてくれていて、ここに嫁ぐときも一緒に付いてきてくれた。よく考えれば、私に何かあればルーシーの責任になるのだ。
「ごめんね、ルーシー……」
護衛なだけあって少し筋肉質で、でも柔らかくて、洗濯の匂いがして、心地よくて安心するルーシーの腕の中は、懐かしさと優しさであふれている。幼い頃は毎日のようにこの腕に抱かれていた。
昔を思い出し、なんだか甘えたくなった私は、思わずルーシーに抱きついて頬ずりをした。すると、ルーシーは私の背中をポンポンと優しく叩いて頬ずりを返してきた。とても幸せな気持ちになった。ルーシー、大好き。いつまでも私の側にいてね。
部屋の前まで来ると、廊下に待機していたアークのメイドが、両手の塞がっているルーシーの代わりに部屋のドアを開けた。その音でソファーで本を読んでいたアークがこちらに振り向いて私と目が合った。やっぱりこの歳で抱っこされてるのはちょっと恥ずかしいかな。アークはルーシーに抱きかかえられる私を見るなり眉を寄せた。
「何があったんだ?」
いつも私に無関心の彼もさすがに気になったらしく、ベッドに寝かされる私の横へとやって来た。
「あ、ちょっと、崖から落ちちゃって……えへへ……あ、そう、これ、従者の人からアークへの贈り物と手紙だって預かったんだけど、落ちたときにボロボロになっちゃった……ごめんね……」
そう言いながら手紙と編み物が入った破れた紙袋を差し出した。アークはそれを怪訝な面持ちで受け取りながら私の手を凝視した。
「水ぶくれがすごいぞ。火傷じゃないか。そもそもこの宮廷内に崖などは無い。何があった?」
「あ……」
しまった。崖なかったのか……。って、よく考えたらある訳ないか……。何て言おう……。言葉に詰まり、沈黙が続いた。
そのとき、ルーシーが宮廷医を連れて部屋に入って来た。結局私は軽い記憶喪失を演じる羽目になり、そのまま怪我の理由はうやむやにした。
火傷と全身の打撲と傷の手当てを受けた私は全治1ヶ月の診断を受け、その間は外出禁止となった。
医者が帰った後もアークは私が寝るベッドの隣に座っていた。いつもはわざと遠くへ行くくせに。まぁ、どんな相手でも怪我をしてたら心配で付きそいたくなるのは当然か。
黙って手紙に目を通すアークの目は潤んでいた。破れた袋から取り出されたものは、毛糸の黒いマフラーだった。涙をこらえているのが分かる。そりゃそうだよね。ずっと愛されていないと思っていた母親から愛してるって手紙と手編みのマフラーが届いたんだから。
しかし、少しすると、アークはまるで何も無かったかのようにマフラーと手紙を私の枕元に置き、静かな口調で尋問を始めた。
「これは従者から預かったと言っていたな。どんな従者だった?本来俺たち皇族への手紙や品は従者から俺たちに手渡されるものだ。お前に預けるのは不自然すぎる」
あ……たしかにそうだ……しくじった……。
「えっと……記憶がなくて……」
「従者から預かったって自分で言ってただろ」
うう……忘れてよ……。
「き……記憶がなくなって……」
アークは責めるように私をじっと見つめた。私は目をそらした。少しすると再び尋問が始まった。
「手の火傷はどこで負った?手紙なども端が焦げていた。焼却炉にでも手を突っ込んだか?」
ぐ……鋭い……。けど言う訳にはいかない……。
「……記憶が……」
再び気まずい沈黙が続いた後アークは吐息をついた。
「分かった。言う気がないのだな。だがだいたいの見当はつく。皇后あたりが従者に俺への手紙や品を処分させていたのだろう。母親からの手紙の内容は、ずっと俺からの返事が無いことを気にしているものだった。長年にわたり、処分し続けていたということだ」
驚いた。冷静に推理して、それに傷つくどころか当然のように受け入れている。こんなことが当然だなんて。まだ12歳なのに、どんな人生歩んできたのよ。
哀しい気持ちになっている私にアークは鋭い視線を向けていた。
「言え。お前をそんな目に遭わせたのは誰だ?」
アークのいつもは冷めている目が今日は怒りに満ちている。もう、これ以上隠す理由は無くなっていた。
「……私が見たのは大柄の男と細身の男だった。布で覆っていたから顔は分からなかったけど……ガラガラの声と少しハスキーな声の2人だった。記憶なくしたなんて嘘ついてごめんなさい。そんな嫌がらせされてたって知ったらショック受けるかと思ったから言えなかったの」
アークは何か言いたげな表情をしながら私の目を探るように見たのち「分かった」と頷き、続けて「お前の護衛を強化する」とやや強めの口調で言った。