表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/99

③イベリスの奮闘・2

○●○2○●○


 この世界において、女性の勉学とは刺繍や編み物のことを指す。逆に男性と同じように学問を身につけようものなら生意気やら何やらと世間から叩かれてしまう。女性も一緒になって女性を叩く。そんな、男尊女卑が徹底した世界である。


 ああ、刺繍肩こるなぁ。12歳児の身体だけどこれは肩こるわ。私は首と肩を回して息抜きをした。


「あら、イベリス妃殿下、とても独創的で芸術的な刺繍ですわね」

 刺繍の教師であるマダム・キャッシーが私の手元を覗き込んだ。自分で書いた落書きみたいな絵に刺繍をほどこしているのだが、マダム・キャッシーの言いたいことはよく分かる。私の刺繍はピカソもビックリの芸術作品に仕上がりつつあるのだ。


 この刺繍のテーマは愛する夫への感謝と尊敬だ。夫っつったて、結婚してからまだ1週間そこそこで、すでに倦怠期を迎えたような隙間風吹く夫婦関係なんですけど。


 私は笑顔で受け答えをした。

「はい。愛する夫を想いながら縫っているうちにパッションが爆発いたしましてこのような情熱的なふうになってしまいましたの」

 もはや自分でも何言ってんのか分からない。


 マダムはパチンと両手をたたき合わせて大声でうれしそうに言った。

「それは素晴らしいですわ!イベリス妃殿下がアーク皇子殿下を想う気持ちが大爆発を起こしまして、このような偉大な芸術が生まれたのですわね!」


 なんだ?この会話。


 私とマダムは互いに顔を見合わせながらオホホホホとひたすら笑った。


 地獄のように退屈で肩のこる刺繍の授業を終えた私は、ルーシーに付き添われてクリスタル宮殿から、私とアークが暮らすオニキス宮殿へと向かっていた。


 過去の私はこのときルーシーとはぐれて道に迷って、使用人専用通路にある焼却炉でアークへの贈り物を捨てる現場を目撃したんだよね。


「ねぇ、ルーシー、あれ何?」

 私が空を指さすと、ルーシーは素直に空を見上げた。

「どれですか?普通に空だと思いますが」

 キョロキョロと空を舐めるように見渡すルーシーを置いて私は駆け足で使用人専用通路へと向かった。


 早く行かないと贈り物も手紙も燃やされてしまう……!!


 使用人専用通路に入ってすぐ、成人男性の喋り声が聞こえた。

「皇后陛下もアーク皇子を警戒しすぎだよな。こんなことする必要ないのによ」

「側室の母親が離れて暮らす子どもに贈ったってだけだろ?いちいち処分する必要あるのかよ」


 そうだ。この会話だ。この会話で私は全てを知ったのだ。通路を曲がってすぐにある焼却炉に飛び出すなり私は大声を出していた。

「お願い!!!燃やさないで!!!」


 アークへの贈り物と手紙を手にしている男たちは2人とも布で顔を覆っている。悪いことをしている自覚はあるのだろう。彼らは「誰だ!?」「側室の子どもか?」などと驚きながらも「女だ。放っておけ」と焼却炉に贈り物と手紙を落とし、その場を立ち去ろうとした。


 結婚式のときに宮廷の外壁周りを警護していた者など、私の顔を知らない使用人は多い。けれども、私の服装を見れば高貴な身分だってことぐらい分かるはず。それとも女で子どもだから身分なんてどうでもいいってこと?


 私は焼却炉に手を突っ込んだ。炭が赤くなっていて、炎はまだほとんど上がってないけど、焼却炉の中の空気は熱くて、炎に手を突っ込んでいるのかと錯覚を起こすほどだった。「アチチ」と声を漏らしながらも、チリチリと燃える贈り物と手紙をつかみ上げ、地面に叩きつけ、ショールではたいた。


「なにしてんだ!!?このガキ!!!」


 男たちは急いで戻ってくると、私がはたいている贈り物と手紙を奪おうとした。火が消えたことを確認した私は先に拾い上げ、猛ダッシュで逃げた。

 

「待ちやがれ!!!」


 ザクザクと砂を噛みしめる足音を響かせながら男たちは追いかけてくる。12歳児の私が成人男性に追いつかれるまであっという間だった。後襟を掴まれると、そのまま乱暴に投げられて地面に叩きつけられた。


 一瞬頭の中が真っ白になった。

 

 息が出来なくなり、視界はぼやけて、耳鳴りがする。痛い。苦しい。


 けれども、男たちに贈り物と手紙を奪われてはいけないという意識が働き、とっさに丸くなってそれらを守った。


 再び私の後襟に手をかける男に私が精一杯、甲高く大きな悲鳴をあげると、遠くのほうで「なに?」「何の騒ぎ?」とメイドたちの声が聞こえた。


 男達は舌打ちをしながら逃げ去っていった。

 大ごとにしたくは無い。というより、大ごとにしてもいいのかが分からない。


 私は急いで立ち上がった。息が苦しくて目が回る。おぼつかない足取りで何とか従業員専用通路から抜け出すと、庭園の茂みに身を隠しながら身体を休ませた。


 改めて贈り物と手紙を見てみると、端っこに焼けたあとがあり、炭と砂でグチャグチャのボロボロになっていた。手紙は男たちが勝手に読んだのだろう。封筒はなく『会えなくても母はあなたを愛しています』という文字が視界に入ってきた。それ以上勝手に読んではいけないと思い、綺麗に折りたたみ直した。それでもグチャグチャである。贈り物の袋も破れて中身が見えていた。黒い編み物だ。きっと、アークのお母さんが息子のために真心をこめて編んだのだろう。ボロボロだけど、これは絶対に渡さなくてはいけない。


「なんて言い訳をしよう……」


 意地悪をされていると知って傷つかない子どもがいるだろうか?いや、大人でもいい気はしない。やけに遠く感じる空は、すでに赤みがかっていた。


 息の苦しさや耳鳴りが治まった私は、両手が思った以上にヒリヒリと痛いことに気付き、よく見ると前腕と手が全て真っ赤で熱をもち、水ぶくれまみれになっていて驚いた。肘や膝は地面に叩きつけられたときに肉がめくれていたらしく、乾いた血の向こう側に白いものが見えている。その他、アザや傷があちこちにあって、身体中がヒリヒリ、ジンジンして痛かった。


 傷まみれの身体をなんとか立ち上がらせると、足首がズキンとした。いつの間にかひねっていたらしい。足を引きずりながら、そのままヨロヨロとオニキス宮殿へと歩を進めていった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ